「ミーシャ!まだなの?」
私は、ミーシャ。家名を持っていたがエルフの森を出たときから家名を捨てた。
私の事はどうでもいい。実際、領都レッチュヴェルトで冒険者ギルドのサブマスをやっていた普通のエルフだ。サブマスも、冒険者ギルドがエルフ族への忖度にほかならない。いつ辞めてもよいと思っていた。
今回の件はちょうど良かった。リーゼ様を守るという大義があり姉さんもリーゼ様を守ってユーラットに帰ってこいと言っている。
ユーラットに戻れるだけではなく、エルフ族の悲願と言ってもいい”神殿”に関わる事ができる可能性もある。
「リーゼ様。まだ領都を出たばかりです」
「解っているけど・・・。早く行かないとヤスに追いつけないよ!」
「リーゼ様。ヤス殿のアーティファクトに追いつくのは不可能です。それは、リーゼ様が一番わかっておいでだと思います」
「そうだけど・・・。でも・・・」
リーゼ様が焦っているのは”ヤス殿に置いていかれた”と思っているのだろうと予測しているのだが、もしかしたらもっと違う感情なのかもしれない。
だが、これ以上急ぐことはできない。スタンピードが発生している中をユーラットに向けて進んでいるのだ、少しのミスが大きな被害に繋がってしまう。リーゼ様だけではなく、孤児院の子どもたちも居る。急ぎたい気持ちは理解できるが現実的には現状の速度での移動が限界なのだ。
「リーゼ様。まずはユーラットに安全に到着することを考えましょう。魔物も居るでしょうし今リーゼ様が慌てますと皆が混乱します」
この集団のリーダはリーゼ様が責任者となっている。皆で決めた事だがリーゼ様も承諾している。
「うぅぅ・・・。わかった」
”わかった”と言って馬車の中に戻ってくれたが、また同じ事を聞いてくるに違いない。
「ミーシャ!」
今度は、デイトリッだ。
デイトリッヒは前方に索敵に出ていた。スタンピードが発生している状況が解っているので、前方に何人か索敵に出てもらっている。
騎獣のまま戻ってくるのは珍しい。だが慌てている様子は見られない。交代の時間はまだ先立ったはずだし、次の休憩場所まで先行していたはずだ。
「なにか有ったのか?」
「いや何も無い。なにもないのが怖いほどだ。後方も大丈夫なのか?」
「後方?」
「前方に索敵に出ている者の話をまとめると戦闘が行われた場所が無いのも珍しいが魔物が一切見られないのは不自然だという意見だ。俺も同じ考えだ」
「あぁ」
結論を先に言ってくれたほうがいいのだが現状把握のために説明をしてくれている。
「それで?」
我慢できずに結論を聞いてしまった。
「それで俺たちがスタンピードを追い越してしまったのではないか・・・。という結論なのだが・・・。それも無理がありそうだな」
「無理があるというよりも不可能だろう。実際に商隊が魔物を確認しているし、守備隊もスタンピードを確認している。それもかなりの規模だと言われているのだろう?」
「そうだが・・・。ここまで魔物が居ないのも不自然ではないか?」
デイトリッヒが言っている事もわかる。
領都を出てから2日になるが魔物に遭遇していない。少ないときでも、ゴブリンの小さな群れを1回は見かける。領都に近い位置だという事を差し引いても異様な状況に違いはない。魔物だけではなく、商隊の護衛や魔物同士の戦いで破れた魔物の肉を漁る獣の群れも見かけない。
「それはそうだが・・・。スタンピードで集まった魔物に倒されたか、一緒に行動しているのではないか?」
なぜスタンピードが発生して、なんのためにスタンピードが移動するのか、何が目的なのか・・・。これらの事はいろいろな説があるが解明されていない。ただ解っているのは、スタンピードはいろいろな魔物が集まった一つの群れだと考えられている。群れの核になっている魔物が存在して、群れをまとめている魔物が倒されると自然と解散されると考えられている。
「もしかして、ボスが倒されたのか?」
私が黙っていろいろ考えているとデイトリッヒも同じ結論に達した。
だが私もデイトリッヒも倒された可能性は低いと思っている。推定2万の魔物の群れから的確にボスだけを倒すのは不可能だと思う。ボスの討伐に手間取ってしまえば周りの2万を超える魔物が襲ってくるのだ。
「誰にそんな事ができる?それこそ建国の英雄ではないか?」
私の言葉にデイトリッヒは黙ってしまう。
「それで、ミーシャ。索敵の距離を伸ばしたほうがいいと思うのだがどうだ?」
「必要ない。私たちの目的は、リーゼ様を安全にユーラットに届ける事だ。スタンピードの解決ではない。それこそ、領主の馬鹿息子に対応してもらえばいい。私たちは、ユーラットまで辿り着いて貝が口を締めるように自分たちを守ればいい。ユーラットに辿り着いたら神殿の主であるヤス殿も味方してくれる可能性だってある」
デイトリッヒの提案を却下したが索敵は引き続き行う事になった。次の野営予定地まで赴いて準備と場所の確保を行ってもらう事になった。
次の次に予定している野営地あたりから神殿がある山の麓に差し掛かる。道幅が狭くなっている上に海までの距離も近い。魔物と遭遇すると厄介な場所だ。スタンピードの魔物が確認されたら突破を試みる以外に選択肢がない場所でもある。
皆が緊張しているのも伝わってくる。
リーゼ様も孤児院の子どもたちを勇気づけているのだが、話している内容を聞いていると自分に言い聞かせているようにも思える。
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私たちは今唖然としている。
デイトリッヒから報告を受けたのだが、自分の目で見ても信じる事ができないでいる。
「ミーシャ!ミーシャ!」
「はっ。はい。リーゼ様。リーゼ様は、これはヤス殿が作ったと言うのですか?」
「うん!ヤス以外にこんなバカなことをする人を知っている?」
「それにしてもこれは・・・」
領都を出てから6日目。
私たちは神殿がある山の麓に辿り着いた。一番の難所だと思っていた場所だ。
そこは信じられない事に、麓に広がる森林の一部が伐採され平地になっている。そして、山側に石壁が設置されている。石壁はどこまで伸びているのかわからないほど長く設置されていてユーラット方面まで伸びている。
森林と山肌には門が設置されている。押しても開くことがない頑丈な門だ。それだけではなく、石壁からは水が湧き出ている。鑑定魔法を持っている者に見てもらったが、飲料に適した水だという事だ。
野営に適した場所である事は間違いない。
通常森林から少し離れた場所に野営地を設置する。魔物や獣が森林から出てくるのを警戒するためだ。石壁では完全に防げるとは思えないが、警戒する為に石壁の上に登る事ができる。そこで監視を行えば普段の警戒よりも安全に野営を行う事ができると判断した。
ドワーフたちも索敵に出ていた者たちも同じような意見だった。
誰が作ったのか?リーゼ様言うようにヤス殿なのか?
リーゼ様は、ヤス殿以外に誰ができるのかと言っている。確かに、神殿の領域なのでヤス殿が行った事だろう?
どうやって?なんで?
それに、スタンピードはどうなった?
もしかしたらこの石壁はスタンピード対策なのではないか?
「ミーシャ。少しいいか?2時間くらい出られるか?」
リーゼ様と話をしているときに、デイトリッヒが声をかけてきた。
珍しいと思ったが表情は真剣で且つ急いでいる事もわかる。リーゼ様に断りを入れてデイトリッヒと一緒に野営地を離れた。
「どうした?」
「次の野営地を見つける為に出ていた者たちが戻ってきた」
「それで?」
「俺も見てきたのだが、ミーシャの意見を聞きたいから是非見て欲しい」
それから1時間ほど騎獣を走らせた。
森林側ではなく海側だ。切り立った断崖で普段なら絶対に近づかない場所だ。なぜ斥候がこんな場所まで着たのかはわからないが、デイトリッヒに言われて覗き込んだ場所を見て絶句した。
「こ・・・。これは・・・。魔物・・・。オーク・・・違う。オーガも居る?上位種?変異種なのか?それよりも・・・。数が・・・。どういうこと?!」
「ミーシャ。魔物が捨てられているのはここだけじゃない」
「捨てられている?」
「少し無理をして調べたが素材になりそうな部分は抜かれている。それだけじゃなくて魔核が抜かれている」
「え?誰かがまとめて捨てたってこと?オーク程度ならわかるけど、この数のオーガを・・・色から上位種や変異種もいるわよね?」
「あぁ・・。それと・・。悪いがミーシャに見て欲しいのは・・・」
デイトリッヒが私に投げてきたのは”ゴブリンの腰布”と言われる、汚れた布だ。
「な・・・」
汚くて持ちたくなかった。
「ミーシャ。悪いがしっかり見てくれ」
嫌だったがデイトリッヒが真剣な表情で言うので近くに落ちていた木の枝でゴブリンの腰布を持ち上げて見る事にした。
「なに?普通の汚い腰布以外には見えないけど?」
「ミーシャ。裏側だ。そこに、付いた跡に見覚えはないか?」
「ん?」
言われて裏側を見ると、そこには”ヤス殿のアーティファクト”が通った後に残った痕跡を示す跡が残されていた。
私は、デイトリッヒや発見した者に口止めした。
口止めして何がしたいのか自分にはわからない。でも、この事実が広がってしまうのは避けるべきだと思えた。
ユーラットについて姉さんに相談できるまでは、ヤス殿がスタンピードを解消させた可能性があるという事実は秘匿しておきたかった。
デイトリッヒに魔物たちを燃やしてしまう様に指示をして野営地に戻ったが、考える事が多くて休む事ができなかった。
リーゼ様はヤス殿が作ったと思われる石壁を見てから落ち着いたのかあまり騒がなくなった。
そして野営地を探す必要も無くなった。まず間違いなく意識的に作られた場所が定期的に現れる。最初の様に開かれた場所ではないが、石壁から水が湧き出ている場所が存在している。それだけではなく、石壁の一部に色が違う石が使われている場所が定期的に現れる。
石壁の存在で風景は違って見えるが・・・。斥候が帰ってくればわかるとは思うが、明日にはユーラットに到着できるだろう。
皆の表情からも安堵の雰囲気が見て取れる。
結局スタンピードで発生した魔物はどこにも居なかった。
私たちは一度の戦闘もないまま領都からユーラットへの道を踏破する事ができた。