翌日、出勤してきた私の目の前に早々と立ちはだかったのは、芹奈さんだった。

「明穂ちゃんの、PP向上プログラムを作ってみたの」

「は?」

「たけるに送信しておくわね」

芹奈さんの指がパソコンのキーボードに触れる。

たけるの目が、黒から赤に変わった。

「ちょっと待ってください!」

慌ててたけるを持ちあげた。

「ただいま更新データを受信中です。電源を切らないでください」

「強制終了!」

たけるの赤い目が、カチカチと瞬いたかと思うと、ゆっくりと黒に変わった。

「あら、たけるって、そんな簡単にバックアップとれるの?」

「復元ポイントは、こまめに作ってますから!」

「まぁ、動作モードをゲーム設定からダウンロードしてた以外は、ほぼ初期設定通りで使ってたからね」

芹奈さんのこのセリフは、たけるの中身を勝手に見たってことなのか?

「見たんですか? たけるのなか!」

「見たっていうか、こないだ、たけるのアップデートがうまくいかないって、大騒ぎしてたじゃない」

あぁ、そうだった。

その時助けてくれたのが、芹奈さんだった。

「私は私なりの方法で、PPを回復させるから大丈夫です!!」

昨日の芹奈さんとの話しで、ちょっと落ち込んでた。

PP1689。

1800の会終了直後にしては、下降幅がいつもより大きい。

「回復って、回復どころか、しっかり落ちてるじゃない」

芹奈さんの指摘は容赦ない。

「PP局に在籍していながら、PPの自己管理が不安定だなんて、ありえないわ」

私はたけるを自分のパソコンにリンクさせる。

いっとくけど、たけるのバックアップデータは、常にきっちりしっかりはっきりその都度更新されるよう、バッチリガッツリムチッと設定済みなのだ。

「私が昨日、一晩かけて考えたプログラムに従えば、あなたも2000越え……、は、無理でも、1800ぐらいの維持は、簡単にできるわよ」

芹奈さんがささやく。

PP2000越え、全人口における上位10%以上の人格に与えられる称号。

「ぴ、PPによる差別は、許されないですよ」

「でも、現実として、PPによる評価は一般的に行われているし、広く利用されているわ。ここはその公平性と正確さを保つための施設なのよ」

芹奈さんは、呆れたように私を見下ろす。

「その職員であるあなたが、そんなことを言っちゃダメ」

「あぁ、そうですね、すいませんでした。だけど、私のことは放っておいて下さい!」

芹奈さんは、じっと私を見下ろす。

その顔は美しいままの無表情で、なんの感情も読み取れない。

ガタリと何かが大きく動く音が聞こえた。

振り返ると、七海ちゃんがその本性を隠すことなく、むき出しのままの、恐ろしい顔で立ち上がっていた。

「そのプログラム、私も受けます」

彼女は芹奈さんに詰めよる。

「私じゃダメですか!」

「そりゃまぁ、いいけど」

七海ちゃんの目が、ギッラギラに燃えている。

「あたし専用のプログラムに、作り替えてもらっても全然結構なんですけど!」

「い、いいわよ、分かったわ」

あの芹奈さんが、七海ちゃんの勢いに押されている。

「じゃ、二人にあったプログラムに作り替えましょう。一緒に頑張る仲間がいた方が、効率的だわ」

「はい!!」

気合いの入りまくった七海ちゃんのせいで、勝手に私まで巻き込まれてる。

「さくらさんは、どうする?」

「私は……、大丈夫です」

さくらはそう言って、にんまりと微笑んだ。

さくらのPPは、平均して1800から1900代。

2000にいくことはあんまりないけど、落ちることも、そう言えばそんなにないな。

「じゃ、明日には七海ちゃんと明穂ちゃん用に、作り替えてくるわね」

こうして私の意志は完全に忘れさられ、芹奈さんの思惑通りに事が運ぶ事になってしまった。