ここまでくると()()()()されて、空腹感にピークを迎えた松上佳音が暴れ始めた。

「美久! こっちにも早くラーメンをちょうだい!」

 セラミックは思わず身構えた。今回は松上晴人に『美味い!』と唸らせてみせる。幸いにも前評価は上々で鉄板だ。これは大いに期待してもよさそう。
 完璧な手順で松上兄妹の前に丼が運ばれる。今日こそは言わせたい。いや、わざと空腹にさせるように佳音に事前工作したから言うだろう。

 数秒間、容器の中の小宇宙に見入った松上晴人は、己の感覚に根差した思考を巡らせたようにも見えた。……アンタ、一体何者だ? 不可視な湯気の中に鼻をくぐらせた後、麺の一房をたぐり寄せて上品に啜った。
 セラミックは息を飲み、飛び出す感想を今か今かと静かに待つ。――握った拳に力が込められる。

「この細麺は、おそらく豚骨ラーメン用の極細麺だろうが、いかんせん茹ですぎたのか若干のびている。最初に茹で加減を訊いておくべきだったね」

「――! か、替え玉でバリカタかハリガネにします」

「いや、こいつは豚骨ではなくて竜骨ラーメンなんだろ? 替え玉のシステムなんて要らないよ。それよりも同じストレート麺でも、もっと太麺にした方がこってりトロミのある素晴らしいスープと相性が良かったのでは?」

 店内が一瞬、水を打ったように静まり返る。
 隣でラーメンを賞味している妹は、兄の背中を思い切り叩いてむせさせた。鼻から2、3本麺が飛び出してきそう。

「なぁ~に言ってんのよぅ、十分すぎるほど美味しいじゃない。そんな文句を言ってるから麺がのびちゃうのよ!」

 竹を割ったような性格である妹のフォローに感謝すると、セラミックは両目を拭い、溢れる涙を無理矢理に忘れたのだ。親友はメールのやりとりで知っている。セラミックが水面下で、どれほどの努力と我慢をしてきたのかを。佳音はセラミックの見上げた根性にエールを送ったのだ。



 様子が気になったのか、2階で待機していた両親も降りてきて、カウンター横にある年季の入ったテーブルに一緒に座ろうとした。
 αチームとβチームは満を持して登場した父母に、かしこまってしまう。松上晴人は席を立ち、両親に深々と頭を下げて挨拶をした。父も母も客である彼らに「リラックスして下さい」などと改めて促すのだ。

「皆さん、うちの娘を……馬鹿で、どうしようもない頑固者ですが、どうか宜しくお願いいたします」

 ふたりはリーダー達の眼差しを見やった後、一緒に頭を下げた。4人はすでにラーメンを平らげており、ご馳走になったお礼を口々にしたのである。

 松野下リーダーが言う。

「美久さんのラーメンは素晴らしい。恐竜の持ち味を最大限に引き出しています。暑い季節でも平気でスルスルといけるし、心まで温かくしてくれるようです」

 セラミックは照れくさそうにクスッと笑い、コメントした。

「ただし、竜骨ラーメンは商売にはならないわね。材料費が高すぎて庶民的な食べ物じゃなくなってるし」

 弟の公則が少々くたびれたエプロンを脱ぎながら喋った。

「じゃあ、今日限りの一杯になる可能性があるのか。姉ちゃん、俺達にも食べさせてくれよ」

「モチロン! 言われなくても家族の分は用意してあるよ」

 父親、母親、弟の前に丼が置かれた。父は盛り付けの迫力にしばし圧倒された後、すぐに麺を口に運んだ。骨髄由来のとろザラ系の舌触りに、ツルリとした麺の喉越しが心地よい。

「……! 風味は豚と鶏の中間のようで不思議だな、恐竜ってのは。塩分と脂のバランスが絶妙で、体に染み渡るような旨さがある」

「よく頑張ったわねえ、美久」

「うん、姉ちゃん、確かに美味いよ。店で出したら、お客の行列ができるくらい!」