俺はモテる。

正直に言って申し訳ないが、とにかくモテるのだから仕方がない。

現在は国際ユニオン宇宙防衛局日本支部のアースガード研究センターという超マイナー部署に飛ばされてしまったため、すっかり取り巻きがいなくなってしまったが、外務省勤務の外交官候補という肩書きがあった時には、とにかくモテた。

特に面白いくらい引っかかってきたのが、女どもだ。

俺がひとたび外務省勤務の外交官候補と口にすると、目が合った女の全てが、俺とアドレスの交換をしたがった。

もちろん、俺はそれに一つ一つ応えてやったし、言われれば惜しげもなく名刺をくれてやった。

ちょっと名刺を配りすぎていたのかもしれない。

出会った女どもからのメールや電話が、その頃はひっきりなしに送られてきていた。

リアルで出会った女どもは、周囲の目を気にしすぎるのか、遠慮がちな対応だったが、ネットの匿名性を利用した女性たちは、とても積極的だった。

この奥ゆかしさは、日本女性特有の美徳でもあり、対応しなければならない男の立場からすると、難点でもある。

奥ゆかしすぎて誰が誰だか分からない。

仮面舞踏会か、見ず知らずの相手とやりとりしていた、平安貴族のようだ。

21世紀なのに。

中には、どこでどう俺のアドレスを知ったのか、『50万円で、私とデートしてください』なんて、手に負えないほど盲目的に俺に惚れ込んだ女からのメールも送られてきた。

それにはさすがに、『お金をもらうのはちょっと』と言って断ったが、そのあとも何度かメールのやり取りを続けているうちに、次第に謝礼金の額が膨れあがり、ついには200万円上げるから、どうしても会いたいとまで言わせてしまった。

俺は彼女にそこまで言わせてしまった罪悪感から、断腸の思いで彼女のメールを拒否設定にした。今でも申し訳ないと思っている。

どこかで思い詰めて、命を絶ったりしないでいて欲しい。

彼女には、自分の幸せを見つけてくださいと、最後にメールをして別れた。

実際に、会ったことはない。

匿名でヒモ付け不可能だったからだ。

彼女とのやり取りは、今でも俺の胸に甘酸っぱい思いを呼び起こす。

他にも、徳川将軍家の末裔だとか、モデルをやってるとか、かなり名の知れた芸能人やアイドルともメールのやり取りをしていた。

さらに外交官候補ということもあって、海外からのメッセージも多く含まれていた。

アメリカのビジネスマンから、出資を募るメールだったり、一緒に会社を立ち上げようとか、そんな誘いも多かった。

ロシアやウクライナの女性からも、会いたいという誘いが数多く寄せられた。

ある日、全文英字で送られてきたメールを開封したところ、身に覚えのない商品の請求書だったうえに、支払わなければ口座を凍結すると脅されたが、実際に凍結されたのはスマホの方だった。

そんなスマホの凍結を数回やられた俺は、そのたびにスマホを買い換えるハメになったし、そのたびに、俺を慕う女性からの、連絡手段も失ってしまった。

迷惑な話だ。

俺は別にそれでも構わない、だが、女性を泣かす男には、出来るだけなりたくないと思っている。

さすがに学習した俺は、もう全文英字のメールは、絶対に開かないと心に決めた。

現在の職場に移ってから、日々のルーチンワークの他に、外部との窓口業務を与えられた俺は、いわゆる『お問い合わせ』のメール対応を行っている。

その問い合わせメールにも、数多くのおかしなモノが紛れ込んでいた。

悪いが俺は、迷惑メールのプロと言っても過言ではない。

日々大量に送られてくるメールを、そのタイトルと文字列の並びだけで、善か悪かを見分けられる能力を、既に俺は手にしていたのだ。

そんな下等かつ愚劣な行為を行う生物に対する、俺の手法は徹底している。

全文削除。

完璧だ。

問答無用の全削で、俺は自らのスマホと、職場のパソコンを守っている。

まさに、ガードマン、守れる男だ、かっこいい。

6人しかいない弱小職場で、唯一の女性職員である三島香奈は、とにかく手癖、足癖、口癖がよろしくない。

先輩であり、かわいがるべき立場にある俺を、なにかと目の敵にしている。

「おい、杉山、てめー寝てんじゃねーだろーな」

そう言って、俺に支給された会社の備品であるはずの机を蹴り飛ばす。

気になる男の子に、ついつい意地悪しちゃうなんて、小学生以下の女だ。

「寝ていません。これは沈思黙考というんです。ご存じありませんでしたか?」

「てめーのは、夏炉冬扇、画蛇添足、蹉跎歳月というんだ」

四字熟語対決でくるつもりか、よろしい、受けてたとう。

天文バカ共の集まりの中で、この俺が負けるワケがない。

文系畑の俺に、勝算しかない。

「僕のは、和光同塵、内清外濁、韜光晦迹を心がけておりますので」

女の目が、俺をにらみつける。

どうだ、次の言葉が出てこないだろう、俺の勝ちだ。

「栗原さ~ん!」

突然、女が甘えたような声を出して、そばにいた別の男に駆け寄る。

「コイツが、一望無垠の按図索駿っぷりを見せつけてくるんですぅ~」

俺にかこつけて、男に取り入ろうとは、まさに笑止千万、分不相応。

「はは、まぁでも、玉石混淆、愚者一得、千慮一得ってこともあるし?」

「だけどね、栗原さん」

香奈先輩は、首を斜めに傾けて、それはそれは純情可憐な仕草をみせる。

「私は、こんなにも無為無能、無知蒙昧なヤカラを見たことがありません」

「蒼蠅驥に付して千里を致すってことも、あるかもしれないよ?」

そうようきび? それは、上司がよければ、バカでも賢くなるという意味だ。

栗原さんの言葉に、香奈先輩はまんざらでもない様子で、男の腕を叩く。

「やっだ~、それって、誉めてます?」

「僕はいつだって、誠心誠意、君には対応しているつもりだけどね」

言ってる栗原さんの顔が真っ赤になって、それを見た香奈さんの方まで黙りこんでやがる。

男のもじもじに、女のもじもじが重なっている。

いったいこれは、どういうことだ?

「すいません、香奈先輩、意味不明、心慌意乱、驚天動地な状態なんですけど」

「お前に一つ、いいことを教えてやろう、不言実行、とにかく黙って仕事しろ」

女がぱっと顔をそらして仕事にもどると、名残惜しそうに、栗原さんが、香奈サンをチラチラ見ている。

なんだコレ。なんだソレ。

また全文英字のメールが送られてきた。

アメリカからのメールだ。

緊急を要する問い合わせ? 

そんなもん知るか、こっちの方がどうなってるのか、それが聞きたいわ。

あぁ、彼女、ほしいな。