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水できれいになった墓石の前に、両手から溢れるほどの花束ふたつを水鉢に挿した。今まででいちばん豪華な墓花だ。
「今年もずいぶん育てたんだな」
「きれいでしょ。もうプロ並みでしょ」
ふふん、と文哉くんに自慢げな顔を見せると「墓には似合わないけど」と余計なことを言われてしまった。
以前は少し無理をしていたのか、最近の文哉くんは口調がかなりぶっきらぼうになったような気がする。それでも、彼の内面のやさしさは変わらないけれど。
あれから毎月、ふたりで月命日にはここに来ている。
花が好きだった鈴木くんのために、旬の花束を用意している。仏花はこれでなくてはいけない、ということもなくなんでもいいらしい。ひとりで来ているときからそうしていたので、鈴木くんのお母さんもそうするようになったとあとから文哉くんに教えてもらった。
「道にもアネモネ咲いてたね」
墓石の前に腰をおろして、鈴木くんに語りかける。
いつもありがとう。
そして、いつも好きだよ。
鈴木くんのことも、文哉くんのことも。
「ちょ、風花掃除が雑」
「えーちょっと今手を合わせてるのに」
「兄貴きれい好きだったから怒られるぞ。きらわれるぞ」
「やめてよそういうこというの! 鈴木くんはそんなことできらわないし」
文哉くんは「惚気かよ」と肩をすくめながら顔をしかめる。ひどいこと言うよね、とぶつくさいいながら掃除を再開しつつ、ふたりでクスクスと笑った。
あれから、ふたりでよく鈴木くんの話をしている。
わたしの知らない鈴木くんの話を聞くのはやっぱりうれしい。私が思っているよりもずっと鈴木くんは頑固だったこともあとから知った。最後の日、電話してくれたのも文哉くんのおかげだったなんて知らなかった。
「そういえばこのあいだ犬神さんが突然来たんだって」
「え? なんでまた」
「知らないけど。どっかの国のまっずいお菓子をお供えしてた」
あははは、と墓石の前で大きな声で笑ってしまった。
犬神くんらしい。犬神くんは大学が休みに入るたびに海外旅行にでかけているので最近会っていない。友梨が「あいつのお土産はセンスがない」と怒っていたことを思いだした。
「今度みんなで墓参りしたいね」
「ああ、いいんじゃないか? 友梨さんとか呼べば? 倫子さんは……まあいいか」
「倫子も来たいんじゃない? 鈴木くんのこと知らないけど、でも、鈴木くんはきっと喜んでくれるんじゃないかなあ」
わたしたちが楽しい日々を過ごしている姿を、待っているような気がする。
「アネモネって、風って意味でしょ。種に長い毛があって、風に運ばれるからっていう由来なんだって」
「へえ」
「風になった鈴木くんが、わたしにたくさんの縁を運んできて結んでくれたのかなって思うから」
文哉くんと出会うまで、毎月落ち込んでいるわたしを見かねて。
希望って、人と人とで出来上がるものなのかもしれない。
「ポエマーだなあ」
「デリカシーがないなあ」
ぺちんと文哉くんの肩を叩く。
「でもまあ、兄貴なら、そういうことするかもな」
肩をさすりながら、文哉くんは墓石に優しく微笑んだ。
――『白いアネモネの花言葉は、希望、だよ』
はかない恋で、あなたを愛する、希望。ひとつの花に込められたたくさんの花言葉が、今のわたしを支えてくれている。
鈴木くんが文哉くんに、そして私に伝えてくれたもの。贈ってくれたもの。
鈴木くんと文哉くんのおかげでわたしは未来に希望を感じることができている。
――『風花の笑顔が見たい』
今のわたしは、彼が好きになってくれた笑顔になっているかな。
そうだといい。
「花言葉を教えてくれて、ありがとう」
鈴木くんがわたしにくれた笑顔を風に向けて、つぶやいた。