「うわ、寒っ」
雨でも降った後なのだろうか。
全く想定していなかった寒さに、私は腕に掛けていた薄手のカーディガンを慌てて羽織った。
相変わらずいつ来ても人気のない駅舎だ、と心の中で悪態をついた私が降りたったのは、生まれてから高校を卒業するまでの多感な時期を過ごした地元の駅。
勤めている会社から少し遅めの夏期休暇を取得し、遠く離れた土地から数年振りに帰省したところだ。
キャリーバッグをゴロゴロ引きずりながら進む。未だICカードが対応されてない改札にまごつきながら、何とか駅の外に出た。
薄い日差しに照らされた、見慣れた風景。
ロータリーと言うよりはただアスファルトが広がっているだけの空間に、2台のタクシーが止まっている。後ろの車の運転手は缶コーヒー片手に前の車の運転席までやってきて、大きな声で談笑していた。
ーー商売する気、あるのかなあ。
思わず脱力した私を一瞥すると「お客さんが来たよ」と前の運転手にひと言残し、彼は後ろの持ち場へと戻っていった。着ている制服も車の塗装もバラバラでどう見ても同業他社だろうに、田舎の人たちはどこか大らかだ。
……大らかと言うよりは、毎日顔を合わせるうちに腐れ縁となってしまったのかもしれないが。
そして前の運転手は車から降り、私のキャリーバッグをトランクに入れてくれた。
「ありがとうございます」
「いやあ、今日はお客さん来ないかと思ってたから助かったよ。さあ、乗って乗って」
なんて、聞いてもいない懐事情を暴露してくれるあたり、やはり田舎だ。
そう思った瞬間、さっきまで荒んでいた心がそっと解れていったような気がして、思わず苦笑いが漏れてしまった。
ーー腐れ縁。私たちも、そうだったら良かったのに。