言いながら、人の教科書を勝手に開いて赤ペンで何か書き込んでいく。


「なにしてんだよ」


「問題集で使われてる数式だよ。これさえ解かってれば計算は解けるはずだ」


神崎から奪い取った教科書には赤線が引かれていて、その隣には《問題集○ページで使う数式》と、ご丁寧に書き込まれている。


数式がわかれば数学はできる……、本当だろうか?


俺は半信半疑のまま、神崎が赤線を引いた数式を問題に当てはめていく。


数分後……。


「できた」


青いシャープペンシルが、思わず右手から転がり落ちた。


何より、自分が一番驚いている。


「やったな」


ベッドに戻ってマンガを読んでいたはずの神崎が、隣に来てニヤニヤと笑みを見せている。


「これ、こんな簡単な問題だったんだ」


さっきまで難問だと思っていた自分が、少々おかしく感じる。


コツを掴んでしまえば、どんなことでも簡単にできるものなのだ。


そんな俺の気持ちを察したかのように「何でもそうだ」と、神崎が言った。


「一度やって、難しいからあきらめる。そんなんじゃ出来るものも出来ないだろ」


「確かにそうだな」


頷き、もう一度問題集へ視線を落とす。


このままの勢いに乗って、すべて終らせてしまおう。


そう思い、気を取り直してシャープペンシルを再び握る。


しかし……。


「そう言うことだから、ちょっと話を聞いてくれ」


という、神崎の声と同時に目の前の問題集が取り上げられた。


「なんだよ」


「大切な話だ。優奈ちゃんがいない内に話したい」


いつにも増して、真剣な表情。


一体全体、なんだってこのタイミングなんだよ。


しかも、優奈がいない内に話したいだと?


強烈な、嫌な予感が頭の中に渦を巻き、握り直したはずのシャープペンシルが悲しい音を立てて、床に落ちた……。