自動で開いたドアから後部座席に乗り込むと、ゆっくり車は発進した。
「どちらまで?」
「末広町まで、お願いします」
窓の外に見える懐かしい駅前商店街を眺めながら、私は実家のある町名を告げた。商店街は普段もっと寂れているはずなのに、忙しなく人が出入りしている様子が目に入る。
「お客さん、地元の人? 祭りのために帰ってきたの?」
「ーーえ、祭り?」
お喋り好きな運転手の言葉に、思わず前を向き直した。バックミラー越しにばっちり目が合う。目尻に笑い皺が刻まれた、優しそうな目元だった。
「あれ、違ったか。ーーだよなあ、末広町は参加してないもんなあ」
ぽつりと漏れた独り言を聞いて、しまった、と思った。私は、無意識に何という時期を夏期休暇に選んでしまったのか。
それからは運転手の世間話は上の空で、目に映る流れ行く景色すら記憶しないまま、視線をさまよわせる。
どこを走っても街中提灯がさがっていることが、ただひたすら私を動揺させた。