夏の夜は蒸し暑い。


セミの鳴き声に、少し遠くで聞こえる爆竹の音が混じる。


どこかの広場で若者たちがタムロし、明日のことなど考えずに今を楽しんでいる様子が目に浮かぶ。


俺は神崎から借りた本を右手に持ちながら、それを読むことなくぼんやりと目の前の問題集に目をやる。


数学の問題集だ。


何故、俺はあの時すぐに拒否をしなかったんだろう?


一人で問題集を解くくらい、時間がかかってもやろうと思えば出来たはずだ。


なのに、俺は神崎の手の中で転がされた。


その真意は理解していた。だけど、認めたくはない。


自分から進んで、神崎に転がされるその道を選んだなんて事……。


「うあぁぁ~っ」


ヤル気のない悲鳴を上げて、両手で頭をグシャグシャとかきむしる。


毒されている。


完璧に、俺は神崎流星に毒され、その色に染められてしまっている。


たった数週間という短い時間で、あいつの強烈なキャラクターに振り回され、支えられ、バカを言い合って……。


その度に俺は俺の道を外れていく。


……いや、逆かもしれない。俺は、本当の俺に戻って行っているのかもしれない。


チカチカと目障りに点滅する部屋の電気に舌打ちし、真暗で何も見えなくなるというのにその明かりを消した。


真暗な部屋の中、ベッド脇の電気スタンドをつける。


オレンジに近い光がほのかにその周辺だけを照らし出す。