それから神崎は無言のまま地下室を出て段ボールの箱を元に戻し、監視カメラの映像を入れ替えた。


地下室の鍵も元通りに戻して、俺はなにも話さないまま帰る支度を始める。


「なぁ、あんまり気にするなよ?」


俺が玄関まで出てきた時は見送ってくれたけれど、それでもなにも言わない。


地下室で見た景色は確かに異常だったし、自分のファイルに×印が書かれていた時は心臓が止まるかと思った。


そんな相手に選ばれた神崎は今、表情を表に出さなかった。


「あ、そうだ。優奈に言われてたんだった」


今の今まで忘れていたけれど、神崎と連絡先を交換しろとうるさく言われていたことを思い出し、ポケットからスマホを取り出した。


今の時代に家の電話でやりとりしていたことを思い出すと、なんだかちょっと笑える。


「番号、交換するだろ?」


いつもの軽いノリでそう聞いた。


神崎はしばらくぼーっと突っ立っていたけれど、スマホを眼前にかざしてみるとようやく我に返ったように「あぁ、そうだな」と、短い返事と共に頷いた。


どうにか番号交換を終えて、神崎に背を向ける。


いつもならここで神崎から一声かかるのだけれど、今日はなにもない。


気になって一旦立ち止まり、振り向く。


神崎は茫然と突っ立ったまま、どこを見ているのかわからなかった。


相当ショックが大きかったのだろう。


「なぁ、おい……!」


つい、自分の方から声をかけてしまう。


「え……?」


神崎の焦点がやっと俺の視線とぶつかる。


「なにかあったら、連絡してこいよ?」


本当はこれ以上神崎に振り回されるなんてごめんだった。


こんな関係はひと夏で終わりにしたい。


でも、目の前であんな風に魂が抜けた顔をされたら、気になるに決まっていた。

ほっとけないと思ってしまう自分がいる。


神崎は自分の手に握りしめているスマホを見下ろして、思い出したように顔を上げた。


俺と連絡先を交換したことなんて、すでに忘れていたのだろう。


「あぁ、わかった」


そう答えて俺に背を向ける神崎は、今までで一番小さく見えたのだった。