――八月中旬――

 保が退院して二ヶ月後。
 慌てん坊の赤ちゃんは、予定日よりも早く私達の元に生まれてきてくれた。

 名前は子供の健康を祈って『健《けん》』と、保が命名した。

 保は出産に立ち会い、生まれたばかりの健を抱いてポロポロと涙を溢した。

 勿論、私も無事に出産できた喜びに涙した。

 そして、何よりも嬉しかったことは……
 私と健の出産に保が立ち会えたこと。

 一度は心肺停止となり、死の狭間を彷徨った保が、元気な姿で健を抱いている。

 その事が……何よりも嬉しかった。

 ――保……。

 あなたに出会えて本当によかった。

 私を健のママにしてくれて、ありがとう。

 ◇

 ――そして……
 奇跡は……もうひとつの小さな命をも救ってくれた。

 病院火災の翌月。拓にドナーが見つかったのだ。骨髄移植を受けた拓は、術後大きな拒絶反応や合併症を起こすことなく、順調に回復し八月退院が決まった。

 退院当日、両親に連れられ産婦人科の病棟に会いにきてくれた。

「しずく~おめでとう。赤ちゃん、ちっちゃくてかわいいね」

「ありがとう。たっくんもおめでとう!よく頑張ったね。お家に帰れるね。本当によかったね」

 両親と手を繋ぎ、にこにこ笑っている拓の瞳がキラキラと輝いてみえた。

 ◇◇◇

 ――そして、今――

 橘総合病院は火災のあった北病棟は取り壊し、現在建築中だ。被害のなかった南病棟を残し、患者の一部は和晃大学付属病院に受け入れてもらい、規模を縮小し開院している。

 私は看護師が天職と信じ、今日も夜勤の仕事に向かう。

「じゃあ、保、仕事に行ってくるね」

 保は器用にオムツを取り替え、泣いている健をあやしながら私に笑顔を向けた。

「待てよ。病院まで送って行くよ」

「でも健が……」

「車に揺られたらすぐに寝るよ。健もママを見送りたいって」

「……保」

「子供が何人増えても、俺の一番は雫だからな。時間が許す限り雫の送迎はするし、家事も育児もするつもりだから」

「……ありがとう」

 保はいつものように、車で私を病院まで送ってくれた。

 助手席から降りようとしたら、保に呼び止められた。

「おいっ、雫。忘れ物」

「……あっ」

 振り向いた私に、保がキスを落とした。

「よし、今日も行ってこい。健は俺に任せろ」

 私は後部座席のドアを開け、チャイルドシートで眠っている健の柔らかな頰にキスを落とす。

「行ってくるよ、健」

 ――今夜も……

 外は……

 月夜……。