帰宅途中にふと、ミクの「ホストやめれるの?」と言う言葉が頭に浮かぶ。ホストを辞めるのにはかなりの勇気がいる。辞めて何をしようとかいうはなしではなく、今まで培ってきた物すべてを捨てるということに。

例えば下積み時代の苦しい思い出だったり、このスマホに登録された人との関係だったりするものは一朝一夕で手に入れたものではない。何度も血反吐を吐いて、先輩達に怒られ、お客にバカにされながら、苦労して、嫌な思いして、やっと、たどり着いて、手に入れたものである。それらをすべて捨てるとなると、今すぐに答えの出せるものではなかった。

サナとホストを天秤にかけたとき、どっちに傾くか想像して玄関を開けた。

「遅いじゃない!」

いきなりの怒鳴り声に体がびっくんとなった。目の前に腰に手を当て仁王立ちするサナの姿が目に入った。おっかない顔をして、睨み付けている。まるで番犬のように玄関で吠えている。