ピンポーン。

 僕はこの日、とある一軒の家の前に立っていた。インターフォンの音に、足音が近づいてくる。広い庭を飾る手入れの行き届いた花たち。片手に手土産をぶら下げて、僕は残暑厳しい道を歩いてきた。





「はい、どちら様ですか?」





 鍵が開き、女性が出てきた。胸元まで伸びた巻き髪。目鼻立ちが整った顔はやはり外国の血が入っているからだろう。優しそうな目元なんか、本当にそっくりだ。

 僕が訪れていたのは、海愛の自宅だった。

 数日前から体調が優れないと話していた海愛は案の定熱を出し、倒れてしまったらしい。

 苦しむ彼女のお見舞いに、と僕は智淮さんから海愛の自宅の住所を教えてもらったのだ。





「僕、櫻井蓮と言います。海愛さんとは……」





「ああ! アナタが噂の蓮くん!」





「……え?」





 女性は僕の名前を知ると、納得したように手を胸の前で合わせる。

 わけが分からない僕は首を傾げた。





「ああ! アタシは海愛の姉で、雨う姫きって言います。よろしくね」





 笑顔が海愛に似ている。





「はぁ、よろしくお願いします。あ、よかったらこれどうぞ」





 わけが分からないまま僕は頭を下げ、持ってきた手土産を渡す。





「あら、わざわざありがとう! さ、中に入って!」





「お、お邪魔します」





 雨姫さんに促されるまま、僕は海愛の自宅へと足を踏み入れる。スリッパを履いたところで、声をかけられた。





「蓮くんは、海愛の彼氏ってことでいいのよね?」





 海愛の彼氏。

 何度耳にしても慣れない言葉に体がピクリと反応する。平然を装いながら、僕は首を縦に振る。





「はい、一応」





 僕の返答に、雨姫さんは満足そうに頷いた。

 リビングまで案内してもらい、ソファに腰を下ろす。珈琲を淹れようとする雨姫さんに、僕は声をかけた。





「あの、海愛さんは……」





「あー海愛? そっか、お見舞いに来たんだよね! ごめんねー今寝ちゃってるのよ」





 本人が眠っているなら、今日は帰った方がいいかもしれない。





「あ、それなら今日は帰ります……」





「待ってて! 今起こすから!」





「え、ちょ」





 雨姫さんは僕の手を引き、螺旋らせん状の階段を上がっていく。

 海愛、と書かれたプレートがかけられた部屋の前で立ち止まり、雨姫さんは僕の方に振り返った。