パパか恋人かどっちなのはっきりさせて!

次の土曜日は東京を案内してくれると、二人で渋谷まで買い物に出かけた。私の身の回りの小物や洋服、それに化粧品などを買ってくれると言う。

スクランブル交差点へきたけど、あまりに人が多いので驚いた。観光名所にもなっているというが納得した。

私のような若い女性向けのショップが多く入ったビルで店を見て回る。さすがにここではパパは場違いに見える。父親が娘とショッピングは今時ないと思うし、顔も似ていないのでどう見ても援助交際にしか見えないと思う。それを言うと、気にするから絶対に言わない。

その場違いを感じ取ってか、パパは私とは距離を取って歩いていて、私が気に入ったショップに入ると外で待っている。

気に入った白い長袖の薄手のワンピースがあったので、見てもらおうとパパを呼びに行った。

あれほど呼んではダメと言われていたのに「パパ」と呼んでしまった。それで店員さんがパパをじっと見ていた。きっと援助交際のスポンサーと思ったに違いない。これからは気を付けよう。

店員さんに断って試着させてもらった。着替えてパパに見てもらった。パパがOKのサインを出したのでこれに決めた。パパは私の足元を見ている。

「靴が合っていないね。せっかくのワンピースが映えない。靴も買ったらどうかな」

「私は靴には無頓着でこのほかにも歩きやすいので気に入っているのが5足ありますから、帰ったら合わせてみます。大丈夫です」

「そう言わないで、靴は何足あってもいいから」

そうまで言われたので、ヒールが高めの白いシューズを買ってもらった。私は小柄だからパパと並ぶと肩までしかない。でもこれを履くとかなり背が高くなったように感じるので二人で歩くときのために、これに決めた。せっかく買ってもらったのだから足慣らしのためにもそのまま履いて帰ることにした。

今度はパパのシャツを探しに行った。パパは昔から目立つのが嫌いで、着るものも地味な色やデザインのものにしていたと言っていた。私から見ると実際よりも老けて見えてオジサン臭くていやだった。せっかくのイケメンがこれではもったいない。

「私と一緒に歩くときはもっと若い人が着ているようなものにしてくれないと恥ずかしい」と言って、若々しい派手な色遣いのシャツを選んであげた。当ててみると今着ているものよりもずっといい。本人もそう思ったみたい。

ズボンも選んであげた。シャツと合わせて着るととても若々しく見える。パパは私が選んだ若者向けのシャツとズボンを気に入ってくれて購入した。

それから、私のために流行りの化粧品を店員さんに選んでもらって買ってくれた。使い方も指導してもらった。可愛く綺麗にしていてほしいというパパの気持ちが分かったので熱心にそれを覚えた。

買い物がひととおり済むと、パパは会社の同じ部の女性に聞いたという表参道のヘアサロンへ連れて行ってくれた。

上京した時に私が髪をポニーテイルに束ねているのを見て、どうしているのか聞かれた。自分で適当にカットしていると答えておいた。ママが生きているときはママが私の髪をカットしてくれていた。サロンに行くと高いからだった。

「好きな髪形にしてもらうといいよ」

「思い切ってショートにしてみたいです。学校へ行ったら髪が長いと調理するときに何かと不都合だと思っています」

「そうだね、それがいい。ショートの久恵ちゃんも見てみたい」

どんどん髪がカットされていく。慣れた手つきでどんどんカットが進む。鏡の中の自分が今までとは全く違った自分に変わっていくのに驚いた。さすが表参道のヘアサロンはセンスがいい。

出来上がったので、パパが見に来た。パパの私を見る目が変わったのに気がついた。ジッと鏡の中の私を見ている。男の目を感じる。

「少しは綺麗になった?」

「とってもチャーミングだ」

パパはすごく嬉しそうだった。それは私以上だった。間違いない。

◆◆ ◆
「こんなに買ってもらってありがとう」

帰りの電車の中で改めてお礼をいった。

「久恵ちゃんは『プリティ・ウーマン』という映画見たことある?」

「テレビで見たわ」

「コールガールが若きやり手の実業家の富豪と知り合い、妻になるというシンデレラストーリー。大ヒットしたけど、あの映画は男の目線で作った男のロマンを描いたもの。素質のある女性を自分好みの理想の女性に育てるという。女性に人気があったけど、男性が見ても共感できる。ジュリア・ロバーツが素晴らしい変身を見せた。映画に出てくるホテルの支配人が今のおじさんだ。おじさんも久恵ちゃんをもっと素敵な女性にしたい。素敵な男性が見つかるように」

「ありがとう、期待に沿えるかわからないけど」

でも、ちょっと違うと思う。だからあえてそっけなく答えた。

窓の外を見ると沿線は桜がもう満開近くに咲いている。

「桜がきれいだね」

「お花見がしたい」

「じゃあ、明日、近くの洗足池公園へお花見に行こう。あそこは桜の名所だ」

「朝の天気予報では明日は朝から雨と言っていたと思うけど」

パパがスマホで天気予報を調べると確かに明日は朝から雨模様となっていた。

「明日雨が降ると桜が散ってしまうね。来週まではもたないし」

「諦めます」

「それなら今晩、夜桜見物にいかないか?」

「夜桜見物?」

「あそこは夜桜見物もできる。昔、近くの独身寮にいた時に行ったことがあるから」

「夜桜見物に行きましょう」

マンションに戻ると一休みした。私は買ってもらったものを部屋で片付けた。それから駅前で買ってきたお弁当を二人で食べた。

私は素早く出汁を取ってお味噌汁を作った。このお味噌汁がとてもうまいとパパはお替りをしてくれた。これで夜桜見物の準備は完了した。
6時を過ぎると暗くなってきた。春になったとはいえ、夜は冷えるから少し厚着をして出かけることにした。

マンションを出て大通りを公園の方に歩いて行くことにした。パパは「電車で行ってもいいけど、ここからは歩ける距離だし、時間もそんなに変わらない。どうする?」と聞いてきた。私は歩きたいと答えた。

マンションを出るとすぐに私はパパと腕を組んだ。そのために買ってもらった高いヒールの白い靴を履いてきた。これを履くと背が高くなって腕が組みやすいと思ったからだ。

パパが私の方を見るけど、もう知らんぷりで当然のことのように腕を組んでいる。パパも悪い気はしなかったようでそのままにしている。いい感じで二人は歩いて行った。

12~3分で公園に着いた。思っていたよりも人が多い。ゴーというような音がする。人ごみの音だ。

桜が満開で照明に映えてとても綺麗だった。人が多いからもう腕を組んで歩けない。それでも手を繋いで桜を見上げながら公園を一回りする。

「すごい人だね」

「東京はどこへ行っても人が多いですね」

「でもそれが当たり前になると、だんだん人ごみに慣れてくる。人が多いと何故か安心感があるから不思議だ。皆と同じことをしているという安心感かもしれないね」

「私も慣れてくるかしら」

「自然と慣れてくる。そのうち都会の生活が良くなってくるから」

「私も都会の絵の具にすっかり染まってしまうのかしら」

「良しにつけ悪しきにつけ、染まらないと生きていけない。でも大丈夫だから、僕が久恵ちゃんを守ってあげるから」

「パパは結婚しないの? 誰か良い人いないの?」

「いない。この歳になったから、もう考えないことにした。マンションを買ったのも一人での老後に備えるためだったから」

「そうなんだ」

なにげなく、聞くことができた。前からそうは思っていたけど、パパにはいわゆる彼女はいないことが確認できた。よかった! これで私の努力次第でどうにでもなる。それにパパは私のことが気になっているのは間違いない。

そんなことを考えていたら、石に躓いて転んだ。足首が痛い。パパが驚いて手を差し伸べてくれる。手につかまって起き上がろうとするけど足首が痛くて起き上がれない。

「大丈夫か?」

「足首が」

「捻ったかな、捻挫したかもしれない。いつもよりヒールが高かったからね」

何とか起き上がらせてもらったけど、足首が痛くて歩けない。パパが困っている。するとパパが私の前に背中を向けてかがみこんだ。

私はパパが何をしようとしているのかすぐに分かった。さすがパパ、私の保護者、いや守護神。しっかりと背中に抱きついて首に腕をまわす。パパの背中は大きくて温かい。

パパは私の太ももをおそるおそる手で抱えてゆっくりと立ち上がった。周りの人が一斉に何事かと私たちを見ている。恥ずかしいので顔を背中にくっつけた。パパがゆっくり歩き出した。そんなに重くは感じていないみたいで安心した。

しばらく歩くと私も周りを伺うゆとりができてきた。パパが私をおんぶして歩いているので、行く先の人は何だろうと道を空けてくれる。だから割りとスムースに歩けている。大事におぶられているというこの何とも言えない安心感に浸っている。

ようやく大通りが見えるところまできた。ここまでくると道も混んでいない。もっとおぶられていたい。

「もうすぐ大通りだ。大丈夫か? すぐにタクシーを拾うから」

「大丈夫です」

「歩いてみる?」

「このままおんぶして行って下さい」

「分かった」

ようやく大通りに着いた。私を下ろしてタクシーが通りかかるのを待っている。私はパパに摑まって立っている。

ようやくタクシーが捕まった。私を先に乗せてパパが乗り込んでくる。そして段差の少ないマンションの裏口までの道順を説明している。

着くまでの間、私は黙ってはパパに寄り掛かっていた。パパはずっと私の肩を抱いていてくれた。

ようやくマンションの裏口に到着した。パパが先に降りて私が降りるのに手を貸してくれた。タクシーが戻って行った。何とか、たどり着いた。

私は無理すれば歩けたけど歩かなかった。立ったまま待っていた。私はパパがどのくらい私のことを心配してくれるか試そうとしていた。パパがしょうがないなあというような顔をして背を向けてかがみ込んだ。しめしめとしっかり抱きついた。

エレベーターに乗ってようやく部屋までたどり着いた。結局ソファーまでおんぶしてくれて座らせてくれた。

「大丈夫か?」

「捻挫したみたいです」

「今日は土曜日でこの時間だから、このままここで手当てして様子を見よう」

「手当てしてください」

「まず、氷で冷やそう。それから湿布する。今日はお風呂はやめておいた方がいい。下手に入ると悪化するから」

「そうします」

パパはすぐに氷を持って来て濡れタオルで包んで足首に巻いて冷やしてくれた。それから自分の部屋に戻って湿布薬を持ってきてくれた。足首が冷えたところで、湿布薬を張って、その上からまた氷で冷やしてくれた。なかなか手際がいい。

それから私のためにいつものようにコーヒーを入れてくれた。至れり尽くせりだ。

「これで一応の処置をしたから様子を見よう」

「ありがとうございました。私の不注意でした。はしゃいでしまってご免なさい」

「いや、今日は渋谷に出かけたり、夜桜見物に歩いて行ったりして、それに新しい靴だったから、疲れて足に負担がかかったからだと思う。僕の配慮が足りなかった」

「おんぶしてもらって嬉しかったです」

「いや、いいんだ、こちらこそ」

こちらこそ? あとは私が気にすると思って言わなかったが、私の太ももを抱えていたことや背中にお乳が当たっていたことがよかったみたい。おんぶしてもらったので、それくらいのことがないと申し訳ない。

私のお乳は大きくはないが小さくもない。ほどほどの大きさはあると自負している。形も悪くないと思っている。おんぶしてもらった時、胸を離そうとはしないで、それができるだけパパに分かるように背中に押し付けていた。パパは相当気になったと思う。ちょっとやりすぎたかなと思うけど、これくらいの刺激がパパには丁度良い。

◆◆ ◆
日曜日はやっぱり朝から雨だった。やはり昨晩、夜桜見物に行っておいてよかった。朝、目が覚めて、起き上がって足の具合を確かめていると、パパがドアをノックした。

「今日一日、僕が食事を作ってあげるから安静にしていて」

「すみませんがお願いします」と答えた。足の具合は悪くはなかった。痛みもほとんどなく歩いても気にならないくらいに回復していた。パパの応急手当てがよかったからだ。でもお言葉に甘えてそうさせてもらうことにした。

今回の捻挫では、図らずもパパの私への気持ちを試すことになった。でも私のために一生懸命におんぶも手当てもそれに食事の用意もしてくれた。大切に思われている。それがとっても嬉しかった。
私がここへ来てからもう3週間ほどになる。調理師専門学校にも慣れて、家事もなんとかこなしている。パパは毎日機嫌が良い。食事も美味しいと言って食べてくれている。

新婚生活ってこんな感じ? やっぱりちょっと違うかな? あまりドキドキ感がないし、当たり前だけどHもない!

もともと私とパパは性格が似ていると思っていたけど、一緒に生活して違うところもあることが分かってきた。

倹約家で、ものを無駄にしない、無駄なものを買わない、ものを大切にする。これは私と同じ。ケチとは違う。お金を出すべきところは思い切ってしっかりと出す。「出す必要のないものを出さないのが倹約、出すべきものを出さないのがケチ」とか言っていた。同感。

それからせっかちなところ、私もせっかちだけど、それ以上だ。今相談していたことをすぐに実行に移す。決まったことはすぐにしないと気が済まないようだ。

それから綺麗好き。ただ、私ほどではない。目に見えるところはとても気にするが、自分の部屋でも見えないところに結構ほこりが溜まっている。

それからシャツなど汚れていないと1回着てもすぐに洗濯しない。でもそれを言うとしぶしぶ洗濯に出してくれる。私は1回着ると洗濯しないではいられない。

理由を聞くと、あまり洗濯をすると生地が傷んで長持ちしないからと言っていた。まあ、一理ある。私はしょっちゅう洗濯するからブラウスでも早く着られなくなることがある。

それから、整理整頓が上手というか、片付けがうまい。きちっと論理的に並べていると言うか整理している。だから、すぐに探し物が出てくる。要領を聞いたら、分からなくなったら、自分だったらどこに片付けるかを考えるそうだ。そしてその場所を探すそうだ。

私にはまねできない。私は綺麗好きだけど、整理整頓や片付けは大の苦手だ。下着でも綺麗にたたむところまではできるのだが、それを種類別に分けてしまうことが苦手だ。

私の衣装箱を一見すると綺麗に入っているが、種類は順不同になっている。でもそれが不規則なりに繰り返されているので、実際にはそんなに困らない。

でもパパはそんな私に小言も言わずに整理や片付けを手伝ってくれる。ありがたい。私にはここでは大切にされている、守られているという安心感がある。

でもちょっとドキドキした間違いがあった。朝起きてトイレに入ったら、下ろした下着がなにか違う。よく見たらパパのブリーフだった。それも後ろ前に履いていた。

昨晩、お風呂に入ったときに、洗濯したものと着替えたけど、気が付かなかった。ただ、少し緩いなと思っただけだった。ゴムが緩んだとしか思わなかった。そういえば夜中、お尻のあたりがいつもの感じと違うと思っていた。

へへへと思わず笑ってしまった。いつ、どうしてパパのブリーフが私のところへ混入したか分からなかった。確かに分かっていればこんなことは起こらない。

すぐに部屋に戻って自分のものと履き替えた。そしてすぐに洗濯機を回した。よくよく考えてみると、パパのが1枚、私のところへ混入したとすると、私のが1枚、パパのところへ混入したかもしれない。でもパパは何も言っていなかった。

パパが出勤した後にパパの部屋に入って、初めてパパのクローゼットを開けた。記帳面なパパらしく綺麗に整理整頓されている。

すぐの下着のプラケースが見つかった。開けてみると整然と下着が入っている。ブリーフもきちんと整理されて入っていた。

ただ、私の下着は見つからなかった。まさか、パパが気付かないで履いて行ったはずはない。でもあり得るかもしれない。私も気づかないで履いていたから。確信はもてなかった。それなら、何か言ってくるだろう。

残念ながら私は自分の下着の枚数を把握していなかった。1週間分7枚くらいはあったと思うけど定かではない。それまで待っていればいいことだし、謝ればすむこととだ。

◆◆ ◆
すっかり、忘れていた。間違えたことが分かった翌日に洗濯が終わって、ベランダで干していると、私の下着が2枚あった。確か昨日は1枚しか着替えなかったはず。1枚はどこから出てきた? 先日の洗濯の際に取り出すのを忘れて残っていた? そんなはずはない。昨日は1枚畳んでしまったのを覚えている。

ということは、パパが出した? でもパパのブリーフはちゃんと1枚ある。どこからか1枚出てきた。考えてみるとパパしか考えられない。きっと間違えたことが分かって、私がいやな思いをしないように、分からないようにしたんだと思う。聞いてみてもきっと知らないと言うと思う。

でもそれから1か月くらい後になって、パパは何を思ったのか、白のブリーフを黒のボクサー型のパンツに徐々に買い替えていった。ほとぼりが冷めたと思ったのだろう。そのとき私はパパも私のものを間違えて穿いたんだと確信した。

でもパパらしい。私が嫌がると思って気を使ってくれたんだ。それまで私のことを大切に思っていてくれることが嬉しかった。だからこのことは気がつかなかったことにしておこう。
今日、パパは仕事で帰りが遅いといっていた。おそらく午前様になるから先に寝ていてくれればいいと言っていた。

こんなに遅くなることは初めてだった。同居生活を始めてから7時前後には帰ってきていた。たまたま仕事で遅くなってもせいぜい8時ごろだった。

私が食事をしないで待っていてくれるから悪くて早く帰るようにしているのだとか。新婚さんはこういういう感じかなとか意味深なことを言っていた。

パパは私のことをどう思っているのかはっきり分からない。父親代わりとして、私の面倒を見てくれているし、可愛いと思ってくれているのは間違いない。だって、洋服を何着も買ってくれたし、ヘヤサロンにも連れて行ってくれた。

髪形をショートにした時に私をジッと見た目は確かに男の人の目だった。それに私がパパと呼んで良いかって聞いたときに、一瞬見せた寂しそうな表情、あれは何なの? 私を一人の女性としてみてくれているの?

私は元々パパが大好きだった。私好みのイケメンで、初めて会った時から叔父さんというより男性として見ていた。血のつながった叔父と姪は結婚できないけど、全くの他人だから当たり前だと思う。

事故があるまでは数えるほどしか会っていないけど、素敵な人と思っていた。だから、東京へ来て一緒に住まないかと言われた時は嬉しかった。

でもパパは私のことを大切にするだけで、手は繋いでくれても、自分からは指一本触れてこない。私の部屋には絶対に入ってこない、ノックするだけ。話すときもドア越しだ。

でもお風呂上りの私を見る目、あれは男の人の目だ。もし、パパが私を押し倒して、求めてきたら、どうする? 少し抵抗して受け入れる? そんなこと絶対に起こらないと思うけど、受け入れると思う。そんなこと考えていたら、眠ったみたい。

夢うつつの中で、私の部屋のドアが開く気配を感じる。誰かが布団をまくって布団の中に入ってきて私に覆いかぶさる。夢を見ているの? 夢じゃないと分かると、とっさに恐怖感から「ギャー」と奇声を連発してしまった。

でも少し変、覆いかぶさるだけで、何もしない。体重が私にかかる。アルコールの匂いがする。それにこれはパパの匂い? 酔った勢いで私の部屋に?

布団の中でドタバタしていると、外から玄関ドアをたたく音がする。隣の住人がマンションの警備会社へ連絡したので、ガードマンが急遽到着した。合鍵を使って部屋に入って、その侵入者を取り押さえた。

明るくなるとやっぱりパパだった。その後、パトカーが来るやらで一騒動になった。

私は驚くやら恥ずかしいやらで、どうしてよいか分からず、泣き出してしまった。私が泣いたことによってますますパパの立場は悪くなった。

パパは酔って間違って前に自分が使っていた部屋に入ったと言い訳をしているけれど、全く聞いてもらえない。こうなった状況からはDV(ドメスティックバイオレンス)か何かがあったと見られて当然だ。

それにパパと私の関係を聞かれていた。義理の姪だと答えていた。間違いがないけど、この状況ではなおさらDVを疑われる。

お巡りさんが私に事情を確認するころには、私も状況が呑み込めて、事の重大さが分かってきたので、パパの勘違いと私の思い違いをなんとかうまく説明できた。

お巡りさんは何度も私に本当にDVはなかったのか、そういうことで間違いないかと確認していた。私が何度も否定したこと、でようやくお巡りさんも納得したみたいで、パパは解放された。もう酔いはすっかり醒めたみたい。

ガードマンやお巡りさんが引き上げていった。ようやく平穏が戻った。疲れがどっと出た。パパはうなだれてぐったりしている。

「申し訳ない。酔っていたとはいえ、以前の自分の部屋と間違えたことは、全く迂闊だった。誤解しないでほしい。信じてほしい」

パパは手をついて謝ってくれた。

「始めは本当に不審者が入ってきたと思ったから大声を上げてしまいました」

「本当に驚かしてごめん」

「でも、でも少し変だったの。覆いかぶさるだけで、何もしないし、アルコールの匂いがしました。それにパパの匂いがしたから、酔った勢いで私の部屋に入ってきたと思ったの」

「ごめん、本当に自分の部屋と間違えたんだ」

「パパだと分かってからは、驚くやら恥ずかしいやらで、泣いてしまって」

「本当にごめん」

「それに部屋の内鍵をかけていませんでした。こういう間違いも起こると分かったので、これからは必ず鍵をかけます」

「そうしてくれると安心だ。でも二度とこういうことがないように気を付けるから」

「事情はよく分かりました。パパは疲れているみたいだから、もう寝てください」

「ああ、そうさせてもらうよ。おやすみ」

「私も寝ます。おやすみなさい」

その後、お互いに気まずさを感じながらも疲れて就寝した。

次の朝、パパはひどい二日酔いになった。

「酔っぱらいには本当に手数がかかりますね。身体に悪いのでこれからは飲みすぎに注意して下さい」

「今回のことで、身に染みて分かった」

それで朝食にお粥を作ってあげた。パパは、照れくさそうに「美味しい」と言って食べてくれた。

いつもより2時間遅れて、近所を気にしながら二人一緒に出かけた。なんとかお互いに信頼関係を修復できたみたいでほっとした。

でも、泥酔して無意識で私の部屋に侵入したのは、パパの心の片隅にそういう思惑があったのかもしれない。もしそうなら正々堂々ときてほしい。やっぱり無理かな?
パパの今日の予定は同僚と飲み会と聞いていたけど、8時前には帰ってきた。私は帰りが遅いと思って先にお風呂に入って丁度上って着替えたところだった。

「ただいま」

「おかえりなさい。夕食はパスで良かったですね」

「同僚とビヤホールで済ませた」

「飲んだのに早かったね」

「この前の失敗があるから早めに切り上げたんだ」

玄関に迎えに出た時から、パパはなぜか私と目を合わせない。何かを隠そうとしている? うしろめたいことでもあるの?

ひょっとすると、飲み会の相手は女性? カバンを持って後ろを歩くといつもとは違うような匂いがするので、鎌をかけてみる。私は匂いには結構敏感な方だ。

「パパ、同僚は嘘でしょ。女の人の匂いがする。女性の同僚?」

「ええ!」

驚いているので、図星かな?

「洗濯しているから分かるの」

「そんな匂いする?」

困った顔をしている。

「好きな人がいるなら、はっきり言って」

畳みかけて聞いてみる。パパがおどおどしている。ますます怪しい。

「本当に今日は男性の同僚と飲んでいたんだ。好きな女性や付き合っている女性なんかいない。し・し・しいていえば、久恵ちゃんだよ」

「本当?」

「誓って」

真顔になっている。これは信用してもいいかな?

「私、マンションでは妻ということになっているのでお忘れなく。浮気は絶対にダメ!」

私が続けさまに問い詰めるので、パパはすごく困った顔をしていたが、好きな女性は私と言ってくれたことが嬉しかった。そして、浮気は絶対ダメと言ったら真顔になっていたけど嬉しそうだった。

でも、何かいつもと違う。お酒を飲んでいるからか、浮き浮きしているように見えるんだけど。なんていうか顔が緩んで満ち足りた感じ? お酒を飲んで、憂さ晴らしをしたから?

それから、パパは自分の部屋でスーツを脱いで、急いでお風呂に入った。怪しいと言われた匂いを消すため? まあいいかな、好きな女性は私と言ってくれたからと部屋に戻った。

パパは女の人をほしくならないのかしら。ソープランドへでも行っている? あの真面目なパパがありえない。

そういえば、2週間ほど前に夜中にトイレに起きたら、パパの部屋からうめき声が聞こえたので、パパに何かあったのかなと、ノックして大丈夫と聞いたら、返事がなかった。

心配なのでドアを開けると暗がりの中でテレビがついていたけど、真っ黒なビデオの画面だった。パパは布団をかぶって寝ていた。「呻き声がしていたので大丈夫?」と聞いたけど「大丈夫だから」と言っていた。

あのときHビデオでも見ていたのかもしれない。気になるから、今度、パパのいない時にこっそり探してみよう。

◆◆ ◆
次の日、夕食の準備が終わったので、ソファーで一休みする。パパが帰るのは7時前後で、まだ時間があるので、こっそりパパの部屋を探検することにした。

見られたくないものを隠す時のことを考えるとありそうな場所は大体想像がつく。プラスチックケースの中は工具だった。本棚の引出しの奥には貯金通帳と印鑑があった。クローゼットの棚の奥の方にプラスチックのケースが並んでいるのを発見した。

DVDのケースが30枚くらい、背中を向けてタイトルが見えないようにきちんと並べてある。ケースの写真を見るととても見ていられない恥ずかしいものばかり。でもどういう訳か、パパをいやらしいとは思わなかった。それよりやっぱりパパも男なのねと安心した。

私に見つからないように隠したんだ。知らないふりをしておこう。それより、時間を見つけてこっそり見てみたい。
今日、パパは同期会があって帰りが遅くなるから食事は不要で、2次会まで行くから帰り時間は11時を過ぎるかもしれないと言っていた。

8時を過ぎているけど、お風呂にも入って、ほかやることもないし、時間は十分にある。パパの隠してあったHビデオの鑑賞会をさせてもらうことにした。

クローゼットを開けて隠してあったビデオを取り出して、品定めをする。短大のころ、仲の良い友達の家へ遊びに行ったときに一度だけ見せてもらったことがある。その時は恥ずかしいこともあり、しっかり見ていなかった。

タイプ別に並べてある。パパの几帳面さはこんなところにも出ている。一巻一巻内容を確かめる。ケースの写真を見ると恥ずかしいものばかり。私には刺激が強すぎる。見たことが分からないように元あった場所に戻す。

まず始めは無難なものを選んだ。DVDレコーダーの取り扱いはすぐに分かった。所要時間は120分と書いてあるので、時間は大丈夫だと思う。パパの部屋は狭いので壁に寄り掛かってみるのに丁度良い。

もう真剣に見てしまった。肝心な大切なところはぼかしてあるけど、間違いなくしていることは分かる。私にはあんなこと、とても無理だ。2時間はあっという間に過ぎた。緊張して見ていたせいかすっかり疲れた。

丁度終わりかけの時に、廊下を誰か歩いてきて部屋の前で止まったみたい。パパ? そう思っていると、玄関の鍵を開ける音がする。何で今帰ってくるの?

まずい! 急いで部屋を出て玄関へ迎えに行かなくてはならない。すぐにビデオレコーダーとテレビを消した。DVDのケースをテレビの裏に隠すと慌てて部屋を飛び出した。足がもつれる。

「お、おかえりなさい。洗濯物を片付けていました」

「ただいま、2次会が中止になったから帰ってきた。行きたい人がほとんどいなくて」

「そうですか、酔いを醒ましてからお風呂に入った方がいいですよ」

「分かった」

パパはすぐに自分の部屋に入って行った。酔いを醒ましてから入るのかと思ったけど、すぐにお風呂の用意をして浴室に入った。

お風呂に入ったのを確かめてから、すぐにパパの部屋に入った。ビデオレコーダーからDVDを取り出してテレビの裏に隠しておいたケースに入れてクローゼットの元の場所に戻した。ほっとした。これでバレない。

パパが上機嫌でお風呂から上がってきた。見れば分かる。分かりやすい人だ。今日は良いことあったのかな?

「今日はゆっくりでしたね。私の入った後だからぬるかったでしょう。ごめんさない」

「い、いや、ゆっくり入れてよかった」

上がってきたところに私が突然声をかけたので、パパはびっくりしたようで急いで部屋に入って行った。そういえば、私の後にお風呂に入った時は、概して機嫌がいい。私のあとに入って私の裸でも想像している。だとすればパパは変態かも?

部屋に戻って、しばらくして私は大変なミスに気付いた。テレビをビデオ画面のままにして、もとに戻すことを忘れていた。パパがニュースでも見たら気が付くかもしれない。でもDVDは片付けたから、気が付かないとは思う。

◆◆ ◆
次の朝、パパが出勤してから部屋に入ってテレビをつけてみた。ビデオの画面になっていた。ホッとした。すぐに戻しておいた。パパが気付かなかったことを確信した。

それから、パパには帰るときにはメールを入れてくれるように頼んだ。特に帰り時間が予定よりも早くなる時には必ずメールを入れてくれるように言っておいた。これで安心して鑑賞できる。

30巻の中にはソフトなものから非常に過激なものまでいろんなタイプのものがそろっていた。私はそのほとんどを見ていった。だんだん慣れてきて平気で見られるようになった。私って変態?
Hビデオを見過ぎたために私は気持ちが大胆になってきていたのかもしれない。私はパパを挑発してみたくなっていた。

パパが私に関心のあることはよく分かっている。私を見ないような振りをしているけど、いつも私のことをじっと見ている。時々、パパの方を見るとあわてて視線を逸らすことが多い。あれは私を見守っている父親代わりの目ではない。明らかに男の目だ。それは直感的に分かる。

でもじっと見ているだけで、私に決して触れたりはしてこない。私の部屋にも絶対に入ってこない。一歩近づくと一歩離れて一定の距離を保つタイプだ。きっと我慢しているのだと思う。だから試してみたくなった。

今まではお風呂に入ったら、浴室でパジャマに着替えてから部屋に戻っていた。でも最近はパパがリビングにいないことが分かると、バスタオルを身体に巻いたまま、部屋に戻っていた。

昨日、パパが自分の部屋にいることが分かったから、バスタオルを身体に巻いたまま、部屋に戻ろうとした。その時、パパが部屋から急に出てきて鉢合わせした。一瞬二人とも固まった。

パパは目のやり場がない振りをして、しっかり見ていたので、私は「見ないで!」と言ってすぐに部屋に入った。さすがパパ、一瞬を無駄にしない。しっかり見ていた。

見たいのなら見せてあげようと思って、次の日からパパがリビングにいても、堂々とバスタオルを巻いたままで、部屋に戻ることにした。

パパとしては目のやり場がないとは言いながら、黙ってしっかり見ているに違いない。これは間違いない。そこで突然振り向いた。やっぱりじっと見ていた。慌てて目を逸らす。でも手遅れ。

「見ないで!」

へへと勝ち誇ったように私は部屋に戻った。私ってそんなに色っぽい? 魅力的? 女を感じる? すぐにパパがドアをノックする。

「ごめんね、見ないようにするから」

「気を付けてください」

これに味を占めて、もう少しエスカレートしてみる気になった。部屋に戻るとき、ゆっくり後ろを振り向いてパパの視線を確かめる。パパはすぐに視線を逸らす。でも私が前を向くとすぐに視線を戻すことは分かっている。それで急にもう一度後ろを振り向く。やっぱ見ていた。

「見ないで!」

そう言うと、背中を向けてバスタオルを両手で開いた。後ろでパパが唖然としている様子が気配で分かった。私はバスタオルを両手で開いたまま、悠然と部屋に戻った。面白かった。

パパがすぐに部屋の前まで来てドアをノックして言った。

「あまり僕をからかわないでくれないか? 今度したら我慢できなくなって襲い掛かるかもしれないよ」

「見なきゃいいでしょう」

でも思った。ひょっとすると本音かもしれない。これ以上挑発したらパパの理性は持たないかもしれない。

それからしばらくの間は、私がお風呂に入ったら、パパは自分の部屋にいて、私がお風呂から上がって部屋に戻るまでは部屋から出てこなくなった。

それなら見るようなこともないし、挑発にも合わないと思ってのことだろう。そうすれば襲い掛かることもない。あれは本音だった?

◆◆ ◆
金曜日の晩、パパが好きなアクション映画がテレビ放映される。自分の部屋のテレビは中型で迫力がないから、アクション映画放映の時にはいつもリビングの大型テレビで見ている。私はアクション映画があまり好きではないので、お風呂に入った。

私はいつものようにお風呂からバスタオルを身体に巻いて出てきた。パパが私のことを気にも留めないで、テレビに夢中になっているのが気に入らなかった。そのまま冷蔵庫にペットボトルを取りに行った。パパの視線が私に向かったのが分かると、背中を向けてまた両手でバスタオルを開いた。

パパが「久恵ちゃん」と言ってソファーから立ち上がろうとするのが分かった。それが分かると私はあわてて部屋へ戻ろうとした。でも今回は手にペットボトルを持っていたのと、風呂上がりで足が濡れていた。滑ってバランスを崩して浴室の前の廊下で転んだ。太ももが、お尻が露わになる。

パパはソファーを立ち上がって私のところへ来ようとしている。いやだ。私はお尻を手で隠して廊下を這って部屋に向かう。濡れている足が滑る。

パパが「大丈夫?」というのと私が部屋に入ったのは同時だった。部屋の前まで来てもう一度「大丈夫?」と声をかける。私は内鍵をそっとかけた。パパは入ってこようとしなかった。ほっとした。

「お尻は大丈夫だけど、足を捻ったみたい」

「見てあげる」

「ちょっと待って」

パジャマを着てからドアを開いた。

「ほら、言わないことじゃない。僕をからかうからだ」

「パパが本当に襲い掛かってくると思ったから慌てた」

「冗談に決まっているだろう。信用がないな」

足首に触って動かした感じではそれほど重症でもなさそうだった。パパは湿布薬を持ってきて足首に巻いてくれた。歩くと少し痛いけど大丈夫だと思った。

私はそうなることを決心して、パパを挑発していた訳ではないことが分かった。その証拠に本気だと思って慌ててしまった。でもそうなることも期待して始めたことなのに、自分の気持ちがよく分からなくなった。

そのことをよくよく考えてみると、襲い掛かかられてパパのものになりたいというより、優しくされてパパのものになりたいのだと思った。

それから私は挑発を止めなかったが控えめにした。やっぱり見られてないと寂しいし、いつも私をじっと見ていてほしい。
私は本当の父親を知らない。もちろん顔も名前も知らない。ママからは私が生まれる前に亡くなったと聞かされていた。ずっと父親がいない中で育ってきたので、どうとも思わなくなっていた。

パパから本当の父親について聞かれたことがあったが、ママから聞いたとおりのことを話した。

「私には優しい崇夫パパがいたし、新しいパパもここにいるので普通の人よりずっといい」と言っておいた。

食事の後片付けが終わるのを見計らってパパがコーヒーを入れてくれると言う。パパはレギュラーコーヒーが好きで会社の帰りにときどきコーヒー豆を買ってきて、コーヒーメーカーで入れてくれる。

コーヒーを飲みながら、昨晩、祖母からかかってきた電話の話を聞かせてくれた。それは降って湧いた驚くべき話だった。

昨日、祖母の住む高齢者住宅に吉村真一という人が訪ねて来たという。吉村という人は若い時の知り合いの女性が、亡くなった私の母と同一人物か確かめたいということだった。

吉村という人は50歳ぐらいで京都の大きな会社の社長をしているとのことだった。去年12月の自動車事故が全国で放送されて、母の潤子という名前と年齢が一致していたので、気になって新聞記事を頼りに探して祖母のところまでたどりついたとのことだった。

祖母は私たち3人の家族写真を見せたが、すぐに探していた潤子という人だと分かった。お墓参りをさせてほしいと言われたので、一緒に墓参りに行ったが、長い時間、お墓の前で手を合わせていたそうだ。

一緒に写っていた私のことを聞かれたので、潤子さんの連れ子だと話したら、顔色が変わったという。私のことを教えてほしいというので、東京で次男が父親代わりになって一緒に暮らしていると話したという。

吉村という人に私の子供かもしれないので会わせてもらえないかと頼まれた。祖母の一存では答えられないと言って、とりあえず引き取ってもらったが、どうしたものかとパパに相談の電話を入れたのだという。

先方の住所、氏名、電話番号を聞いているので、私と相談してどうするか考えてほしいということだった。

話を聞くうちに。私は頭の中が真っ白になっていった。何も考えられない。

「どうする、会ってみる? 久恵ちゃんの気持ち次第だけど」

「いまさらそういうことを急に言われても会う気になれません。それならどうしてもっと早く会いに来てくれなかったの?」

「なにか事情があったのだろう」

「そんなの向こうの勝手な事情でしょ」

「会わなくていいのか、後悔するよ」

「今は会いたくありません」

「それなら、僕が会ってきてもいいかな? 僕は久恵ちゃんの父親代わりだから、娘のためならできるだけのことはしたい。吉村という人のことも調べておきたいし、本人から直接事情も聞いておきたい」

「そうまで言うのなら、パパに任せます」

◆◆ ◆
次の日、パパは会社で祖母から聞いていた電話番号に連絡を入れてくれた。こちらの名前を言うとすぐに繋がったと言う。

先方の電話の応対は丁寧で好感が持てたようで、私が今は会いたくないと言っていることとパパが代わりに会ってもよいと伝えたところ、是非会いたいとのことだった。

丁度東京へ出張するというので、ホテルのラウンジで今週の金曜日の夜7時に会う約束をしたとパパから聞いた。

約束の日、パパは会社から直接ホテルへ向かうことになっていた。せいぜい1時間くらいとパパが話していたが、9時前になってようやくメールが入った。食事が用意されていて二人で食事をしながら話をしたと言う。これから帰るのメールだった。

夕食を二人で食べようと待っていたのに裏切られたような気がした。夕食を簡単に済ませると後片付けをした。

9時半過ぎにパパはマンションへ帰ってきた。パパはそのままリビングのソファーに座った。私はすぐにパパのところへ行く気になれなかった。それでキッチンの掃除をしていた。

「久恵ちゃんのお父さんに会ってきた」

「どうして父親だと言えるのですか?」

「一目見て分かった。久恵ちゃんに目元と鼻それに口元もそっくりだった」

「他人の空似もあります」

「久恵ちゃんのママとのことも詳しく聞いてきたから、間違いないだろう。辻褄も合うから」

それから、パパは私に聞いてきたこと一部始終を話してくれた。

パパが約束の時間にホテルのラウンジで約束を告げると、すぐに奥の方の個室へ案内された。食事ができるようになっていて、そこに50歳くらいの品のいい紳士が待っていた。

パパが来たことが分かると立ち上がって一礼をした。顔を見てすぐに私の父親であることを確信したという。目元と鼻と口元がそっくりだったそうだ。

名刺交換をした。名前は吉村真一、京都の有名ホテルチェーンの社長だった。吉村という人は母とのことを話してくれた。大学を卒業してから父親のホテルでホテルマンの修業をしていたころに同じホテルに勤めていた母と親しくなったという。母は控えめで、不器用で失敗ばかりしていた彼を励ましてくれたと言う。

彼は一人息子だった。母と結婚したいと言うと両親から猛反対されて、母もホテルを辞めさせられて、行方知れずなってしまったと言う。

妊娠していたことは知っていたか聞いたところ、身に覚えがあったが、妊娠していたら自分に黙って身を隠すようなことはしないと思ったそうだ。

母は自分のために身を引いた、いや引かされた。そう思うと申し訳ないのと両親への反発もあって、それから何年も縁談を断り続けたという。

それから20年経って、偶然テレビで交通事故に夫婦が巻き込まれたというニュースを見たそうだ。写真が母に似ていたし、名前と年齢が一致していたので、気になったという。興信所に頼んで、新聞記事から住所を探してもらって、ようやく祖母のところにたどりついたという。

それで娘さんがいたのでもしやと思って聞いたら、母の連れ子だったので驚いた。年齢から自分の娘だと確信したという。

娘に会って謝りたいという。知らなかったでは済まされないと言った。是非、会わせてほしいと懇願されたと言う。そういう父親の気持ちはよく理解できるとパパは言った。

私にはそう伝えるが、ここへ来る前にこの話を伝えたとき、動転して会うことを拒絶したので、今は会わないで静かに見守ってやってほしいとお願いしたと言う。いずれ、私の気持ちの整理がついたら便宜を図ると言っておいたという。パパらしい。

それから亡くなった兄が父親代わりをして、私も兄を慕っていたことを話した。また、今は自分が父親代わりをしていることも話した。だから安心しているように言っておいた。

彼はどうか娘のことをよろしくお願いしますと何回も何回も頭を下げたそうだ。気持ちの優しい誠実な人だと思ったと言う。

「会ってあげたらどうなんだい」

「会いたくありません。死んだものと思っています。大体、避妊もしないで妊娠させるなんて、男として最低!」

「でも、久恵ちゃんのママは彼を愛していたのではないのかな。だから彼のために妊娠していることも黙って身を引いたのじゃないのかな。そしてママには愛した人の子供である久恵ちゃんが生きがいだったのではないか。僕は彼に会ってそう思った」

「そんな身勝手なこと、子供には迷惑な話です」

「じゃあ、ママが嫌いになった?」

「・・・・」

「死んだものと思っているのなら、遺影だと思って見てみるかい? 彼の写真を数枚撮ってきた。確かに会ったという証拠のために僕と一緒の写真も撮っておいた」

「見たくありません」

「遺影だと思って、父親の顔も知らないと言っていたけど、顔ぐらい知っていてもいいんじゃないか、ほら見て」

パパはスマホに撮ってきた写真を無理やり私の目の前に出して見せた。どういう訳かじっと見入ってしまった。

「どう?」

「どうって、普通のおじさん、まあ、普通より少しはましな方かな」

「転送しようか?」

「いいえ、パパが持っていて下さい」

「じゃあ、大事にしまっておくよ」

「今日は私のためにありがとう。疲れたでしょう。ゆっくりお風呂に入って下さい」

そういうと私は自分の部屋に入った。一人になりたかった。

小さい時になぜ私にはパパがいないのだろう。パパと遊ぶ子がうらやましく思っていた。私は顔も知らない。でもそれを言うとママが困るのが分かっていたので、何も言わなかった。

もっと早く私たちを探していてくれたらと思わずにはいられなかった。ママの気持ちを考えるとひとりでに涙が出てきて泣いてしまった。

パパが私のためを思って写真を撮ってきてくれた。私は初めて父親の顔を見ることができた。確かに私と似ているから間違いないと思う。死んだものと思っていたから、私はそれで十分だ。

それに私には親身になってくれた崇夫パパがいたし、今はパパがそばにいて私を守ってくれている。それで十分だし、それ以上を求めてはいけない。そう思うと気持ちが治まってきた。
パパから[今日は急に外の会合に出なければならなくなった、懇親会があるから夕食はいらないけど遅くはならない]とのメールが入った。

6時ごろから雨が降り始めた。パパ、大丈夫かな? いつも傘は持っているとか聞いてはいたけど。

パパから電話が入る。帰りに地下鉄の階段で転んだので、タクシーで帰るけど、雨でタクシーが捕まらないので遅れるとのことだった。

大丈夫と聞くと、肩が痛いけど大丈夫との返事だった。でも声に元気がなくて、痛そうな感じが伝わってきた。心配! 

大通りのいつもタクシーを降りる場所で待っていることにした。タクシーが1台止まった。パパが降りてくる。

「パパ、大丈夫?」

「ありがとう、迎えに来てくれて、階段で転んで肩を打撲した、すごく痛い」

「カバンを持つわ」

「助かる」

傘をさしてあげる。パパは肩が痛そうでゆっくり歩いている。ようやくマンションへたどり着いた。部屋に布団を敷いておいたので、部屋着に着替えてから、そこへ寝てもらった。

「痛みはどう?」

「すごく痛い。明日の朝、病院に行くから」

「顔色もよくないから、すぐに病院にいかなきゃだめ」

「もうこんな時間だし、病院は明日でいいから」

「だめ、病院に行かなきゃ。いやでも私が連れて行く」

そうだ、119番に電話すればいい。階段で転んで怪我したので、今からでも診てもらえる病院を聞いた。時間がかかったけど近くの病院を紹介してくれた。教えてもらった番号へ電話する。今から行っても診てもらえることを確かめた。

「見てもらえる病院が見つかったからこれからすぐに病院へ行きましょう」

急き立てるとパパはようやく病院へ行く気になってくれた。

外へ出ると、もう雨は上がっている。大通りの上り方面側で空車を待つ。すぐにタクシーは捕まった。紹介された病院へ向かう。パパによると車なら10分くらいだと言う。

裏口にある守衛さんのいる受付を通って院内へ入り、案内された処置室へ向かう。整形外科医が待っていてくれた。パパが喜びそうな美人の女医さんだった。

女医さんは肩の様子を見るとすぐにレントゲンを撮るように言った。パパと一緒にレントゲン室に行くと、係りの人がいてすぐに撮ってくれた。それからパパはまた処置室へ入って行った。パパの声が聞こえる。痛そう!

「痛い痛い」「痛い痛い」「痛タタタ・・・・」「・・・・・」

しばらくして、パパが三角巾で腕を吊って処置室から出てきた。ほっとした顔をしている。

「どうだった」

「右肩の脱臼だった。女医さんが引っ張って入れてくれた。ポコンと嵌ったのが分かった。幸い骨折はないそうだ。明日、もう一度病院へ来るように言われた」

それから、受付で当面の費用を払って、タクシーを呼んで帰宅した。

タクシーの中でパパが「女医さん美人だったなあ」と言うので、かっとした。

「こんな時に不謹慎極まりない」

「心配させて、そんなに浮かれていていいの」

「あのままにして病院に行かなかったらどうなっていたか分からないのに、自覚が足りない」

「階段で転ぶって、浮かれて油断しているからよ」

ありったけの小言を言ってやった。パパは反省したのか演技なのかしょんぼりしていた。

部屋に着くと、パパは改まって、お礼を言った。

「ありがとう、久恵ちゃん。一人で生活していたらすぐには病院へは行かなかった。今日行かなかったら、もっとひどいことになっていた。本当にありがとう、助かった」

「私ね、パパには長生きしてもらいたいの。崇夫パパのように早死にしてもらいたくないの。長生きして私を守ってもらいたいの。だって、ママもいないし、パパのほかはもう誰もいないのよ」

「僕は死ぬまで久恵ちゃんを守り抜く覚悟だよ。兄貴と約束したから」

「私もパパを守り抜くから、絶対に死なせない」

「ありがとう」

「ママは、自分のためには生きられなくとも、娘のためなら生きられるものよ。自分のためよりも人のためなら生きられるものなのよといつも言っていたわ」

どうしてなんだろう。死んだパパとママを思い出して泣いてしまった。

「私、とっても悪い子なの。両親が事故でなくなったのは私のせいなの。私ね、ママが死んだら、パパの世話をするから、安心してとママにいつも言っていた。ママはお願いねと言っていたけど。ママが死んだ時のことばかり考えていたこともあるの。それはね、私がいつからかパパのことを好きになったからなの。罰が当ったのね、二人とも死んでしまった」

パパが後ろから片手で抱き寄せてくれた。突然のことなので身構えて泣くのを忘れた。パパもそれを感じてすぐに手を放した。

「そんなこと考えたらだめだ。久恵ちゃんのせいじゃない。兄貴を好きになってくれてありがとう。きっと喜んでいるよ」

「一度だけ、死んだパパも今のように後ろから抱きしめてくれたことがあるの、ママのいない時に、嬉しかった。パパ、私も好きよといったら、驚いて手を放したわ。後も先もそれ1回だけだったけど」

「きっと兄貴も久恵ちゃんのことをとっても好きだったと思うよ。事故は久恵ちゃんのせいなんかじゃない、それが運命だった」

「運命って?」

「定めと言っても良いかもしれない。そう思うと楽になれる」

そう言って、パパは私を慰めてくれた。でもパパはなぜ私を抱きしめてくれたのだろう。可愛いから? 父親代わりの愛情? 死んだパパと同じ気持ちから? 死んだパパはどんな気持ちだったの? 分からない。