大きなだんじりに鐘、太鼓。
ハッピ姿の子供に林檎飴。
キラキラ輝くチョウチンに露店。
ヨイヤッサーの掛け声と共に街を練り歩く踊り。
今日は祭りじゃ。
早うお逃げ。
今日は祭りじゃ。
巻き込まれるな。
そうらこっちへきよったぞ。
ヨイヤッサー ヨイヤッサー。
うわっ!
と声を上げてベッドから飛び起きると全身グッショリと寝汗をかいていた。
「なんて夢なの」
桜子は呼吸を整え、濡れた前髪をかき上げながら呟いた。
ヨイヤッサー ヨイヤッサー。
あの祭りの歌声が今でも耳の中でこだましている。
ブルリと身震いをしてベッドから抜け出すと、そのまま部屋を出て階段を下り、バスルームへと入っていった。
25歳の桜子はこの一戸建てに親と共に住んでいた。
が、その親は数年前交通事故で他界。
幸い家のローンはすべて払ってしまった後だったので、こうして今も変わらず生活を続ける事ができている。
少し冷たいシャワーを頭から浴びて体の熱を冷ます。
桜子は祭り戦争の夢でうなされた時、必ずと言っていいほど体温が上昇しているのを感じる。
恐怖から?
きっとそうだ。
そうに違いない。
自分自身に納得させるように何度も何度も「怖い怖い」と呟いてみる。
だけど桜子は知っていた。
祭り戦争という物が大昔の頃はただの《祭り》と呼ばれていたことを。
《祭り》の日には街中の人が浮き足立ち、そわそわと落ち着かなくなる。
若い女は浴衣と呼ばれる妙な布切れに袖を通し、若い男は出店と呼ばれる店で色んな食べ物を焼いたりする。
伝統ある《祭り》は日本全国で知られていて、日本全国から人が集まってくる。
なんでそんなものに人が集まるのか、桜子は全くもって理解できない。
「怖い怖い」
また呟き、シャワーを止めた。
祭り戦争とはその《祭り》が変化したものだと言われている。
《祭り》に魂を燃やす者たちの力が現代にも息づき、祭り戦争として姿を蘇らせたのだとか。
でも、そんなにすばらしい行事ならば途絶えたりするハズがない。
今や《祭り》と呼ばれる行事はどこにも存在しないのだから、いくらすばらしくても受け継がれるものではなかったのだと思う。
「あぁ、サッパリしたわ」
そう呟き、脱衣所へ出ると桜子と同じほどの背丈の四角い箱の中に入る。
箱の中で四方から出てくる風で水分を飛ばし、ガウンをはおる。
箱から出てきたときにはすっかり髪の毛も乾いていた。
「桜子?」
脱衣所のドアをノックする音と、彼の声が聞こえてきて桜子は手櫛で髪を整えた。
「修哉、どうしたの?」
平然とした顔で表へ出ると、同棲中の修哉が不安そうな表情で待っていた。
「こんな時間にお風呂に入るだなんて一体何を考えてるんだい? もし水神様に見つかったりでもしたら――」
「大丈夫よ、湯船にお湯を張ったわけじゃないもの」
「聞いたかい? この前雪山さんが夜中にシャワーを浴びているのが水神様にバレて大変な事になったって」
先に部屋へ戻る私の後方からネチネチと修哉のお説教が続く。
修哉との付き合いはもう長い。
親が生きていた頃からずっと一緒に暮らしているから、もう家族同然だ。
なのに、修哉ときたらいつまでも私を1人の《女の子》としてみている。
過保護なのだ。
「じゃぁおやすみね、修哉」
「おい、まだ話しが――」
言いかける言葉を、強くドアを閉じて遮った。
水神様。
必要のないときに水を使っていると現れ、罰を与えるといわれている神様だ。
私は砂漠の上に立つ建物しか知らない。
大昔はコンクリートと言うものの上に建物は建っていたという。
そして、それが原因で地球温暖化と呼ばれるものが進み、現代に至る。
みんな、知っていたらしい。
このまま気温が上昇を続ければ地球は滅びてしまう事を。
みんな、知っていてこの有様なのだ。
それに見かねた水が神様となり、私たちの生活を監視するようになった。
その水神様は川という場所に長年いて、魚と共にピチョンッと跳ね上がったまぁるい水滴に手足が生えて出来上がったものらしい。
想像すると、少し可愛い。
人は何でも騒ぎにするのが好きだ。
特に、昔の人は。
家は皆同じまぁるいカタチをしているのではなく、個性豊かに、色とりどりに立ち並んでいらしい。
家が一軒建つと祭り騒ぎ。
なんと、屋根の上から餅を投げる習慣もあったというのだ。
家なんてほんの数秒あればすぐに建つのに。
そんな人間なのだから水神様が生まれた時も大騒ぎになり、《水神祭》と呼ばれる祭りができた。
あぁ……。
また、祭りに戻ってしまった。
桜子はモゾモゾと布団の中にもぐりこみ、ギュッと強く目を閉じた。
怖い。怖い。
お祭りが怖いよぅ。