俺が神崎の家に初めて行った時みたいに、もっとずうずうしい男であってほしかった。


「今の家庭を壊すことはできない」


神崎が迷いのない声で答える。


「本気でそんなこと思ってんのか? お前の父親は、お前自身が目当てで結婚したんだぞ!」


「それでも、母親が今幸せならそれでいい」


神崎の言葉は本心じゃない。


だけど、自分の気持ちをさらけ出さない方がいいと思い込んでしまっている。


俺は神崎の腕を掴み、強引に歩き出した。


行く当てがあるわけじゃないけれど、とにかく前進していきたかった。


「お前は俺の夢にまで出てきて、悪夢を消してくれた」


後ろをついて歩く神崎は俺の言葉に反応しない。


なんのことかわからず、首をかしげているかもしれない。


「形にはまらなければ空でも飛べる。そう言ってくれたんだ」


あの夢の続きは思い出すことができない。


だけどきっと、俺は神崎と2人で飛んだのだろう。


飛べるはずのない空を、空高くどこまでも。


「母親を本当に幸せにできるのはお前しかいない。お前が母親の手を取って飛ぶんだよ」


「飛ぶ……?」


「そうだよ。地上にいるから色々なものが気になる。だけど空に飛べば、地上の出来事なんて気にならなくなるんだ」