その夜、父が慌てた様子で帰って来た。

「拓海、急げ」
「父さん、どうしたんだよ」
「とにかく……。母さんの陣痛が始まったらしい」

父の運転する車に揺られて、病院へと向かった。

「長谷川です」

父が伝えると、看護師さんは「こちらでお待ちください」と、俺たちを分娩室の前まで案内した。
ベンチに腰掛け、視線を上げると、扉の上のランプが灯っていた。
母はこの向こうで、痛みと戦っているのだろう。

「拓海」
「ん? 」
「今日、観に行ってやれなくて、ごめんな。お前の、高校生としての初戦だったのに……」

父は、本当に申し訳なさそうに、頭を下げてくる。

「別に、いいよ」
「……うん、ごめんな。拓海、おめでとう。東海大会でも頑張れよ。次は応援行くから」
「ああ、ありがとう」

途切れる。
夜の病院は異様に静かで、気味が悪いくらいだ。何か話さないと。
ふと、美緒の事を話そうかと思い立った。

「父さん」

躊躇う。どうやって言ったら良いのだろうか。
でも、こういうのは知ってもらわないとダメだよな。

「俺さ……カノジョ出来たんだ」

父は目を見開いて驚き、すぐに優しく、深い色の目をした。

「そうか。拓海も高校生、なんだもんな」

染み染みと言う。

「そういうのの1つくらい、あったって何らおかしくないよな」
「でさ、そいつ美緒っていうんだけど、とにかくスゲーんだ」
「? 」