ここは、ジャンやニールと長い時間を過ごしたところだ。

いたずらがすぎた俺たちは、よくここから抜け出して、「より大きな子ども」たちがいる場所をこっそりながめていた。

大きくなったら、進級テストに合格したら、早く俺たちもあの仲間に入るんだ。

俺は、秘密の抜け道のあった場所を覚えていた。

ここを通り抜けるような奴は、後にも先にもお前らだけだといって、当時の人間の保育スタッフも呆れていた。

今となっては、その時の人間がどんなふうに記録をとったかは分からない。

それを検索して確かめることは可能だけれども、今あえてそんなことをする必要はない。

その時の記録はキャンプに残されたかもしれないが、今このタイミングで、10年近く前の、膨大な記録情報の中から、たった一度きりの出来事を検索条件に入れるような、ファクターをたたき出す人工知能はいない!

保育ルームは、俺の記憶から何一つ変わっていなかった。

わずかな記憶に残る秘密の入り口の前に立つ。

なんでもない保育ルームの一角。

ここで嗅覚を育てるためのにおい当てクイズがされていた。

サンプルを置き、部屋ににおいを充満させ、それをまた屋外に排出する。

その小さな通風口を通って、人間のほぼ立ち入ることのないスクールの屋上、開閉式ドームの格納庫に入れた。

俺たちはその格子のように規則的に並んだ骨組みを渡りあるいて、上からこっそり上級生たち様子をながめていたんだ。

小さな格子枠を外す。

キャンビーを先に行かせて、俺はその後をたどった。

あの時の記憶が、コイツの中にも残っているのだろうか。

突然、強い衝撃が建物に走った。

またどこかで爆発が起きている。

あいつらは、この建物ごと破壊してしまうつもりか?

ドームの骨組みに足をかける。

そのタイミングで、屋根が動き始めた。

「ドームが閉まる! キャンビー、逃げるぞ!」

すぐにキャンビーは、脱出口を計算し始めた。

ここの構造は、俺のキャンビーの中に、しっかり入っている。

「避難口を発見しました」

ゆっくりと動き始めた骨組みをふらふら移動しながら、俺はキャンビーの後を追う。

キャンビーは徐々に下降し始めた。

必死で追いかける俺の視界に、『点検口』の表示灯が見える。

あそこだ。

気をとられた瞬間、俺は足を滑らせ、腹を思いっきり支柱をぶつけた。

そのまま支柱の上を体が滑る。

なんとかつかんだ柱に手をかけた時には、ドーム開閉の動作を確認する作業台から、ずいぶん下まで落ちてしまった。

キャンビーが慌てて追いかけてくる。

見上げる出口が遠くなる。

俺は、慎重によじ登る骨組みを選んだ。

ドームの屋根が閉まろうとしている。

その動きに合わせて、俺は点検口に一番近づけるであろう骨に、移動していった。

今だ!

自分の跳躍力を信じるしかなかった。

飛び移ったその先で、辛うじて片手が点検口の柵に引っかかる。

足を持ちあげ、なんとかそこによじ登った。

大きな息を吐く。

「さぁ、行こう」

人が一人通れるか通れないかの、細く急な階段を降りていく。

行き着いた扉の先は、どこに繋がっているんだろう。

キャンビーで内部地図を確認する。

シャッターで区切られてしまった、立ち入り禁止ラインは越えたようだ。

俺はそっと扉を開けて、廊下に出る。

真っ暗な廊下には、文字通り人っ子一人いなかった。

だがここで、機動ロボに見つかれば、俺自身もどうなるか分からない。

暗闇のなかを、ゆっくりと歩き出した。

最上階の競技場へ繋がる道は、4箇所ある。

きっとどこも、ふさがれているだろう。

通風口なんてのも、きっと塞がれているんだろうな。

そもそも、開閉式のドームで直接外と繋がっているところに、そんなものが必要として設計されているのかも怪しかった。

「キャンビー、通風口の配管って、分かる?」

「通風口の配管を調べています」

キャンビーの画面に設計図が映し出され、それをチェックしてみる。

今の俺には、それくらいのことしか思いつかない。

「ここの幅と高さはどれくらい?」

「この設計図の、幅と高さを調べています」

遠くで、かすかなモーター音が聞こえた。

はっと気がついて顔を上げた時には、もう遅い。

一体の機動ロボが、高速でこちらに近づいてくる。見つかった!

「行くぞ、キャンビー!」

無駄だと分かっていても、走る。

だけど、スクールの内部構造をダウンロードした機体の方がずっと賢くて、気がつけば廊下の行き止まりに追い込まれていた。

振り返る。

「退避命令が出ています。速やかに避難して下さい」

目の前で、蜘蛛型から人型に変形しながら、機動ロボが俺に向かって発音する。

「動かないで下さい。安全に移動させます」

白く細長い、顔のようなパーツ。

実際は、流体力学に基づく単なる風よけにすぎない。

4本指のアームが、伸びてくる。

これから逃れようとするなら、こいつらの高速で動くジョイントモーターとの勝負だ。

俺がわずかに体を動かすと、それに合わせてアームの動きも微妙に変化した。

「動かないで下さい。安全に移動させます」

とは言われても、時には暴れたおす凶悪犯罪者の確保に使われるようなロボットだ。

どうやって逃げよう。

細くて繊細かつ高出力なアームが伸びる。

「キャンビー!」

俺が叫ぶと、キャンビーはすぐに近寄ってくる。

いまだ! 

俺と機動ロボの間に入ったキャンビーを盾にすると、俺は身をかがめてその横をすり抜けようとした。

「動かないで下さい。安全に移動させます」

機動ロボのアームが、背後から腰にとりついた。

そのままつかみあげられた俺は、回転したアームによって、体が天井に向けられる。

「降ろせ!」

「動かないで下さい。安全に移動させます」

暴れて落ちても怪我をしないように、床からの高さが50cmを保たれている。

暴れてやろうにも、アームの内側に張られた強靱なクッションにしっかりと挟まれて、手足だけが空しく宙を切る。

「退避します」

俺をつかんだままの機動ロボが、ぐるりと体を回転させた。