頑張れない二人のキスは間違いだらけだ

やっと会場内に入り、チケットに書かれた番号の席を二人で探していると、妹はスマホを手にまだ誰も立っていないステージ上をパシャパシャと撮ったかと思うと、すぐさまスマホの電源を切り、見つけた席の上に置かれた数枚のチラシらしきものをリュックに入れて椅子に座る姿を見て、私も同じようにスマホの電源を切ってから鞄にチラシらしきものを入れながら椅子に座った。

「撮影はご遠慮願いまーーす!!」

ざわつく会場内を妹は目を輝かせながら見渡していた。

それにしてもすっごい人、人、人だなと鞄から麦茶を取り出して飲んでいると、右の方から「すいませんすいません」と若干前屈みになりながら歩いてくる男女がいた。

女の方が私の隣の椅子に置かれたチラシらしきものを手にリュックを置くなり「間に合ったー」と言って、手にしたチラシらしきものを妹と同じようにリュックの中に入れた。

「これも入れといて」

「うん」

どうやら男の椅子に置かれていたチラシらしきものも女は男に頼まれてリュックに入れたようだ。と私がチラリと右側を見ると、ちょうど男が立ち上がり、その顔を見た瞬間に…

「まっ…」


真面目青年じゃん!!と思いながらよくよく女を見ると、やっぱり彼女らしき女性じゃん!!と同時に、まさかの席隣だったのねぇえええ!と心中で叫んだ。

そして、気づけば会場内の明かりがふあっと消え、ステージに照明が集中するなり座っていた人たちが一斉に立ち上がり、悲鳴にも似た歓声を上げた。

妹もまた、ペンライトを振りながら負け気と叫び声を上げていた。

さてさて、壁のポスターのキミのお出ましか。と私はゆっくりと立ち上がった。
ぞろぞろと人波に流されるように会場を出ると、19時を回っているにも関わらず、外はまだ薄明かるく、ライブによるものなのか、夏の暑さのせいなのか、すっかり汗がふき出していた。

「はぁあああ楽しかったああああ」

「それはなにより」

「ありがとね、お姉ちゃん」

「可愛い妹のためですから」

「お姉ちゃんもYUKIYAサマに惚れたぁ?」

「それは無い」

「うっわ…あんなイケメン生で見ても惚れないとかお姉ちゃんぐらいだよ。マジで目ぇ大丈夫?」

「いやいや、あの人とか惚れてなさそうじゃん」と適当に私が指を差す先にまさかの真面目青年が彼女らしき女性と立ち話をしていた。

「あれ?あの人タオル渡してくれた人じゃなかったっけ?」

「うん。席も隣だった」

「へぇへぇへぇ」

「なんか昔ボタン押したらそんな声出る番組あったよね」

「知らないよー。帰ろ帰ろ」

帰りは行きよりもうんと地獄の時間が待ち受けていることを私は駅に向かう途中で気づき、ファンで溢れるホームに妹と立ち、ホームに入ってきた電車に乗った時のぎゅうぎゅうさには、早く駅に着け!!と切に願っていた。

自宅に着いた時には二度と行きたくないなと思う私をよそに、妹はグッズが入ってパンパンのリュックを背負ったままリビングでくつろぐ両親にあーだのこーだのと初ライブでの感想を嬉しそうに話していた。

前にもこんな光景を見たような気がするなと思いながら私は自分の部屋へと静かに入った。
コンコン。ガチャッと部屋のドアが開いたのは、私が部屋に入って間もなくのことだった。

「初音、おかえりなさい」

「ただいま」

「付き添いありがとね。久々の外出で初音も疲れたでしょう」

母はそう言って微笑みながら私のベッドに軽く座ると話し始めた。

「さっきね、愛音ったらパンパンのリュック背負ったまま嬉しそうに目を輝かせて今日のことを話してくれてね、なんだか小さい頃のこと思い出しちゃったわ」

多分それは私が見たような気がする光景と同じなんだろうなと思いながら、私は楽な部屋着に着替えていた。

「初音は覚えてる?あの子が幼稚園の頃に芋掘りから帰ってくるなりこーんなおっきなさつま芋を袋から出してあーだこーだきゃっきゃ言いながらノンストップで話してたこと」

ああ、やっぱり同じだな。と思いながら「あったあった」と脱いだ服を片手に頷いた。

「あの時ね、ああ姉妹そっくりだなぁって思ったの」

「え?」

「初音が幼稚園の時も芋掘りから帰ってきて嬉しそうに目を輝かせながらお父さんにあーだのこーだのノンストップで話すものだから、この子いつ息継ぎするのかしらってお父さんと二人でハラハラしたの」

「そうだったっけ?」

「その初音もすっかり大人になって…時が経つのは本当に早いわねぇ。さてと、初音もゆっくりしたらお風呂入りなさいね」

「うん…」

パタンと母が部屋を出て行った瞬間に、私はベッドにダイブして疲れを取ろうとした。

「あっつ…」


目が覚めると、部屋の中はすっかりサウナ状態になっていた。

枕元に置かれた冷房のリモコンを手にスイッチを入れた私は、怠くて重くなった体を起き上がらせ、ベタついた肌に触れた時、自分が昨夜風呂に入らずに疲れて眠ってしまったことを思い出した。

そのままシャワーを浴びに部屋を出ると、薄明かるい時間の家の中はシンと静まり返っていた。

自分の足音とドアを開ける音だけがやけに大きく聞こえた。



「あああ、気持ちいい…」


シャワーで汗を流してすっきりした私の肌に冷房の冷たい風が当たるのを濡れた髪を拭きながらベッドに座って感じていた。


昨日のライブがまるで夢だったかのようにいつもと何も変わらない朝を迎えた私は、とりあえず面倒な夏風邪を引く前に髪を乾かしてしまおうとドライヤーを手にスイッチを入れた。


ブオオオオとドライヤーの音を部屋中に響かせながら髪をさっさと乾かし、やがて明るくなった空をカーテン越しに迎え入れた。


「何しよっかなー」

今日も何をするでもなく家にこもって1日が終わっていくんだろうな。

そう思っていた。


あいつがまたわけのわからないことを口にするまではずっと……

「お姉ちゃんはっや!!」

「いやお前もな!」


冷蔵庫から冷えたお茶でもと部屋を出ると、隣の部屋からYUKIYA様Tシャツと中学の頃のジャージを身にまとった妹が出てきた。

「つかあんた寝てないんでしょ?クマ凄いよ」

目の下を指差しながら言う私に妹は笑いながら「そうなんだよねー」と言った。

「昨日のライブに参戦してたっていう子とSNSで繋がってさ、意気投合しちゃってー」

「へぇ」

キッチンへと向かう私の後ろをついてきながら妹は話し続けた。一睡もしていないのにそれはまぁベラベラと元気に。

「あ、お姉ちゃん私の分もー」

「はいはい」

冷房の付いていないキッチンはもちろん、リビングは蒸し暑く、さっさとコップに冷えたお茶を氷と一緒に注ぎ入れ、私は妹の分のお茶が注がれたコップを手渡して部屋へと戻った。

「でさーお姉ちゃん」

なぜが私の後をついて部屋に入ってきた妹の行動が理解出来なかったけれど、次の言葉で全てを察した。

「オフ会付き合ってちょーだい」

はい、出たよ。
また妹のお頼みタイムが始まりましたよ。

今度はオフ会ですか。
へぇへぇへぇ。嫌だね。
誰が行くもんですか。

「嫌だ」

「そう言わずお願い!!」

「むーりー」


今回は私は付き添いは致しません。




しないとこんなに何度も言っているにも関わらず、妹はオフ会にいたった経緯を勝手に話し始めた。

「さっきちょっと話したけど、ライブに参戦してたっていう子ね、名前はゆーちゃん。あ、本名じゃないよ!ってさすがのお姉ちゃんもわかるか」

はい、出たー。
それ!またお姉ちゃんを小バカにした言葉だぞ妹よ。

「で、そのゆーちゃんと意気投合しちゃってさ、さっきまでやりとりしてたの!」

「あんたに付き合わされて一睡も出来なかったゆーちゃん可哀想に」

「それでね…」

おーい、私の声は無視ですか妹よ。

「今度の日曜日良かったら会わない?って話しになったの!」

「へぇ。流れが早いねー」

「でもさ、さすがにネットで知り合ったからお互いに不安はあるわけ。実は女の子じゃなかったらどうしようとかさ」

「あー」

まぁ今のこの世の中、ネットで仲良くなって実際会って襲われてーとか怖い思いする人もいるみたいだしね。とベッドにごろつきながら妹の話しを聞いていた。

「そこで!じゃあお互いに家族同伴させよ!ってなったの!で、で、ここ肝心だからよく聞いて!向こうはお兄ちゃんが来る予定なの」

それの何が肝心なのか私にはさっぱりわからなかった。
妹に付き合わされるそのお兄さんも大変だなぁと同情していると、妹はごろついている私に近づくなり人差し指を立てながら言った。

「お兄ちゃんだよ?男だよ?異性だよ!お姉ちゃんモテたい!恋したい!って言ってたでしょ!チャンスチャンスお姉ちゃんチャーーンス!!」

「ちょ、待て待て…モテたいとは言ったけど恋したいとは言ってないし、第一その人に彼女いたらどうするの?」

「そんなの…奪っちゃえばいいじゃん」

こ、こいつ今さらっと凄いこと言っちゃった私っていう自覚とかあるのだろうか?

姉に略奪しちゃえばいいじゃんってそんな軽い感じで言えちゃう妹が恐ろしいと姉は思ってしまったよ。

「そういうわけでお姉ちゃん付い…」

「断る」

「えーなんでよー、断る理由なくない?お姉ちゃんは恋始まるかもしれないし、私はYUKIYAファンの友達が出来るしでお互いウィンウィンじゃん」

「あんたねー、そのゆーちゃんのお兄さんの身にもなってあげなさいよ。妹に嫌々オフ会に付き合わされて、知らない子の姉に言い寄られてって…うっわ、私がそのお兄さんなら無理。好きでも無い相手にガンガン言い寄られるとかむーりー」


うん。本当に無理だと思った。

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