本気で地球防衛団!

急に慌ただしくなったセンター内で、俺は一人、ポツンとしていた。

今から約3年後の夏、日本近海から北大西洋にわたる領域に、落下する可能性のある小惑星が発見された。

その一報をアメリカ空軍から受け、軌道計算のための詳細なデータ収集が本格化している。

天文学の粋を集めたこのセンターで、新人かつ門外漢の俺は、何をしていいのかも分からない。

2018 NSKと名付けられた今回の隕石は、現在はまだまだ遠い、宇宙空間を漂っている。

センター長であり、国内トップクラスの天文学者でもある鴨志田さんが、岡山の天文台から引き上げてきた。

「みんな、ご苦労だね」

がたいのいい、白髪の混じるあごひげをたたえたセンター長のまわりに、みんなが集まった。

「最初に報告をあげたのは、鴨志田さんだったんですか?」

香奈さんが詰めよる。

「あぁ、異常に動きの早い天体でね、発見したときには、思わず手が震えたよ」

そう言って、にっこりと笑う。

「いやー、学者冥利に尽きるって、こういうことなんだなぁ~、あはははは」

「笑ってる場合じゃありません!」

 最初に発見したのが、ここのセンター長? 

ということは、やっぱりこのセンターのみんなは、既にこの惑星のことは、知っていたということなんだろうか。

「すぐに国際本部の方から照会があると思ったのに、なかなか声がかからなくてね、おかしいなーなんて、思ってたんだよ」

「鴨志田さんが、催促したんですか?」

「まあね」

そう言ってウインクをしてみせた後で、USBメモリを取り出した。

「さぁ、ここにその大切な資料がある。同じものを、世界各国の協力機関に配布済みだ。これからは、とにかく詳細な分析が必要になる。観測も重要だ。よろしく頼んだよ」

「はい!」

なんだ、知っていたんだ。

分かっていたんだったら、早くそう言ってくれればよかったのに。

なんで俺だけが毎日、あんなにもビクビクしなくちゃいけなかったんだ、バカみたいだな。

ついつい漏れ出たため息。

考えてみれば、それもそうだ。

こんな人類の存続に関わるような重大事案を、俺がたった一人で抱え込むワケがない。

それに早く気づいていれば、こんなにも気まずい思いをしなくてもすんだのにな。

分かってるんなら、さっさと言えよ。気が利かねーな。

「君が、新人の杉山くんか」

センター長が、俺の名を呼んだ。

「あぁ、はい、そうですけど」

「最終面接以来、かな?」

「そうですね」

差し出された鴨志田さんの手を、じっと見る。

コレは、握手をしろってことなんだろうな。

俺が握り返したら、予想に反するほどの強い力で、握り返された。

握手の仕方って、人それぞれだ。

そっと触れるだけのような人もいれば、もの凄い力強さで握ってくる人もいる。

どっちが正解なのか、俺にはいまだに答えが見つからない。

「これから、君の力が必要になってくる。よろしく頼むよ」

「はぁ」

何を言ってんだか。

正直言って、認めたくはないが、外務省外交官候補のはずだった俺が、どうしてこんな畑違いの場所に飛ばされてきたと思ってるんだ。

『やめろ』っていう、無言の圧力だろ、リストラみたいなもんだ。

それをどうして、このオヤジが拾う気になったのかは知らねーが、まぁ、俺のやる気なんて、ほぼゼロだ。

ここで一体何の役に立てるのか、自分でも自分の価値が分からない。

干された余り物の俺を拾って、ここで自主退職するまで待ってるつもりなんだろうが、素直にそれに応じて新しい人生だなんて、早ければ早いほどいいだなんて、そんな気持ちにさっさと切り替わるほど、俺はお前らに都合よく出来てない。

腐れるだけ腐りまくって、ずっとお荷物で居続けてやるからな。

「すみません、コイツ、礼儀もクソも、なってないんです!」

香奈センパイが飛び込んで来て、俺の頭を無理矢理押し下げる。

それがどれほど屈辱的な行為か、この女は分かってやっているんだろうか。

「やめてくださいよ、髪型が乱れる」

俺は乱れた髪を、これ見よがしに丁寧に直しながら、さらに言葉を続ける。

「こういうのって、やってる本人の資質も疑われますし、やられるのを見ている方も不快だと思いますけどね」

このパワハラ女だけは、どうしても許せない。

「もうずっと、こんな調子なんですぅ」

女はそう言って、両手で目をゴシゴシとこすり始めた。

ほら出た、泣き落とし。これだから女は嫌いだ。

「そうか、三島くんが教育係か、しっかり面倒見てあげなさい」

センター長はそれには応じず、にこにこ笑って、特に俺にも彼女にも気にとめる様子もなく、軌道解析の分担を始めた栗原さんたち、実務チームの方に向かっていく。

そりゃそうだ。こんな緊急事態に、どうでもいいボケ新人に対して、興味なんてわくわけがない。

「これから、本気で忙しくなるけど」

女の小さな目が、俺をにらみ上げる。

「あんたは、みんなの邪魔にならないように、気をつけなさい」

それが新人の俺に対する、教育係のアドバイスか? 

ばかばかしい。

「自分なりに出来ることを考えて、少しでも貢献できるように、努力して」

偉そうに、中身の全くないセリフを投げ飛ばして、香奈センパイは背を向けた。

戻ってきたセンター長を含め、たった7人しかいない息苦しい職場で、俺だけが含まれない仲良しグループに戻っていく。

くだらない。

そう言うお前は、あのチームでどれだけの仕事が出来るってゆーんだ。

ろくに仕事も出来ないくせに。

一回でも、まともに働いてるところを見せてみろよ。

俺にだって、言いたいことはヤマほどある。

俺がアメリカから送られてきたメールを、勝手に削除していたことを知っているのなら、なんで黙ってるんだ。

それで俺を脅すつもりなんだろうか。

俺が悪かったなら、さっさとそう言えばいいのに。

みんなの前で糾弾して、目障りな新人をさっさと辞めさせればいいだろ、それをやらないで、そうやって先輩風でも吹かして、弱みを握ったつもりでいるのか? 

バカバカしい。

もしそれをやったとしても、それでも結局、事態には何の変化もないけどな。

俺がメールを破棄しようが、してなかろうが、それでも隕石は降ってくるし、俺が報告しなくっても、事態の問題を把握している人間が他にちゃんといて、やることやってんだから。

何のためにこんなことをやらされているのか、全く意味が分からない。

こんな無意味で重複したシステムの中に、俺が含まれているのなら、俺は不要だと言われていることに、全くもって変わりはない。

俺は、必要のない人間なのだ。
新たに発見された小惑星は、二晩にわたる観測が行われたうえで、本当に新発見だと確認されれば、正式に承認される。

今回のこの惑星は、突如宇宙空間に現れたことで、研究者たちを驚かせた。

毎晩見上げていた宇宙空間に、突然白い点が現れたのだ。

その奇っ怪さから、ワームホールという、アインシュタイン理論で予言される、異空間トンネルを通って、ワープしてきた可能性があるという説まで飛び出した。

本来、小惑星というのは、宇宙空間の過酷な環境や自身の重力などによって、河川の石のように、丸みを帯びた形状をしている。世界は常に安定を求めている。

この世で一番安定した形状とは、球体だ。

だから、星は自身の形状を保つために丸くなる。

しかし、今回のこの2018 NSKは、非常に角張ったごつごつした形で、全くもって丸みがない。尖りまくった小惑星だったのだ。

発見以前の画像には、全くその姿が捉えられていない、一夜にして現れた、謎の惑星、というわけだ。

ちなみに、宇宙に漂っている、ちっこい(星以下の)石が小惑星で、それが地球に落ちたら隕石、小惑星に含まれる成分が、太陽とかに熱せられて蒸発、もしくは噴出して、飛行機雲のように尾を引いているのが彗星だ。

だから、彗星のごとく現れたといっても、それ自身が輝いているわけではない。

基本、太陽の光を受けて、輝いているだけだ。

飛行速度も、小惑星と彗星で、そのスピードは様々。

じゃあなんで、彗星のごとくって言う表現があるのかって? 

その方が言い方として、格好いいからだ。理由はそれだけ。

謎の小惑星だからといって、わざわざ、ない尻尾を振る必要も、ない。

ワームホールの存在は、ブラックホールの存在が確定するのであれば、どこかには存在しているはずだとされている。

しかし、その発見は難しく、たとえ存在していたとしても、微小だったり、瞬間的に消えてしまったりして、発見が難しいとされてきた。

今回のこの小惑星は、超新星爆発と同時に発生したブラックホールからの、ワームホールを通過、遥か彼方の死滅した巨大惑星の、破片の一部が移動してきたのではないかと、噂されている。

噂ね、あくまで噂。

噂といえば、地球に突如生命が現れたのも、その起源が隕石に付着していた微生物や有機物説ってのがあるんだって。

じゃあ、俺たちの祖先は、遠い宇宙に存在する謎の生命体ってこと? 

すげーな俺、やっぱ地球レベルの人間じゃなかった。

俺の起源は、間違いなく宇宙にある。

だって、地球レベルに収まってないもん、俺って。やっぱりね。

というわけで、今回のこの突如現れた謎の小惑星は、そんな地球外生命起源説をも証明するかもしれない、彗星のごとく現れたスーパースターだった。

しかも、地球に落ちて被害をもたらすかもしれないというヒール的な要素も持つ、かなりの新キャラ設定だ。

スーパースターは、丸いよりも、尖っていた方が格好いい。

俺自身も、かくありたい。

もし、本当にそんな仮説が成立するのならば、まだ地球からは観測すら出来ない、何万光年離れているのかも確認出来ない、光りの速さすら飛び越えてやってきた、未来からの使者なのだ。

そうであると同時に、未知の世界の今を伝える、貴重なメッセンジャーでもありえる。

そんな壮大なロマンが、この世に存在するなんて、まるで俺みたいだ。

現代の壮大なロマン、未知との遭遇、俺との遭遇。

そんなことを考えながら、ぼんやりとこの2018 NSKの画像を眺めていると、非常なる親近感が湧いてくる。

お前も、俺と同じで苦労してここまでやってきたんだな、遠路はるばるご苦労さま、俺もお前みたいに、注目されて騒がれたいよ。

そして今、この俺的スーパースターは、2018 NSKという分類名以外に、小惑星番号を正式に与えられ、さらに愛称とも言うべき、命名をされようとしている。

そう、今一番のもめ事は、ソコ。

「アメリカ側が命名権を主張してきたって、どういうこと? だって、第一発見者は、うちのセンター長でしょう!」

「だけど、詳細なデータの照会に応じるのが遅れた分、学会に認められた正式な観測データは、NASAが提出したことになっている」

「おかしいじゃないですか! そこはハッキリ抗議しときましょうよ! いや、そうしないとダメですって!」

「向こうは、こっちに照会を依頼したけど、それに応じなかったっていうんだ。問題がないと、問題意識がなかったから、お前らには命名権なんてないって」

「そんな依頼、ありました?」

「少なくとも、専用のホットラインには、証拠が残ってない」

そんな会話を、話し合いの輪の外に外れて、なんとなく聞いている。

 香奈さんの視線が、気のせいじゃなくこっちを見ている。

「一般の問い合わせ窓口に送ったって、このための嫌がらせだったんですかね」

「それは単純に、向こうのミスだと思うよ」

香奈センパイの発言に、鴨志田センター長がのった。

「はー、どこにでも厄介な新人くんがいるもんなんだねー」

「すみませんが、サーバー確保のために、処理済みのメールは全部削除してしまっているので、証拠は残っていませんよ」

俺がそう言ったら、香奈センパイは、鼻くそも一緒に飛ばしてきそうな勢いで、鼻息を飛ばした。

「ほんっと、便利に出来てるわよね!!」

「ホットラインじゃないんで、一般の窓口なんで、しょうがないっす」

お前は、なんて名前になるんだろうなー、俺だったら、間違いなく俺の名前をつけるけどなー。

「ま、証拠がない分、向こうにも落ち度があるわけだし、ここはアメリカと協議して決めるしかないだろうな」

「なんか、悔しいです!」

「ま、名前なんて、本当はどうだっていいんだよ、問題の本質は、そこじゃないからね。そこにとらわれて、もっと大切な問題を忘れちゃいけない」

そう、そうですよ、さすがセンターの長ともなろう人は、さすがに分かってる。

命名権とか、そんなくだらないことで、争っている場合ではない。

そこで、天文学とは無関係な、中立的立場にいる俺からの提案だ。

「じゃ、コーへージャパンとかどうですかね?」

「は? コーへージャパン? どういう意味?」

「おい、コラちょっと待て」

俺が素直に待っている間に、すかさず香奈センパイの手が、俺の首を絞め上げた。

「コーへーって、もしかしなくてもテメーの名前じゃねえか、お前はやっぱ、いっぺん死んでこい」

「ここで俺を殺したら、殺人罪で、先輩の人生も終わりますよ」

「それもまた本望、つーか、情状酌量で恩赦レベルだわ」

やっぱり俺は、ここでもかわいがられていない。

 結局、アメリカとの協議の結果、この小惑星には、short という、『短い』とか、『急な、突然の』という意味を持つ単語を変形して、shortar と命名された。

ショウター、翔大だ。

だから、康平でいいって言ったのに、何が翔大だ、男の子の名付けランキング上位か。

丸く収まりやがって、もっと尖ってろよ、翔大。
かくして、翔大(3年後に地球に落下してくる300m級小惑星)は、一躍時の石となった。

大体、地球に落ちてくるって方を重要視しないといけないのに、命名権で意地の張り合いをしてるいなんて、人間って、やっぱりくだらない生き物だと思うよな、そうだろ翔大? な、俺もそう思うぜ。

目の前の、もっと重要なことに目を背けて、細部のどうでもいいことに、こだわりすぎる奴らが多すぎる。

今、大事なのは、翔大の名前じゃない、どうやって、彼との衝突を回避するか、だ。

3年後、3年後だろ?

しかし、学者ってのは、やっぱり世間一般の人間とは、考えが解離してるな。

奴らにとっては、翔大はとんでもなく貴重なサンプルで、自分たちが生きてる間に翔大に会えたことを危惧する一方で、盛大に喜んでいる。

そりゃ、学者冥利につきるだろうな、いっぱい論文書けそうだし。だとしても、はしゃぎすぎだ。

翔大のスピードは、秒速20キロ、秒速で20キロなんて、脳の想像を超える速さだ。

動体視力に果敢に挑戦してくるよな、トップアスリートかよ。

図体でかいから、距離的に近くなきゃ見られるだろうけど。

こんなスピードなら、そりゃ流れ星に3回お願い出来ないわけだ。

まー俺なら『カネ・カネ・カネ』で余裕だけどな。

つーか俺、宇宙観測センターで働いてるけど、人生で一度だって星空を生で見たこともないし、流れ星もリアルで見たことねーな。

山に登ってまでわざわざ見に行く価値がお前らにあるのか? 

見てほしかったら、逆にお前の方がこっちに来い。

仕事だからって、プライベートまで、仕事に潰されるつもりはない。

しかも、ここは俺の望んだ職場じゃない。

てゆーか、本当は都会の夜空にも星はあるはずなんだけど、見えてないだけなんだ。

そんなちっぽけな、街の灯りにすら消されるような星なんて、存在自体が消されているのと同じことだ。

結局、目の前にあるものしか、今、見えているものしか、相手にしてもらえない。

人は、実際に目に見えるものしか、その存在を意識してはくれないんだ。

おい、見てみろよ、あの太陽の明るさを! 

輝くなら、やっぱこんくらい輝いてないと、人からキャアキャア言ってもらえないんだぜ、翔大! 

お前がいくら秒速20キロで走ってきたって、今はまだ専門研究機関の、大型望遠鏡でしか捕らえられない。しかも、コンピューターでデータ解析してやっとだ。

なさけねぇな。

これがもっと近づいてきて、一般のアマチュア望遠鏡でも捕らえられるようになったら、もっと世間に騒がれるのかな。

つーか、直径300メートルじゃ、素人にはムリか、見えるようになった頃には、もう地球に落ちるのが、確定してる。

だからさ、落下の可能性とか、軌道の計算とか、何回やり直したって、そんなの変わんねーんだよ。

目に見えなくても翔大はそこにいて、落ちる、ぶつかるって言ってんだから、いい加減あきらめろ。

理想で現実を歪めようとするなよ、事実を受け入れてから対策を考えろよ、それが戦術ってもんだろ。

翔大が発見されてから、毎晩毎晩、ほぼ徹夜で交代の観察を続けたって、意味がないって言ってんの。

あれだ、あれ、売り上げ目標とか考えてるヒマがあったら、一個でも多く売ってこいってヤツだろ? 

戦略とか、展開とかをさ、なんかワケの分からんビジネス用語使って、語って、誤魔化してるヤツだろ?  

『弊社のキャパでは御社のKGIに、コミットすることがキャズムなのではなく、弊社の持つコアコンピタンスから、可能な限り、コンセンサスを高めて、コンバージョンしていきます』

みたいな。

知らんけど。

俺、一般企業で働いたことないし。

なんだよコアコンピタンスって、どんな箪笥だ、カラフルBOXか。

ちなみにこれ、『ムリだけど、頑張るー』っていう意味ね、それで、あってる?? 

ビジネス用語は、ちゃんと勉強しとけよ。

俺はそんなことを考えながら、部屋の隅っこで翔大の超衛星画像を眺めている。

だって俺、ここでは一切専門知識持ってないもん、完全にカヤの外。

みんなずっと何かをしゃべってるけど、一切意味が分からないし、そもそもこの俺自身に、分かろうとする気持ちがない。

リストラ寸前、窓ぎわ社員の気持ちって、こんなんなんだろうか。

いやいや、俺は窓ぎわなんかじゃない、さっさとここを出て、もっと華やかで、俺自身が輝ける場所に向かうんだ、そう、あの太陽のように!

「あ、杉山くん」

「はい、なんでしょうか」

同じ職場のおっさんに声をかけられて、俺は愛想よく振り返る。

愛想こそ振りまいているが、俺の興味があるのは、この世に生まれた全ての女性のみだ。

男に用はないから、名前も覚えてない。その必要も、ない。

「杉山くんは、国際会議の事務局をお願いするね」

「はい!」

返事だけは元気よく返しておく。それが俺のビジネスマナー。

「おい、まて杉山」

ここで、俺の教育係を勝手に名乗る香奈さんが現れた。

「テメー、何すんのか、分かってんのか?」

「分かってますよ」

「お前の『分かってます』は、『分かってない』だからな」

酷いなー、実際分かってないけど。

ようやくコイツも、俺の特性を理解し、教育係っぽくなってきたということか。

「今回の、ショウター衝突回避について話し合う、国際会議を日本でやることになったんだよ、世界中24ヶ国、約200人の研究者に、招待状を送って、参加を呼びかけるつもりだ」

なんだよそれ、それを俺一人でやれってか? 冗談はやめてくれ。

「はい! しっかり頑張ります!」

「これが、そのリストだ」

センパイから、USBを渡される。

「会場と、個別のセクション会議の部屋も押さえておけ、ある程度の、宿泊施設もな!」

「了解です!」

ビシッっと敬礼をかまして、相手には、すぐに背中を向けさせた。

これで俺の勝ち。

うるさいのは、さっさと、どっかに行け。

要は、会場日時の連絡係で、雑用係ということだ。

USB、USBね、今度はデータをうっかり消去しても大丈夫なように、バックアップはとっておこう。

完全門外漢は俺一人、こんな所に派遣されたのも、雑用係をさせるためか? 

ずいぶんもったいない使い方だよな、俺の。

ま、どーでもいいけどね。

3年後、3年後だろ? 

そんな頃には、俺はここを辞めてやってるよ。
飛行速度 20km/s、密度1570kg/㎥、2018 NSKこと、shortar、翔大のスケールはデカすぎて、俺には想像できない。

地球落下推定日時は3年後の夏、推定位置は、太平洋、日本近海から北大西洋にわたる北半球ですって言われたって、まぁ、現実味に欠けるって言われても、しょうがないだろ。

しかも、その翔大の衝突回避を話し合う国際会議の名前が『地球防衛会議』って何だよ、アニメみたいだよな。

おい翔大、お前のせいで、俺はますます仕事にやる気が入らねーぞ、翔大衝突衝撃で衝動的大騒動勃発、みたいな? 

くだらねー。

大体、地球防衛会議ってなんだよ、戦隊ヒーローか、どうせなら裏方やるより、レッド役がよかったな、もちろん主人公な。

しかし、参加国が24カ国ってのも、本格的すぎるでしょ。

まーお国は様々なれど、英語一つでなんとかなるから、そういう意味では英語が出来ると便利だな。

ちなみに、ロシアとかの共産圏の国では、日本の英語並に、ロシア語が必須科目なんだぜ、そのロシアじゃあ、エリートの必須科目がまた英語ってのも、因果を感じるけどな。

ちなみに、国連で働くには、英語だけじゃなくって、フランス語も出来なくちゃいけない。なぜなら、国連の公用言語が英語とフランス語だからだ。

だから、フランス語の文書なんかも、平気で回ってくるんだぜ。

国連で働きたかったら、英語だけじゃなくって、フランス語の勉強もしとけよ。

もし採用されれば、君も晴れて『国際公務員』というワケだ。カッコイイ!! 

まぁ、お前にはムリだと思うけど。

ちなみに、大学院の修士も必要だ。

『え、それなら自分持ってる!』って? 

修士を取ってる学部にも制限があるから、どこの学部の修士でもいいってワケじゃねえぞ、文学、語学、芸術系はアウトだ。

残念だったな。

そのほかの学部に関しては、自分で調べろ。

他にも実は抜け道がある。

本気でなりたいと思っているなら、グッドラック、頑張れ。

為せば成る。責任は持たない。

しかし、よく考えてみれば、国際会議の事務局ってのは、聞こえがいいよな、実際は一人で回してるんだけど。

世の中って、結局こんなもんなのか? 

普通こういう事務局って、広いオフィスが一室進呈されて、そこで可愛い女性事務員を引っさげて、局長は椅子に座ってるだけで『うむ』とか言いながら、ハンコついてりゃ、それでいいんじゃないの? 

それなのに現実は、狭くてうさんくさい職場の片隅で、一人こそこそキーボード叩いてるだけって、なんなんだよ。

一人事務局だから、勝手に事務局長名乗らせてもらうけど。

『えぇ、僕が今回の地球防衛会議、運営事務局長です』みたいな。

そんでもって、ガッツリ固い握手なんか交わしちゃって、プレゼン始めたりするんだぜ、もちろん英語で会議だ。かっこいー。

フランス語でもいいけど。

え、俺? もちろん将来を見越して、フランス語は習得済みだ。

修士は持ってないけどな。

しかし、国際会議の運営って、どうすればいいんだ? 

本当に招待状送った200人が、マジで来んのかな? 

どこの会場おさえればいいんだ? 

会場……。

やっぱ、日本武道館でデビュー講演とかって、憧れるよね、幕張メッセ? 

さいたまスーパーアリーナ? 東京ビッグサイト? 

ドームツアーなんてのもいいよねぇ。東京ドーム、大阪ドーム……。

どれどれ? 

日本武道館って、なんだかんだ言っても、やっぱり武道館なんだな、宿泊施設もあるのか。

なに? 宿泊するなら利用料安くなるじゃないか、最有力候補だ。

幕張メッセは、一番でかい国際会議場を、一日貸し切って約110万か。

他の小会議室なんかも抑えなきゃいけないから、やっぱそこそこの値段にはなる。

てか、200人キャパなら、そんな会場広くなくてよくね? 

……まぁ、いいや。

で、東京ビックサイトは7階の一番でかい部屋が、やっぱり110万くらいか、7階全部貸し切って130万。

講演者控え室と、事務局は一個でいいだろ。

ちなみに税込みだ。

横浜アリーナは、平日無償のイベントで350万。

これに、椅子の貸し出しとか撤去費用とかも入ると、そこそこの値段になるな。

貸し切りといえば、夢の東京ディズニーランド! 

ランドの貸し切りは、7千人様以上のご利用で4千万? はい終了。

夕方3時間だけ貸し切りにしても、4千人以上からで2千300万かよ、さすが。

よみうりランドは……貸し切ろうって猛者はいなかったのか、検索しても出てこない。

ちなみに、花屋敷は100人から70万で貸し切り可能だ。さすがだ、素晴らしい。

「どう? 会場おさえられた?」

花屋敷のホームページを見ていた俺は、慌てて画面を隠す。

「グランドプリンスホテル新高輪の飛天の間を狙ってみたんですけどねー、ここ、利用料金公開してやがらないんですよ、しかも500人以上からって、意外とハードル高いっすねぇ」

香奈先輩の、モンゴリアン・チョップからのキャメル・クラッチが俺に決まった。

「お前は真面目に仕事する気、あるのか!」

「ありますよ、放してください!」

「200人程度のレセプション会場なんて、そこそこのでっかいホテルおさえれば、大体どこでもいけるわ、ボケ!」

「えぇ、そうなんですけどねぇ」

先輩の腕が緩む。

苦しいけど、おっぱいが頬に当たってるの、分かってんのかな?

「前回の天文学会の会場と同じところでいいだろ」

「箱根の温泉ですか?」

「東京のホテル会場をおさえやがれ」

「はい」

俺は、素直にキーボードを叩いた。

「わー、香奈先輩! 200人、会場、ホテルで検索したら、いっぱい出てきましたぁ!」

「お前のセンスが問われている。妙なとこ予約するなよ、空いてる日を確認してから、候補を必ず私に提出して、確認させろ、分かったな!」

香奈先輩の怒号によって、俺は現実に引き戻された。

しかし、おっぱいは柔らかい。
本当に、ふざけている場合ではない。

3年後の夏、地球に隕石が落ちてくるということが分かった。

その隕石衝突回避のための国際会議を、俺が運営することになったのだ。

そう、この俺がたった一人でな!

24カ国、200人の研究者に案内メールを送る。

今回は緊急国際会議になってしまったので、俺も慌ただしいが、呼ばれる方も慌ただしい。

世間一般にはまだ情報公開されていないため、会議の内容自体も極秘会議になった。

24カ国、200人の緊急極秘会議。

いったいどの辺りが極秘なのかって? 

俺だって知らねーよ、極秘だって言われたから、俺もそう言ってるだけ。

アースガードに加盟している団体各所にも、同じように連絡をいれて、
さて、問題はここからだ。

ガンガンに送りかえされてくる返信メール。

ホテルの備品内容の照会から、空港までの道案内、電車のチケットの取り方? 

そんなもんは、現地で自費で購入するんだよ! 

テメーら本当に学者か、国際会議とか出たことないのかよ! 

来るって言ってたのにキャンセルになったり、申込書とメールでの人数の報告が違ってたり、その返信を要求したのに、いつまでたっても返事が返ってこなかったり……。

あ? 会議の抄録? んなもんねーよ、緊急会議だぞ! 

しかも極秘って言ってんのに、結果だけを知ろうとするんじゃねー!! 

観光案内? 眼鏡橋に行きたい? コロスぞ。

ビザの申請は、自分でやってください!! 

エアコンの調節? 加湿器? 

そんなもん、ホテルに来てからそっちで直接聞けやぁ!! 

は? 外国人新幹線乗り放題パス? もー、そんなのパスパス! 

全部、無視だ無視!

『現在、お調べいたしておりますので、折り返し返答をお待ちください』

『地図を添付しておきました。おこしのさいには、ぜひ参考になさってください』

『来場者、人数確認の案内メールは届いておりましたでしょうか、確認をお願いします』

俺も、大人になったなぁ~。本気でそう思うよ。

社会人って、マジオトナ。

『観光案内のページを添付しておきます。ビザに関しては、そちらの日本大使館にて、お問い合わせください』

『今回は、緊急会議にて、内容に関しては、極秘にお願いします』

……。あぁ、疲れる。

そんなメールを、世界中に送りまくってる俺って、なんなの? 

緊急、極秘会議の内容を世界に向けて、絶賛配信中って!

また変なメールが来た。会議費用の負担割合? 

あーこういうの、頭痛いから、上司っしに丸投げね。

せんぱーい、お願いします。

参加者の名簿作れって? 

まだ全員からちゃんと返事来てないのに? 

ドタキャン臭わせてるヤカラもいるのに? 

会場案内図と、セクションごとの会場図ね、分かったそれは作る。

最寄り駅からの道案内も、やりますよ、やればいいんでしょ? 

泊まるホテルの部屋も、料金表出さなきゃいけないのね、

いい部屋はいくつかおさえとけ? 費用割りのVIPがいんの? 

計算ややこしくすんなよ、全員一律で計算させろよ。

全体会合の進行表? 一体何回目だよ修正はいるの、ちゃんと出来てから持ってこいや。

時間表記がおかしい? お前の頭がおかしいんだよ。

返事が来ない、連絡まだか、あれはどうなってる、これはどういうことなんですか……。

さぁ、どういうことなんでしょうかねぇ、なんなんでしょうねぇ、分かりませんねぇ……。

分からないって言ってんだから、分かれよこのクソが。

あー腹が減ってきたなぁ、なんか食べたいなぁ~。

そうだ、今日は帰りに、あのラーメン屋に寄ってみようかな、ずっと気になってたけど、行ったことなかったんだよねー、いっつも、いいにおいしてっけどさぁ。

は? 議事録はどうするかって? 

なにそれ、おいしいの? 俺いま腹減ってんだよねー、後にしてくんない? 

後っていつかって? 

俺の気が済むまで、永久に後だよ!!

半角の文字とか全角の文字とか、書体とか改行とか知らねーよ。

直せって、この俺に言ってんのかぁ? 

何様のつもりだ、ふざけるな、テメーが直して持ってこい。

表の位置がちょっと斜めになっているのは、印刷の時の紙の位置がちょっとズレただけですので、あなたの命に別状はございません、ご安心を。

判子の名前がずれてるとか、斜めじゃなくてまっすぐにつけとかさぁ、そんなの学校で習った? 

ナナメだろうがサカサだろうがカスレてようが、ついてりゃいいじゃんついてりゃ、そんなのどこの憲法に条文化されてあるんだよ、その条文もってこいや。

いっそのことサインにしちゃおーぜ、外人はそうだろ、グローバルスタンダードだぜ、手書きサインでOK? 

汚すぎて字が読めない? 手が疲れる?
 
判子のために、書類書き直す方が大変だっつーの、なんなら自分で書き直せ。

あぁ、もうこれっていつまで続くんだ? 会議が終わるまで? 

だって、終わってからも支払いの手続きとか、議事録とかあるんだろ? 

来場お礼メール? お前らが俺に感謝しろ。

俺は大体、人の世話をするために生まれてきたんじゃねー、人に世話をされるために生まれてきたんだ、そこんとこを間違ってもらっちゃあ困るんだぜ! 

分かってんのか??

「おいコラ、杉山」

俺の天敵を通り過ぎて、面倒くさい仕事の案件を、容赦なく回してしまえ係になった、心優しいデキる先輩、香奈サンがやってきた。

「なんでしょうか」

「テメー、メールの下書きみせてきて、それでよかったら全員分送信しとけって、どういうことだ、テメーが自分で送信しやがれ」

「だって、文書がオッケーだったら、後は送るだけじゃないですか、それくらいやってくださいよ」

「それがお前の仕事だろーが、送信ボタン押すだけだろ」

「そういうワケにもいかないんですって! 宛先ごとに、フォルダー振り分けないといけないんですから!」

「それを作ってやったのも、私だろ!」

「だったら、もうちょっと手伝ってくれてもいいじゃないですかぁ~」

あぁ、近くで見る香奈先輩の顔は、やっぱり小さくて、いいにおい。

めちゃくちゃ怒ってるけど。

「お前のせいで、こっちの手間が二重三重に増えてるんだぞ。おい、知ってるか? 私がお前のために考えてやった、あだな」

「世紀のイケメンでしょ?」

「お前こそ、うちに落ちてきた厄介な隕石だ、しかも爆心地は私!」

「隕石? あー、メテオですね、ショウターが翔大なら、俺はメテオで、愛でる夫で、愛夫、メテオですねー、なんかやっぱり愛されてるってかんじー」

今日の決まり手は、正拳中段突き。

しかも、きっちりとみぞおちを狙ってきた。

俺がやっかいもの? そんなの、言われなくても知ってるよ。

このまま倒れていたい。
たとえこの俺が世界よ止まれ、時よ止まれと叫んだところで、その日はやって来る。

2年半後の夏、地球に落ちてくる小惑星、2018 NSKことshortar、翔大の対策会議が始まった。

「今こそ、スロープッシュ方式を現実のものに!」

スロープッシュ方式とは、翔大の近くに、でっかい人工衛星を打ち上げて、翔大とその衛星との間に生まれる引力から、翔大の軌道をそらすというやり方だ。

つまり、万有引力頼み、ニュートンもびっくりだ。

「そんな衛星、今からどうやって建造するんだ、その方法をお聞かせ願いたい!」

引力の大きさは、物質の質量に比例し、その距離からの2乗に反比例する。
ケプラーの法則、高校物理だ。

つまり、翔大の軌道を動かそうと思うなら、それなりの超巨大宇宙船を作らなきゃらなんということだ。

その大きさ? 

誰か計算できたら教えてくれ、俺のキャパは越えている。

「そんな非現実的な話し、今さら間に合いませんよ、どうやって作るんですか」

たとえ、そんな翔大の心をも動かすビッグな宇宙船をつかって誘引しようとしても、軌道をずらすのに、50年とか100年単位の時間が必要らしい。

落ちてくるのは2年半後、ムリだな。

だからって、いつやって来るのか分からない翔大並の小惑星のために、事前に準備しておけってのも厳しい話しだ。

人間、どんな人種でもシメキリが近づかないと動かないのは、万物共通らしい。

「以前NASAが提案していた、特殊塗料方式は?」

これは、翔大に無人の探査機を飛ばして、表面に特殊塗料を吹きつけ、軌道を変えようというやり方だ。

塗料を翔大に吹き付けることによって、太陽によって温められた部分が影に隠れると、冷えが始まって熱が発散される。

その時の熱吸収率の変化で、軌道を変えようという驚きのアイデアらしいのだが、何のことだか、俺にはさっぱり意味が分からない。

熱伝導の力を利用して軌道を変えようってことか? 

熱伝導、ステファン・ボルツマンの法則からの熱貫流による効果を狙ったのか、伝熱工学なのか、それとも、キルヒホッフの法則を利用した、熱反射の反射パワーを利用したものなんだろうか。

どっちにしろ、俺にはよく分からんので、もっと賢い人間に聞いてくれ。

世の中には、自分より賢い人間が、想像以上にたくさんいるもんだ。

ちなみに俺は、そのことをさっき知ったばかりだ。

物理の授業中、寝ないで真面目に聞いておけばよかった。

こんなところで、理科の実験や数学が、役に立ってるんだぞ。

誰だ、数学なんて、人生でなんの役にも立たないとか言ってたヤツ。

十分役に立ってるじゃないか、しかも必要不可欠じゃないか。

人類を救うには、数学が必要だったんだ。知らなかった。

だから俺たちは、いつまでたってもヒーローにはなれなかったんだ。

人類を救うのは、剣ではなく数学だった。

そんな大事な秘密を、俺はようやく目の当たりにしたよ。

しかし、このよく理屈の分からない賢いやり方も、10年単位の時間を要するらしい。

賢人は一日にして為らず。

ニワカじゃダメなのは、どこの世界でも、やっぱり同じだ。

「じゃあ、どうするんですか!!」

「なにせ時間がない、衝突方式を、真剣に考えるべきだ」

衝突方式、これが一番分かりやすい。

要するに、ロケットやミサイル、人工衛星をぶつけて、力業で軌道を変えようというやり方だ。

単純明快なやり方こそ、一番効率的で、即効性がある。

しかし、このやり方にしても、問題はないわけじゃない。

実は大いに問題がある。

直径約300m、密度1570kg/㎥の岩石をぶっ飛ばすには、いったいどれくらいの威力が必要なのか。

核爆弾? 打ち上げに失敗したらどうする? 

もし成功しても、空から大量の放射線が降ってくるぞ。

非核弾頭で迎撃したにしても、割れた破片が空から地上へと降りそそぐ。

計算してみろ、巨大パワーをコントロールする、数学の想像力を見せてやれ。

どれくらいの威力で、どの角度で打ち込めばいいのか、秒速20kmで現在もノンストップでやってくる翔大を相手に、どうやって戦う?

「要するに、手立てがないってことですか?」

会議を隣で聞いていた香奈先輩に話しかけてみたけれど、彼女から返事は返ってこなかった。

もし、翔大が地上に落下した場合、広島に落とされた原子爆弾の約10億倍のパワーがあると想像されている。

発生する地震の規模はマグニチュード11以上、海に落ちれば、津波は高さ約300メートル、出来るクレーターの直径は180kmという予測だ。

とあるイギリスの研究チームが算出した資料によると、

この時発生する地震での死傷者の数は全体の約1%未満、

衝撃での臓器破裂で死亡する割合が約5%、

津波での死傷者が全体の約20%、

熱で焼かれるのが約30%、

そして死傷者の原因、No1は、隕石衝突の時に発生した衝撃波、

つまり強風によって吹き飛ばされて死傷する割合が、

死傷者全体の約45%になるという。

「それって、人類滅亡の危機ってことですか?」

「まだ、決まったわけじゃないから」

決まったわけじゃないって、決まってるじゃないか。

翔大は確実にやってくる。2年半後の夏。

その時に発生する災害を何とか回避しようとして、こうやってマジで世界中の学者が集まって話しあってんだろ? 

会議は紛糾、天文学者だけじゃなくって、この中には各国政府の要人や、軍の関係者も混じってただなんて、こんなところで話し合ってる場合か、どうするんだ、どうするんだよ、翔大!

深夜になっても終わらない会場を後にして、俺は夜空を見上げた。

満天の星空なんて、一度も見たことがない。

都会の空は、やっぱり人工の灯りでまぶしくて、星なんか見えても一つか二つだ。
その名前すらも、俺は知らない。

翔大、でもお前は、この闇のなかに、確実に存在しているんだよな。

どうしよう、時よ止まれ。
結局、いくら話し合ったところで、結論は出なかった。

2年半後の夏、人類は滅亡する。翔大という巨大隕石の落下によって。

地球防衛会議とやらは、結局なにも問題を解決することなく終了した。

決まったのは、『衝突方式の採用』のみ。

衝突方式とは、巨大隕石に向かって、弾道ミサイルや人工衛星をぶつけて、軌道を変えさせるという手法のことだ。

だが、具体的に、誰がどのタイミングで、どんなミサイルを発射するのか、詳細な話し合いは、後日ということになった。

後日って、なんだ? 後日って、具体的にいつだよ。

誰がその間に立って、連絡を取り合うのかさえ、決まらなかった。

翔大は目の前に迫ってきている。

それが2年半という時間があったとしても、『衝突方式の採用を決定』という、この10文字だけで、満足していいのか? 

そのために、一体どれだけの費用と労力をかけて、会議の準備をしたと思ってるんだ。

大体、そんなの会議なんてわざわざ開かなくたって、ほぼ最初っから結論は出てただろ。

それをこんな大げさな会議を開くことによってしか、決められないだなんて、どんだけビビリなんだ、要するに、責任の分散?

「わざわざ集まって話し合わなくても、衝突方式しか選択肢がないって、分かってましたよね」

俺が栗原さんに聞いたら、栗原さんはうなずいた。

「まぁ、本心はそうだよ」

「じゃあ、こんな会議、やる必要なかったんじゃないんですか? どうして、メールなり電話なりで、分かってることを確認しあわないんですかね。 結論よりも、『会議をした』という事実の方が、重要視されているような気がします」

「確かにそうだ」

栗原さんやセンター長の鴨志田さんは、翔大が発見されて以来、ほとんど家にも帰らず、観測を続けている。

何度見たって変わらないものを、いつまでも懸命に眺め続けている。

「翔大を観察してて、何がそんなに楽しいんですか?」

「楽しくはないさ」

栗原さんは言った。

「どれだけ観察したって、データ取り直したって、もう答えは出てるのに、何も変わりはないですよね」

栗原さんからの、返事はない。

「なのに、なんでそんなことをしているんですか?」

「不安、なんだろうな。自分たちが何も出来ないことが。何かしていないと落ち着かないってゆーか」

「これだけ努力してましたって、言い分け作りですか?」

「そうかもしれないね」

香奈先輩の手が、俺の胸ぐらをつかんだ。

「じゃあ、あんたには何が出来るっていうのよ! ショウターが落ちてくるのを、黙って見ているしか出来ない人間に、何か言う権利はあるの?」

「それが分かっているなら、なんで僕をこんなところに採用したんですか! 文句をいうことしか出来ない人間ですよ!」

じゃあなんで、俺をここに採用したんだよ! 

よりにもよってこんなタイミングでさ! 

絶望的な悲壮感の漂うこの閉鎖的な空間で、俺だけが無駄にあぶれている。

主人公はいつだって他人で、俺はお邪魔虫だ。

俺に何か出来ることがあったら、とっくの昔に、さっさと自分でやってる!

「衝突方式しか、解決方法がないと分かっているなら、どうして爆弾の準備をしないんですか? 打ち上げるミサイルの、弾道を計算していた方がいいんじゃないですか? どのタイミングで、誰がどう打ち上げるのか、どうして今回の会議で、決められないんですか!」

「俺たちに、決定権がないからだよ」

栗原さんは、疲れた顔でつぶやく。

「それは、うちの部署の担当じゃない。軍事問題が絡む、複雑な問題で、俺たちが口出し出来る立場にない」

翔大が落ちてくる。人類が滅亡する。

迎え撃つ我々に、手段はない。

「じゃあ、衝突方式っていう分かってた答えだけをだして、後は別部署に丸投げですか? それで、言われた事だけをやって、結局何がどう進行しているのかも分からないまま、『はいはい』って、要求されたデータを渡すためだけに、仕事するんですか?」

「そうだよ」

栗原さんは、うつむいた。

「各国機関と連携して、お互いに協力体制を敷いて、親密に連絡を取り合い、問題解決のために、全力を尽くすんだ」

「あぁ、そういう言い方をすると、すっごく分かりやすいですよね! 聞こえもいいし!」

栗原さんや、センター長、他のメンバーだって、必死で頑張ってることを、
俺だって知っている。

「あんたねぇ、何にも分かってないくせに、相変わらず口だけは達者ね」

香奈さんの手を、俺は振り払う。

「えぇ、僕に出来ることは何もないですよ、だって、俺はここに来たばかりだし、専門外だし、いつだってカヤの外でしたからね! 文句言われて腹が立つのは、お互い様じゃないですか!」

いつもなら、ここで鉄拳が飛んでくるはずの香奈先輩の手が、緩やかに俺から離れた。

「みんな初めてのことで、不安なのよ。それだけは分かりなさい」

「分からないですね! 不安なのも、必死なのも分かってますよ、そんなのとっくに! だったらもっと、他にすることがあるだろって、言ってるんです!」

「私の言うことが、分からないのなら、もういい。あんたに用はない」

「あっそ! いいですよ、僕にしたって、こんな何の役にも立たない、無能な部署にいたって、無意味でしょうがないですからね! 無駄な会議やって、意味の無い仕事して、そうだって分かってるのに、なんで変えようとしないんですか?」

栗原さんは、横顔を向けたままで、香奈先輩は、その場から1ミリも動かなかった。

「俺に出来ることなんて、何もないじゃないですか、どうせ、そのうち辞めるつもりだったし、今すぐ辞めてやりますよ!」

「あなたがそう言うなら、誰にも止める権利はないわ」

「じゃ、俺辞めます! さようなら!」

くるりと背を向けた俺に、香奈先輩が最後の言葉をかけてきた。

「守秘義務は守りなさい」

反吐が出る。

どこまで俺をバカにするつもりだ。

こんな所にいたって、俺は俺の無力さを見せつけられるだけでしかない。

こんなクソすぎる職場、二度と戻ってくるもんか!!
というわけで、俺は国際ユニオン宇宙防衛局日本支部、アースガード研究センターを辞めてきた。

辞表は後で送る。

そんなもん、書くのうっとうしい。

なんで辞めるのに、わざわざそんな『辞めてもいいですか』的な文章を書かなくちゃいけないんだ、面倒くさい。

俺に散々迷惑をかけておいたくせに、最後の最後まで面倒な文書を書かせるなんて、何様のつもりだ。

俺をクビにしたいなら、お前が勝手にクビにしろ。

俺には何の未練もない。

辞めた人間にまで、手間をかけさせるなよ。

どうせ形式的な定型文で済ませるんだろ? 

そんなところに重要性を見出してありがたがってるなんて、どんだけ化石脳なんだよ、時代に合わせてお前らが進化しとけ。

辞めるって言って、行ってないんだから、それくらい察しろよ。

お前らの得意技だろ? その場の空気を察するのってさぁ!

てゆーか、俺は気づいてしまった。

今から2年半後、巨大隕石、shortarこと、翔大の落下によって、人類は滅亡する。

2年半だ。

残りの人生、俺は全てを仕事に費やしていていいのか? 

他に、したいこととか、しなきゃいけないことが、あるような気がしたんだ。

だから、仕事を辞めてきた。

しかし、いざやめて、こうやって部屋に寝転がって天井を眺めていても、自分が何をしたかったのか、よく分からないから不思議だ。

銀行強盗? 女湯を覗きに行く? 

そんな話しは、楽しい妄想としてはアリでも、いざ自分がリアルにその立場になってみれば、どこの銀行を襲うのか、調べる気力も湧いてこない。

よくある『死ぬまでにやりたいことリスト』の中には、どうも犯罪系は、入ってこないみたいだ。今さらそんなこと言われても、やる気になんてならない。

かといって、有り金はたいて豪遊しようかって、そういうわけにもいかない。

貯金は、ないわけじゃないが、2年半も遊んで暮らせるほどの金はない。

せいぜい一週間の旅行代金ぐらいだ。

それだって、どこのホテルを選ぶかとかで、色々だし……。

改めて、真面目に考えてみる。

食べたいおやつはいつでも買って食べてるし、正直言って、そんなに飲み食いに興味があるわけでもない。

布団とあったかい部屋さえあれば、文句はない。

彼女は……ほしいけど、誰でもいいわけじゃないし、やっぱりお互いに愛が必要だと思うから、そんないきなり出来るもんでもないし、そんな簡単な彼女なら、むしろ逆にほしくないくらいだし……。

そうだ、久しぶりに、実家に帰って、親の顔でも見ておこうかな。

と、いうわけで、実家に帰ってみた。

「おかえり、どうしたの急に」

母は、にこにこ笑って出迎えてくれる。

「お前の勤めてた会社って、アース何とかだったよなぁ、でも、殺虫剤の会社じゃないんだろ?」

父の、1文字たりともブレない、帰ってくる度に毎回繰り出す渾身のつもりのギャグを、初めて聞くかのように受け流す。

俺の好物の母オリジナル謎すきやき風鍋を食べて、俺の思いついた、やりたかったことは終わってしまった。

あんなに毎日が辛くてたまらないと思っていたのに、辞めたら今度はヒマすぎて死にそう。

さすがにこの歳にもなると、知り合いや同級生もみんな何かしら働いていて、『帰ってきた』と連絡をいれても、忙しくて誰も相手にしてくれない。

せいぜい電話で数十分、思い出話しをして終了。

『会いたい』と言っても、なんだかんだで避けられてる気がする。

リストラされたわけではないし、どっちかというと、俺の方から職場をリストラしてやったのだが。

まぁ、突然連絡してくる昔の友達って、会うのも怖いよな。

たかられそうとか、困った相談して来られそうとか、そんなこと思うんだろうな。

いきなり超重い不幸な話ししてきて、同情求められても、こっちが鬱になりそうだしな。

どうやったって、ずっと一緒にいることなんて、出来ないのに。

そうやって一緒にいようと思うと、友達より家族っていう選択肢になっちゃうのかな。

多分、それが普通だし当たり前なんだろうけど、ちょっとさみしいな。

学校じゃないから、ずっと一緒にいる仲間っていったら……。

何のために働いてるんだろう。仕事ってなんだ。

俺には養わないといけない家族もないし、自分が生きて行く為の金だけだったら、正直なんとでもなりそうな気がする。

フリーターに憧れた時期もあったけど、現実がそんなに甘くないことも知ってる。
だから、働いてるんだけど……。

働いていることが大事なのか? 仕事が生きがい? 

仕事が生きがいだなんて、微塵も考えたことなかったけど、やっぱ家族のために働くのか? 

けどなー『俺は家族のために働いてやってんだ!』って言っちゃうようなオヤジにはなりたくないしなー。

そうやって家族にマウンティングしてくるくらい仕事がストレスなら、辞めちまえよ、頼んでねーよ。

つーか結局離婚して一人になったって、同じ職場で同じ仕事続けたりしてるだろ。

どんな種類の人間にだって、生活と家族はあるんだし。

それに、じゃあ独身者は、何のために働いてるんだってことになる……

いやいや、ちょっと待て。

俺は結婚したくて仕事をやめたんじゃないし、つーか結婚したいなら仕事辞めちゃダメだろ。

ここで、『人間は緩やかな死に向かって生きている』なんてゆー、どっかの哲学者の言葉を引っ張り出してきて、語り始めちゃうくらい、俺はまだ病んではないし、社会ガーとか言うほど、頭も狂ってないし……。

つーか、もっと大事なことに気がついた。

こんな事をうだうだ考えたって、2年半後に俺は生きてないし、この世の中も、現状維持のまま、残ってなくね? 

文明崩壊、環境破壊、阿鼻叫喚の地獄絵図の未来しか、残ってなくね?

あの薄汚い、狭苦しい空間で、ずっと翔大の観測データを眺め続けていた栗原さんたちの姿が、突然頭を横切った。

もうすぐ死ぬって、誰よりも一番よく分かってる人たちなのに、なんでまだあんな無駄な努力を続けてるんだろう。

バカみたいだ。

そんなことばかり考えていると、今ここで、何もない平和な夕暮れの中に一人立っている自分が、本当に情けなくなってくる。

俺は一体、なんのために仕事を辞めたんだ?
ぐだぐだ考えるのは性に合わないタイプなので、戻って来た。

「おはようございます」

普通に電車乗って、改札くぐって、まだ捨ててなかった社員証を手に、スーツ姿でデスクに座る。

「ちょ、なんなのいきなり!」

久しぶりに見た香奈先輩は、まったく変わってなかった。

「まだ辞表出してなかったので、セーフですよね」

「はぁ? 今のうちは、あんたの辞表どころの騒ぎじゃないからね!」

古くさいパソコンを立ち上げる。

暗証番号も社員番号も、そのままだ。

「この間の2週間の休みには、全部有給使ってください」

「厚かましいにも、程ってのがあるでしょうが!!」

「えぇ、知ってます」

香奈さんは、相変わらずちっこくて可愛らしい。

「だけど、これが俺の得意技ですから」

そのせっかくの可愛らしいお顔が、変な方向に引きつった。

「いじめてやる! お前みたいなヤツには、社会的制裁が必要だ! 嫌われろ、徹底的に嫌がらせをしてやるからな!」

「そんなの怖がってたら、戻ってなんて来ませんよ」

俺は立ち上がって、鴨志田センター長の前に立つ。

「申し訳ありませんでした」

お辞儀の角度は90度。5秒待ってから頭を上げる。

心からの謝罪のしるし。

「お帰り、君の帰りを待っていたよ」

やっぱり出来る人間は違う。

分かる人間にはちゃんと分かるんだよ、俺の価値が。

「いいんですか!? こんなの、簡単に許しちゃって、いいんですか!」

「三島くん、我々には、そんなことを言っている余裕はないんだよ。僕だって、まさか本当に、こんな切羽詰まった形で杉山くんを頼ることになるとは、思ってもいなかったけれどね」

会社に余分な人材は必要ないというのなら、俺は必要だし、その価値をもって採用されているはずだ。

「これからが、君の本当の出番だよ」

鴨志田さんが、手を差し出した。

俺は、迷うことなく彼の手を握りしめる。

力強く。

「翔大のタイムリミットは、どこまで迫っていますか?」

「栗原くんの計算に狂いはない。2年半後の夏だ」

「もっと具体的に」

「7月から、9月の間にまで絞られてきた」

あんなにかっこよかった栗原さんが、今や無精ひげのくたびれた姿にやつれ果てている。

だから俺は、ビシッと身なりを整えて、これから戦いに行くと決めたんだ。

「衝突方式の採用にあたって、各国政府との交渉は進んでいますか?」

センター長が、にやりと笑った。

「全くもって進んでない。あいつらは、今ここに至っても、事の重要性に、まったく気づいていない」

「本当に全く進んでいないんですか?」

「完膚なきまでに、進んでない」

この人は今度は、呆れたように手の平を上に向ける。

「分かりました。僕は、どこに行けばいいですかね」

「それを考えるのが、君の役目だ」

そうなんだろうな、きっとそうだったんだって、ヒマな時間をもてあまして、色々と考えていた。

たまにはそんな時間も、人生には必要だ。

翔大はやってくる。

それをミサイルで迎え撃つ方針は、決まった。

それで、どうする? 

「作戦を立てましょう。まずは、具体的なアイデアを出すことが必要です」

俺は、栗原さんの、パソコンにかじりついたままの背中を見た。

「翔大迎撃作戦は、どうお考えですか?」

彼は、ずっと自分の中で温めていたであろうアイデアを語り出す。

「一発で命中させるのは、難しいことではない。けれども、それで地上への被害が免れるかというと、それは難しい」

「どうすれば?」

「できるだけ地球から遠い位置で、どれくらい粉砕できるかだ。ショウターの形はいびつで、その構造上、衝撃に弱い角度がある。そこへ効果的に何度かミサイルを撃ち込み、爆発させれば、俺の計算では、4つには割れるはずだ」

「翔大を、4つに割るんですか?」

「観察を続けていて、気づいたことがある」

栗原さんは、翔大の画像を取りだした。

「ショウターは、その形状、体積から比較して、本来ならもっと密度が高く、重い地球近傍小惑星、NEOであっていいはずなのに、通常想定されるNEOの、約半分程度の密度しかない」

「すかすかってことですか? 軽石みたいな?」

「NEOがどうやって形成されたか、その過程によっては、軽石状である場合もある。しかし、今回のこのショウターの場合は、あくまで外見上からの観察結果からみた、想像でしかないのだけれども……」

栗原さんは、ごくりとつばを飲み込んだ。

「内部が空洞というより、ひび割れだらけという可能性がある」

「ひび割れ? じゃあ翔大は、傷だらけで瀕死の状態ってこと?」

「あくまで可能性だが、かなりの満身創痍で、かろうじて現在の形状を保っている可能性が高い」

「じゃあ、うまく爆弾を打ち込めば……」

「4つに割れる!」

栗原さんの目は、多分いま、この世の誰よりも熱く燃えている。

その意見に、鴨志田さんもうなずいた。

「分かりました。四つ割れ推しでいきましょう」

俺は、翔大の衛星画像を鞄に押し込んだ。

それだけ確認できれば、あとは俺が何とかする。

「では、行ってまいります。困ったことがあったら、すぐに電話します」

「どこに行くのよ」

センターを出ようとした俺の背中に、香奈さんが声をかけた。

「文部科学省です」

うちの管轄は、そこ。とりあえず、行ってみる。

まずは、ここからだ。