セラミックの激うま恐竜レシピ



「あと、3頭! ……いや、4頭! 更に数を増すか」

 セラミックに背を支えられている松上は、左右に分かれたトルヴォサウルスの先頭をターゲットにして射撃した。
 腹部の気嚢に命中した弾丸は、恐竜に気味の悪い声を発生させる。生意気にも奴らは哺乳類よりも効率がいい呼吸システムを持っており、鳥類と同様に低酸素状態でも平気で活動する事ができるのだ。

「くそ、何てしぶとい奴らだ! いい加減に諦めろ!」

 続けて2発を後続に放つが、腕を吹き飛ばしただけで致命傷には至らない。セラミックは目の前で繰り広げられている光景が、あまりにも非現実的すぎて映画のワンシーンのように思えた。

「おかしい……。銃で撃たれた事がないから、恐怖心がないみたい。音には敏感なはずなのに……」

「俺達がそんなに弱っちく見えるのかね?!」

 銃声には確かに怯むのだが、数頭が執念深く踏み留まった。尻尾を鞭のようにしならせながら、様子を伺うように旋回し、一定距離を保っているようだ。
 素早い動きに翻弄され、松上は徐々に狙いを外す。図体がデカい分、急所にでも命中させない限り、1発ではうまく倒せない。

「くそ! もうすぐ弾切れだ! 洞窟まで走れるか? セラミック!」

 そう言う松上自身が足を引き摺り、走れる状態でないのは明らかであった。
 肩を貸して走るセラミックがトルヴォサウルスを睨み付けた時、遠巻きにした包囲網が徐々に狭まってくる気配を感じた。松上の小銃が火を噴く度に目がくらみ、大音響に耳がつんとなる。

『ここまで2人で頑張ってきたのに……本当にくやしい』

 捕食対象として人間は、とても魅力的に映っているのだろうか。フサフサとした鬣を風に揺らせながら肉食恐竜の群れは威嚇音を発し、周囲をぐるぐると回る。その内の1頭が距離を詰めて、今にも飛び掛かってきそうな勢いだ。

「最後の1ッ発だ!」

 渾身の一撃は、惜しくもかわされた。思わず槍を握るセラミックの腕に力が入り、額から汗が一筋流れ落ちる。
 瀬戸際の緊張が最高潮に達しようとした正にその時、奇跡のような瞬間が訪れた。
 トルヴォサウルスは、赤子のような短い警戒音を発すると、我先にと文字通り尻尾を巻いて樹海に向かって退散し始めたのだ。

「一体、何が……起こった……?」

 松上が張り詰めた緊張の糸を緩めようとしたタイミングで、その答が現れた。細身の貴婦人のような美しい姿をした肉食恐竜が、樹海の木々の枝を器用に避けてヌッと2人の前に躍り出た。

「あれは……何?」

「……! 奴だ、今度はアロサウルスだぜ、セラミック……!」

 松上は呆けたように見とれると、しばし絶句した。もう運命に抗う術は殆ど残されてはいない。そんな無力な男女を嘲笑うかのごとく、アロサウルスは足元にばたつく瀕死のトルヴォサウルスにとどめを刺した。
 どうも生きている獲物にしか興味が湧かないらしい。周囲に散乱する鬣付き恐竜の血まみれ死骸は、臭いをすんすんと嗅ぐだけのようだ。

「参ったな……」

 弾倉が空となった小銃はとっくに捨ててしまった。松上は冷たい銃の代わりにセラミックを、まだ自由に動く方の腕で強く抱き締めた。

『君だけでも逃げろ』

 セラミックは僅かに両目を見開いた。言い尽くせない感情が綯い交ぜとなった彼の、囁くような心の声を確かに聞いた気がする。

「松上さん……」

 大きさを感じさせない脅威的な身のこなしでアロサウルスが迫り来る。さすがに雑魚恐竜とは比べ物にならないほどの絶望感だ。
 
 ――どこからか大口径の銃弾が多数降り注ぎ、地面を派手に掘り返す。爆発的な衝撃が空気を震わせると、さすがにジュラ紀最強の肉食恐竜も泡を食って跳ねた。

「松上さん! セラミック! 助けに来たわよ! まだ生きてるの~!?」

 聞き覚えのある声の主は、やはり中山健一だった。崖崩れの現場からザイルを使って降下中に射撃を敢行してきたのだ。
 彼が持つ、自慢の50口径の銃口からは、熱く白い煙がたなびく。

「受け取って、どっちでもイイから早く!」

 叫び声と共に急峻な崖から滑り落ちてきたのは、片手で連射可能な大型ショットガン(フランキ・スパス12)であった。
 セラミックがはっきり覚えているのは、自分でも信じられないスピードと力で重い散弾銃を松上に手渡した事。両耳を両手で塞ぎ、腰を曲げると自ら銃架の代わりとなった。

「うぉらああああァァ!」

 最後の力を振り絞った松上は、追いすがるアロサウルスに向けてシャワーのように全弾を浴びせかけた。数メートル先でバランスを失い、頭から崩れ落ちる恐竜に松上は何を感じたのか、涙を溢れさせる光景をセラミックは目の当たりにしたのだ。

「2人とも無事? 本当によかった! 皆心配してるわ!」

 地上に降りた中山健一が安堵の声を響かせる頃、凄惨な現場には死闘の跡に相応しい静寂が訪れた。





 夏も終わりにさしかかり、赤銅色に染まるような空気をあれほど騒がしく震わせていた蝉達の声も、いつしかまばらになっているのが感じられた。
 ここはおなじみ、カレー屋“セラ”定休日における、いつものカウンター席。居並ぶ客の姿もなく、似つかわしくないほどの落ち着いた雰囲気を醸し出している。
 その静けさを破る、年季の入ったドアの開閉音が唐突に。

「ごめん、ごめん! ちょっと忙しくて遅れちゃった。いつぞやの中山健一君みたいな失態だね」

「ちょっと何よ~、ダメでしょう! 責任逃れ? 開口一番それはないない! 何だかムカつく~」

 ばつの悪そうな吉田真美が中山健一に遅刻をたしなめられた。おまけに本日の2人は髪型が被ってしまっている。双方ともショート丈の黒髪ストレート左右分け。男女の違いはあるにせよ、まるで申し合わせたような奇妙な状況だ。

「賑やかなのは結構な事なんだが、もっと大人になろうぜ、お2人さん」

 今回の恐竜メニュー食事会は、暫く入院生活を余儀なくされていた松上晴人の全快祝いの意味もあったのだ。しかし当の本人はテンション低め。
 ジュラ紀へダイブしている時と打って変わって、無口で物静かな青年に戻ってしまうのは恒例の事であるが、何だかいつも以上に暗い。

 厨房に立つ白衣のセラミックが言う。

「リーダーは退院したばかりで、まだ本調子じゃないんですよ」

 その言葉に、少し痩せた松上が反応する。

「いやいや、完全に回復したからこそ、ここにいるんだよ」

「そうですか……」

 若干しおらしくなったセラミックに、松上は『しまった』と言いたげな表情を垣間見せた。
 両手を叩いて場の空気をリセットしたげな中山健一が言った。

「え~、本日のスペシャル食事会は、βチームのリーダーである松上さんの退院祝いなのですが……私こと中山健一のβチーム復帰祝いも兼ねて執り行いたいと思っております。皆さん拍手~」

 ぱらぱらと手を叩く音が響く中、セラミックは4名分の料理の用意に大忙しだ。厨房から派手なフランベの炎が上がり、出席者の歓声が聞こえてくる。

「何だか肉が焼けるいい匂いがしてきたわ~。お腹が減ってもう、たまんない。……実を言うと私、見習い新人であるセラミックちゃんの恐竜料理を食べるのは、今日初めてなの。すごく期待しているわよ」

 健一君が、さり気なく鋭い笑顔でセラミックにプレッシャーを掛けてくる。彼は男だがリーダーに(恋愛感情?)を抱いており、遭難中にセラミックと松上晴人が2人っきりとなり、濃密な時間を過ごした事実に激しい嫉妬の炎をフランベのように燃え上がらせていたという。
 男女の間に何が起こったのか、喧嘩もせず仲良く過ごしたのか等々……彼から執拗に問い質され、精神的に参っていたセラミックは、辟易とした記憶がある。

「私は問題ないけど、病み上がりなのに肉? 重くて消化も悪い料理をリーダーに振る舞うつもりなの? 言っとくけど、今回の肉は固いわよ」

「ッるさいよ! 健一君! 一番しんどかったのは、未成年で最年少のセラミックなのが分からないの? もうこのオッサンには残飯でも食わしときゃいいんだよ」

 ついに吉田真美が座席から立ち上がり、中山健一に噛み付いた。正にそのまま、彼に冷水でも浴びせ掛けるような勢いだ。

「何よ~! アンタは黙ってなさいよ」

 リーダーを間に挟んで、両者の睨み合いと罵り合いが続く。『いい加減に……』松上晴人の台詞が飛び出す前に、セラミックは元気な声を響かせた。

「ありがとうございました! 健一君、じゃなかった、中山さん。あれほどの遭難劇だったのに、まだ学生身分の私を気遣ってマスコミをブロックしておいたそうですね! 報道規制を敷いてくれたおかげで、私は家族にあまり心配掛けさせずに済みました。あれから学校にも何事もなく通えて、すんなりと日常生活に戻る事ができたのも、中山さんの的確な配慮の結果だと思ってます」

 彼女の流暢かつ、感謝の意がこもった言葉に、店内が水を打ったように一瞬しん、となった。





 
 真美さんはセラミックの発言を耳にして、なおも不満らしく小声で漏らした。

「なぁ~にが的確なのか。御家族についた優しい嘘が、もしバレたらどうするつもりだったのか……。『美久さんは体調不良にて、長野で2、3日休んでから帰ります』って私から電話した時、緊張で手が震えたわ」

「もういいじゃないか。セラミックの御両親には、リーダーとして本当の事を話すつもりだ。今日はそのために来たんじゃないか……」

 道理でどんよりと暗くもなる訳だ。セラミックは、せめて恐竜料理で彼に元気を付けさせようとフライパンを振るう手に拍車を掛けたのだ。

「サラダの後は、いきなりステーキです」

「わお!」

 一堂の注目が集まる一皿……正確には木製プレート上にある、こんがりとした肉塊からは香ばしい何かが、まるで見えない狼煙のように湧き上がり、カウンター越しからの熱い視線を集める。
 ビジュアル的にはシンプル極まりない。飴色のパリッとした表面にはナイフが入れられ、6等分された傍にポテトフライも添えて肉汁を堰き止めている。断面からはフレッシュな肉色が覗き、それはクレソンの草色と見事なコントラストを描いていた。ニンニク入りマスタードと岩塩が、お供えのように盛られている。

「ふむ、これはおそらくトルヴォサウルスだね」

 まずは松上晴人の前に供された恐竜肉の正体が、呆気なく看破された。

「さすがはリーダー。若鶏じゃなくて若竜の揚げ焼き、ステーク・フリットです。高温のヒマワリ油を回しがけしながら火入れしているので、サクッとした食感としっとりとした中身が楽しめるんです」

 3名に配られたインパクトあるステーキは、みるみるうちにフォークで口の中に運ばれてゆく。真美さんは上品にナプキンで口元を拭いながら言う。

「肉食恐竜のモモ肉なんて固くてダメだと思ってたけど、これは本当に柔らかいね」

 白帽を乗せた頭を得意げに、ほんのちょっぴり傾げたセラミックは秘密を明かした。

「ふふふ、実は熟成(ドライエージング)をかけて肉を柔らかくしてみたんです」

 口中でじんわり拡がる凝縮肉汁と、鼻から抜けてゆく炒り豆やナッツにも似た熟成香……松上は己の味覚・嗅覚神経を総動員しながらそれらを受容すると、冴えた脳髄に叩き込んだ。そして溢れいずる幾千単位にも及ぶ各情報を瞬時に取捨選択した後、簡潔な言葉として刻んだ。

「乾燥熟成させるとタンパク質分解酵素の働きで、旨味成分のアミノ酸やペプチドが増えると同時に柔らかくなるんだよね。あれからだいぶ経つが、よく腐らせなかったな」

「父親のツテで専門業者に頼んでみたんです。肉が戻ってきた時は縮んでカビだらけだったからビックリしましたよ」

 カビという単語に中山健一が過剰に反応した。

「えぇ!? カビ! 夏場にそんなもの食べて大丈夫なの?」

「まあ、白カビ・青カビのチーズと同じようなモノだと思ってもらえれば……。大きかった肉も、悪くなった部位を削っていくと、最終的に食べられるところは1/3ぐらいになっちゃいました」

 セラミックと中山健一のやりとりに真美さんも一言。

「健一君は海外生活も長いのに食文化の違いくらい経験してるでしょうに」

「海外でも人一倍、食あたりには注意してるから言ってるのよ!」

 姉妹いや、兄妹のような2人にセラミックは、クスクスと笑いをこらえるのに必死となった。さりげなく松上のプレートをチラリと確認すると、綺麗に平らげている事が分かり、少し安心する。

『良かった……食欲もあるし、口に合わない事もなかったんだ。……よ~し! これはいける!』

 セラミックは次の料理に取り掛かった。何と掟破りの連続肉料理、ダブルメインディッシュ、焼き肉食い放題の店状態である。

 



 何かを察した松上晴人が、セラミックと目が合った刹那、呻くような言葉を発した。

「まさか、次の料理はアロサウルスか……?」

「そのまさかです。松上さんが一番好きな恐竜と言った、あのアロサウルスですよ」

 冷静なはずの松上晴人に稲妻のようなショックが駆け巡り、彼は少し仰け反った。

「いや、セラミック、私が、……俺が好きだと言ったのはジュラ紀最大にして最強の肉食恐竜である美しいアロサウルスに対してだな……。あれだけ怖い思いをしたはずだというのに、お前、いや瀬良美久さん。た、食べてしまいたいくらいに愛おしいってか。……う~ん食べていいのか?!」

 動揺を隠しきれない少年のようになった松上晴人に、容赦なくセラミックは単純明快にしてストレートな料理、アロサウルスの骨付き肉ステーキを神業のようなスピードで饗した。

「セラミック風アロサウルスのシャリアピンステーキです」

 鉄板上でじゅうじゅう美味しい煙を立ち上らせる大きな肉塊は、紛れもなく松上晴人がその手で倒した1頭。手羽元から胸肉に相当する一番上等な赤身の部分であった。
 ステーキの上には微塵切りにしたキノコが琥珀色のソースとして掛けられ、食欲を否応なく増進させるのだ。
 健一君は少しイレギュラーな肉料理のコースに首を捻る。

「またステーキなの? まださっきの肉汁が口に残っている感じだけど」

 真美さんはキノコのソテーが盛られたシャリアピンステーキに、同じく首を捻った。

「ステーキが続くけど、方向性が異なるのよ。多分アロサウルスには違う仕事が施されているはず。健一君はセラミックの料理は初めてだから知らないのね。彼女の創意工夫のすごさを」

 松上がステーキに早速ナイフを入れてみる。サクッと刃が通って霜降り肉のような柔らかさだ。心なしか緊張気味にミディアムレアの肉片の香りを堪能すると、ぎこちなくフォークを口へと運んだ。
 瞬間、思考を麻痺させる魅惑的な肉色スープの濁流が口中を駆け巡り、松上に譫言のような台詞を溢れさせた。

「こ、ここは視聴覚室ならぬ恐竜の視嗅覚室ですか……いや味嗅覚室なのだろうか……」

「松上さん、何イミフで謎の言葉を小声で漏らしているのですか? あこがれのアロサウルスですよ!」

 はっと我に返った松上が、厨房で不安げなセラミックに顔を向き合わせた。

「シャ、シャリアピンステーキと言えば、日本で一番格式あるホテルの料理長が考案したという……タマネギの微塵切りに肉を漬け込んで軟らかくしたビーフステーキの事……でも、このステーキに乗っているのはマイタケじゃないのか……?」

「おお~、マイタケと一瞬で分かるとは侮れませんね、松上リーダー。仰る通り生のマイタケとアロサウルスの肉を一晩ビニールパックに漬け込んで柔らかくしたステーキなんです」

 中山健一が軽くスマホを操作した後に言う。

「舞茸……マイタケにはマイタケプロテアーゼというタンパク質分解酵素が含まれているのね! タマネギの代わりに香りの良いマイタケを料理に使ってみたという事?」

 吉田真美も暫くスマホを操作した後に言った。

「ふ~ん。戦前に日本を訪れたロシア人の声楽家、フョードル・イワノビッチ・シャリアピンは歯を悪くしてたのか。そこで工夫して考え出された料理が、柔らかく調理したシャリアピンステーキという訳ね。セラミックの場合、退院したばかりのリーダーの体を気遣って柔らか恐竜肉を出してみましたって感じかな? よかったね、リーダー。大好きなアロサウルスが食べられて」

 真美さんの言葉に健一君は何やら感動したのか、自前で持ち込んだ赤ワインが揺れるグラスをしげしげと眺めながらに言う。

「そうか、敗血症になりかかっていたという松上さんの体力回復のために、この数ヶ月の間、色々とがんばったのね、セラミックちゃん……」
 
 一方で、今か今かとセラミックが松上からのコメントを待っている。
 ついに今晩、出るのか? 皆の前での『文句なしに美味しい』宣言。
 いや、さすがに特別な経緯もあるし、この度ばかりは大丈夫だろう。
 マジで全力投球のメニューです。力の入れ具合もハンパないし……。
 
 松上は皆からの注目を振り払うように、あっさりとした口調で感想を述べた。

「う~ん、やっぱり私はジュラ紀でセラミックが作ってくれたシンプルな茹で卵の方が好きだったかな」

「がく~!」

 セラミックが脱力した後に、松上は畳み掛けるように呟いた。

「私がアロサウルス好きなのは学術的な面からであって、決して食べ物として好きって訳じゃないぞ」

「そんな事は当然、分かってますよ!」

 少しべそをかいたセラミックに、松上は幾分申し訳なさそうな笑顔で確かに言った。

「ありがとう、セラミック……」

「……松上さん!」

 いい雰囲気になりつつある場の空気を乱すかのように、中山健一が大声でしゃべった。

「美味しいわ! マイタケのソテーが乗った恐竜ステーキは! 真美さん! 悔しいけど、セラミックの料理は最高ね! 噂以上……だわ」

 吉田真美は照れくさそうなセラミックにウインクして答えた。

「でしょう? 彼女は本物よ!」

 美味しい料理は場を和ませ笑顔を作るのだ。今回もセラミックが腕によりを掛けた恐竜料理は、βチームの結束を深めると同時にそれぞれを満面の笑みにする事ができた。
 厨房のセラミックは、遙かなるジュラ紀に思いを馳せると同時に、食材となった恐竜達にも感謝の心を忘れなかったのである。

「またいつか行くからね……ありがとう。そして待ってて、ジュラ紀!」
 
 店の外では夏の終わりを告げるヒグラシの声が、せつなく夕暮れ空を振るわせながら、秋色の風を運んでくるのが感じられた。

 



「いゃああああああ! うおおおおおお! 絶対に許せねえ! 瀬良美久ゥゥゥ!」

 スケルトン壁掛け時計の円盤上を永久に周回する短い方の針が天頂の12を過ぎる頃、静かな暗闇に包まれた高級住宅街の窓からは、煉獄から響いてくるような禍々しい女の声が漏出してきた。

「私の……私の松上晴人様に何をしたの? 何が起こったの? 何をされたの? あ~ッ、声に出してしまうほど、くやしいィィィ!」

 輸入ベッドの上でセンスの良いキャミソールが、はだけるほど転がりまくった森岡世志乃は、高級羽毛枕に沈む美しくも歪んだ顔を暫く浮上させる事ができなかった。

 事の発端は、世志乃がαチームのリーダー、松野下佳宏からβチームの遭難エピソードを秘密裏に聞いた夕方から。

「――ここだけの話だけど、“ジュラアナ長野”で事故が起こったらしい。それもあの松上晴人率いるβチームだってんだから、ちょっと驚いたよ。アロサウルス狩りに意気揚々と出発したのはいいけど、ジュラ紀で何日か音信不通になってたらしいぜ」

「ええ?! 全員無事だったんですか?」

「ああ、幸いにも行方不明になってた2人は救出されたらしいけど、現場は大騒ぎになってた」

「2人……? 誰と誰だったのですか? まさか松上晴人さん?」

「そのまさかだよ。不意打ちを食らって崖下まで転落したのは、松上リーダーとセラミックちゃんだそうだ」

「セ、セラミック! よりによって彼女と!?」

「2人仲良く1億年前の世界でサバイバル生活を送ってたらしい……何でも怪我したのは松上だけで、セラミックちゃんは軽傷だったそうだ。彼女はホント強運の持ち主だね」

 日焼けしたクールビズ姿の松野下佳宏は、3秒後に思わず目を見張って固まってしまった。
 αチームが拠点にしている事務所のソファで、猫顔のスタイリッシュ美女、森岡世志乃が豹変する瞬間を目撃してしまったからだ。
 『まずい』、『無神経に煽ってしまったか』と後悔した時には、すでに手遅れだった。

「ふ、2人っきり……。若い男女が危機的な状況の中で、お互いに助け合いながらピッタリと寄り添って脱出する場面なんて……。後はもう、恋に落ちて終わるハッピーエンドの展開しか……考えられない! そう! そうじゃないですかああああああ!?」

「わあああ?! 落ち着け、落ち着くんだ世志乃さん!」

 森岡世志乃が、嫉妬に狂うのは無理もない。彼女がセラミックと同じく恐竜狩猟調理師を目指したのは、少しでも憧れの松上晴人に近付きたいがため……。大学の非常勤講師として何度か見かけたその日から、いや聴講する度に、松上が放つ不思議な魅力の虜となったのだ。
 恋に落ちた彼女は、ありとあらゆる手段を用いて彼にアプローチしたが、恐竜にしか興味を示さない変人を振り向かせるには、もはや自身が恐竜ハンターになるしかないように思えた。
 
 名のある大手銀行の頭取の娘である森岡世志乃は、本物のお嬢様育ちであり、親の期待に応えるべく英才教育も施され、将来を嘱望される存在だったのだ。そんなエリートの彼女が危険で体力勝負の恐竜狩猟調理師を目指すと周囲に公言した時、両親が受けたであろう多大なる精神的ショックは計り知れない。

 彼女がリスキーな恐竜ハンターを続ける理由(わけ)とモチベーションの源泉は、松上晴人様を手に入れるためだと言い切っても過言ではないのだ。パッと出のセラミックごときに彼を奪われる事は、長年思い続けてきた世志乃のプライドが許さないのは当然の事なのであった。

 そんな森岡世志乃の渦巻く情念を知ってか知らずか、変に刺激してしまった松野下リーダーは、荒ぶる彼女を静めるために(周りに誰もいなかったとはいえ)土下座まで披露してしまった次第である。


「……どうしたの?! 世志乃さん? 何かあったの?」

 はっと我に返ると、自室のドアの向こうから心配そうな母親の声が聞こえてきた。

「ううん、大丈夫。いいえ! 何でもありませんわ、お母様!」

 森岡世志乃は、引っ張りすぎて少し破けてしまった羽毛枕から飛び出したダウンを掻き集めるのに夢中となり、チェストの角に足の小指をぶつけて悶絶した。






 その日、琵琶湖博物館のロビーに森岡世志乃はいた。
 館内から見えてしまう琵琶湖の翡翠色した水面は、穏やかな秋風に揺れ、今年の猛暑を伝える一切合切は、まるで幻だったと言いたげに蓮の花を枯らせると、嘘のよう色褪せた花托と丸い葉を育んでいるようだ。
 世志乃は黒基調のブラウスとスカートに身を包んでおり、気怠げに()()を作るその身のこなしは、まさに黒猫を思わせる異質な存在感であった。

「ご無沙汰してます。中山健一さん……」

 世志乃の視線の先には、ポロシャツ姿でスラックスをはいたポニーテールの中山がいた。IDカードをポケットにしまう学芸員補の彼は、休み時間を利用して世志乃の待つミュージアムカフェに周囲の目を気にしながら着席したのだ。

「お久しぶりと言いたいところだけど……αチームのお嬢さんが、今日は何の用かしら? 休日にでも会えるのに、わざわざここまで来てくれた訳は?」

「まあまあ、居ても立っても居られなくなったっていうのはこちらの事情で……。いや、中山健一さん、メールではどうしても済ませられないような大切な話があって――」

 勧められるがままにアイスコーヒーを啜った中山は、なおも表情から疑問の念が払えずにいるようだ。

「電話やメール文書では伝えきれない事って何? αチームのリーダーも通してないって、余程の事情なんでしょうね。ひょっとして、この間のダイブ中に起こった事故に関する事かな? それとも遭遇した恐竜に関係する事? まあいいわ、全部聞きましょう」

「そうこなくっちゃ! 実はお願いがありましてね……」

 森岡世志乃は笑顔を崩さず、単刀直入に中山健一に願いを伝えた。
 ――松上晴人とセラミックの急接近を阻止し、彼と彼女が恋仲になる事を諦めさせて欲しいと。

『βチームのリーダー・松上晴人さんには長年付き合っている彼女がいて、結婚間近なのだと瀬良美久さんにそれとなく伝えて欲しい』

「…………」

「松上さんの彼女は私だという設定でもいいのですが、いかんせん嘘くさくなるようでしたら、どなたか別の女性という事にしていただいても一向にかまいません」

「いや…………何で?」

「う~ん、そう仰ると思っておりました。理由はただ一つ、松上さんがセラミックに奪われてしまう事を、私……絶対に認めたくないからです」

「だからってあなた、事実と違う嘘まででっち上げてやる事~? 大人げないわよ。あなたらしくないわ」

「正直、そこまで追い詰められているのです。――と言いますか中山健一さん、いいのですか?」

「ええ!? 何の事よ~?」

「あなたも松上晴人さんの事が一途に好きなのでしょう?!」

「うっ! そりゃそうだけど」

「だったら協力してください。ここは指をくわえて、成り行きを見守っている場合ではありません」

「う~ん、セラミックちゃんは大事なβチームの戦力でね。かといって彼女がリーダーとくっ付いちゃうのも正直、何だかシャクだわ」

「そうでしょう? 今動かないと、あと一歩で松上さんは落とされちゃいますよ」

「分かった、分かったわ。ただし森岡さん、あなたに協力するためには、ある条件をクリアしてからでどうかしら?」

「……何でしょう? 何でもどうぞ」

「うちのセラミックちゃんと恐竜料理で対決してもらって、見事に勝利を収める事ができたら無条件で力を貸すわ。それでどう?」

「いいですね! 相手にとって不足なしです。……言っておきますが、私は完璧超人であり、料理の腕前もプロ級なのです。メニューは何に致しましょうや?」

 森岡世志乃の周囲には目に見えない暗黒の炎が燃え上がり、周囲を焼き尽くすだけでは飽き足らず、悪寒を感じた中山健一の鼻毛をも焦がしながらクシャミを連発させたのである!







「ええっ!? ホントですか?」

 セラミックは目を丸くして、中山健一の顔を食い入るように見つめた。

「そうなの。ついに恐竜の養殖が軌道に乗ったの。草食恐竜のヒプシロフォドンはとっても繁殖力が強くて、現代の環境でも比較的簡単に増やす事ができたのよ。滋賀県の恐竜牧場が……養竜場って呼ぶのかな? とにかく大変な努力をして卵の安定供給が可能になったそうよ。ブロイラー恐竜も登場して、もう危険なジュラ期までハンティングしに行かなくてもよくなるかもね」

「違います~!」

「大丈夫よ。恐竜が畜産業で大量飼育されるようになっても、恐竜狩猟調理師は失業したりしないわ。危険な“ジュラアナ長野”にダイブして謎を解き明かす調査・研究の専門家として、恐竜ハンターは必要不可欠の存在だもの」

「だから違いますって! 恐竜デザート対決の話ですよ。そんな話は聞いてませんって!」

 JR守山駅の地下に存在する欧風の静謐なカフェにて、学生服姿のセラミックは思わず大きな声を出してしまった。Tシャツにデニムパンツのラフな格好をした中山健一は、特に動じる事もなく同じ調子で続ける。

「ウチのチームの大手スポンサー会社がバームクーヘンに代わる主力商品を模索しているのよ。そこで浮かび上がってきたのが恐竜の卵を使った斬新なお菓子の提案。当然コンペにはセラミックちゃんを推薦しておいたわ」

「本人に相談もなしで、勝手に話を進めないでください!」

「まあ、まあ。もしうまくいったら、全国的な話題となって滋賀県の新たな名物になる可能性大だわ。いずれにせよ、恐竜を使った料理は何をやってもパイオニア扱いで気分いいわね。世界が注目してるし、手付かずのカテゴリーを自由に開拓してゆく快感っていったら、もう……」

「もう、じゃないですよ、もう! 私の都合も少しは考えてくださいよう」

「フフフ……いいの? セラミックちゃん」

 中山健一が、不気味な笑顔を投げかけた。受け止めた側は、心なしか寒気がして鳥肌が立つのを感じる。

「実は今回のお菓子対決には、重要な意味があるのよ」

「一体、何なんですか?」

 少し仰け反ったセラミックを追い詰めるように、健一君は冷房の涼風を押し退け、ソファの背もたれから前のめりとなった。

「あなた……βチームにいられなくなるかもよ」

「え~!! どういう事ですか?!」

「松上リーダーは、αチームの森岡世志乃さんに今、とっても注目してるのよ」

「あ、あの世志乃さんにですか?……それで?」

「新メンバー編成時にβチームにスカウトしようと思っているんだけど、ウチには似たようなセラミックちゃんが、もういるでしょう?」

「はい……」

「そこで恐竜の卵を使った創作お菓子コンペに両者を参加させて、勝った方をメンバーとして採用しようとしているのよ!」

「そ、そんな!」

「うかうかしてらんないわよ! さあ、頑張って恐竜の卵を使ったスイーツのレシピを今日から考え出すのよ!」

「うわ~! どうしよう! マジでヤバいわ~」

 頭を抱えるセラミックを尻目に中山健一は、脚を組み直して『うまくしてやったり』の表情をした。


 



 中山健一と分かれた後、セラミックは色々と考え事をしつつ、とぼとぼ歩きながら帰宅の途に付いた。

「はあ~……。恐竜の卵を使ったお菓子か……。どんなのがいいのかな? 知り合いにパティシエなんていたっけ? そういや卵料理といえば、前回のダイブ中にデビルドエッグを即興で作ったな。――あれは松上さんにウケがよかったけど、あんな感じでシンプルなのが意外と好評だったりして」

 部活動の帰りなのだろうか、お揃いのジャージを着た中学生の男女4人組が、セラミックの目の前を楽しそうに会話しながら通り過ぎた。

「それより森岡世志乃さんの話は本当なのかなぁ……。松上さんは、頼りない私より世志乃さんがメンバーに相応しいと思っているのかしら。気合いを入れないと、まだ見習いの私は席がなくなっちゃう可能性大……」

 いつの間にか吸い寄せられるように、馴染みのケーキ屋さんの前まで来た。
 お世辞にもお洒落で今風とは言い難い、昭和の雰囲気を残したケーキ屋さんはセラミックが幼少の頃から親しんでいる一軒だ。弟の同級生の親が経営している事もあり、セラミックの心の拠り所だ。

「あ……姉ちゃん!」

 なぜか噂の弟が、バレーボール部のバッグを背負って店の中からひょっこり出てきた。

「あれ? 公則!? こんなとこで何してんの?」

「姉ちゃん、いや……色々あってな……」

 ケーキ屋“zizi”の奥にある自宅の玄関から、可愛い黒目がちの女の子が姿を現した。セラミックと同じセミロングの黒髪にゆったりとしたプリントTシャツ、白いデニムパンツの中学生は、彼女がよく知る人物。
 セラミックの弟が現在、絶賛お付き合い中の彼女である岡田奈菜ちゃんだ。
 ふと気になったが、奈菜ちゃんは心なしか元気がない。最初に挨拶してきた時には花を咲かせたような笑顔だったが、徐々に俯き加減で何か思い詰めたような表情に変わってきた。その様子は、一輪挿しがしおれてゆくようで見てられない。

「一体どうしたの? 奈菜ちゃん」

 心配したセラミックが思わず声を掛けた頃、とうとう彼女は我慢できずに涙を流し始めた。弟の公則はオロオロするばかりで、男として実に情けない。

「公則君のお姉さん、……お姉さんには言っちゃうけど実は、お店がうまくいってないんです」

 聞くところによると、奈菜ちゃんのご両親が営むケーキ屋さんの売り上げが、年々右肩下がりになっており、経営がかなり苦しくなってきているとの事。 
 若いセンスが求められるスイーツ業界で、旧い商店街に昔から当たり前のように存在するケーキ屋は目新しい物もなく、若い女性客が目移りしてゆくのを止められない。

「昭和丸出しの私のお父さんは、一流のケーキ職人なんですけど、ショートケーキにせよチーズケーキにせよ昔ながらの良さを売りにしてばかりで、面白みがないんです!」

 ――頑固職人の親父さんは、年とってからできた娘の奈菜ちゃんの事を溺愛していたが、殊に自分の仕事、ケーキ作りに関してはプライドを持っており、娘の意見を聞いて流行りを追うような事はしなかったようだ……。おかげでケーキ屋“zizi”は中途半端な老舗扱いとなり、口の悪い子供達からはケーキ屋“じじい”と呼ばれている始末である。

「このままでは将来的に店が潰れちゃうかもしれません! そしたら、そしたら……自分が目指す高校進学も諦めなくちゃならないかもしれない。公則君と一緒の高校へ行きたかったのに……どうしよう!」

 とうとう奈菜ちゃんは、公則の前で遠慮なく泣き出してしまった。坊主頭の弟は周囲の目を気にしながら、困ったような顔で姉に助け船を求めてくる。
 セラミックは腕組みして暫く考えていたが、目を開いて2人にニッコリ微笑んだ。

「よし! お姉さんに任しときな! 私は恐竜ハンター……見習い。つまり最新食材の恐竜の卵を使って、誰も食べた事ないようなお菓子を作ったげる!」




 恐竜の卵を使ったお菓子コンテストは、地元の大手菓子メーカーが主催するものである。
 ローカルゆえに参加者はさほど多くなかったが、実質セラミックと森岡世志乃のプライドを懸けた勝負の舞台に他ならなかった。
 己の持てる力を尽くし、才能の全てを出し切る覚悟の世志乃は、コンテストに入賞して目的を果たすため、考え得るできる限りの事をした。セラミックに色々な意味で勝つためには、手段を選ばなかったのである。 

 彼女は豊富な資金力をバックに、アドバイザーとして菓子研究家のフランソワーズ・山川を迎え入れる事にした。フランソワーズはフランス人を母親に持つ、うら若きパティシエール。ウエーブが掛かった美しいショートヘアとエキゾチックな美貌を誇る新進気鋭の女流専門家だ。

 今日も森岡世志乃は、神戸にあるフランソワーズの菓子製造許可付きキッチンにて、コンテストに出品するお菓子のアイデアをひねり出しつつも試行錯誤を繰り返していた。広くて明るい清潔なキッチンは機能的で、調度品は照明を鈍く反射し、黒光りしているほどだ。
 木箱の中には、大人の握り拳よりも大きな養殖ヒプシロフォドンの卵が数十個、籾殻に包まれて顔を覗かせている。薄いエメラルドグリーンの色した草食恐竜の卵は、まるで宝石か何かのようだ。

「フランソワーズ、どうかしら? ついに届いた恐竜の卵のお味は……」

「う~ん、これは凄い。初めて味見したけど、とっても濃厚でコクがあるわ。特に熱を加えると、風味が増してクリーミー。もっと雑で大味かと思ったけどね」

 『これは、あらゆるお菓子に使える』と確信したフランソワーズの頬が紅潮した。世志乃とお揃いにした白ユニフォームと赤いスカーフが笑顔に映える。
 腰に焦茶色のエプロンをした世志乃が言う。

「卵を使ったスイーツと言えば、洋菓子全般かな。その中で最も合いそうな、ベストチョイスは何なのかしら? 選ぶ範囲が広すぎて、簡単には絞り込めませんわ」 

「世志乃さん、コンテスト主催の会社、“まねや”の主力商品は洋菓子のバームクーヘンらしいけど、元々は和菓子屋からスタートしたそうじゃない」

「ええ、それは私から提供した情報の通りよ」

「だったら意表を突いて和菓子で挑戦してみたらどう?」

「ええ!? アンコが主体の和菓子で卵を使った物なんてあったかしら?」

「あるある、洋菓子風な和菓子。どら焼き、カステラなんかがそう」

「カステラって和菓子だったの? 江戸時代からあるから? 私も当然知っていましたけど、さすがは専門家ですわね」

 森岡世志乃は何かが頭の中に閃きそうになって、思わず顎に手を添えて考え込む。だが、フランソワーズに先を越されてしまった。

「そこで私、思い付きましたが、ニワトリの足先を肉屋ではモミジって呼ぶのを知ってますか?」

「何をいきなり?! いや……まあ、不気味だけど、言われてみればモミジの葉っぱ……ぽいかな」

「連想してみてよ! 世志乃さん~、モミジだよ、も・み・じ」

「う~ん、ちょっと待ってくださいな」

「ヒント、広島名物、安芸の宮島」

「もみじ饅頭!」

「そう! 正解! 恐竜の足跡って何に見えるかな?」

「そうか、大きなモミジの葉っぱに見えなくもないですわね! もう私にはフランソワーズのアイデアが分かってしまいましたわ」

「フフフ、そうです。恐竜の足跡をかたどった、もみじ饅頭を作るのです」

「中には恐竜の卵を使ったカスタードクリームを入れましょうよ」

「いいね~、やっと固まったね。文句ないでしょ? 世志乃さん」

「ええ、早速ですが試作品を作ってみましょう」

「よしきた! ネーミングも考えといてね」

「ええ~、お洒落でカワイイ名前がいいな……そうだ! その大きさからカエデ饅頭ってのは?」

「世志乃さんのセンス……それのどこが、お洒落でカワイイの……」

 キッチンに巨大な卵を割る音が聞こえると、2人の美女が慌ただしくもテキパキ華麗に動き始めたのだ。

「見てなさい、セラミック……私は絶対に負けないから」

 久々に本気モードの森岡世志乃は、熱くなるほど燃えていた。