――翌日、ユーツな気分のまま出勤する。ロッカールームで白衣に着替えていると、ハイテンションな茜が背後からムギュッと抱き着いた。

「おはよう雫。カッコイイじゃん、中居さん。久々にホームランだね」

「えっ?そ、そうかな?デッドボールだよ」

「デッドボール?いいね、彼にならデッドボールされたい。私的にはドストライクゾーンだよ」

「あの人のどこがドストライクなのよ。即刻レッドカードだよ」

 無理矢理私をハグするなんて、レッドカードで退場なんだから。

「えっ?何でレッドカードなの?彼はフレンドリーだし、面白い人だけど?」

 ポカンとしている茜に、思わず焦る。
 彼の態度がフレンドリー?捉え方も人それぞれだな。

「いや、な、何でもない」

 あいつにハグされたなんて、噂話が好きな茜には、口が裂けても言えない。

「茜、あの人、恋人がいるんだよ。昨日来てたでしょう」

「ああ、あのド派手な彼女ね。中居さんはカッコイイから目の保養になるけど、彼氏にしたいと思わないから大丈夫。だって私には剛《つよし》がいるから」

「剛って、SNSの?会ったこともないでしょう?」

「会わなくったって、SNSのやり取りでちゃんと通じ合うものがあるからいいの。それに、今度ね……会うんだ。画像を送ったら、『会いませんか?』って、メールがきたの。だから、四人で会うことにしたんだ」

「四人って?誰と会うの?」

「ごめん、雫とのツーショットを送ったんだ。そしたら向こうも友達誘うから、四人で会わないかって」

「えー!?やだ、勘弁してよ。私、そういう出会い系みたいなの苦手なんだってば。茜も知ってるでしょう。知らない人に私と一緒の画像送らないで。会うなら二人だけで会ってよ。私を巻き込まないで」

「雫、お願いよ。一生のお願い!付き合って」

「お願いされても、苦手なものは嫌」

 私は着替えながら、ブツブツと文句をいう。
 今は誰とも交際していないが、SNSで見知らぬ相手と会うなんて……。

 相手を信用出来ないっていうか。
 援助交際目的っていうか。
 怪しい感じがしてならない。

 私は用心深くて、慎重なタイプ。
 街でナンパされても、誘いに応じたこともないし、出会い系と聞いただけで、拒絶反応を起こす。

 でも、茜はそんな相手に本気なんだよね。

 茜に延々と拝み倒され、結局行く羽目になった。SNSで女子を誘う男の顔を見て、説教したい気もするが、もしも援助交際目的のサイテーな男なら、身を挺しても茜を守らなければいけないと、変な正義感がわいた。

 SNSで知り合った男と、本気の恋なんて出来るはずはないんだから。

 ◇

 朝の回診(バイタルサインチェック)、血圧計や体温計を持って担当の病室を回る。

 医師の回診は、今日は午後からの予定となっているため、午前は一人で病室に向かった。

 432号室……。
 嫌だな。行きたくないな。

 ユーツな気持ちで病室に入ると、吾郎が私に声を掛けた。

「あっ……しず、じゃない朝野さんおはようございます」

 ガチガチに緊張した表情。
 畏まった吾郎の挨拶に苦笑い。

 同室の山本さんと田川さんも不自然なくらい畏まり、私を苗字で呼んだ。

「おはよう、今日はしず……しずじゃない、朝野さん早いね」

「山本さん噛むなよ。こっちまで噛みそうになるだろう」

「使い慣れんことをいうのは難しいもんじゃ」

二人が顔を見合せ、眉を八の字に下げ苦笑している。