通路の奥に突如広がるエレベーターホール。
……というほど広くもないのだけど、廊下の閉塞感から開放された直後なのと、エレベーターの入り口が一機分しかないことが、実際以上に広く感じさせる。
「エレベーターって普通、もう少し玄関の近くにない?」
花音が、相変わらず白々とした空間を見回しながら尋ねる。
「そもそも研究棟は平屋造りだからね。エレベーターは後付けらしいよ」
「ふ~ん……って、駐車場にいくの!?」
「駐車場?」
花音の視線の先をたどると、エレベータードアの上に並んでいる〝1F〟と〝P〟の文字パネル。
「その〝P〟はparkingじゃなくてParabolaの〝P〟デスね」
エレベーターのボタンを押しながらビリーが答える。
「ああ、なるほど。屋上の、アンテナのことね」
「この研究所が開設されたのは2000年代に入ってすぐデスが、上のパラボラは2010年の秋に運用開始デスからね。エレベーターもその頃に架設されたのでしょう」
ビリーもここにきてまだ二、三年のはずなのに、すらすら年代まで諳んじられるなんて――
「やけに詳しいんだねぇ、ビリー」
私と同じ感想を持ったのか、矯めつ眇めつ周囲へ飛ばしていた視線を、再びビリーへ戻す花音。
いや……、花音はビリーの就任時期なんて知らないし、ただたんになんとなく質問しただけかな?
「ん~、詳しいというほどじゃないデスが、2010年はこの研究所にとっても大きなプロジェクトのあった年デスからね」
「大きな、プロジェクト?」
「はい。アメリカ同時多発テロ事件からピッタリ九年後の、2010年九月十一日……と言えば、お分かりデスか?」
ビリーの口角がキュッと上がる。何かを試すような笑顔。
少しのヒントで相手の知識を試したがるのは、頭の良い人の特性?
その時、ああ!と、何かに思い当たったように吃驚したのは手嶋さんだ。
「もしかして……種子島の?」
「おお! 日付だけでそれを言い当てるとは、素晴らしいデスね、雪実!」
驚いたように、しかし嬉しそうに胸の前で両手を合わせるビリー。
そんな彼の様子を見て、すかさず花音も相槌を打つ。
「あ、ああ! なるほどなるほどぉ……あれのことか! 鬼ヶ島の!」
「桃太郎か! ……種子島だよ、た・ね・が・し・ま」
「じょ、冗談よ! し、知ってるし、種子島くらい! あ……あれでしょ? あれが伝わってきたんだよね……」
「あれ?」
「あれよ、あれ……キリスト教的な……」
「的、ってなによ……。っていうか、2010年じゃ遅すぎるでしょ、キリスト教!」
いや、まてまて。そもそも種子島って言えばキリスト教じゃなくて鉄砲伝来だし!
後ろで、プッと手嶋さんが吹き出す。
花音のせいで、またおバカなトークを披露してしまったじゃん……。
「じゃ、じゃあ、咲々芽は、何があったか知ってるの? 種子島!」
実は私も、ビリーから日付を聞いた段階ではまだピンときてなかったのよね。
手嶋さんが〝種子島〟を出してくれたおかげで気づけたんだけど――
「と、当然、知ってるわよ。種子島って言えば、誰でも知ってるような大きな施設があるでしょう。超有名なやつ」
「知らないよ。そんな島に、何があるのかなんて……」
「ほら、最近もニュースでやってたじゃない。探査機の衝突装置で、小惑星にクレーターを作ったとかなんとか……」
「ああ――っ! もしかして、あれ? ロケット打ち上げの! ……ジャックス!!」
「JAXAだっつ~の……」
そう、誰もが知ってる大きな施設――JAXAの種子島宇宙センターだ。
毎年数回のロケット打ち上げが行われ、その成功率はH2Aロケットで九十七%以上、H2Bでは百%(※)と、日本の高い技術力を遺憾なくアピールしている。
(※本作執筆時の令和元年五月のデータを基にしています)
そして、2010年九月十一日に打ち上げられた、この研究施設にも関わりの深い衛星と言えば……そう、あれに違いない。
それにしても手嶋さん、日付を聞いただけで種子島を思いつくってことは、当然、その日に何が打ち上げられたのかも知ってるってことよね。
屋上のパラボラと関連付けて思い当たったんだとしても、予想以上に博識だわ。
「それではみなさん、乗って下さい」
先にカゴ室に入ったビリーの指示を受けて、ホールに残っていた私たちもエレベーターに乗り込む。扉が閉まると同時に、表示灯に上向きの矢印が点灯した。
私たち六人を乗せて、カゴ床がゆっくりと浮き上がる。
通常の建物であれば、たっぷり三~四階は上昇するくらいの時間をかけて、表示灯のランプが〝1F〟から〝P〟へ。
比較的低速なエレベーターというのもあるが、研究棟自体も、平屋にしてはかなり天井の高い造りなのだ。
再びエレベーターの扉が開く。
外は、一階同様、白を基調としたエレベーターホール。
ただし、広さは四畳半程度。狭い。
正面に、飾り気の無い片開きのドアが二つ。
一方にはexitus(出口)、もう一方にはentrance(入口)、さらにその下には括弧書きでcrean roomと記されている。
「行きましょう」
ビリーが入り口のドアを開けた直後、暗かったドアの向こう側で、オレンジ色のマーカーランプが一斉に点灯した。
「なになに?」
ドアを押さえるビリーの横をすり抜けながら、物珍しそうにきょろきょろと視線を振る花音。
全員が入り終わったところでビリーがドアを閉める……と同時に、天井から勢いよく大量の空気が吹き込んできた。
超高性能エアフィルタを通して送られてきた外気が、気流のシャワーとなって室内の塵埃を除去していく。
うひゃ――っ!と、花音がはためく制服のスカートを両手で抑えるが、一方向流式のクリーンルームなのでスカートが捲れることはない。
「!!」
その隣で、手嶋さんも慌てて帽子を押さえる。
二十秒ほどのエアシャワーののち――
「おっけーデ~ス!」と言いながら、いつの間に移動したのか、クリーンルームの出口を開けて外へ出るビリー。続いて、環さんと周くんも外へ。
「もぉ~! ひとこと言ってよビリィ~」と、頬を膨らませながら、花音も続く。
「sorry、sorry」
「あ~、なんで半笑い? もしかして確信犯だなぁ~、ビリー!」
半分じゃれるように文句を言う花音の後ろから、「それ、誤用ですよ」と指摘しながら続く手嶋さん。最後に、私も外へ。
というよりも――
ここが、目的地の研究室だ。
……というほど広くもないのだけど、廊下の閉塞感から開放された直後なのと、エレベーターの入り口が一機分しかないことが、実際以上に広く感じさせる。
「エレベーターって普通、もう少し玄関の近くにない?」
花音が、相変わらず白々とした空間を見回しながら尋ねる。
「そもそも研究棟は平屋造りだからね。エレベーターは後付けらしいよ」
「ふ~ん……って、駐車場にいくの!?」
「駐車場?」
花音の視線の先をたどると、エレベータードアの上に並んでいる〝1F〟と〝P〟の文字パネル。
「その〝P〟はparkingじゃなくてParabolaの〝P〟デスね」
エレベーターのボタンを押しながらビリーが答える。
「ああ、なるほど。屋上の、アンテナのことね」
「この研究所が開設されたのは2000年代に入ってすぐデスが、上のパラボラは2010年の秋に運用開始デスからね。エレベーターもその頃に架設されたのでしょう」
ビリーもここにきてまだ二、三年のはずなのに、すらすら年代まで諳んじられるなんて――
「やけに詳しいんだねぇ、ビリー」
私と同じ感想を持ったのか、矯めつ眇めつ周囲へ飛ばしていた視線を、再びビリーへ戻す花音。
いや……、花音はビリーの就任時期なんて知らないし、ただたんになんとなく質問しただけかな?
「ん~、詳しいというほどじゃないデスが、2010年はこの研究所にとっても大きなプロジェクトのあった年デスからね」
「大きな、プロジェクト?」
「はい。アメリカ同時多発テロ事件からピッタリ九年後の、2010年九月十一日……と言えば、お分かりデスか?」
ビリーの口角がキュッと上がる。何かを試すような笑顔。
少しのヒントで相手の知識を試したがるのは、頭の良い人の特性?
その時、ああ!と、何かに思い当たったように吃驚したのは手嶋さんだ。
「もしかして……種子島の?」
「おお! 日付だけでそれを言い当てるとは、素晴らしいデスね、雪実!」
驚いたように、しかし嬉しそうに胸の前で両手を合わせるビリー。
そんな彼の様子を見て、すかさず花音も相槌を打つ。
「あ、ああ! なるほどなるほどぉ……あれのことか! 鬼ヶ島の!」
「桃太郎か! ……種子島だよ、た・ね・が・し・ま」
「じょ、冗談よ! し、知ってるし、種子島くらい! あ……あれでしょ? あれが伝わってきたんだよね……」
「あれ?」
「あれよ、あれ……キリスト教的な……」
「的、ってなによ……。っていうか、2010年じゃ遅すぎるでしょ、キリスト教!」
いや、まてまて。そもそも種子島って言えばキリスト教じゃなくて鉄砲伝来だし!
後ろで、プッと手嶋さんが吹き出す。
花音のせいで、またおバカなトークを披露してしまったじゃん……。
「じゃ、じゃあ、咲々芽は、何があったか知ってるの? 種子島!」
実は私も、ビリーから日付を聞いた段階ではまだピンときてなかったのよね。
手嶋さんが〝種子島〟を出してくれたおかげで気づけたんだけど――
「と、当然、知ってるわよ。種子島って言えば、誰でも知ってるような大きな施設があるでしょう。超有名なやつ」
「知らないよ。そんな島に、何があるのかなんて……」
「ほら、最近もニュースでやってたじゃない。探査機の衝突装置で、小惑星にクレーターを作ったとかなんとか……」
「ああ――っ! もしかして、あれ? ロケット打ち上げの! ……ジャックス!!」
「JAXAだっつ~の……」
そう、誰もが知ってる大きな施設――JAXAの種子島宇宙センターだ。
毎年数回のロケット打ち上げが行われ、その成功率はH2Aロケットで九十七%以上、H2Bでは百%(※)と、日本の高い技術力を遺憾なくアピールしている。
(※本作執筆時の令和元年五月のデータを基にしています)
そして、2010年九月十一日に打ち上げられた、この研究施設にも関わりの深い衛星と言えば……そう、あれに違いない。
それにしても手嶋さん、日付を聞いただけで種子島を思いつくってことは、当然、その日に何が打ち上げられたのかも知ってるってことよね。
屋上のパラボラと関連付けて思い当たったんだとしても、予想以上に博識だわ。
「それではみなさん、乗って下さい」
先にカゴ室に入ったビリーの指示を受けて、ホールに残っていた私たちもエレベーターに乗り込む。扉が閉まると同時に、表示灯に上向きの矢印が点灯した。
私たち六人を乗せて、カゴ床がゆっくりと浮き上がる。
通常の建物であれば、たっぷり三~四階は上昇するくらいの時間をかけて、表示灯のランプが〝1F〟から〝P〟へ。
比較的低速なエレベーターというのもあるが、研究棟自体も、平屋にしてはかなり天井の高い造りなのだ。
再びエレベーターの扉が開く。
外は、一階同様、白を基調としたエレベーターホール。
ただし、広さは四畳半程度。狭い。
正面に、飾り気の無い片開きのドアが二つ。
一方にはexitus(出口)、もう一方にはentrance(入口)、さらにその下には括弧書きでcrean roomと記されている。
「行きましょう」
ビリーが入り口のドアを開けた直後、暗かったドアの向こう側で、オレンジ色のマーカーランプが一斉に点灯した。
「なになに?」
ドアを押さえるビリーの横をすり抜けながら、物珍しそうにきょろきょろと視線を振る花音。
全員が入り終わったところでビリーがドアを閉める……と同時に、天井から勢いよく大量の空気が吹き込んできた。
超高性能エアフィルタを通して送られてきた外気が、気流のシャワーとなって室内の塵埃を除去していく。
うひゃ――っ!と、花音がはためく制服のスカートを両手で抑えるが、一方向流式のクリーンルームなのでスカートが捲れることはない。
「!!」
その隣で、手嶋さんも慌てて帽子を押さえる。
二十秒ほどのエアシャワーののち――
「おっけーデ~ス!」と言いながら、いつの間に移動したのか、クリーンルームの出口を開けて外へ出るビリー。続いて、環さんと周くんも外へ。
「もぉ~! ひとこと言ってよビリィ~」と、頬を膨らませながら、花音も続く。
「sorry、sorry」
「あ~、なんで半笑い? もしかして確信犯だなぁ~、ビリー!」
半分じゃれるように文句を言う花音の後ろから、「それ、誤用ですよ」と指摘しながら続く手嶋さん。最後に、私も外へ。
というよりも――
ここが、目的地の研究室だ。