昔、男ありけり。かの男、越後の國にて酒を造りたり。
とかなんとか、こんな語り始めするのは私ぐらいじゃないかな?皆さんはこんな語り始めは見たことがあるだろうか?
まぁ、そんなことはどうでも良い。早くこれを仕上げないと私からみて8時の方向1メートル20センチのところにいる相方からまた催促が来てしまうからな。
まぁ、こいつが恐いこと恐いこと!
皆さん、想像してくれ。床に落ちてしまったクッキーをネズミが取りに行こうとする。あいつの催促はさしずめネズミに襲い掛かる人間ぐらいの恐ろしささ。どのくらいかわかった?おぉ、わかったか!ならばよろしい。
さて、やっとこさ本題だ。
これから皆さんに御覧いただくのは
ある二人の恋物語。まぁ、出演者二人の劇とも言っていいかもしれない。
なになに?出演者少な過ぎて草?
いや?別に?予算上の問題とか?なんにも?うん?ないから!
そんなことは気にせんでもよかろ。
あとで非常に優秀で頼れる私の相方が何とかしてくれるだろうさ。
それでは御覧いただこう。
作品名は「Queen」。

もうすぐ夏。夏といえば巷は花火大会の予定を考えてる陽キャ、夏コミの持ち物をどうするか考えてる陰キャ、そしてその二つに属さない勉強に夏をつぎ込む勉強家に分かれる。
ちなみにワタシはというとこのどれにも属さない。それはなぜか。
ワタシの夏休みは毎日学校に来て趣味の写真を撮る。これに尽きる。写真はいい。
普通の芸術作品とは違い、常に不変のモノであるからだ。写真という檻に捕らわれれば普段の風景が何秒とかからず不変のモノに変わる。ワタシはその美しさの虜になった者だ。
「はぁ、暑。」
夏休みにワタシの耳に残るのは運動部の掛け声と油蝉と鈴虫と自販機から飲み物が落ちる音とカメラのシャッター音。これと少しの会話で毎年ワタシの夏は終わって行く。
こんな日もワタシはいつか見たあの風景を探して今日もシャッターを切る。

皆、写真からは映像しか受け取れないと思い込んでいる人が多い。
実際には写真からは映像はもちろん、そこから読み取れる音、撮影者の意図、そこから想像されるストーリー
それは熟練者になればなるほど情報は多く読み取れる。
そして、その熟練者はワタシのすぐそばにいるのだ。


「あ、いた。空!」
そう、この人だ。ワタシの1番嫌いな人であり、ワタシの尊敬する人、唐浪 潮先輩。
「潮先輩、何ですか?いいとこだったのに...」
何てこと言ってもあまり集中出来ていなかったのでちょっと嬉しさもあったのだけれども。
唐浪 潮 先輩。2年2組。ワタシは入学して最初の日に潮先輩と出会った。
トイレで。
えっ?何でトイレで会ったって?
トイレが混んでた時に列に並んでたワタシを先に譲ってくれたのが潮先輩だった。本当にピンチだったワタシにとって神のような人だった。再び出会うまでは...

3ヶ月前

「先生。ここって写真部無いんですか?」
ちなみに先生とはワタシ達1年4組の担任、深上 海人先生だ。
「あぁ、無いぞ。あぁ...無いこともないが...」
どっちなんだよ、はっきりしてよ先生!
「どっちなんです?」
「実はな、部員が1人しかいないから部としては認めていないんだ。そいつもだいぶ変わっててな..」
じゃあ最初からそう言えよ!
「わかりました。ありがとうございます。」
そう言ってその人がいつもいるという場所に向かった。

そこにいたのは女子生徒だった。先生だと言われても納得のいく位だ。透き通って沈むような黒い髪、
容姿端麗という言葉がよく似合う体、セーラー服に黒タイツ、パーカーを羽織った人だった。
そしてふと思い出した。あのトイレの人だ。
「あっ。」
思わず声にならない声が出た。
「待って、この前の子よね?」
相変わらず綺麗な声だ。
「あの、写真部入りたいんですけど」
「あぁ、写真部ね。ようこそ、部員1人の写真部へ!これからよろしく..って名前聞いてなかったね。私は唐浪 潮、あなたは?」
「私は、空です。蒼代 空です。」

そして現在に


「ごめん。」
まぁ、こんなに可愛い潮先輩だから許してしまうのだが。
「で、何ですか?」
「あぁ、えっとね...」
この時ワタシは疑問を感じると同時に潮先輩を心配していたのだろう。
何せあの潮先輩が一瞬でも悩んだのだ。しかも人の前で。
「そんなに言いづらい事なんですか?」
それでも潮先輩は黙っていた。
「....ワタシにも....言えないことですか?」
するとようやく沈黙を保っていた潮先輩の口が動いた。


「.....私は、明日...この世界から、消える。」


は?何を言ってるんだこの人は?
こう頭の中で呟いた気がする。
でも、ワタシはこの後の潮先輩の言葉でこの一言の重さを理解する。


「とりあえず、ここ座ってください。」
座れば人間の精神は本人は感じていない程度の変化だが警戒心と緊張が2割ほど軽減されるらしい。飲み物があるとなお効果的だと本で読んだことがある。
実践してみたことはないが。
「さて、どういう事か説明してください、潮先輩?」
そしてまたこの場が沈黙に包まれた。
青く、遠く、深く、永遠の時が続くような沈黙に。
そして以外な言葉でこの沈黙は終焉を迎えた。

「ねぇ、この世界ってどんなふうに出来たんだろうね。」

会ったときから変な人だとは思っていたが、変わらないな。
「話を反らさないでください。何があったんですか?」

「そうね。あなたには知っていてほしいかな。この世の中には時間軸があるの。」
「時間軸ってよくあるタイムリープものの小説であるような?」
「そう。そして私は別の時間軸のあなたよ。」

うん。なるほど。何て言ってその状況を飲み込める人などこの世にいるのだろうか。
はい。そこのあなた。
"はっ?そんなの余裕だろw"
とか言ってたら本気でお前ん家の冷蔵庫に入りにいくからな。

「さて、喋ることは喋ったわ。じゃあね。」

「待ってください!別の私って?
えっ、どこに行くんですか!?」

「あなたの目指す所で待ってるわ。」

「ワタシの目指す所...」

「それじゃあ待ってるわね。」

あの人は何なのだろうか。
それにしても、ワタシの目指す所って...


あれから1度家に帰った。
潮先輩のことだ。何もヒントを残さないわけがない。

「あっ、空。今日はもう終わりなの?」
ワタシのお母さん。まぁ、説明はあとでいいだろう。
「ううん、また戻るかも。ちょっと探し物があって。」
さて、後はどんなヒントか。
絵?文字?それとも....
「写真....」
ワタシは自分の撮った写真とワタシの写っている写真を漁った。

「この写真ってワタシと....誰?」

そこにワタシと一緒に写っていたのはワタシに似ているが微妙に違う赤ちゃんだった。
「お母さん!これって誰!?」
「ん?あぁ、潮ちゃんよ。」
「......え?」
頭の中が情報の多さで混乱と思考の停止を引き起こした。
次の瞬間ワタシは転けそうに家の階段を一段飛ばしで上っていた。
その後、すぐにもう一度写真の山をみて学校へ向かって家を飛び出した。
走っているときに感じたのは
油蝉のなく音、肌が焼けそうなほど照りつけている日の光、川沿いに吹き抜ける風、そして、ワタシの心臓から肺、筋肉が呼吸し稼働しているという実感だけだった。

おそらく先輩のいるのはあそこだけだろう。
ワタシ達が初めて言葉を交わした場所だ。
「はぁ、はぁ....潮先輩!」
5階の立ち入り禁止の看板を越え、屋上へのドアを開いてワタシは叫んだ。

そこにはいつものようにファインダーを覗きカメラを構えている潮先輩だった。


ワタシは迷った。
潮先輩に何と言えばいい?
一秒に満たない時間だけ考えてワタシは時間の止まっているような屋上で潮先輩に問いかけた。

「なんで...こんなことしたんですか。
いや、こんなことしたの?...お姉ちゃん。」

「空...まずは合格ね。」
合格って?何をもって合格かはわからないが。
「なんで、か。あなたに会いたかったのかな...でももう必要ない。」
この世界に必要ない人などいない。そう潮先輩はいつの日かいっていた気がする。
じゃあ何故?
「この時間軸、ううん世界はあなたのものよ。私のものじゃない。だから私はこの世界には必要ない。」
いつからこんな事を?ワタシに会いに来るため?


私は私の世界で妹がいることを二十歳の時に聞いたの。でも、そんな記憶私にはなかった。
ならば会いに行こう。
例え自分の世界の均衡を壊してでも。
そうやってこっちの世界に来た。
この世界に来てすぐにあなたを見かけた。すぐにわかった。私の小さい頃にそっくりだったから。
「ただ、それだけ。」

あの違和感はこれだったのかとワタシは理解した。どんな時も潮先輩に会うと信頼でできる安心とは違う安心があったのは。言われればそんなのだろう。何せ本来ならば実の姉妹なのだから。
「これから、どうするんですか。」
「だから言ってるじゃない!この世界から消えるよ。」
またこれだ。喉まで冷えきって針が刺さるような沈黙。そして、カラッとした風に包まれた。
今度はそうは行かない。
「ワタシの所に来てください、先輩。
いや、お姉ちゃん。」
「空...ワタシの問題のことわかった?」
「あの事?」
「そう。私はあの問題の答えを知っている。本当は人間なんかが知ってはいけない答え。」
「それって..何?」
自然な疑問心だ。人間、知らなくて良いと言われてきっぱり諦められる人は少ない。 ワタシその中に入る種の人間だろう。それでも聞きたい。知りたい。これが人間の知識欲というモノなのだろう。
「それはあなた自身が手に入れなさい。
それに必要なものは与えた。後はどう描くか、よ。」



「Gods don't give us pain that can't withstand,.........」



最後の方は聞こえなかったがこう聞こえた気がする。かくして、この世界の唐浪 潮は消えた。



ワタシは高校二年生になった。
夏休みのことはあまり覚えていない。
それから、自分なりに充実した高校生活を送って
高校生活を終える日が来た。
ワタシは写真部がある程度名の通っている大学に進学した。
名の通った大学に進学したのは卒業した後、旅に出たかったからだ。
ある人を探すための。



そして、今日もあの写真を目指してファインダーを覗く。
ワタシの知らない、あの沈むような黒髪の少女の写真をめざして。


おわり