簡潔に答えると、祖母は急ぐようにページをめくった。続いて写真に写っていたのは、列車の前に立つ祖母だった。

「そしてね、ロンドンからオリエント急行に乗って、イタリアに向かったの」

 祖母の声が、再び弾んでいく。

「アガサ・クリスティの小説で有名な、あのオリエント急行ですか?」

「ええ、そうよ。当時は、たしかロンドンのヴィクトリア駅からイスタンブールまで運行していたわ。私たちはパリ、ミラノを経由してね、ヴェネチアで降りたの」

 ページをめくる祖母の手が止まった。そこには、四隅の垂れたクロスのかかったテーブルで、食事をしている祖母の姿が写っていた。

縦長の部屋と、窓の向こうに見える景色から、列車内で撮ったものだということが見て取れた。

「食堂車にも乗ったの。雰囲気がいいのはもちろん、列車の中なのが信じられないほど美味しかったわ」 

「食堂車? 列車の中にレストランがあったってこと?」

「そうよ。今は見かけないですけどね、昔は日本の新幹線にも食堂車があったのよ。もちろん、オリエント急行の食堂車の方が、ずっと贅沢だったけれど」

なるほど、写真の中の食堂車は、列車の中とは思えないほどに格調高雅だった。

厚みのありそうな絨毯に、ドレープのラインが美しいカーテン、精緻なデザインの椅子。テーブルの端にはウッドベースのテーブルランプが置かれ、皿の上には三角形をふたつ組み合わせたような形のナプキンが乗っていた。

祖母をはじめ、乗客も皆、タキシードやナイトドレスなど、高級レストランさながらの装いだ。

オリエント急行の食堂車での思い出に浸るように、祖母は瞳を揺らめかした。

「今でもはっきり覚えているわ。前菜のテリーヌからはじまって、じゃがいものスープに、お魚のポワレ、メインは牛肉のステーキだった。デザートは洋梨のマフィンよ」

 さすがもともとは食べることが好きなだけあって、祖母は六十年前食べたきりのメニューをすらすらと口にする。

「思い出の料理なんですね」

「ええ、そう。思い出の……料理なのよ」

 言い終えたあとで、夢から覚めたかのように祖母の表情が曇っていく。

パタリと、強めにアルバムが閉じられた。

「まあ、昔の話よ」

 祖母は思い出を遠ざけるかのように目を閉じ、平たい声を出した。