「はあ、胃に染みるー」
「なに年寄りくさいこと言ってるの」
「だって、ひとりじゃ温かいお茶なんていれないもん」
「だめよ、体を冷やしたら。どうせ休みの日はエアコンを効かせた部屋でだらだらしてるんでしょう」
「ああもう、うるさいなあ」
止まらない母親の小言を遮るように、私は2枚目の煎餅に手を伸ばした。
「だって、佳奈ったら全然帰ってこないんだもの。お母さんあなたが心配で……」
パリ、と煎餅をかじったまま、顔を上げる。自分の記憶より少し白髪の増えた母が、不安そうにこちらを見ていた。その視線に、胸がきゅっと締め付けられる。
「……ごめん。今度からもう少し帰るようにするから」
「仕事、辛かったらいつでも戻ってきていいのよ。あなたの家はここなんだから」
「うん」
私はひとりっ子だから、親の干渉はよその家より強いのかもしれない。それでも私は、親を、この家を、嫌いではなかった。
そんな私が高校卒業と同時に実家を出たのは、ただこの環境を変えたかったからだ。田舎暮らしはどこか野暮ったくてつまらない。
多感な時期だったあの頃は、憧れの外の世界に出れば大人になれると本気で思っていた。
もし今あの頃に戻ることができたら、絶対に同じ選択はしない。
ーー私が失ったものは、あまりに大きいから。