『これくらい雲ってなきゃ『秘密の部屋』の雰囲気は出ないからな』


あの言葉は、この扉の真横に大きな窓があるからだ。


晴れていると、この窓からかなりの明かりが差し込む。


本物の『秘密の部屋』は明かりなど届かない場所にあるのだから、曇っていた方がよかったのだ。


「で、どうするんだ?」


俺は未だにびていこつの痛みを引きずりながら、そう聞いた。


「録画する」


「そんなのわかってるよ。どうやって?」


見る限り、神崎は今ビデオ一つしか持ってない。


三脚があれば話は別だが……。


腕組みをし、眉間にシワを寄せ、首を傾げて難しい顔をする神崎。


「まさか、考えてなかったとか言うなよ?」


「考えてなかったワケじゃない。三脚の存在を忘れてただけだ」


ヒョイッと肩をすくめてみせる神崎に、俺はこれでもかと大きなため息を吐き出した。


「なんでこんな時に抜けてんだよ」


「ハジメ、人間というものは決して100パーセントじゃないんだ。抜けていて当然。むしろ欠陥の方が多い」


自分がミスをした時だけ、なぜか堂々と正論らしきものを述べ始める。


「こんな時にお前の人生論なんて聞きたくないね。三脚忘れてどうするんだよ」


そう聞いた途端、神崎がニンマリといやらしい笑みを投げかけてきた。


俺はその笑みから逃げるように視線をそらす。
「ここは手に持って録画するしかないな」


「そうか、それはご苦労様。俺は用事を思い出したからこれで――」


と、回れ右をする俺の首根っこを神崎がシッカリと掴んだ。


俺は振り返らない。


振り返ると、満面の笑みを湛えている神崎をぶん殴ってしまいそうだからだ。


「さ、ハジメ。始めようか」