「八神さん、どうぞ。今日のメニューは、てんぷらの盛り合わせに、きゅうりとたこの酢の物、それから炊き込みご飯ですよ」
やがて、祖母の前にもトレイが差し出された。器に入っていたのは、耳にしたメニューからは想像もできないような料理だった。
てんぷらも、きゅうりとタコの酢の物も、炊き込みご飯も、全てが液体状。いわゆる、ミキサー食と呼ばれるものだ。
どのおかずも、見た目はほとんど変わらない。違いは、色が異なることぐらいだろうか。
食道がんの手術後、嚥下障害を抱えた祖母は、三度の食事をペースト状にすることを余儀なくされた。固形の食べ物は喉に引っ掛かって呼吸を妨げ、最悪の場合は命に危険が及ぶからだ。
「いただきます」
祖母は丁寧に手を合わせると、スプーンを手に取った。
「ごめんなさいね、良ちゃんはご飯まだなのに」
「大丈夫。帰ったら、昨日作った筑前煮が残ってるから」
「ふふ、良ちゃんの筑前煮、美味しいものね」
それきり祖母は、黙って食事を始めた。どれがどのおかずかもはっきりしない液体状のものを、ゆっくりと口に運ぶ祖母。
とても、静かな時間だった。聞こえるのは、周囲で食事をしているお年寄りたちや、介助中の職員の声ばかり。
もの静かな祖母を見ながら、良太は浮かない気持ちになっていた。
そもそも祖母は、食事中いつも楽しげに会話をしている人だった。
これが美味しいだの、この料理はポン酢が合うだの、祖母との食事に会話が途絶えることはなかった。
料理好きな祖母は、それと同じくらい食べることも好きだったのだ。
彼女がこんなにも静かに食事をするようになったのは、食道がんの手術後、食事形態がミキサー食になってからだった。
ふくよかだった祖母が小さくなってしまったのも、毎回ミキサー食を食べ残すからだ。
けれども、毎日、毎食、並ぶおかずは同じような液体状のものばかり。味だって美味しくはないだろう、食欲が削げるのも無理はない。
そうはいっても、ミキサー食は祖母の命の大事な支え。拒むことはできないのだ。
「ごちそうさま。もう、お腹いっぱいよ」
結局、どの料理も三割程度残して、祖母はスプーンを置いた。
椅子から立ち上がる祖母を支え、再び居室までの道のりを付き添う。
良太はこのとき、いつも言葉を失う。
やがて、祖母の前にもトレイが差し出された。器に入っていたのは、耳にしたメニューからは想像もできないような料理だった。
てんぷらも、きゅうりとタコの酢の物も、炊き込みご飯も、全てが液体状。いわゆる、ミキサー食と呼ばれるものだ。
どのおかずも、見た目はほとんど変わらない。違いは、色が異なることぐらいだろうか。
食道がんの手術後、嚥下障害を抱えた祖母は、三度の食事をペースト状にすることを余儀なくされた。固形の食べ物は喉に引っ掛かって呼吸を妨げ、最悪の場合は命に危険が及ぶからだ。
「いただきます」
祖母は丁寧に手を合わせると、スプーンを手に取った。
「ごめんなさいね、良ちゃんはご飯まだなのに」
「大丈夫。帰ったら、昨日作った筑前煮が残ってるから」
「ふふ、良ちゃんの筑前煮、美味しいものね」
それきり祖母は、黙って食事を始めた。どれがどのおかずかもはっきりしない液体状のものを、ゆっくりと口に運ぶ祖母。
とても、静かな時間だった。聞こえるのは、周囲で食事をしているお年寄りたちや、介助中の職員の声ばかり。
もの静かな祖母を見ながら、良太は浮かない気持ちになっていた。
そもそも祖母は、食事中いつも楽しげに会話をしている人だった。
これが美味しいだの、この料理はポン酢が合うだの、祖母との食事に会話が途絶えることはなかった。
料理好きな祖母は、それと同じくらい食べることも好きだったのだ。
彼女がこんなにも静かに食事をするようになったのは、食道がんの手術後、食事形態がミキサー食になってからだった。
ふくよかだった祖母が小さくなってしまったのも、毎回ミキサー食を食べ残すからだ。
けれども、毎日、毎食、並ぶおかずは同じような液体状のものばかり。味だって美味しくはないだろう、食欲が削げるのも無理はない。
そうはいっても、ミキサー食は祖母の命の大事な支え。拒むことはできないのだ。
「ごちそうさま。もう、お腹いっぱいよ」
結局、どの料理も三割程度残して、祖母はスプーンを置いた。
椅子から立ち上がる祖母を支え、再び居室までの道のりを付き添う。
良太はこのとき、いつも言葉を失う。