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翌日、突然祭りを見に行くと言い出した私に、母は大層驚いていた。


「珍しいわね。あなたが祭りを見に行くなんて」

「……まあ、たまにはね」


玄関先で足を入れたスニーカーのつま先でトントン床を蹴りながら、肩に掛けたポシェットの紐を握った。姿見で確認した私の顔は、いつもより少しだけ強張って見える。


「何にせよ、気晴らしになるなら楽しんでおいで。樹くんに会ったらよろしくね」

「うん。出店で美味しそうなのあったら買ってくるね。……行ってきます」


私は家の玄関を出ると、迷い無く歩き出した。夕暮れ時の物悲しさを感じる住宅街を抜けて目指すは、商店街のある大通りだ。


「はあ、あんなふざけた約束を律儀に守る私もどうかしてるよね……」


俯く度に視界に入るスニーカーは、捨てようと昨日決意したお気に入りだったものだ。
高校最後の夏も、これを履いて祭りを見に行ったっけ。私の一番好きだった、樹の晴れ姿を見るために。
そして私が今羽織っているのは、グレーのパーカーだ。薄手のカーディガンだと寒いかもしれないと、先ほど部屋のクローゼットを漁って見つけたものだ。これも、高校の頃よく着ていた。


「何だか、あの頃に戻ったみたい」


大通りに近付くにつれて、笛や太鼓の音が徐々に大きくなる。しばらく聞いていなかった祭り囃子が、私の胸を締め付けた。


ーー樹には、酒屋の息子の他にもうひとつの顔がある。