優しい口調で言ってみる。おしてだめならひいてみろ的な。

「ねえ、お嬢さん、隣の入り口とかに移動しない?」

「動けない」
しゃがみ込んだまま彼女が初めて口を開いた。透き通った綺麗な声が耳に残る。

何故なら歓楽街の住人は、大抵の人が少しハスキーボイスだった。いわゆる酒やけというやつで、オレ自身も少しだけやけたように思う。

「何で?」と聞くオレ

「おっ、お腹すきすぎて、あと、臭い」
オレが吐いたゲロを指で指しながら鼻をつまむ。それから彼女は、不思議な動きをした。しゃがんだまま半周する。ひよこが飛び跳ねるように、オレに背を向けた。