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「ごめん樹、大丈夫?!」

「った……みぞおちに入った」


お腹を抱えてうずくまる樹を見て、反射的に手を伸ばしかけたけれど、空を切って思わず引っ込めた。駄目だ、樹に触れる権利なんて私にはもう無い。


「醤油のボトルとか凶器だろそれ……」

「ごめん……」

「人が親切にシートベルトを外してあげようと思っていたら」

「……」


苦しそうに呻く樹に何と声をかけたら良いか分からず、オロオロと様子をうかがう。樹は、シートベルトも外さずに車外に飛び出そうとした私を止めるために、わざとロックをかけてくれたのだ。


「はあ……これ絶対折れてるわ……」

「嘘?! どうしよう、救急車呼ぶ?」


自分のせいで樹に怪我をさせてしまった。申し訳なさでいっぱいになっていると、樹は俯いたまま盛大に吹き出した。


「引っかかったー! 相変わらずだなあ、佳奈は」

「……え?」


きょとんとして見ると、樹がさも楽しそうに顔をくしゃくしゃにして笑っている。そこで私はようやく、樹に騙されたことに気付いた。


「ひどい、樹の嘘つき!」

「涙目」

「うるさい! 本当に折れたと思ったんだから!」

「大体さ、腹に骨無いから」

「ーーっ!」


冷静な突っ込みが、私の羞恥心を煽りに煽る。にやにやと笑っている少し切れ長の目元が流し目のように動いて、私は慌てて俯いた。


「……故意じゃないとはいえ元カレの腹に一発くれた訳だし、罰として明日祭り見に来てよ」

「はあ?! 何でそうなるの」

「来ないと言い触らすからな。〝元カノに殴られた〟って」

「やめてよ! 話盛り過ぎでしょ! 大体元はといえば樹がーー」

「屋台は明日の19時出発だから。絶対来いよ」


私の言葉を遮るようにして、樹の声が重なる。そのまま彼は颯爽と車を降り、荷台から配達するお酒を運び始めてしまった。