パパか恋人かどっちなのはっきりさせて!

私はこのごろ仕事にも慣れて心のゆとりができてきた。時々、非番の休日に友人と食べ歩きをしている。チーフからいろいろ食べ歩くこともコックには必要なことだと言われていることもある。

一緒に食べ回っているのは専門学校の同期の女友達で、あのベッドを一緒に買いに行ってくれた米田さんだ。彼女はパティシエで職場は違うが、気が合って今は時々食べ歩きを一緒にしている。

でも私たちはいわゆるB級グルメで高級レストランを回っているわけではない。まあ、そんな贅沢はできないし、腕を磨くためと言っても限度がある。

美味しいケーキさんでお茶したり、人気のラーメン店やランチが美味しというレストランなどを回っている。私はこってりした味の料理が好きだけど、彼女も割と濃い味の料理が好きで、味の好みも似通っている。

やっぱりこってりした料理を食べてきた次の日はトイレの後が臭う。換気扇を回してもなかなか臭いが消えない。パパに悪いから消臭剤を持って入って噴霧してから出るようにしている。注意はしているが、消しきれない臭いが残ることがある。

昨日は早番だったので、友達とB級グルメの探索をした。パパはにおいに敏感だから、帰ってきた時に「今日は美味しいもの食べた?」と聞かれた。

今日の土曜日、私は非番で休日だ。二人の休日が重なる日は貴重だ。

私はベランダへ出てガラス戸を拭いて、それからベランダを履き掃除している。今日はお天気が良くて清々しい風が吹いて、心地よい休日だ。

パパはソファーに寝転んで私を見ている。戸口から心地よい風が部屋に入っている。パパは気持ちよさそうだ。こういう毎日が幸せな日々というのかとふと思ってしまう。

気持ちがいいけど、ちょっと催して、意識しないで漏らしてしまったみたい。

「なんか異臭がする。外から風にのって入ってきているみたいだから、中に入った方がいいよ」

「ベランダでは臭わないけど、どんなにおい?」

私は、まさかと思って、中へ入ってクンクンした。

「何も臭わないけど」

そういうとまたベランダへ出た。でも、我慢しきれなくなってまた漏らした。やっぱりさっきの異臭というのは私の?

「やっぱり異臭がする。とりあえず中に入っていた方がいい」

また、中に入ってくんくんする。今度は臭いが分かった。「へへ」と照れ笑いするしかなかった。そして「大丈夫だと思う」と言った。

「どんな臭いか分かった? すごい臭いだろう。命の危険を感じない?」

「命の危険? これくらいの臭い大丈夫じゃない。それも微量だし」

パパが私をじっと見てる。笑いを隠せない。もう隠せない。すぐに謝ることにした。

「へへ、ごめんなさい。我慢できなくて、ベランダだから大丈夫だと思った」

「ええ、勘弁してよ、風上でするのは」

「昨日、お友達とガーリックが効いた美味しい料理を食べたの。それで今朝、お布団の中で漏らしたら、この臭いがした。ごめんなさい」

「確信犯だ!」

「これからは気を付けます」

それから私はB級グルメめぐりではにおいのきつい料理を避けることにした。美味しいけどしようがない。米田さんにはその理由を話せなかった。

パパは私のいないところではしているかもしれないけど、私の前では絶対にしない。パパの部屋に入ると変なにおいがすることがある。

お互い目の前でするようになれば夫婦も本物だという話を聞いたことがある。でもパパとこきっこをするなんて、想像するだけでも興ざめだ。
今日、私は遅番だったので、マンションへ帰ってきたのは11時を過ぎていた。明日から3日間は自宅待機で家にいることになった。それで浮き浮きした気分で帰ってきた。

立食パーティーで会場に料理を運んで行った時に、嘔吐したお客さんがいたので介抱した。嘔吐はノロウイルスによるものと疑われているので、コックの私が感染した可能性があることから様子をみるために自宅待機となった。

3日間は良い休養になる。朝から家事に専念できるし、パパの面倒も十分に見てあげられる。ただし、発病しなければの話だ。

それから2日目の朝、朝食の後でパパが激しい嘔吐に襲われて、すぐにトイレに駆け込んだ。朝起きた時から下痢していて体調がすぐれなかったようだ。

「ひょっとするとノロウイルスに感染したかもしれません。今日は会社を休んでお医者さんに診てもらった方がいいと思う」

「そうする」

「近くの医院の方がいいです。それから行く前に電話をしてから」

ホテルで感染が分かった場合の対処法を聞いていたので教えてあげた。パパは9時になると会社に連絡して状況を伝えた。それから、近くの医院へ電話して診てもらいに行ってきた。

診断の結果、おそらくノロウイルスに感染したとのことだった。2~3日で良くなるので、自宅で療養するように言われたという。それにノロウイルスには効果的な薬はないそうだ。

ほかの原因の可能性も否定できないので、抗生物質と制吐剤を処方してくれた。下痢はそのうち治まるので、脱水症状が出ないように水分を補給するように言われたそうだ。

「ホテルに家族がノロウイルスに感染したようだと連絡したら、その家族が回復するまで自宅待機するように言われました」

「それは大変だ」

「でもパパを看病してあげられるからよかった」

パパにはすぐに部屋で寝てもらった。それからトイレから出たら必ず手を良く洗うことを厳命した。

私は自分に感染するのを予防するために使い捨ての手袋をしてトイレをはじめ家の中をくまなく漂白剤を薄めた液で消毒した。

食事はマスクをした私が部屋まで運んだ。その日は下痢が続いたので夕方まではポカリだけを飲んでもらった。夕方には下痢が収まったので、夕食にはおじやを作ってあげた。

吐き気は制吐剤を服用しているためか治まっている。次の日は朝、昼、晩と食事ができるようになった。でもお腹に優しいおかゆが主体の食事にした。

「これじゃあ、力も出ないし、回復しない」とパパが言っている。明日からは普通の食事にしてあげよう。

3日目にパパはすっかり回復した。下痢、吐き気は全くない。明日から出社することになった。私もホテルに連絡したら明日から出勤するように言われた。

ようやくひと騒動終わった。幸い私は発症しなかった。でもなぜパパだけ感染して発症したのだろう。感染しても発症しない人もいると聞いた。

でもパパが休んでいた3日間、私のせいでパパが感染したのだと思って、据え膳下膳でつきっきりで一生懸命に看病した。それはそれで楽しい日々だった。

今回の感染騒動では、私もゆっくりできてよい休養になった。まあ、不幸中の幸いと思うしかない。
玄関を入るとパパがすでに帰宅していた。そういえば、今日は、午後からお台場の国際会議場へ食品関係の展示会を見に出かけて直帰すると聞いていた。

「ただいま」と言って、付き添ってくれた山田さんと急いで自分の部屋に入った。

「山田さんありがとうございました。家まで付き添ってくれて」

「私に任せて、無理しないでしばらく休んでいればいいから」

「しばらくは行けそうもないので休暇届をお願いします」

「分かったわ、叔父さまに言いにくかったら、私から事情を話しましょうか?」

「いいえ、落ち着いたら自分で話そうと思います」

「それならいいけど。ホテルの状況は私から連絡してあげる」

「もしかすると、これきりでやめるかもしれません」

「まあ、じっくり考えて。連絡は携帯へするから」

山田さんが帰るので見送りに部屋を出た。

「私にまかせて、無理しないでしばらく休んで、いいわね」

山田さんは、玄関に見送りに来たパパに「彼女が自分から話をするというので、よく聞いてあげてください」とだけ言って帰って行った。

自分の部屋に戻ってこれからどうしようかと考えた。でも一人で考えていても、悔し涙が出るだけで、思い切ってパパに話を聞いてもらう決心をして部屋を出た。ソファーにパパが座っている。

「よく面倒を見てくれていたチーフに、仕事中、突然キスされたの。チーフは40歳前後の独身で、フランス料理はかなりの腕前で、新入社員の私を親切に指導してくれていたの。私は彼を先輩として尊敬していたのだけど、思いもしない突然のことなので、驚いてトイレに駆け込んだの。上司として尊敬していたけど、男性としては全く意識していなかったから。でも、こんなことになって、このまま黙っていると、どんどんエスカレートしそうで心配になって。でも口に出したら、ここにいられなくなるかもしれないと、何度も悩んだけど、誰かに相談しようと、気が合って親しい先輩の事務の山田さんに相談しにいったの。そうしたら山田さんは『それはセクハラ、ちゃんとしなきゃダメ』と言って、すぐに副支配人のところへ報告に行ってくれました。それから、副支配人に呼ばれたので、山田さんの立会いの下で、事情を話したら、事実確認をするので、今日は帰るように言われました。あれこれ考えてしょんぼりしていると、山田さんが心配して家までついてきてくれました。休暇が残っているので、とりあえず、休暇届を出すのを山田さんに頼みました。しばらく、どうするか考えるけど、私は今の職場を今月一杯でやめようと思っています」

パパは黙って話を聞いてくれた。

「パパも賛成だ。いったん壊れた人間関係の修復は困難、いやできない。どうしても、しこりが残る。だから、どんな時でも、最後まで絶対言ってはいけない一言や、絶対してはいけないことがある。それを通り越したらもう引き返せない。仲直りして、忘れたようであっても、何かの拍子に思い出す。覆水盆に戻らず。パパも何回もそれで痛い目にあっている」

ホテルをやめると思うと悔し涙が出てきた。この気持ちをなんとかしなければと思っていると一発逆転の良い考えが浮かんできた。

「パパお願いがあるの。どうしても聞いて、でないと立ち直れそうにないから」

「何? 何でも聞くけど」

「キスして下さい」

「ええ! 今それで大変なことになり、悩んでいたんじゃないのか?」

ここは頑張ってどうしてもキスしてもらうときめた。パパも拒否しないだろう。賭けてみたい。

「お願い、どうしてもお願い」

「うーん、分かった。それで立ち直れるというのなら。目をつむって」

パパは唇に軽く触れるだけなので、私は目を開いて「そんなんじゃなくてもっと強く」といって唇を押し付けた。パパが慌てて引き下がる。

「もう一回、強く、しっかり、お願い!」

今度はパパも意を決したのか、両手を頬にやさしく触れて、丁寧にゆっくりと長めのキスをしてくれた。気持ちが込められていたのが分かったので、驚いてじっとしていた。

「もう一回お願い!」

今度は両手で身体をやさしく抱いて、思いを込めてキスしてくれた。それがすごく長い時間のように感じられた。身体から力が抜けてうっとりした。パパはキスがとってもうまい、なぜ? パパが身体をゆっくり離すけど、恥ずかしくて顔が見られない。

「これで3回してもらった。チーフより2回多い」

「ええ、回数の問題か?」

「回数は大事。だってパパの方が私の唇の感触をより多く知っているでしょ!」

「これで立ち直れるのならいいけど」

「もう大丈夫、ありがとうございました。ご心配をおかけしました」

私は急いで自分の部屋に戻った。パパに抱かれてキスされた感触が唇やら身体に残っている。うっとりして、しばらく何もできなかった。抱かれてキスされている時の安心感というか幸福感は初めての経験だった。

私はパパが本当に好きなんだ。あの抱き方、あのキスの仕方、パパも私のこと好きで、私がほしいのかもしれない。チーフのことなんかすっかり忘れて元気が出てきた。キスしてもらうことにしたのは確かに名案だった。

◆◆ ◆
後日、ホテルから家族の方に来てほしいとの連絡が入り、約束の日にパパは出かけて行った。パパの話では、約束の時間に訪ねると支配人以下、総務部長など幹部数人が部屋に集まっており、今回のセクハラ事件の謝罪があったという。

現在、処分を検討中で、後日結果を知らせるとのことだった。そして、パパは私に一切の落ち度がなかったことを確認して謝罪を受け入れたと言っていた。

また、今月末で退職することを伝えて、今後の私の再就職活動中に中傷や妨害があったら、断固とした処置をとることを明言して帰ってきたそうだ。父親代わり、ありがとうございました。

◆◆ ◆
それから、私は1か月就職活動をした。幸い調理師免許を持っていると、給料は底々ではあるが、就職口はいくらもあった。私は社員食堂の運営会社に就職を決めた。

その理由は、昼食を作るがメインの仕事で、朝は定時に出勤すればよく、4時過ぎには帰れる。夜遅くなるのは、食堂でパーティーがある時だけで回数は少ない。年末年始、土日祝日は休み、つまり生活パターンがパパと同じになるということだ。

あと、フランス料理の料理人になるセンスがないと自覚したからでもある。それは、自由が丘のレストランを1週間位、見習いで手伝っていたけど、良い待遇が受けられないことが分かったからだ。その理由はシェフにセンスを見抜かれたからに違いないと思っている。

自分がフランス料理のコックに向いているか分からないといって、パパに相談したことがあった。

「久恵ちゃんの料理は美味しいし、味付けもなかなか良い。パパは大好きだ。ただ、料理人としてみた場合、上手なだけでキラッと光るものは感じられない」

「キラッと光るものって?」

「センスと言ってもよいのかもしれない。これは生まれながらにして備わっているもので、必ずしも努力で補えるものではないと思う。直感的にできてしまう何かだ。パパも研究や仕事でそういう人、何人かに会っている。この人にはどうしてもかなわないなと思う人に」

「確かに、調理師学校でも同期にそういう人がいたわ。ほんの一人か二人。私とは全然違う。格が違うというか」

「それが分かるということは、久恵ちゃんもある程度はセンスが良いのかもしれないね」

「分かった、ありがとう。参考になりました」

「それから、人には何か、他の人よりすごく優れている点が必ずある。それが何か分からないだけだ。また、何でも上手くできる人はいない。天は二物を与えず。お勉強が凄くできても、運動はからっきしダメとか。神様は人間を平等に作られている。久恵ちゃんもそれを探したら良い」

再就職後、二人の生活パターンが同じになったことにより、会話の時間が増えて、生活にも落ち着きが出てきた。休日は朝寝したり、二人でショッピングや食事に出かけたりと、まるで、共働きの夫婦のような生活で毎日が楽しい。

ただ、あのキスの後、私のパパへの思いがすごく変わった。以前よりまして男性としてみるようになった。だから、一緒に生活していてドキドキすることが多くなった。また、いろいろ気になることが出て来て聞いてみたいことも出てきた。

「なぜ、パパは結婚しなかったの?」

「自分にとって大切に思える人がいなかったから」

「一人で寂しくなかったの」

「人は生まれた時も死ぬ時も一人。その寂しさが分かったので、人を大切にできるようになった」

「私も一人になったので、分かる」

もっといろいろ聞いてみたいけど思いつかないし、きっかけがない。
パパが3月下旬に2泊3日で伊豆の下田で行われる研修会の出張が決まったという。

「久恵ちゃんが東京に来てから、ほぼ2年たつけど、気分転換に旅行にでも行くつもりで一緒に来ないか?」

「伊豆なんて行ったことないから連れて行ってもらえますか? 有給もあるから」

「昼間は研修会に出席していていないから、一人で気ままに辺りを散策すればいい」

「そうするわ」

「部屋はどうする?」

「一緒でいいですけど」

誘われた時、パパの気持ちを試す良い機会だからとすぐに決めた。「部屋はどうする?」と聞いてきたけど、どういう意味か分からなかった。「一緒でいいか?」と聞いてはこなかった。パパはそういう人だ。私の気持ちを一番に考えてくれる。

別の部屋にするのは他人行儀すぎるし、パパと同じ部屋で過ごしたかった。パパは海が見えるという民宿に一室を予約した。

◆◆ ◆
朝、品川駅から特急で伊豆下田へ直行した。途中、河津桜が満開で綺麗だった。予約した宿に到着したけど、ほとんど旅館と同じだった。案内された部屋は2階で海が見える。

午後1時から研修が始まるので、二人で近くの食堂へ行って昼食を摂った。食べ終えるとパパはその足で研修会へ、私は付近の散策に出かけた。「早く帰って」「迷子にならないで」と別れた。

3月の伊豆は暖かくて、気持ちがいい。水族館があったので入ってみる。いろんな魚がたくさんいた。アシカショーをしていたけど、一人で見るのはつまらなかった。歩き回るのに疲れたので、ほどほどにして宿に帰ってきた。

2階の部屋で海をみていると、自然と今夜のことが頭に浮かんでくる。ここまで一緒に来たけど、どうしよう。

5時過ぎにパパが戻ってきた。

「どうだった、見物できた?」

「海岸をブラブラして、水族館があったので入ったけど、一人じゃつまらないので、早々に引き上げて来て、ここで海を見ていました」

「食事まで、時間があるそうだから、海岸へ散歩に行かないか?」

「うん、行く」

海はもう薄暗くなっていて、月が出るところだった。黙って月を見ていると、パパが後ろからそっと抱きしめてくれて、頬にキスをした。

キスされるとは思っていなかったので驚いた。パパはどうして私にキスしたんだろうと考えて黙ってじっとしていた。それから二人はしばらく黙ったままだった。

「寒くなってきたから、お部屋に戻りましょう」

「そうだね。風邪を引くといけない」

私から手を繋いで歩いて帰ってきた。パパは私の手をしっかり握ってくれた。

部屋に戻ると夕食を用意しているところだった。民宿なので、豪華な食事ではないけど、新鮮なお刺身、焼き魚などが並んでいる。

宿の人が食事の準備を終えて出ていくときに、私に向かって「奥さんお願いします」と言った。それを聞いて私は緊張してきた。黙ってご飯をお椀によそってパパに渡す。

パパは私の顔を黙って見ていて、何も言わなかった。二人で手を合わせて「いただきます」と食事を始める。

パパが「美味しいね」と話しかけるが「うん」と言う返事しかできない。私は頭の中が今夜のことでいっぱいになっていた。

「身体の具合でも悪いの?」と聞いてくるけど「何でもない」とそっけない返事しかできない。これじゃあいけない。何か話さなければと思っても緊張して言葉が出てこない。

「初めての伊豆はどう?」

「海岸線が綺麗です」

「明日はどこを回る予定?」

「まだ、考えていません」

何か気の利いた返事ができないか考えているけど、思いつかない。話が続かない。パパも何かないかと話題を考えているけど、私がのってこなければ話のしようがない。

パパは食事に集中する。申し訳なく思ってパパを見ていると、パパが私の視線に気が付いて私の方を見る。私はあわてて視線を逸らす。食欲もあまりない。

「これ美味しいね」

「うん」

話のはずまない食事が終わった。パパとの楽しいはずの夕食を台無しにしてしまって、ごめんなさい。パパも私が何を考えているか気が付いたみたいで、笑顔を装って、時々私をチラ見している。

係りの人が食事を片付けながら「お風呂まだじゃないですか」と聞いてくる。「パパ、先に入って」と言うと、パパは一階の浴室へ降りて行った。

係りの人が後片付けを終えると、今度はお布団を敷いてくれる。布団を2組並べて敷いてくれた。これからどうしようとジッと見つめている。

ほどなくパパが戻ってきた。「お風呂どうぞ。温泉だよ」と言われて、黙って浴衣と着替えを持って浴室へ降りて行く。

この後のことも考えて、丁寧に身体を洗った。そして覚悟を決めた。私からパパの布団に入って行こう。拒まれたら、抱きついて、泣いちゃえばいい、何とかつくろえる。下着はつけないことにした。

部屋に戻ると、パパは縁側のソファーに腰かけて海を見ていた。さっきの月が随分高くなっている。何を考えているんだろう。何か話しかけてくるかと思ったけど何も言わなかった。きっと私が緊張していたのが分かったからだと思う。

並んでいた布団がかなり離してある。きっとパパは自分からは行ってはいけないと思っているに違いない。でも私が欲しいことは間違いない。あのキスをしてもらったときに確信したから。

だからやっぱり、私から行くしかない。でも拒絶されたらどうしよう。それが怖い。黙って離れた布団に入ってパパに背を向けた。

私が黙って布団に入ったので、パパは部屋の明かりを消して布団に入った。明かりは枕もとの小さいスタンドだけだけど、部屋にはカーテンを開けた窓から月の光がさしている。

沈黙の時間が続く。どれくらい時間が経たか分からない。パパはやっぱり来てくれない。私は決心して起上るとパパの布団の中に身体を滑り込ませた。恥ずかしいので顔を向けられない。

パパが手を握ってくる。私はその手を強く握り返しながら「明かりを消して」と言って抱きついた。明かりを消してくれた。

パパはあの時のように私を抱き締めてキスしてくれた。それからのことは頭の中が真っ白になってよく覚えていない。

突然痛みが走って「痛い痛い!」と言ったら「ご免ね、止める?」と耳元でいうので「止めないで」と言う。パパが続けるとやっぱり痛い。「痛い」と言うと止めてくれる。

でも「痛いけど絶対に止めないで我慢するから」と言った。それでも私が痛がるので「これでおしまい」とパパが身体を離した。

そして「大丈夫?」と聞いてくれた。薄暗い中で見たパパの優しいあの目が忘れられない。パパは私を抱き寄せてくれた。

「ちゃんとできたかな?」

「うん、大丈夫」

パパの顔が見たいけどもう恥ずかしく見られなかった。

「よかった、これで私はパパのもの、ああ疲れた、寝ましょう」

この時はすっかり緊張が解けて元の私に戻っていた。パパは優しく私を後向きにして、後ろから抱きかかえるようにして寝てくれた。背中が暖かい。

◆ ◆ ◆
明け方、生理になりそうなのに気づいて目が覚めた。外は雨が降っている。パパはまだ眠っている。そっと布団を抜け出して1階の浴室へシャワーを浴びに行った。

部屋に戻ると窓際のソファーに座ってパパの寝顔を見ながら、昨夜のことを思い出していた。恥ずかしい、あんなことがよくできた、でもよかったと幸せの余韻に浸る。

パパが目を覚ました。

「おはよう、昨日の夜はありがとう、嬉しかった。でも今日はだめよ、生理になっちゃった」

「そうなんだ、大丈夫?」

パパはそれだけ言うと、やさしく微笑んだ。

食堂で民宿らしい朝食を二人で食べている。私はお腹が空いていた。美味しい。二人ともほとんど話をしない。でも心は満ち足りていて幸せな気持ちでいることがお互いに分かる。パパの私を見る目が優しい。時々ジッと見つめている。視線を感じると恥ずかしくなる。

パパの研修会2日目。出がけに「今日は雨の日だけと見物に出かける?」と聞かれた。

「ここで海を見ている。早く帰って」と答えると「もちろんだよ。ゆっくり休んで」と言って出ていった。今日は雨の日だし、ここで一日中、海を見ながら幸せに浸りたい。


◆◆ ◆
研修からパパが帰ってきた。ずっと一人で海を見ながら帰りを待ちわびていた。長い時間のようで短いようにも思えた。

拒絶されたらどうしようと思ったけど、気持ちが通じた。昨夜は決心して本当によかった。帰ってきたら飛びついて抱きつこうと思っていたけど、何故かそれができなかった。いつもの私ではない。

もじもじしているとパパがソファーのところまで来てハグしてくれた。この時初めて私はしっかり抱きついた。そしてキスをねだった。

2日目の夕食も話が弾まなかった。私のせいだった。私はパパの顔を見ると恥ずかしくなって、話ができない。話しかけられてもうまく話せない。どうしたことか、もどかしい自分が分からない。

それでも食事の後に二人でソファーに座って暗くなっていく外の景色を見ながら腕にしがみついていると落ち着いてきた。パパと交代で今日もお風呂に入った。

並べて敷いてある布団にパパが先に横になっている。私はお風呂から戻って隣の布団に入って話始めた。

「私が中学3年生の時、高校受験のため夜遅くまで勉強していた時だけど、夜中に1階のトイレに下りてゆくと何か声が聞こえるの。パパとママの部屋の戸がほんの少し空いているので中をそっと覗いたら、パパとママが愛し合っていたの。驚いてそこを離れなければと思ったけど、見続けてしまったの。薄暗い中でママの顔が見えたけど、今までに私が見たこともない幸せそうな表情だったわ。でパパはというと、怖いような顔をしてママを見てるの、でもママにとっても優しくしていた。そっと戸を閉めて2階に上がったけど、二人の姿が目に焼き付いて眠れなくなって」

「・・・・」

「私、始めは痛いと聞いていたけど、少しだけで、あとはママのようにもっと素敵なことを想像していたんだけど、ごめんなさい」

「そのうち慣れてくると痛くなくなってママのような幸せを感じるよ」

「昨日明かりを消してもらったのは、パパの怖い顔を見たくなかったから」

「男はそういうときには怖い顔になるんだ、全神経を集中して愛するために」

「ふーん、そうなんだ」

パパは私の顔をじっと見ている。私が見つめると照れくさそうに微笑んだ。私が手を伸ばすと手を握ってくれた。

「おやすみなさい」


◆◆ ◆
研修3日目は12時で終了した。宿に戻って、今日は晴れたので、その辺りを二人で散策した。

ほとんど会話らしい会話をしなかった。ただ腕を組んで歩き回るだけでよかった。それでも二人の気持ちは十分に通い合っていた。

「早くお家へ帰りたい」

「そうだね。家でゆっくりしたいね」

それで早めに帰宅の途についた。帰りの電車で私はしっかりパパの腕を抱えて座っていた。ほとんど話をしなかったが、心は満たされていて、電車の揺れがとっても心地よかった。

◆◆ ◆
マンションへ帰ってまた普段の生活が始まった。私は、生理中は自分のベッドで眠り、パパの布団に入っては行かなかった。本当は後ろからやさしく抱かれて眠りたかった。でも私はあの晩のことを思い出すだけで十分に幸せな気持ちでいられた。
やっと生理が終わった。お風呂から上がるとすぐにパパの部屋へ行って布団に入る。

「生理終わった」

「待ち遠しかった。久恵ちゃんのいい匂い久しぶり」

「久恵ちゃんは生理の時には、布団に入ってこなかったけどどうして? 少し寂しかったけど」

「ごめんね。生理の匂いが気になるから」

「そうじゃないかと思っていた。生理の匂い、分かるよ。昔、一緒に研究していた女性のにおいで気が付いた」

「あまりいいにおいではないと思うけど、どう?」

「男にとっては良いにおいではないと思う。いつもの久恵ちゃんの匂いとは全然違う。やっぱり、嗅ぎたくないにおいかな」

「自分でもそう思うから、生理の時は遠慮していたの」

「生理中は、妊娠しないけど、やはり、血とかにおいでする気がしないし、できないかな。妊娠しない時には、接触を避けるための自然の摂理なのかもしれないね」

「狭い部屋の方が落ち着くね」と私が抱きつくと「久恵ちゃんが心配で無理しないよ」と言って、パパはやさしく私を可愛がってくれた。

やっぱりまだ痛い。痛いと言うとパパは止めてしまうから、我慢している。でもやっぱり痛い。

「痛い痛い」と声を出してしまった。パパは心配そうに私を見て、すぐに「これでおしまい」と言った。

「ごめんなさい。心配してくれてありがとう」

「昔、同期の友人が得意げに結婚した時のことを話していたけど、初めてなので痛がって、まともにできるようになるまで1週間かかったと言っていたよ」

「ええ、1週間もかかるの? でもまた明日頑張る。初めての夜にしてくれたように、後ろから抱いて寝て下さい」

「ああ、そうしてあげる」

「あの最初の夜に、後ろから抱いて寝てくれたけど、温かくて、包まれているようで、安心して眠れたから」

「お互いに前向きに抱き合って寝ようとすると、身体を真っ直ぐにしないと、密着できない」

「確かにそうね」

「どうしても前向きにしようとすると久恵ちゃんが足を曲げて丸くならないと抱え込んで抱き締められないだろう」

「それでも、しっかり抱かれているという感じがしないと思う。それに前向きだと、顔も近づくので、眠りにくいかもしれない」

「その時は顔を胸にうずめるしかないと思うけどね」

「ちょっと息苦しいかも」

「人間は母胎の中で丸まって育ってきたから、眠る時は大体、丸まって眠る。後ろから抱いて眠ると、自然な形で二人が密着できる。抱いている方は、身体全体で包み込めるので、しっかりと密着して抱くことができるし、身体の中、腕の中にあるという満足感がある」

「だから抱かれている方は包まれて守られているようで安心して眠られるのね。でも後ろ髪が顔に当たらない?」

「髪の匂いもいいけどね。それに冬は湯たんぽみたいに温かいと思う」

「やっぱり、後ろから抱いて寝てもらうのが一番いい」

「でも、これにも欠点がある」

「なに?」

「寝顔を見られない」

「私、時々よだれを垂らして寝ているみたいで、そんな寝顔みられたくない」

「久恵ちゃんの寝顔はとても可愛い。新幹線で僕の肩にもたれて眠っていたとき、それをずっと見ていた。この腕の中に抱き締めて寝てそれをみてみたい。そんな衝動に駆られた」

「それなら遠慮なく見て下さい」

「そのうち見せてもらう。楽しみにしている。おやすみ」

「おやすみなさい」
私は少しずつだけど愛されることに慣れてきている。ただ、まだ痛みがある。パパもそれが分かっているので、頃合いを見計らって「おしまい」という。でも少し物足りない。

気持ちのゆとりもできて、そのあとパパと話をするようになっている。これがピロートーク? 今だったら何でも言うことを聞いてくれるのが分かっている。だから、したいことを遠慮なく言ってみる。

「パパ、お願いがあるの。パパの上で寝ていい?」

「上で?」

「お腹の上で」

「いいけど、どうして」

「私、小さい時に公園の芝生で父親が上向きに寝て、赤ちゃんをお腹の上で寝かせているのを見たことがあるの。私、父親がいなかったから、とてもうらやましく思って見ていたの。一度でいいからお腹の上で寝かせて」

「何度でもいいけど。久恵ちゃんは小柄で軽いから大丈夫だと思う」

「嬉しい。お願いします」

「じゃあ、パジャマを着てから上に載って、僕が膝を立てて脚を少し広げるから、久恵ちゃんはうつ伏せて、脚を開いて、膝の外側へ、両手は両脇へ、そうすると、落ちにくいと思うけど」

「うん、安定して落ちにくい。顔は横向きね。パパの温もりを感じて、気持ちいい。重くない?」

「大丈夫そう。上から布団をかけるよ。おやすみ」

パパは私の上から上手に布団をかけてくれた。私と掛け布団だから結構な重さになると思う。パパは我慢しているのか黙って動かずにいる。

パパの胸とお腹に私の胸とお腹が密着する。あそこもパパのあそこに当たっている感じがする。そういえばこの感触、どこかであった。あの花見の時におんぶしてもらった時の感覚だ。

あのときはパパの背中に抱きついてとっても幸せな気持ちだった。身体を密着させるっていい感じ。お腹がぽかぽかして温かい。すぐに睡魔に襲われた。

崖から滑り落ちる夢をみた。必死でしがみついていたけど、落ちてしまった夢だった。気がついたら上で寝ていたはずが、パパの横に落ちていた。落ちた時の夢だったみたい。パパは気持ちよさそうに眠っている。

上に乗った時すぐに眠ってしまって、その感覚を十分に味わっていなかった。それでまた乗って眠ることにした。パパは「うーん」といって苦しそうなので、腕と脚で身体を支えて重さがかからないようにしてあげた。静かになった。それで私も眠った。

明け方寒いので気が付いたら、布団の外で寝ていた。パパはしっかり布団をかけて眠っている。布団に潜り込んでパパの上に乗る。

それでも気が付いたら、パパの横に落ちていた。もうすっかり目が覚めた。パパは無意識に私を横に落としている? そう思ったのでもう一度上に乗ってパパの反応をみた。

上に乗ってしばらくするとパパが苦しそうにしている。うなされているみたいだ。そう思っていると身体を傾けてきた。ずり落ちそうになる。必死で我慢してずり落ちないようにする。この時に夢を見たのだと思った。もっと角度をつけてくる。限界。横へ落ちた。パパは横になったまま。顔はやすらかだ。

そうこうしているうちに寝返りをして上向きになった。無意識とはいえ落とされたのが借だったからもう一度上に乗った。

「おはよう」

私がお腹の上に乗ったので目を覚ました。

「重くなかった?」

「少しね」

「朝、目が覚めたら横で寝ていた」

「夜中に落ちたんだね。急に楽になったような気がした」

「夜中に崖から滑り落ちる夢をみたの、必死でしがみついていたけど、落ちてしまった夢。気がついたらパパの横に落ちていた。それでまた乗って寝た」

「満足した?」

「気が済んだけど、なぜか寝足りない気がする。熟睡できなかったみたい。だからこれは気が向いた時だけにする」

「その方がいいよ」
久恵ちゃんとはまだ痛がるので長い時間愛し合うことができていない。僕は精神的にはすごく満足している。こんな時は今しかないと思っている。

久恵ちゃんはちょっと違うかもしれない。「今日はこれでおしまい」と言うと、ほっとするようだけど、なんとなく物足りなさを感じているのも分かる。

なじみになった娘が「本当に私のことを思ってくれているのかは、終わった後にどうしてくれるかで分かる」と言っていたのを思い出した。

気持ちだけでも満ち足りた感じでいてもらいたい。なんとか関心のありそうなことを探して話してみる。これがピロートーク?

「最初の夜の久恵ちゃんの眼差しが忘れられないんだ。久恵ちゃんが手を握り返してきて、明かりを消したとき、月明かりで一瞬見えた。もの悲しそうなうるんだ目が今でもはっきり目に焼き付いている。きっと一生忘れないと思う。あの目を見たとき、思い切り抱きしめたくなった。今でも思い出すと抱き締めたくなる」

「よく覚えていない。でも、あの時、嬉しくて、少し怖くて。明かりを消してもらったけど、パパの顔を見たかった」

「あんな目は、あの時の一回だけで、その前もそれからも見ていない。ほんの一瞬のことでも一生の記憶に残ることがあるんだね。だから今、この時この一瞬を大切にしたいと思っている」

「私も」

久恵ちゃんが抱き着いてきた。なんか、いい感じになってきた。久恵ちゃんの匂いがする。

「久恵ちゃんの匂い好きだよ。とっても良い匂い。甘酸っぱい匂いに包まれるようで」

「私もパパの匂い好きよ。パパの匂いはうまく言葉では言い表わせないけど、乾いた洗濯物の匂いを嗅ぐとよく分かる。その匂いを嗅ぐと何か落ち着くような。父親の匂いみたいなところがあるのかな」

「女の子の匂いは男をムラムラさせる働きがあるように思う。以前、久恵ちゃんが酔っ払って、それを介抱して、布団に寝かせたときだけど、布団にその匂いが充満していて、ムラムラして、襲い掛かりたい衝動に駆られた。それで慌てて部屋を出たことがある」

「襲い掛かってほしかったわ」

「残念だけど、理性が邪魔をした」

「これまで、ずっと、パパに無理やり奪われたいと思い、覚悟もしていたけれど、なぜ、そういう思いが募ったのかよく分からないの。本当は優しくしてほしかったはずなのに」

「それは、自分自身では超えられない何かがあって、自身の責任ではなく相手の責任にゆだねてしまうからかな。相手に打ち破ってもらいたい願望ではないのかな」

「私には、そんな深い思いなどはなかったと思うけど。女性には、無理やり奪われたいという、自然な欲求があるのかもしれない」

「男性なら誰でも女性を無理やりにと言う本能的な欲求があると思う。ただ、理性が抑えている」

「お願い! 襲い掛かって見て」

「ええ、いいけど」

「本気出して襲い掛かって、私も本気で抵抗する。でも叩いたりするのはなしよ」

「分かった。そっちも蹴ったりするのはなし。もちろん大声も。前の時みたいに、隣の人がガードマン呼ぶから」

「分かった。じゃあ、始めて」

プロレスのシングルマッチ無制限一本勝負が始まろうとしている。

ちょっと本気で久恵ちゃんに襲い掛かる。非力でたいしたことはないと思っていたけど、相当な抵抗で思ったよりも力が強い。脚をしっかり閉じて、身体を丸められると、何もできない。

「やめて」とか「だめ」とか「いや」と小声で言うから、なおさら興奮する。

ここは本能に任せるしかなかった。手足を絡めて、ようやく身体の下に組み敷くことができた。

「ワン、ツウ、スリー」

勝負あり!

「これでおしまい」

久恵ちゃんがようやく力を抜いた。疲れたー!

「すごく、興奮した。パパはすごく怖い顔していた。どこで抵抗止めようかなと思っていたけど最後まで抵抗してみた」

「久恵ちゃんの力が強いのに驚いた。こちらもすごく興奮した。抵抗されると難しいのが良く分かった。とにかく体力を消耗する。疲れた」

「私も疲れた。パパがいつも言っている心地よい疲労ね。とても楽しかった。おやすみ」

久恵ちゃんは満足したのか、疲れたのか、すぐに寝息を立てた。若い娘を相手にすると身が持たないのを実感した。もっと鍛えておくべきだった。

それより、とりとめのない話をもっと考えておいた方がよいと思った。後悔先に立たず。疲れた! おやすみ!
今朝は早く目が覚めてしまった。まだ、薄暗い。何回か寝返りを打っていたら、パパが腕を伸ばして私を抱き寄せた。パパも目を覚ました。

「パパのいびきすごい。時々夜中にそれで目が覚める。明け方もそうだった。でもパパのいびき好きよ。とても気持ちよさそうだし、仕事を頑張って、私を可愛がってくれて、疲れているんだなと思うと、嬉しくなって抱きつくの」

「ごめん、気が付かなかった。気を付けると言っても気の付けようがないけど」

「でもね、抱きついたらいびきが止まるの」

「うるさい時はいつでもそうしてくれた方がいい」

「そのいびきが突然聞こえなくなる時があるの。驚いて、死んじゃったんじゃないかしらと、息をしているか確かめてしまうの。息をしているのが分かると安心する。だから、いびきは生きている証拠。聞いているうちに、また自然と眠ってしまうし、もう慣れた」

「久恵ちゃんもいびきをかくんだよ。そんなに大きな音ではないけど、いびきだと分かる。それが聞こえると、やっぱり仕事や家事で疲れてるんだなあと思う。すると、可愛くてしかたなくなって、抱き寄せる。すると大体治まる」

「二人とも同じことをしていたなんて、やっぱり気が合うんだ」

「でも二人ともいびきをかくのはやっぱり疲れているのだと思う」

「いびきのかきっこをしていればお互いに気にならないかも」

「久恵ちゃんの寝顔も好きだよ。夜中に目が覚めることがあるけれど、薄明りの中で寝顔を見ていると自然に時間が経って、また眠りに落ちてしまう」

「どんな顔して寝てる?」。

「いつもは、安心しきった穏やかな顔をしているけど、ときどき眉をひそめて、困ったような顔をする時があるけど、頬や髪をなでてやったりすると、穏やかな顔になる」

「撫でてくれているんだ」

「また、疲れているのか、チョットだらしなく、口を開けて寝ているときもある。そういうときは、大概、よだれをたらしている。それを口で吸いとる。これが甘くておいしい」

「ええ、おいしい? 変態じゃない?」

「そうかもしれない。近頃だんだんおかしくなってきている」

「そんな寝顔も見られているんだ。ちょっと恥ずかしいけど、いつも見守ってくれていていると思うと嬉しい」

「昨夜は、困ったような顔をしたので、いつものように髪をなでてやっていると、寝言をいった」

「何て言った」

「『もっとして』と言っていた。きっと途中で『おしまい』と止められた夢でも見ているのかと思った」

「はじめのころ、すごく痛かったので途中でやめてくれたけど、本当は最後まで押さえつけてでもしてほしかったから、そうだと思う」

「そうだったの?」

「私ね、中学3年生のころだったと思うけど、ママの手首に赤い痕があるのを見つけて、それどうしたのって聞いたの。そうしたら、ママは真っ赤になって恥ずかしそうに、買い物で重い荷物を手に掛けたから痕がついたみたいといって隠していた。高校生になってある時、パパの本棚に女の人が縛られている写真が載っている本を偶然に見つけたの。それでママはきっとパパに縛られていたんだと思った。それを思うと身体が熱くなった。だから今でも縄を見るとゾクッとするの。どうして愛し合っているのに、そんなことするのだろう」

「男と言うのは愛する女を自分のものにしたい、そして服従させたい、やりたいことをしたいと思っている。縛るというのは相手の自由を奪うことで、服従しかない状況におく。そして自分のものとして思い通りに、やりたいことをすることによって、その所有感、満足感に浸る。一方、女というのは、誰かに愛されたい、独占されたいという願望があるのではないのかな? だから服従を迫られると、それは独占されることになると思い、その満足感に浸れるのではないのかな?」

「私は、よく分からない」

「パパ、今度、縛ってみて」

「うん。無理やり奪ってみてと言われて試したとき、抵抗されてとても大変だった。はじめに縛っておくと随分楽だろうと思った」

パパは早朝からこんなとりとめのない話が楽しくてしかたないみたい。これもピロートークというのかな? いや、起きがけトーク? いや、早朝トーク? ラジオのトーク番組みたいだ。

もうこんな時間になった。すぐに起きよう!
今日は土曜日で朝はもうすこしゆっくり寝ていたいところだけど、下腹が痛い。もうトイレに3回も行ったけどやっぱり出ない。

「どうしたの? お腹の具合でも悪いの?」

「あのー、ここ5日ばかりウンチが出ていないんです」

「ええ、そりゃー大変だ。苦しくないの?」

「苦しいけど、出ないものは出ないの。私、緊張すると便秘になるんです。ここのところずっと夜、緊張していたので」

恥かしいけど、パパに話してしまった。

「なんで早く言わないの、便秘薬があったのに」

「恥ずかしかったから、でも下腹が痛い」

「そうだ浣腸したらいい。イチジク浣腸」

パパが駅前の薬局に買いに行ってくれた。また必要になるかもしれないと2箱も買ってきてくれた。帰ってくるまで頑張ってみたがやっぱり出なかった。

「買ってきたけど、使ったことある?」

「ないけど、使い方が書いてあるからそのとおりにやってみる」

トイレで試みるが、うまく中に入らない。やっぱりだめだ。出ない。どうしよう。

「やっぱり出ない、下腹とお尻の穴が痛い」

「浣腸の仕方が下手じゃないのか? やってみていい?」

「恥ずかしい」

「はい、お尻を出して」

私は恥ずかしくてどうしようか迷った末に覚悟を決めた。トイレの前で四つん這いになって下着を下げてパパにお尻を見せる。

パパがお尻の穴を真剣に覗き込んでいる。全部丸見えだ。恥ずかしい。

「太い黒いウンチが顔をだしているよ」

パパは薄いビニールの使い捨て手袋をしてきた。パパが触っているのが分かる。

「これは固い。痛いはずだ。これは手で取り出さないと」

もう、お尻の穴をほじくって取り除き始めている。

「固いけど、ポロポロとれる。顔を出している部分を取り除いたら、普通のお尻の穴になった」

パパはさらにお尻の穴に指を入れてくる。奥の方から掻き出しているのが感触で分かる。気持ちいい! だんだん楽になってきた。

「楽になった。ありがとう」

そういうと、ようやくパパがお尻の穴から指を抜いてくれた。恥ずかしい格好をしていたので、すぐにトイレに駆け込んだ。

トイレに入るとすぐにウンチが出た。快感! ホッとした。すぐに水を流す。

恥ずかしさも収まったのでトイレから出ていくと、パパが申し訳なさそうな顔をして待っていた。照れくさいので言ってしまった。

「出たー! 20㎝はあったわ、太いのが、パパに見てほしかったけど」

「結構です、はしたない。うら若き女性の言うことか!」

「恥ずかしくて、恥ずかしくて」

「臭い仲になってしまったね」

「望むところですから」

その後、恥かしさも治まってきたので、私は以前にも同じことがあったことを思い出して話をした。

「パパとママが結婚して、3人で一緒に生活を始めてからしばらくして、今まで男の人と同居したことがなかったので、やはり過度の緊張で便秘になったの。

夜中にお腹が痛くて痛くて我慢できなくなって、両親に言ったところ、パパがとても心配して、すぐ119番に連絡して、見てくれる病院を探して、車にのせて連れて行ってくれた。処置は今回と同じで看護師さんが手で掻き出して浣腸してくれた。

パパは、『なぜ早く言わない。体の具合が悪かったら、遠慮しないで、すぐに言わないと。もう家族なんだから』と言ってくれて『大事にならなくてよかった、本当によかった』と喜んで、抱き締めてくれた。これまで父親に接したことがなかったので、とても頼もしくて、嬉しかったのを覚えているわ。

また、パパは暇を見て勉強も助けてくれたので、とてもありがたかった。父親ってこういうものなんだと、父親ができて初めてうれしいと思ったの。

それで、それまでおじちゃんと言っていたのをパパと呼んでいいかと聞いたところ、照れくさそうに『パパか』と言って『いいよ』と、とても嬉しそうだった。それから、徐々にパパが好きになっていったの」

死んだ崇夫パパと今のパパは兄弟だった。道理でどこか似ている。このウンチ事件から、私は夜に明かりを消してと言うのをやめた。恥ずかしいけど私の全部を見てもらって好きになってほしいと思ったからだ。

そして、二人には、人にはとても言えない秘密ができて、前よりもっと気持ちが通じ合うようになった気がする。夫婦ってこんなふうに少しずつ絆が深まって行くのかしら?