ツバキが運転するアーティファクトの座席数は21だが補助椅子を使えば25名まで座る事ができる。
夜の帳が降りてきた事からツバキはライトを付けて速度を落として運転している。
「ツバキ殿。どのくらいでユーラットに到着しますか?」
ダーホスが運転するツバキに気を使いながら尋ねる。
「そうですね・・・・」
ツバキは、ヤスからカーナビの表示のレクチャーを受けている。目的地をユーラットにしているので、到着予定時刻が表示されている。
「朝方には到着できます。ダーホス様。おやすみください」
「・・・。そういうわけには・・・」
「ユーラットには、マスターも伺うとおっしゃっていました。ダーホス様がお疲れでは、私がマスターに叱責されてしまいます。私の為だと思ってお休みください」
ツバキの言っている話が自分を考えての嘘だという事は解っている。
解っているが疲れているのも事実だ。今でも身体を椅子に預ければすぐにでも眠ってしまいそうだ。
「しかし・・・」
運転するツバキの表情を見ると運転に集中しているようにも見える。
「わかりました。お言葉に甘えます」
「はい。ユーラットにつきましたら起こさせていただきます」
「はい。お願い致します」
移動は順調に進んだ。道も石壁に沿って移動したほうが安定しているので早い。
元々の街道は馬車が通っていたが、土でできていて整備されていない。そのために、轍がひどい事になっていた。石壁沿いは、セバスの眷属たちが土を固めて居る。岩を埋め込んだ部分もあるのでかなり快適に移動する事ができる。現在進行系で街道として整備が進められているのだ。固めた土や岩の上に細かく砕いた石を敷き詰めているのだ。砂利道を走るような物だ。アスファルトに比べたら安定はしていないが轍ができた街道を走るよりも格段に走りやすい。
予定されていた時間よりも早くユーラットに到着した。
護衛としてイザークの部下たちが出てしまっているので、ユーラットの正面が閉まっている。
急いでいるわけではないの、ツバキはバスを門の正面に停める。
音を聞きつけてイザークが出てくるまで10分くらいの時間が必要だったが、バスを見てすぐにヤスの関係者だと判断したイザークは近づいて確認した。
起こされたダーホスがバスから降りてきて事情を説明した。
ユーラットは大混乱になる一日はこうして始まった。
ダーホスは、イザークに引っ張られるようにしてギルドに移動を開始した。
カスパルは、帝国から連れてこられた女性と一緒にゆっくりと移動を開始した。
縛られた男たちはバスに寝かされたままだ。尋問を待つ状態になっている。王国に仇なす存在だと判断されたのだ。
男たちの尋問はイザークが行う事になった。すごくまっとうで、人道的な尋問だったようで、6人の男たちのうち最後まで生きていたのは一人だけだった。それで得られた情報は少なかった。詳細は教えられていなかったようだ。
カスパルが匿っていた女性にも話を聞いた。カスパルが同席して居たので女性も安心して話をしたようだ。
やはりスタンピードを起こす事が目的だった。方法が不明確だったのだが、アフネスが方法に心当たりがあった。
「魔力の誘爆を利用しているのか?」
尋問されているわけではないが女性は俯きながらうなずいた。
「アフネス殿。その誘爆とはなんだ?そんな事で、スタンピードが起こるのか?」
「ダーホス。魔物が発生する理由は知っているよな?」
ダーホスは教科書でも読み上げるように魔物の発生について話をする。
「もちろんだ。魔力が集まって魔物は生まれる。その後は自然繁殖も確認されて居る」
アフネスだけではなく皆が知っている事だ。
「そうだな。それではスタンピードは?」
これも憶測だが確定している事実としてダーホスが語りだす。
「神殿や神殿と関係が深い場所に魔力溜まりができるとスタンピードが発生する。そのときに、魔力の爆発が発生する」
「そうだな。だから、辺境伯の領地には多いときには数ヶ月に一度程度の割合で規模の違いはあるがスタンピードが発生していた」
アフネスが補足したが、辺境伯やユーラットでは神殿がある事でスタンピードが発生していると思っていた。
「神殿が攻略されていないからしょうがないと思われていた」
ダーホスが補足したように、神殿が攻略されていないために魔物が統率されていないと考えていた。
「ダーホス。不思議に思った事はないか?」
「何を?」
「スタンピードの発生場所だ」
「え?」「あ!」
ダーホスは首をかしげるだけだったが、話を聞いていたイザークには心当たりがあるようだ。
「どうした?イザーク?」
「え?あっ勘違いならいいのですが、今の話を聞いて・・・」
「だから?何がいいたい?」
ダーホスが少しだけ苛ついた声で話を急がせる。
「スタンピードですが、帝国側でしか発生していませんよね?ユーラットや魔の森でも発生は確認されていますが、数年に・・・。いや、十数年に一度でしか発生していません」
「だから、その代わりに、帝国側で多く発生しているのでは・・・」
「ダーホス。それならなんで発生したスタンピードがこちら側を目指して移動する?おかしいと思わないのか?確たる証拠もなかったから疑問に思っていても口にしなかったことだろう?違うかい?」
アフネスの言っている事に心当たりがありすぎる。
冒険者ギルドもスタンピードの頻度が高すぎるためにユーラットの神殿の脅威を上げていたのだ。
「それで・・・。アフネス殿?」
ダーホスが話を戻す。
「魔力の誘爆だったな。あの方から聞いた話で、実証ができていない・・・。知っている方法を帝国が用いた確証はない。そのつもりで聞いてくれ・・・」
アフネスの話を聞いて、ダーホスは唸ることしかできなかった。
魔力を持っている魔物を殺して放置すればそこから魔力が漏れ出す事は以前から言われていた。それを大量に行う事で意図的に魔力溜まりを発生させる事ができるという事だ。魔力溜まりができる場所に魔物を集めて一気に退治する事でスタンピードが発生するという考えだ。
「アフネス殿。それは?」
「だから言っただろう実証できていないと・・・。そもそも、ゴブリン程度の魔物をいくら倒してもダメだ。それこそ、ドラゴンを討伐して放置するくらいでないと意味がない」
アフネスはここまで語ってからカスパルの横に座る女性を見る。
「それで、あんたにも話を聞く必要がありそうだな?」
女性は顔を上げて話始めた。
自分の名前から始まって一族のことを話し始めた。
「驚いた、あんた。アラニス族なのかい?」
「はい。アフネス様は・・・」
「私は普通のエルフ族だよ。それ以上でも、それ以下でもないよ」
女性は、アフネスを見つめるが納得はしていないが、これ以上アフネスの素性を暴いてもしょうがないと判断した。
「わかりました。そうです。アラニス族・・・。最後の一人です」
「最後の一人?」
「そうなります。兄が居たのですが・・・」
「そうか・・・」
「アフネス殿。二人だけで納得していないで教えて下さい」
ダーホスが情けない声で割り込んできた。
「ダーホス。アラニス族の事は知っているだろう?」
「どっかで聞いた事があるのは間違い無いのですが・・・」
「あ!思い出した。建国の英雄!」
イザークが急に大きな声を上げた。
興奮しているのは間違いない。しかし、場違いな事も間違い無い。皆の視線が集中して興奮も一気におさまってしまったようだ。
「はい。その本流です」
「え?しかし、英雄の子孫ですよね?それがなんで殺されるような事に?」
「本流で間違いは無いのですが、私たち家族だけがアラニスなのです。今帝国でアラニスを名乗っているのは、アラニスから別れた傍流です。詳しくは・・・ご勘弁いただきたいのですが、すでに帝国は私たちアラニスを必要としていないのです」
「そうか、アラニス族の本流ならドラゴンを超えるような魔力があるのは納得できる」
「はい。それを・・・」
事情が解ってきた。
帝国の事情はアラニスの女性はわからないと言っている。事実を知らないのだろう。家族を順番に殺されていったのだと言っていた。帝国に帰る気がないことも告げていた。できればユーラットで過ごしたいと皆に頭を下げる。
「無理だな」
アフネスが一刀両断する。
「え?」
ダーホスもイザークもカスパルも驚くがアフネスが言っている事が正しいのだ。
「ダーホス。考えてみれば解るだろう?アラニスの本流をユーラットで匿っていると知られたら・・・。それだけで帝国と王国の火種になる」
「あっ」
「それに、帝国としては認めることができないだろう?」
「それは・・・」
「だから、あんたは、神殿に匿ってもらいな」
「え?神殿?」「は?」
「あぁ乗ってきたアーティファクトの持ち主さ。領都から来ている者たちを受け入れてくれるようなお人好しだよ。あんたの事情を言えば匿ってくれるだろうよ」