私はくるりと身を翻して、華やかな会場に意識を戻した。

こんなところで感傷にひたっている場合ではない。

人格の保証された人間だけの集まるこの場所でなら、私も大胆になれる。

「なんのお話をされているんですか?」

その一言で、そこにいた会話グループの輪がぱっと開いて、簡単に仲間に入れてもらえる。

寒色系の色調のグループだったけれども、PP1800越えは伊達じゃない。

逆に一人色調の違う私の方が、話題の中心となってうまく盛り上がるようになっている。

何もかもが、世界の全てがこんな風に出来ていたら、どれだけよかっただろう。

グループの輪が崩れたとき、いつの間にかさくらが、すぐ後ろに立っていた。

「楽しんでるみたいだね」

「まぁまぁね」

「収穫はあった?」

「収穫って、なにをもって収穫っていうわけ?」

グラスを片手に、ほろ酔いさくらは上機嫌だった。

「いいわよねー、こういうのって。いつ来ても気楽で毎回楽しいから」

あっさりと私の質問を受け流す。

さくらにとっては、会場の雰囲気を楽しむことが最上の喜び。

視線の先に、横田さんの姿が目に入った。

同じような枯れ具合の男の人と、二人で何かを話している。

「毎回来てても、枯れっぱなしの人もいるけどね」

さくらも振り返って、横田さんを見た。

「あの人はこんな会より、絶滅した自治会のなれの果てみたいな会に、出席してた方がいいのよ」

「平日昼間、子供からお年寄りまで」

「夏祭りの屋台の準備・運営とか、清掃・防災活動、餅つきとかなら、張り切ってやってそう」

「分かる!」

二人で笑い転げていたら、市山くんがやってきた。

「なにがそんなにおかしいんですか?」

「別に」

「なんでもないよ」

「えー」

横田さんが今ここにいたら、結局身内同士で固まりやがってとか、そんなことを言うんだろうな。

これだから成り上がり1800は、とか言って。

でも楽しいから、何だっていいや。

そうだ、この勢いで、鉄仮面横田にも絡んでみよう。

いつもなら、なんとなくとっつきにくくて遠慮しちゃってるけど、こんな時にならきっと、こんなことですらなかったことになる。

「お~い、そこの自治会長!」

遠くに見える枯れ枝自治会長の横顔は、笑っていた。

いつのまにか彼の隣には、年上新人格上女子の芹奈さんがいる。

二人はとても親密な雰囲気で並んでいて、今夜の横田さんは、普通の顔色で真っ赤になったりなんかしてないで、普通に2000越えの男性らしく、スマートに女性に接している。

なんだ。

そんなに普通に、普通ができるんだ。

「あ~、芹奈さんと横田さんかぁ」

市山くんも、それに気がついた。

「やっぱり、そうなるのが自然なんだよね」

さくらもため息をつく。

「だから、うちの部署に配属されたのかなぁ」

横田さんは得意げに何かを語っていて、それを彼女は、くすくすと笑いながら聞いている。

夜の空気に混じるほのかなお酒の香りと流れる音楽は、映画のワンシーンのようで、市山くんは感心したようにつぶやく。

「マッチングって、本当に魔法みたいな奇跡を生み出しますよね。横山さんって、基本女の人が苦手なのに」

女性相手なら、いつも事務的な態度で接するか、怒ってるか橫を向いているかのどっちかの人が、実に自然に、にこやかに接している。

「お似合いって、こういうことなんですねー」

「私も電子の魔法にかかりたぁ~い!」

「はいはい」

市山くんはとびついてきたさくらを適当にあしらいながら、次の料理を物色している。

あの二人は、なんの話しをしているのかな。

また少子化対策とか、地球環境問題とか、真面目くさった話しかな。

芹奈さんは局の新人さんだから、きっと仕事の説明がてら、局の建物の話しとかをしているに違いない。

最近職場のトイレの水の流れが悪いとか、総務と人事課の接し方の違いとコツだとか。

だって横田さんには、そんな話題しかないのを知ってる。

私は浴びるようにお酒を飲んで、いい感じに酔っ払ってから家に戻った。

ちょっと飲み過ぎだったと、後で愛しのたけるに怒られた。