私の地元では、毎年この時期に祭りが開催される。世の中には数え切れないほど沢山の祭りがあるが、地元の祭りは車輪の付いた〝祭り屋台〟という屋根付きの舞台を大きな綱で引いて町中を練り歩くものだ。

参加している十数の町内がそれぞれ持っている屋台には、独自の煌びやかな装飾が施されている。木造の屋台は漆で塗られ、金色の縁取りや金具が美しい。屋根には伝説上の生き物や植物が彫られていて、その凝った細工が観る者を圧倒する。

そして、その豪華絢爛な祭り屋台はただ綱で引かれるだけの見せ物ではなく、その中でお囃子が演奏されているのだ。太鼓、三味線、笛、そして鉦(かね)の調和の取れた演奏が、観る者へ感動を与えてくれる。


樹のもうひとつの顔。
ーーそれは、横町の笛の奏者だ。


『楽器は好きなの選べたけど、牛若丸みたいで格好良いから』と、笑ってしまうような理由で笛を選んだエピソードを思い出す。いや、実際笑ってしまったのだけど。

確か、付き合い始めた頃だったと思う。
何の気なしに笛を選んだ理由を尋ねると、樹は急に黙り込んでしまった。
『笑うなよ』とお笑い芸人のように何度も念を押してきたので、私は笑わないと言ったのに、想定外の理由に思いっきり吹き出してしまったのだ。

『あーだから言いたくなかったんだよ』と首まで赤くしながらそっぽを向いた樹を思い出して、私は耐えきれずに思い出し笑いをしてしまった。


『佳奈、今の話、誰にも言うなよ』


ついでに言うと、私だけに話してくれたことが嬉しくて舞い上がってしまったことも、誰にも言っていない。