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 陽太一家の引っ越し当日となった。
 その日は平日で、当然ながら学校もあったが、母親に頼み込んで休ませてもらった。

「葵ちゃん、ずっと黙っててごめんね……」

 陽太は今まで暮らしていた家の前で、葵に謝罪してきた。

 葵はいつもの腰に両手を当てた仁王立ちスタイルで、「全くだよ」と言った。

「一言言ってくれれば良かったのに……。長い付き合いだってのに、ほんと水臭いよね!」

「ごめん……」

「ああもう! 何度も謝んないで!」

 葵はそう言うと、陽太に手の平サイズの紙の小袋を渡した。
 中には、今年植えたヒマワリから採れた種が数粒入っている。

「これ、陽太への餞別。大事に育てなよ」

「ヒマワリの種だね? うん、ありがとう。大切にする」

 陽太は小さく笑むと、それをポケットにしまい込み、今度は逆に葵に白い封筒を渡してきた。

「これは?」

 葵が訊ねると、陽太は「写真だよ」と答えた。

「今までずっと渡しそびれてしまって……。葵ちゃん、とっても可愛く映ってるよ。写真映り、すっごくいいと思う」

「――陽太……、あんた、そんなことよく平気で言えるね」

「そう? 僕はただ、正直な気持ちを言っただけなんだけど」

「だから、それが普通じゃないよ」

「ふうん……」

 陽太は小首を傾げながら葵を見つめる。
 その表情は、何となくいつもの陽太とは違っているように感じた。

「陽太ー!」

 陽太母が彼を呼んでいた。

「ほら、もう行きなよ」

 葵が促すと、陽太はゆっくり頷いた。

「それじゃあ葵ちゃん、今までありがとう。落ち着いたら、手紙書くからね」

「うん、分かった」

「葵ちゃん、元気でね」

「陽太もね」

「手紙、絶対に書くから」

「それ、さっきも言ったし」

「あ、そうだったね」

 少しでも長く、陽太といたい。
 いつの間にか、葵はそんなことを考えていた。
 だが、時は残酷にもふたりを引き離してしまう。

「葵ちゃん、バイバイ」

 その言葉を最後に、陽太は少しずつ葵の側をすり抜けて行った。