パパが3月下旬に2泊3日で伊豆の下田で行われる研修会の出張が決まったという。

「久恵ちゃんが東京に来てから、ほぼ2年たつけど、気分転換に旅行にでも行くつもりで一緒に来ないか?」

「伊豆なんて行ったことないから連れて行ってもらえますか? 有給もあるから」

「昼間は研修会に出席していていないから、一人で気ままに辺りを散策すればいい」

「そうするわ」

「部屋はどうする?」

「一緒でいいですけど」

誘われた時、パパの気持ちを試す良い機会だからとすぐに決めた。「部屋はどうする?」と聞いてきたけど、どういう意味か分からなかった。「一緒でいいか?」と聞いてはこなかった。パパはそういう人だ。私の気持ちを一番に考えてくれる。

別の部屋にするのは他人行儀すぎるし、パパと同じ部屋で過ごしたかった。パパは海が見えるという民宿に一室を予約した。

◆◆ ◆
朝、品川駅から特急で伊豆下田へ直行した。途中、河津桜が満開で綺麗だった。予約した宿に到着したけど、ほとんど旅館と同じだった。案内された部屋は2階で海が見える。

午後1時から研修が始まるので、二人で近くの食堂へ行って昼食を摂った。食べ終えるとパパはその足で研修会へ、私は付近の散策に出かけた。「早く帰って」「迷子にならないで」と別れた。

3月の伊豆は暖かくて、気持ちがいい。水族館があったので入ってみる。いろんな魚がたくさんいた。アシカショーをしていたけど、一人で見るのはつまらなかった。歩き回るのに疲れたので、ほどほどにして宿に帰ってきた。

2階の部屋で海をみていると、自然と今夜のことが頭に浮かんでくる。ここまで一緒に来たけど、どうしよう。

5時過ぎにパパが戻ってきた。

「どうだった、見物できた?」

「海岸をブラブラして、水族館があったので入ったけど、一人じゃつまらないので、早々に引き上げて来て、ここで海を見ていました」

「食事まで、時間があるそうだから、海岸へ散歩に行かないか?」

「うん、行く」

海はもう薄暗くなっていて、月が出るところだった。黙って月を見ていると、パパが後ろからそっと抱きしめてくれて、頬にキスをした。

キスされるとは思っていなかったので驚いた。パパはどうして私にキスしたんだろうと考えて黙ってじっとしていた。それから二人はしばらく黙ったままだった。

「寒くなってきたから、お部屋に戻りましょう」

「そうだね。風邪を引くといけない」

私から手を繋いで歩いて帰ってきた。パパは私の手をしっかり握ってくれた。

部屋に戻ると夕食を用意しているところだった。民宿なので、豪華な食事ではないけど、新鮮なお刺身、焼き魚などが並んでいる。

宿の人が食事の準備を終えて出ていくときに、私に向かって「奥さんお願いします」と言った。それを聞いて私は緊張してきた。黙ってご飯をお椀によそってパパに渡す。

パパは私の顔を黙って見ていて、何も言わなかった。二人で手を合わせて「いただきます」と食事を始める。

パパが「美味しいね」と話しかけるが「うん」と言う返事しかできない。私は頭の中が今夜のことでいっぱいになっていた。

「身体の具合でも悪いの?」と聞いてくるけど「何でもない」とそっけない返事しかできない。これじゃあいけない。何か話さなければと思っても緊張して言葉が出てこない。

「初めての伊豆はどう?」

「海岸線が綺麗です」

「明日はどこを回る予定?」

「まだ、考えていません」

何か気の利いた返事ができないか考えているけど、思いつかない。話が続かない。パパも何かないかと話題を考えているけど、私がのってこなければ話のしようがない。

パパは食事に集中する。申し訳なく思ってパパを見ていると、パパが私の視線に気が付いて私の方を見る。私はあわてて視線を逸らす。食欲もあまりない。

「これ美味しいね」

「うん」

話のはずまない食事が終わった。パパとの楽しいはずの夕食を台無しにしてしまって、ごめんなさい。パパも私が何を考えているか気が付いたみたいで、笑顔を装って、時々私をチラ見している。

係りの人が食事を片付けながら「お風呂まだじゃないですか」と聞いてくる。「パパ、先に入って」と言うと、パパは一階の浴室へ降りて行った。

係りの人が後片付けを終えると、今度はお布団を敷いてくれる。布団を2組並べて敷いてくれた。これからどうしようとジッと見つめている。

ほどなくパパが戻ってきた。「お風呂どうぞ。温泉だよ」と言われて、黙って浴衣と着替えを持って浴室へ降りて行く。

この後のことも考えて、丁寧に身体を洗った。そして覚悟を決めた。私からパパの布団に入って行こう。拒まれたら、抱きついて、泣いちゃえばいい、何とかつくろえる。下着はつけないことにした。

部屋に戻ると、パパは縁側のソファーに腰かけて海を見ていた。さっきの月が随分高くなっている。何を考えているんだろう。何か話しかけてくるかと思ったけど何も言わなかった。きっと私が緊張していたのが分かったからだと思う。

並んでいた布団がかなり離してある。きっとパパは自分からは行ってはいけないと思っているに違いない。でも私が欲しいことは間違いない。あのキスをしてもらったときに確信したから。

だからやっぱり、私から行くしかない。でも拒絶されたらどうしよう。それが怖い。黙って離れた布団に入ってパパに背を向けた。

私が黙って布団に入ったので、パパは部屋の明かりを消して布団に入った。明かりは枕もとの小さいスタンドだけだけど、部屋にはカーテンを開けた窓から月の光がさしている。

沈黙の時間が続く。どれくらい時間が経たか分からない。パパはやっぱり来てくれない。私は決心して起上るとパパの布団の中に身体を滑り込ませた。恥ずかしいので顔を向けられない。

パパが手を握ってくる。私はその手を強く握り返しながら「明かりを消して」と言って抱きついた。明かりを消してくれた。

パパはあの時のように私を抱き締めてキスしてくれた。それからのことは頭の中が真っ白になってよく覚えていない。

突然痛みが走って「痛い痛い!」と言ったら「ご免ね、止める?」と耳元でいうので「止めないで」と言う。パパが続けるとやっぱり痛い。「痛い」と言うと止めてくれる。

でも「痛いけど絶対に止めないで我慢するから」と言った。それでも私が痛がるので「これでおしまい」とパパが身体を離した。

そして「大丈夫?」と聞いてくれた。薄暗い中で見たパパの優しいあの目が忘れられない。パパは私を抱き寄せてくれた。

「ちゃんとできたかな?」

「うん、大丈夫」

パパの顔が見たいけどもう恥ずかしく見られなかった。

「よかった、これで私はパパのもの、ああ疲れた、寝ましょう」

この時はすっかり緊張が解けて元の私に戻っていた。パパは優しく私を後向きにして、後ろから抱きかかえるようにして寝てくれた。背中が暖かい。

◆ ◆ ◆
明け方、生理になりそうなのに気づいて目が覚めた。外は雨が降っている。パパはまだ眠っている。そっと布団を抜け出して1階の浴室へシャワーを浴びに行った。

部屋に戻ると窓際のソファーに座ってパパの寝顔を見ながら、昨夜のことを思い出していた。恥ずかしい、あんなことがよくできた、でもよかったと幸せの余韻に浸る。

パパが目を覚ました。

「おはよう、昨日の夜はありがとう、嬉しかった。でも今日はだめよ、生理になっちゃった」

「そうなんだ、大丈夫?」

パパはそれだけ言うと、やさしく微笑んだ。

食堂で民宿らしい朝食を二人で食べている。私はお腹が空いていた。美味しい。二人ともほとんど話をしない。でも心は満ち足りていて幸せな気持ちでいることがお互いに分かる。パパの私を見る目が優しい。時々ジッと見つめている。視線を感じると恥ずかしくなる。

パパの研修会2日目。出がけに「今日は雨の日だけと見物に出かける?」と聞かれた。

「ここで海を見ている。早く帰って」と答えると「もちろんだよ。ゆっくり休んで」と言って出ていった。今日は雨の日だし、ここで一日中、海を見ながら幸せに浸りたい。


◆◆ ◆
研修からパパが帰ってきた。ずっと一人で海を見ながら帰りを待ちわびていた。長い時間のようで短いようにも思えた。

拒絶されたらどうしようと思ったけど、気持ちが通じた。昨夜は決心して本当によかった。帰ってきたら飛びついて抱きつこうと思っていたけど、何故かそれができなかった。いつもの私ではない。

もじもじしているとパパがソファーのところまで来てハグしてくれた。この時初めて私はしっかり抱きついた。そしてキスをねだった。

2日目の夕食も話が弾まなかった。私のせいだった。私はパパの顔を見ると恥ずかしくなって、話ができない。話しかけられてもうまく話せない。どうしたことか、もどかしい自分が分からない。

それでも食事の後に二人でソファーに座って暗くなっていく外の景色を見ながら腕にしがみついていると落ち着いてきた。パパと交代で今日もお風呂に入った。

並べて敷いてある布団にパパが先に横になっている。私はお風呂から戻って隣の布団に入って話始めた。

「私が中学3年生の時、高校受験のため夜遅くまで勉強していた時だけど、夜中に1階のトイレに下りてゆくと何か声が聞こえるの。パパとママの部屋の戸がほんの少し空いているので中をそっと覗いたら、パパとママが愛し合っていたの。驚いてそこを離れなければと思ったけど、見続けてしまったの。薄暗い中でママの顔が見えたけど、今までに私が見たこともない幸せそうな表情だったわ。でパパはというと、怖いような顔をしてママを見てるの、でもママにとっても優しくしていた。そっと戸を閉めて2階に上がったけど、二人の姿が目に焼き付いて眠れなくなって」

「・・・・」

「私、始めは痛いと聞いていたけど、少しだけで、あとはママのようにもっと素敵なことを想像していたんだけど、ごめんなさい」

「そのうち慣れてくると痛くなくなってママのような幸せを感じるよ」

「昨日明かりを消してもらったのは、パパの怖い顔を見たくなかったから」

「男はそういうときには怖い顔になるんだ、全神経を集中して愛するために」

「ふーん、そうなんだ」

パパは私の顔をじっと見ている。私が見つめると照れくさそうに微笑んだ。私が手を伸ばすと手を握ってくれた。

「おやすみなさい」


◆◆ ◆
研修3日目は12時で終了した。宿に戻って、今日は晴れたので、その辺りを二人で散策した。

ほとんど会話らしい会話をしなかった。ただ腕を組んで歩き回るだけでよかった。それでも二人の気持ちは十分に通い合っていた。

「早くお家へ帰りたい」

「そうだね。家でゆっくりしたいね」

それで早めに帰宅の途についた。帰りの電車で私はしっかりパパの腕を抱えて座っていた。ほとんど話をしなかったが、心は満たされていて、電車の揺れがとっても心地よかった。

◆◆ ◆
マンションへ帰ってまた普段の生活が始まった。私は、生理中は自分のベッドで眠り、パパの布団に入っては行かなかった。本当は後ろからやさしく抱かれて眠りたかった。でも私はあの晩のことを思い出すだけで十分に幸せな気持ちでいられた。