コンビニやスーパーで『バレンタイン』のポップが目に入るようになった、そんなある日。

会社は火曜日が定休日、隔週で火曜と水曜が連休。あとは社長の思い付きで、祝日が臨時休業に決まったりもする。

ちょうど連休で天気もまあまあ。
風が強くなってきたから、午前中から干してあった羽布団や毛布を取り込み、午後の散歩がてらスーパーに買い物に行く。

相変わらず野菜は値上がったまま。お財布に厳しい冬だ。
もう少しだけお給料がアップしてくれると助かるなぁ。・・・切実に思ってるけど言えない。
不動産屋は漁師みたいなもので、当たれば大きい。でも常に大漁とはいかない。その辺の仕組みもよく分かってるし。

そろそろ切れそうな調味料や、便利な冷凍食品なんかも買い込んで両手にレジ袋を提げマンションに戻る。
3階建て12世帯で築16年。古すぎず、そこそこの設備が整っていたし、外観も悪くなかった。離婚して一人暮らしに戻った時に決めた物件だ。

1階は危ないと妹からクレームが入ったけど、今どきは2階でも3階でも平気で事件は起こる。逃げやすい方がいいじゃない。・・・そう笑ったら、どうにか納得してくれた。

入り口に集合ポストがあるくらいで、オートロックやエントランスもない。
玄関側は住宅地で、ベランダ側は大きな物流倉庫の駐車場。障害物がないから、日当たり抜群でけっこう気に入っているのだ。

道路から3段ほど上がってマンション名が刻まれたポーチをくぐり。ある程度、侵入者は阻止してます。・・・くらいの腰高の外壁と植栽に囲われた、共用通路に足を踏み出して、一瞬目を見張る。

103号室のドアに寄りかかるようにして、黒いコート姿の男が立っていた。
スマホを片手に、落としていた視線をやおらこっちに振り向かせ。
足が止まってしまったわたしに向かって、ひと言。

「・・・風邪引かす気か」

淡々とユウスケは言い放ったのだった。