消えたメールの復元は、どう考えても不可能だ。
ネットで検索しまくって、「受信トレイ修復ツール」なるものを散々試してみたが、どれもこれも、一度完全に削除してしまったものを、復元させるには至らない。
専門業者も考えてみたが、復元率がどれも96%だとか98%だとか、完璧をうたった業者は存在しないし、どれもこれも高額な費用を要求される。
しかも、ネットの口コミをみていると、復元出来なかったうえに、請求額が20万円?
ありえない、そんな非人道的なことが、どうして出来るんだ。
成功してからの報酬だろ? 手数料? これが社会と仕事の仕組み?
俺にはカンケーねぇ。
出来るのか出来ないのか、そこだけが問題だ。
しかも、社内のパソコンは、今どき時代遅れな設置型だし、基本的に、情報内容の持ち出しは禁止されている。
そんなことは当たり前だって? そうだよな。
メーラーだけをUSBにコピーして復元出来ないかと掛け合ってみたけれども、バックアップはとれるけど、復元はムリとしか返事が返ってこない。
俺はバックアップの取り方の話しをしているんじゃない、復元の仕方を聞いているんだ!
ん? だが、待てよ、と、いうことは、もしかしたら、センター全体で共有するクラウド的なもので、データが残っているかもしれない。
そうだ、それを探してみよう。
データのバックアップを取るのって、基本中の基本だろ?
それが世界を揺るがすような重要案件なら、なおさらだ。
「あの、すいません」
「どうした?」
俺はここで、あえて香奈先輩ではなく、栗原さんに声をかけてみた。
こういう場合、男同士の方が、話しが分かりやすい、多分、根拠はない。
「あの、このセンターって、データのバックアップって、取ってるんですか?」
「うん、バックアップっていうか、観測データはイタリアの本部に送って、そこで世界中の軌道データの確認をしているよ」
「じゃあ、イタリアに、バックアップデータがあるってことですか?」
「うーん、観測データが見たいなら、うちからでも、検索できるけど……」
彼の目が、俺を見上げる。
「なにか、気になることでもあった?」
「いえ、そういうわけでもないんですが」
なんて言おう、どう言おう。
どういう言い方をすれば、この事態がうまく彼に伝わるのだろうか。
「世界に数ある自然災害の中で、人為的なミスで起こるものって、どれくらいあるんでしょうかね」
「自然災害ってことだけで、人為的なミスはありえないけどね」
「え? それは、どういうことですか?」
「自然災害だから」
自然の驚異という理由があれば、個人の過失は問われないということなんだろうか。
「人為的な要因がそこに入り込むならば、それはもう自然災害とは言わないよね、言えないよね」
人為的な要因……。彼は、にっこりと笑った。
「それはもう、個人の責任だ」
「個人の、責任」
「だって、過失も犯罪だ。故意であっても、故意でなくても」
はんざい……。犯罪になってしまうのか?
「ま、よほどの事でもない限り、個人の過失が、災害レベルの被害を起こすことは、ありえないけどね」
「そーですよねぇ!」
「そーだよなぁ」
「あはははは」
違う、俺が聞きたかったのは、そんなことじゃない。
救いを求めて行ったはずなのに、さらに追い込まれてどうするんだ。
だがよく考えてみれば、隕石の落下は自然災害であって、人災じゃないよな。
ということは、俺のミスは、ミスであってミスでない、俺がどうであろうと、隕石はやってくる。
えーっと、違うよな、さしあたっての今の問題は、そこじゃない。
「えーっと、そうではなくて」
何も知らない無邪気な目が、俺を見上げる。
どうして俺がこんなにも焦っているのに、それがこいつらには分からないんだろう。
バレても困るけど。
「なんだ、どうした。杉山、テメーもしかして、早速なにか、やらかしたんじゃないだろうな」
「この俺が、何かやらかすとでも、思いますか?」
そんなことは、ありえない、絶対にありえない、俺がミスするなんて、この世で起こりっこない。
「まぁ、どうでもいいけど」
彼女はそう言って、マグカップの紅茶をすする。
「もし、何か困ったこととか、やらかしたことがあれば、腹くくって、さっさと報告するんだぞ。それが身のためだぞ」
「そんなの、分かってますよ」
分かってるよ、分かってるから、こうしてここに立って、あんたを見下ろしてるんだ。
その合図に、どうして気づいてくれないんだろう。
報連相なんて、あったもんじゃない。
「分かってるんなら、さっさと仕事しろ」
「はい」
俺は、素直に自分の席に戻る。
どうしよう、本気で困った。
イタリア語? そんなの話せねーよ。
話せたところで、どうやって伝えていいのか分からないけど。
now is the timeで、地球に接近中の隕石の中に、衝突の可能性があるものが発見された。
その隕石の、正確な軌道を計算するために、アメリカ空軍から連絡があり、詳細なデータを求められている。
NASAからも催促があったということは、アメリカの支部では、本格的な調査が始まっているということになる。
世界各国に観測拠点があるなかで、日本の支部に情報提供を求めるってことは、どういうことだ?
日本のデータが必要ってこと?
イタリアの本部が、データ解析を行っているなら、イタリアに聞けばいい話しじゃないか。
そもそも、制空権の問題から、宇宙観測にかんするデータは、アメリカ軍が握っている。
なんだかんだで、アメリカなしでは、考えられない。
宇宙に飛んでいる、地球近辺の小惑星の数は、60万、そのうち、衝突の可能性のあるものは、およそ1万6千個。
その全ての惑星軌道は、国際天文学連合で、管理されている。
もし、本気で聞きたいことがあるのなら、そっちに聞けばいいことだ、間違いなく、うちじゃない。それとも……。
もし、俺がこのまま黙っていたら、世界はどうなってしまうんだろうか?
ネットで検索しまくって、「受信トレイ修復ツール」なるものを散々試してみたが、どれもこれも、一度完全に削除してしまったものを、復元させるには至らない。
専門業者も考えてみたが、復元率がどれも96%だとか98%だとか、完璧をうたった業者は存在しないし、どれもこれも高額な費用を要求される。
しかも、ネットの口コミをみていると、復元出来なかったうえに、請求額が20万円?
ありえない、そんな非人道的なことが、どうして出来るんだ。
成功してからの報酬だろ? 手数料? これが社会と仕事の仕組み?
俺にはカンケーねぇ。
出来るのか出来ないのか、そこだけが問題だ。
しかも、社内のパソコンは、今どき時代遅れな設置型だし、基本的に、情報内容の持ち出しは禁止されている。
そんなことは当たり前だって? そうだよな。
メーラーだけをUSBにコピーして復元出来ないかと掛け合ってみたけれども、バックアップはとれるけど、復元はムリとしか返事が返ってこない。
俺はバックアップの取り方の話しをしているんじゃない、復元の仕方を聞いているんだ!
ん? だが、待てよ、と、いうことは、もしかしたら、センター全体で共有するクラウド的なもので、データが残っているかもしれない。
そうだ、それを探してみよう。
データのバックアップを取るのって、基本中の基本だろ?
それが世界を揺るがすような重要案件なら、なおさらだ。
「あの、すいません」
「どうした?」
俺はここで、あえて香奈先輩ではなく、栗原さんに声をかけてみた。
こういう場合、男同士の方が、話しが分かりやすい、多分、根拠はない。
「あの、このセンターって、データのバックアップって、取ってるんですか?」
「うん、バックアップっていうか、観測データはイタリアの本部に送って、そこで世界中の軌道データの確認をしているよ」
「じゃあ、イタリアに、バックアップデータがあるってことですか?」
「うーん、観測データが見たいなら、うちからでも、検索できるけど……」
彼の目が、俺を見上げる。
「なにか、気になることでもあった?」
「いえ、そういうわけでもないんですが」
なんて言おう、どう言おう。
どういう言い方をすれば、この事態がうまく彼に伝わるのだろうか。
「世界に数ある自然災害の中で、人為的なミスで起こるものって、どれくらいあるんでしょうかね」
「自然災害ってことだけで、人為的なミスはありえないけどね」
「え? それは、どういうことですか?」
「自然災害だから」
自然の驚異という理由があれば、個人の過失は問われないということなんだろうか。
「人為的な要因がそこに入り込むならば、それはもう自然災害とは言わないよね、言えないよね」
人為的な要因……。彼は、にっこりと笑った。
「それはもう、個人の責任だ」
「個人の、責任」
「だって、過失も犯罪だ。故意であっても、故意でなくても」
はんざい……。犯罪になってしまうのか?
「ま、よほどの事でもない限り、個人の過失が、災害レベルの被害を起こすことは、ありえないけどね」
「そーですよねぇ!」
「そーだよなぁ」
「あはははは」
違う、俺が聞きたかったのは、そんなことじゃない。
救いを求めて行ったはずなのに、さらに追い込まれてどうするんだ。
だがよく考えてみれば、隕石の落下は自然災害であって、人災じゃないよな。
ということは、俺のミスは、ミスであってミスでない、俺がどうであろうと、隕石はやってくる。
えーっと、違うよな、さしあたっての今の問題は、そこじゃない。
「えーっと、そうではなくて」
何も知らない無邪気な目が、俺を見上げる。
どうして俺がこんなにも焦っているのに、それがこいつらには分からないんだろう。
バレても困るけど。
「なんだ、どうした。杉山、テメーもしかして、早速なにか、やらかしたんじゃないだろうな」
「この俺が、何かやらかすとでも、思いますか?」
そんなことは、ありえない、絶対にありえない、俺がミスするなんて、この世で起こりっこない。
「まぁ、どうでもいいけど」
彼女はそう言って、マグカップの紅茶をすする。
「もし、何か困ったこととか、やらかしたことがあれば、腹くくって、さっさと報告するんだぞ。それが身のためだぞ」
「そんなの、分かってますよ」
分かってるよ、分かってるから、こうしてここに立って、あんたを見下ろしてるんだ。
その合図に、どうして気づいてくれないんだろう。
報連相なんて、あったもんじゃない。
「分かってるんなら、さっさと仕事しろ」
「はい」
俺は、素直に自分の席に戻る。
どうしよう、本気で困った。
イタリア語? そんなの話せねーよ。
話せたところで、どうやって伝えていいのか分からないけど。
now is the timeで、地球に接近中の隕石の中に、衝突の可能性があるものが発見された。
その隕石の、正確な軌道を計算するために、アメリカ空軍から連絡があり、詳細なデータを求められている。
NASAからも催促があったということは、アメリカの支部では、本格的な調査が始まっているということになる。
世界各国に観測拠点があるなかで、日本の支部に情報提供を求めるってことは、どういうことだ?
日本のデータが必要ってこと?
イタリアの本部が、データ解析を行っているなら、イタリアに聞けばいい話しじゃないか。
そもそも、制空権の問題から、宇宙観測にかんするデータは、アメリカ軍が握っている。
なんだかんだで、アメリカなしでは、考えられない。
宇宙に飛んでいる、地球近辺の小惑星の数は、60万、そのうち、衝突の可能性のあるものは、およそ1万6千個。
その全ての惑星軌道は、国際天文学連合で、管理されている。
もし、本気で聞きたいことがあるのなら、そっちに聞けばいいことだ、間違いなく、うちじゃない。それとも……。
もし、俺がこのまま黙っていたら、世界はどうなってしまうんだろうか?