異世界の物流は俺に任せろ


「ヤス。正直に教えてほしい。なんなら、ここに居る全員にリーゼを呼んで制約の魔法をかける」

「そこまでは必要ない。話を聞いて出ていきたいのなら出ていけばいい」

 ヤスは、自分の行動を秘密にする必要性を感じていない。秘密にして隠していれば、弱みになりかねない。秘密は弱点にもなりかねない。ヤスは、幼馴染でもある男の顔を思い出していた。

「わかった。聞いた後で判断させてもらうよ」

「皆もそれでいいか?」

 サンドラに続いてルーサが皆に確認をする。
 ルーサの確認に皆がうなずいた。

 皆がうなずいたのを見てヤスは肩を落とした。説明するのは問題ではないが面倒だと思っているのだ。

「セバス」

「はっ」

「面倒だ。マルスに頼んで、連れてきてくれ」

「かしこまりました。誰にいたしましょうか?」

「ん?戻ってきているのか?」

「はい。お役目は終了しており、今は、待機状態だとお聞きしております」

「わかった。侯爵でいい」

 ヤスがセバスに指示を出すのを皆が黙って聞いていた。
 セバスが皆に頭を下げてから会議室を出ていった。

「ヤス」

「アフネス。少し、待ってくれ、説明がめん・・・。難しいから、実際に見てもらう」

 ヤスが、面倒と言おうとしたのを皆が感じたが誰も指摘しなかった。
 指摘しても無駄だと知っているのだ。

 ツバキが統率しているメイドたちが皆に飲み物を配る。それぞれの好みを共有しているので、皆に違う飲み物が配られる。ルーサだけが、”なんだ!酒精じゃないのか?”とぼやいたが、サンドラが睨んで黙らせていた。

 10分くらいしてから、セバスが戻ってきた。

「マスター。イワン様が会議に参加されたいとおっしゃっていましたので、一緒に参りました」

「わかった。入れてくれ、事情は伝えてあるのだな」

「はい。他の方々と同じです」

「わかった」

 イワンが中に入ってきて、ルーサの隣に座った。
 メイドにコップだけを持ってくるように伝えて、自分とルーサの間に瓶を置いた。自分のコップとルーサのコップに注いだ。皆の冷たい目がイワンとルーサに集中するが気にする様子は見せていない。

「セバス。入れろ」

「はい」

 入ってきたのは、リューネブルグ侯爵だ。
 イワンはセバスが連れているのを見たので驚きはしなかったが、イチカを除いては声にならないほど驚いた。

「おい。皆に挨拶しろ、そして擬態を解け」

「はっ。マスター。皆様。お初にお目にかかります。私の今の名前は、ドッペル侯爵です。本体は」

 ドッペル侯爵は擬態を解いた。
 顔の表情がない、黒い人の形をしたなにかに変わった。服を着ているので、余計に気持ちが悪い。

 皆が口を押さえて声を失う。

 唯一声を出したのは意外にもイワンだ。

「ヤス。ドッペルゲンガーだな。それも、かなりの高位だろう?」

「あぁ俺の眷属だ」

「クッククク。それで、狐に化けて、手紙を書かせたのか?手紙の内容は全くの嘘なのか?」

 イワンは畳み掛けるようにヤスに質問する。

「まず、最初の質問だが”Yes”だ。そして、次の質問は”Yes”と”No”だな」

「曖昧だな。説明しろよ」

「このドッペル侯爵は、記憶まで擬態をすることが出来る」

「それで?」

「侯爵が実際に考えていた内容を手紙に書き出した。そのときに、宛先や日時などを付け足しただけだ」

「なるほど・・・。サンドラの嬢ちゃん。いつまでも、呆けていないでヤスに質問があるのだろう?」

 イワンの呼びかけで、サンドラは”はっ”として頭を激しく降ってから、ヤスを見た。

「手紙はわかりました。ヤスさん。そのドッペル侯爵の他には、どなたに擬態をしていらっしゃるのですか?」

「セバス」

「はっ」

 ヤスはセバスに説明を任せた。
 実際、ヤスはドッペルゲンガーたちを把握していない。名前も適当だ。ドッペルゲンガーたちにも仮の名前だと伝えている。そのために、セバスたちのように心に刻まれたりはしていない。

「以上です」

 セバスが説明を終えた。
 ヤスも知らなかったが、知っているフリをした。

 イワンの手が上げる。

「ヤス。セバス殿。ドッペルゲンガーは解ったが、例えば、儂に擬態をして、儂と同じ様にスキルが使えるのか?」

「無理です。イワン様。姿と記憶だけです」

「そうか・・・。残念だな。あと、誰でも擬態ができるのか?」

「出来ない。それも一度で出来るとは限らない。条件はまだ解っていない。神殿の加護が付いていると無理なのだけは解っている」

「ん?神殿の加護?」

「俺やマルスで勝手に呼んでいるだけだが、神殿のカードを持っているだろう?あれを持っていると、神殿の関係者だと認識されて、擬態が出来ないらしい」

 ヤスは、マルスから聞いた話を皆に伝える。
 実際には、ヤス以外の者には擬態が出来るのだが、神殿の関わりがある物を持つ者には擬態ができないと思わせておいたほうがいいとマルスと決めたのだ。

 神殿に入る為のカードには、識別の為に魔力が登録されている。その魔力を使って、神殿の関係者なのかを判断しているのだ。

「ヤスさん」

「どうした?サンドラ?」

「今の話では、帝国にもヤスさんの配下のドッペル男爵とドッペル奴隷商とドッペル子爵が居るのですよね?」

「あぁ。子爵じゃなくて、司祭な」

 サンドラの間違いを指摘したが、誰もきにする内容ではない。サンドラも、頷いただけで話を進める。

「スキルは真似ができないとおっしゃっていました。どうやって奴隷を解放しているのですか?」

「魔道具を使っている。ドッペル奴隷商が持っていた。本物だ。司祭が持っていた二級国民にするための魔道具と解放の魔道具も持っている」

 皆がまたびっくりする。

「ヤス!その魔道具は一組か?複数なのか?」

「司祭の方が持っていた物は二組しかないけど、奴隷商は3つある」

「ヤス。頼む。魔道具を貸してくれ、違うな、儂に解析させて欲しい。ここの工房なら、マルス殿が居れば、解析して複製出来るかもしれない」

「わかった。他の者の反対意見がなければ、イワンに渡す」

 皆が反対しない。
 帝国の奴隷を解放するのは反対していないのだ。特に、王国の民を捕らえて帝国に連れて行って奴隷にするような無法を平気で行っているのだ。連れて帰って来たとしても、奴隷紋が消せない状況になってしまっていて、皇国に苦情を伝えても金貨1,000枚で奴隷紋を消すとか言い出す始末なのだ。

「いろいろ、驚いたけど、ヤス。これだけだね?」

「そうだな。帝国に、ローンロットの様な集積場を作りたいと思ったのは本当だ」

「それについては反対しないよ。帝国側もヤスの手駒なのだろう?」

「そうだな」

 サンドラが手をあげる。

「ん?」

「ヤスさん。話がそれてしまいましたが、そのドッペル男爵は、ヤスさんの眷属なのですよね?」

「そうなる」

「帝国の貴族のままで問題はないのですか?」

「セバス。どうだ?問題は発生しているか?」

「対処出来ない問題は発生しておりません」

「セバス。何が発生したのか説明しろ。サンドラも、そっちを聞きたいのだろう」

「はっ」

 セバスが、今まで男爵領で発生した内容を説明した。
 皆の目がだんだんとヤスを睨むようになっていったが、ヤスは気にしないでセバスに説明を続けさせた。

 イチカ以外がヤスに言ってやりたい雰囲気になっている。

 サンドラがなにか言い出しそうになったのを、アフネスが止めた。

「ヤス。セバス殿が言っているのは、間違いはないか?」

「そうだな」

「はぁ・・・」

 イチカ以外が同じ反応を示す。

「ヤス。確認だけど、そのドッペル男爵領は、当初の半分の半分程度まで領地を減らしたのだね」

「そうだな」

 セバスがうなずく。
 アフネスがそれを見て確認を続ける。

「それは、奴隷や二級国民を解放すると言ったからか?」

「それだけじゃなくて、すべての村と町の関税を撤廃した。税金も最低額まで下げた。違反した者は容赦しないで粛清した」

「それで、周りの貴族から攻められたと」

「あぁ撃退したけどな。住民が自分たちの新しい生活を守るととか言って一致団結して戦ったから簡単に勝てた。それで、奴隷や二級国民を捕虜にして解放した」

「なぁヤス。もしかしたら、それで負けた貴族が神殿にちょっかいをかけてきたのではないのか?」

「ん?セバス。どうだ?」

「アフネス様の予測は正しいと思われます。ドッペル男爵領を攻めてきた6家の内、関所に接しているのは2家です。その2家と隣接はしておりませんが、ドッペル男爵領に攻めてきた1家が参加しております」

「ふぅーん。愚かだね」

「はぁ・・・。ヤスの感想は別にして、やっと飲み込めたよ。急に、帝国が大掛かりに攻めてきたのは、ヤスの責任だったのだな」

 皆がアフネスのセリフで納得した。
 ヤスだけは納得していないが、なにか口に出すと反論が来るのが解っていたので、黙っていた。

「それで、ヤス。帝国や皇国はなにか言ってきたのか?」

「いいや。あっ。辺境伯や王都に送った塩よりは品質の劣る塩を送ったら、ドッペル男爵の味方をすると言われたぞ、定期的に送ると言ったら喜んだぞ」

「ヤス。ちなみに誰に送った」

「セバス。だれだっけ?」

「はい」

 セバスが賄賂(品質の悪い塩)を送った貴族を列挙していく。当然、司祭や枢機卿まで含まれる。帝国の王家にまで送っていた。

「ヤス。その中で定期的に送るのは?量は?」

「送るのは、王家と枢機卿だけで、量は、20キロだ」

 アフネスも量を聞いてホッとした表情をした。サンドラも同じだ。

 ヤスの長い夜はまだ終わりそうになかった。

 ヤスへの質問はまだ続いていた。
 ドッペル男爵を使った帝国での”いやがらせ”は十分に理解できたが、まだ聞かなければならなかった。

「ヤスさん。お父様とドッペル男爵の会談を取り持てませんか?」

「問題ないぞ?家の格を考えると、ドッペル男爵をローンロットに向かわせるか?その時に、帝国の村の村長をやるドッペル息子も一緒に連れていけばいいよな?」

 エアハルトが手を上げて話に入ってきた。

「ヤス殿。サンドラ様。その会談には、私も出席したいのですが問題はありますか?」

 ヤスはサンドラを見る。問題はないと思っているが、サンドラの判断が必要だと思ったのだ。辺境伯との非公式の会談になる可能性がある。その場にローンロットの責任者と言っても、平民が出席していいのか判断出来ない。

「問題はないと思います。ドッペル男爵も公式にローンロットを訪れるわけではないのですよね?」

「そうだな。ドッペル息子が治める。帝国の村との連携がしたいと申し入れをする体ではどうだ?」

「ヤス。私も参加したいが問題はないか?」

 今度は、アフネスが参加を表明した。

「サンドラと調整してくれ、サンドラは決まったら、俺かセバスに連絡をくれ、ドッペル男爵を呼び出す」

 ヤスの提案を受けるようにうなずく。

「ヤス。それで、帝国に出来る村には名前があるのか?」

「ん?名前。考えてなかった。うーん。楔の村”ウェッジヴァイク”でどうだ?」

 皆もうなずいているので、問題はないと判断された。
 まだ出来ていない村だが出来たと仮定して話が進められる。

「ヤス。ウェッジヴァイクには神殿と同じ迷宮区が出来るのだよな?」

「似たような物だな。迷宮区のような救済措置は作らない」

「それは・・・。ギルドマスター。あっ。ダーホスさん。どうしますか?」

 今まで聞き役だったドーリスが口を開く、迷宮区が新しく生まれるのなら、ギルドとしては黙っていられないだろう。それに、帝国はギルドをあまりよく思っていない。楔の村なら状況が違うかも知れない。

「ヤス殿。冒険者ギルドとして、ウェッジヴァイクにギルドを設置するのは可能ですか?」

「え?いいの?帝国では、冒険者ギルドとかよく思われていないのでしょ?」

「だからです。ヤス殿が間接的に治める場所なら、この神殿と同じ・・・には、出来ないとは、思いますが、他の帝国領や皇国とは違った反応が生まれると思います」

「ヤス。儂も、ダーホス殿の意見に賛成だな」

「イワン殿」

 ダーホスが意外な所からの援軍を得て嬉しそうにする。

「イワン。何が欲しい?」

「神殿のドワーフも派閥が発生してしまった。その、一つの派閥をその楔の村に行かせようと考えている」

「派閥?」

「少数だが、酒精が駄目な奴らが居て。蒸留酒の場所を広げるのに反対して居る。じゃ・・・。いや、もっと活躍出来る場所があれば、その方が良いだろう」

「おい。イワン。今、邪魔と言おうとしたな」

「そんな事実はない!」

「まぁいい。迷宮区ができれば、武器や防具が必要だろう」

「大丈夫だな。外に出すレベルの武器や防具なら作られる。素材がないから、かなり質が落ちるだろう」

「そうか、素材は迷宮では出さないようにしているけどいいのか?」

「魔物の素材はあるのだろう?十分だ。それに、帝国領内で武器や防具を大量に作るのは、ヤスの望みと違ってしまうだろう?」

「そうだな。魔道具は、安全装置を付けておこう。イワン。後で相談だな」

「わかった。儂からは、それだけだな。ローンロットやアシュリやトーアヴァルデや関所の森の中にある村に居るドワーフたちもローテーションするぞ」

「任せる」

 イワンの話を聞いて、アフネスがヤスに疑問を投げかける。

「ヤス。イワン殿が言っている、関所の森は、レッチュ辺境伯領と帝国の間の森のことだね」

「あぁ。今は、神殿の領地になっている。そうだよな。サンドラ」

 ヤスは、サンドラに話を振る。
 サンドラは、ヤスの問いかけに肯定の意味を込めてうなずいた。

「わかった。それはいい。森の中に村があるのか?」

「出来ている。森の中心を川が流れていて王国と帝国を分断している。そして、関所の近い場所に湖が出来ている。湖を挟むようにして村が出来ている。両方の村長は、ドッペル村長を派遣している」

 皆が納得している中、アフネスは一人だけ難しそうな顔をしている。

「ヤス。私は・・・。あの森には何度も足を運んだ。確かに小さな川は有ったが、湖はなかった。今の話だと、川も帝国と王国を分断する位の幅がありそうだな?」

「そうなのか?俺が神殿の領土となったと聞いた時には、川も湖も有ったぞ、環境の整備は行ったけど、川と湖をうまく使っただけだぞ?」

 アフネスがヤスを見るが、ヤスはとぼけた状態のままアフネスを見返す。

「わかった。ヤス。話の腰を折って悪かった」

 アフネスが引いたので、話を戻して、詳細に詰めていった。
 具体的な日付までは決められなかったが、辺境伯が王都から戻ってきたらドッペル男爵とローンロットで会談をするのが決まった。

 楔の村が出来たら、イワンがドワーフたちを派遣するので、ヤスは上下水道の整備を行うだけにする。ドッペル息子の村長邸は作るが村役場と各種ギルドの役割をもたせる。ドワーフの住処兼工房は、神殿と同じ様に作ると決定した。
 アシュリで増えてしまった神殿に入る為の許可が降りなかった者たちを楔の村に送致する。行き場がなかった子爵家で横柄に振る舞っていただけの兵士たちだが、アシュリで受け入れるのは難しいと判断された。行き先がなかったが、楔の村なら治安が多少悪くなっても構わないだろうという判断になったのだ。
 ダーホスが冒険者ギルドや各種ギルドに話をして、楔の村が出来てから、誘致するのも決まった。

 イチカが眠くなってきて、ディアスとカスパルが連れ出して3人が離脱した。
 ミーシャとディトリッヒがドーリスの代わりにギルドに戻って二人が離脱した。
 ドッペル侯爵も居る必要がなくなったので、マルスの指示で会議室から出ていた。

 イワンは途中で酒精がなくなって中座したが戻ってきている。いつの間にか、アフネスもダーホスも飲み始めている。セバスとツバキが肴を用意したので、一気に居酒屋感が増大する。

 会議という飲み会は、朝まで続いた。
 アフネスがイワンと話をして、三級品の酒精をユーラットで販売する計画を立てていた。三級品と言っても、市井に出回っている酒精の何倍も美味い。それ以外にも、ヤスが調子に乗って提供したレシピもユーラットで提供するようだ。ルーサも、アフネスの話に乗っかる。自分用には二級品を要求していたが、アシュリで売りに出すのは三級品と決めた。イワンとアフネスとルーサで、作る酒精の相談を始めた。蒸留酒ではなく、果実酒をメインにすると決めていた。
 サンドラは、エアハルトとローンロットは周辺の村や町の情報交換を始めている。
 ドーリスとダーホスは、ヴェストを交えて冒険者や傭兵の話をしている。

 ヤスは、いろいろな話に呼ばれては話を聞かれていた。

 今まで曖昧だったユーラットとの関係も改善した。
 アフネスも曖昧だった部分の確認をしたかったのだ。特に、税に関しては、棚上げされていた。

「ヤス。いいのか?」

「いいよ。人頭税とか好きじゃない。それに、税ならアシュリとローンロットとトーアヴァルデで稼げる」

「そうは言うけど、3つの場所でも殆ど税をとっていないのだろう?」

 3人の責任者がうなずく。ヤスは、税を必要としていない。アシュリもローンロットもトーアヴァルデも必要な物は少ない。

「神殿で必要な物は、金じゃない。魔物を倒してくれる者たちだ。そして、倒す者たちをサポートする人たちだ」

「ヤス。それは、この神殿だけなのか?」

「他の神殿を知らない」

「それもそうだな。わかった、だが税はしっかりと取るべきだ。無制限に住民を受け入れるのは無理なのだろう?」

「そうだな。神殿は、そのために選別をしている。他の場所も同じだな。場所にあった選別はしているぞ」

”マスター。選別が終了しました。いつでも戦闘が始められます”

 会議室に付けているスピーカーから、帝国軍の選別が終了したと報告が入る。

「マルス。映像を出せるか?」

”可能です”

 酒呑みたちも飲む手を止めて、ヤスの次の言葉を待った。

「アフネス。ルーサ。ダーホス。ドーリス。サンドラ。ヴェスト。エアハルト。イワン。帝国を殲滅する準備が出来た。ここで、見られるがどうする?」

 ヤスは、皆を見るが、誰一人として帰ろうとしない。
 どんな状況になるのか確認したいのだ。

「わかった。セバス。操作を頼む。マルス。作戦を実行しろ」

「はい。旦那様」

”イエス。マイマスター”

 プロジェクターで投影されたスクリーンには、駐屯する帝国軍が映されている。

 ドッペル兵士たちが、進軍し始めた。まだ距離があるために、二画面に分かれて表示されている。

「ヤス。あの王国兵は、全部ドッペルゲンガーなのか?」

 イワンが、ヤスに質問をする。セバスがヤスに変わって肯定する。
 スクリーンには、イワンの質問を受けて、ドッペルの数や帝国軍の想定されている兵士数が表示されている。

「そろそろぶつかるな。ヤス。これからの作戦は?」

「兵士を分けて、後ろから追い立てながら逃げる」

「え?」「ん?」

「まぁ見ていてよ。最後に立っていればいいだけでしょ?最初から最後まで勝っている必要はない」

 ヤスがやろうとしているのは戦争でも、紛争でもない。

 帝国軍が、ドッペル王国軍の進行に対応するために、奴隷や二級国民を前面に布陣させている。

「それにしても帝国に動きがないな」

 ダーホスが独り言のようにつぶやいた。

「動けないのだろう?」

 ルーサは、イワンから奪った酒精をコップに注ぎながら、ダーホスの独り言に反応した。

「ルーサ殿。それは?」

「あ?セバス殿からの説明でも有ったけど、3つの貴族家が絡んでいるのだろう?先に動いて勝てれば得るものは多いが、負けたら失うのもが大きいのだろう?だから、動けないのさ。他の2家が失敗して自分だけが成功するのが一番いいと思っているような奴らだぞ?自分から動くわけがない」

 ルーサの説明は、今の動きを過不足無く説明していた。

 ドーリスが帝国の布陣を見て、ヤスに疑問を投げかける。

「でも、ヤスさん。これでは、奴隷や二級国民の多くと戦ってしまいますよ?」

「ん?大丈夫。ルーサが言っていたように、貴族の奴らや私兵は動かないだろう?だったら、動かせばいい」

「え?どうやって?」

 ヤスは、ドーリスの質問には答えずに、スクリーンを指差す。

 丁度、ドッペル王国兵たちが帝国軍のぶつかる所だ。

「え?」

 誰がつぶやいたのかは解らなかったが、作戦を知らない者には不思議に見えただろう。
 数の上では、ドッペル王国兵が完全に不利だ。前線に押し出されている奴隷や二級国民よりも数が少ない。

 弓矢での攻撃の射程内で、いきなり二つに分断して左右に別れたのだ。そのまま、奴隷や二級国民の集団を無視して、後ろに控えている本体に向かっていく、慌てたのは本体にいる貴族たちだ。奴隷や二級国民が消耗した所で、自分たちも突撃して美味しい手柄を独り占めしようと前のめりになっていたのだ。

 帝国軍は想定外の動きを見せるドッペル王国兵に対応出来ないでいる。
 ドッペル王国兵は二手に分かれた。数の上で劣勢なのは間違い無いが、烏合の衆ではない。マルスの命令で一つに統率されている。強制進化が行われた個体も多く弓矢や中級魔法程度では倒されない。人数こそ少ないが、一騎当千とまでは行かないが、ドッペル王国兵を倒すのに、統率された兵で5-6人は必要になる。統率されていない軍では恐れる必要はない。

 ドッペル王国兵は、二つに別れた集団をさらに3つに分けた。
 一つは奴隷や二級国民の軍への足止めから引き剥がしだ。殺さないように数を減らしていく。そして、うまく引きながら、中央に空白地帯を作る。

 一つは、帝国軍の背後に回り込む。一人も逃がすつもりはないのだ。
 後方に回ったドッペル王国兵は、布陣して逃げようとする者から殺していく。

 最後の部隊は、本体に切り込んだ。
 貴族の天幕を発見して、ドッペルが貴族に成り代わる。これで、この作戦はほぼ終了した。天幕に居た者たちを殺さずにドッペルが擬態だけする。捕縛された貴族や取り巻きは床に転がされる結果になる。残ったドッペル王国兵は帝国軍の後方に抜けて、布陣している者たちと合流する。

 そして、前線で戦っていたドッペル王国兵が奴隷や二級国民に押されて、敗走を始めたように見せかける。
 ドッペル貴族や取り巻きが、正面の関所を突破しろと帝国軍に命令を下す。ただ乱暴に怒鳴り散らすだけなので、命令にもなっていない。ただ闇雲に突撃するだけだ。ドッペル王国兵は、道を開けて関所の中に誘導する。ドッペルが擬態をした者たち以外が関所を通過した所で、門が閉じられる。

「終わったよ」

 ヤスが皆に宣言するように呟く。

「終わった?ヤスさん。捕らえた者たちは?」

「これから、奴隷と二級国民を分離して、後はどうしようかな?」

「帝国に交渉しないのですか?」

「面倒だよ。得られる物も少ないだろう?」

「そうですが、楔の村(ウェッジヴァイク)の所有権を認めさせるのは出来ると思います」

「うーん。それも必要ないかな?だって、作るのは、神殿でも王国でもないよ?ドッペル貴族の息子だよ?建前は、”王国が新たに作った関所を監視する為”だよ?」

「え?あっ・・・。そうですね」

「うん。王国と同じで、帝国も開拓した場所は、開拓した者たちの物で大丈夫だし、貴族の命令なら貴族の領土として問題ないらしいからね」

 皆が納得したが、結局は何も解決していない。

「それでヤス。残った連中はどうする?」

「解放しようかな?」

「え?」「なんで?」

 アフネスとルーサとヴェストは黙っているが、それ以外がヤスに質問を投げかける。

「うーん。まず、あれだけの数だよ。食べさせるのも面倒だ」

「・・・」

「ねぇサンドラ。もし、貴族たちよりも、先に兵士たちを無傷で解放したらどうなる?」

「え?」

「そのときに、貴族の取り巻き数名の首を持っていってもらったら?」

「・・・。ヤスさん」

「貴族の身代金を相場よりも高くしよう。期日を区切って、楔の村まで持ってこさせよう。それまで、檻に入れて見世物だな」

 皆が黙ってしまった。
 ヤスがまだ帝国を追い詰めるつもりだと感じたからだ。ヤスのやり方では、”喧嘩を売っている”としか思われないからだ
 開放した者たちは無傷だが、貴族たちは檻に入れられて見世物になっている身代金を持ってこさせる場所は奴隷や二級国民と蔑んだ者たちが中心の村だ。兵士たちを開放して貴族だけを捕らえている。その事実が許せないと思う者たちは多いだろう。

「ヤス。それで、楔の村(ウェッジヴァイク)はどうするのだ?」

「マルス!」

”はい。マスター。地域名ウェッジヴァイクは、奴隷と二級国民の分離が終わり次第、出現させます。準備は終了しております”

「マルス殿。イワンだ。ウェッジヴァイクを出現させると言っているが、どの程度で村になる?」

”個体名イワンの疑問に答えます。地域名ウェッジヴァイクは、マスターの指示で準備を行っております。出現には、5分40秒必要です”

 息を呑む音だけが会議室になった。

「マルス。その楔の村の施設は?」

”はい。マスターの指示通りです”

「わかった。奴隷と二級国民を確保して解放したら、村を作成。石壁は二重に変更。間は5メートル。堀を作成。関所の湖から水を引っ張って、川を形成して堀に水を入れろ。排水は迷宮にしてしまえ。一部村の中にも水を通せ」

”了。制作に2時間。出現に1分20秒必要です”

「準備まで行え。出現は、同時に行う」

”了”

「ヤス。今のは?」

 アフネスが皆を代表するように、ヤスに質問をする。

「マルスのスキルだ。対価を支払って、建物が召喚できる」

「・・・。はぁ?」

「俺にもわからない。そういう物だと思って欲しい」

 ヤスの言い方もあるが、納得できるような話ではない。しかし、スキルと言われるとそれ以上聞かないのがマナーなのだ。誰しもが奥の手を持っていればギリギリまで隠すのは当然の行動なのだ。

 後始末の方向性も決まった。
 あとは実行するだけになった。

 酒精や食べ物がなくなったのを受けて、今日の会議は終了した。
 後始末の結果を報告するとヤスが言ったので、お開きになったのだ。

 王国に続いて、帝国にも集積場が出来た。

 神殿だけは落ち着きを取り戻しつつある。王国や帝国は、神殿を巻き込んだ騒動の後始末が終わっていない。
 特に王国は子爵家の暴走から始まる騒動が予想以上に大きな火になって王国中を巻き込んでいる。

 最大派閥の貴族派の重鎮である侯爵家の当主が病死した。同じく後ろ盾になっている、公爵家の当主が同じ日に事故死した。これらの葬儀に列席するために、貴族家の当主は王都に集まっている。

 侯爵家は、当主の病死の後で王家から指名された者が継いだ。もともと居た息子や娘たちは、事故死したり病死したり、連続で”不審”な死を遂げた。生き残った者たちも教会に預けられた。

 市井には、病死や事故死と伝えられていたが、貴族の間では王家が裏で糸を引いているのが、公然の秘密になっている。しかし、方法が不明なために表立って糾弾できる者は居なかった。
 公爵家も王家の振る舞いを糾弾出来るだけの体力が残されていなかった。求心力の低下は確実に、貴族派閥に地殻変動を起こしていた。貴族派閥を離れて、レッチュ辺境伯にすり寄る貴族家が増えてきた。

 そもそもの体力がなくなってしまったのは、侯爵や公爵の財政を支えていた、塩の独占が崩れたのだ。
 それだけではなく、質がよく値段が同程度の塩が出回ったのだ。神殿で採掘される塩が基になっているらしいという噂は流れたが、辺境伯領から出てくる以上の情報は一部の者にだけ伝えられて、探ろうとした貴族領には塩が回らなくなってしまうのだ。

 貴族派に属する者たちが、神殿の権利を奪い取ろうと動いたが、すでに独立した国と同等の扱いになっているために何も出来なかった。それだけではなく、子爵家と二つの男爵家の軍をほぼ無傷で撃破して、2万の帝国軍を打ち破った実績から、王国内では神殿に歯向かおうという声は出てこなくなった。
 また、ユーラットが王家直轄領から神殿の領土になり、神殿の村が王国にも承認された。これによって、利権を狙っていた貴族たちが手を出せなくなった。

 同じ時期に、帝国も荒れていた。
 王国が作った関所の奪還をめぐる話し合いが行われていた。それだけではなく、楔の村(ウェッジヴァイク)が帝国領と言いながら実質は王国の領土ではないかと言われている。関所に攻めて捕らえられた貴族の子息たちの身代金の支払先が、楔の村(ウェッジヴァイク)だったからだ。

 ドッペル男爵は、帝国や皇国に送った賄賂(質の劣る塩)を使って、周りの貴族たちを黙らせた。使える権力をフルに使ったのだ。
 それだけではなく、塩を定期的に入手するために、王国のローンロットと手を結ぶ許可まで得たのだ。

 ヤスは、アフネスに相談して、魔通信機を帝国でも流行らせた。まずは、貴族家への貸し出しを行った。王家が選んで貸し出す契約にしたのだ。契約は、楔の村(ウェッジヴァイク)が担当する。村を作った後で見つかった、”迷宮”の最下層の宝箱に入っていたという設定だ。
 王国の魔通信機と違って、もっとシンプルな物だ。交換機(マルス)に繋いでから、繋げる相手を選ぶ仕組みになっている。王国と方法が異なる為に旧来の方式の魔通信機とは違う設定にした。そして、もっともらしい話として、魔通信機を開発した”エルフ(リーゼの父親)”は帝国の迷宮で見つかった魔通信機を真似て作ったと嘘の話を流布したのだ。アフネスが言い出した話なのが、リーゼの父親が人非人だという疑いを晴らす伏線に使おうと考えているようだ。

 帝国にもヤス(マルス)の情報収集網が構築され始めた。

 酒精が苦手なドワーフも楔の村(ウェッジヴァイク)の工房に入っている。素材は、神殿には劣るが常に冒険者から頼られる環境を気に入っている。
 楔の村(ウェッジヴァイク)は、犯罪者でも受け入れた。ドッペル村長の意向だ。迷宮があるために、人が消えても迷宮でのたれ死んだと思われるのだ。貴族の意を受けた者たちも迷宮に潜った。目的は、最下層にある”魔通信機”が目的だが、最下層までの道のりが、思った以上に大変なのだ。最初に、攻略した者だけで、それから攻略者が出ていない。貴族に雇われた者たちは、適度な所で探索を諦める事が無いために、全滅する確率が高い。犯罪者たちは、楔の村(ウェッジヴァイク)を裏から仕切ろうとするが、ことごとく潰されている。神殿の支配領域では隠し通すのは難しいのだ。

 周りが忙しく動いている状況だったが、ヤスが必要になるほどの荷物を運ぶ依頼がなく、カート場ですべてのコースレコードを塗り替える日々を過ごしていた。
 定期的な会議には出席しているが、マルスとセバスが対応するために、ヤスがなにかを行う必要はなくなっている。

 カート場でリーゼを、ワンラップダウンした所で、マルスから連絡が入った。

”マスター。個体名ラナが、マスターとの面会を希望しています”

「ラナ?」

”はい。個体名セバス・セバスチャンに依頼してきました”

「そうか、工房の執務室に来るように伝えてくれ、セバスに案内させろ」

”かしこまりました”

 ヤスは、ラナに頼みたい内容があると言われていたのを思い出した。

 ラナはすぐに会えるとは思っていなかった。そのために、宿が落ち着く2時間後に執務室に向かう手はずとなった。

 ヤスも、2時間あればシャワーを浴びる時間が出来る。
 カート場から自室に移動して、風呂に入った。汗を流すだけのつもりだったが、しっかりと風呂を堪能した。

 30分前に風呂から出て、支度をして執務室に向かった。
 待っていたセバスがラナを迎えに行った。

 10分後に、セバスがラナを連れて戻ってきた。

「ヤス殿。お時間を頂いて申し訳ない」

「いいよ。それで?」

 セバスが、ラナをソファーに誘導する。
 ヤスも、ラナの正面に座った。セバスがすぐに、飲み物の用意を始める。

「ヤス殿に仕事の依頼を出したい」

「仕事?」

「今すぐではなく、リーゼ様が次の誕生の日を迎えてから、手紙をエルフの里まで届けて欲しい」

「次の誕生の日?いつだ?」

「10ヶ月後だったと思う」

「わかった。でも、手紙を届けるだけなら、ギルドに依頼を出してもいいと思うのだが?」

「私も、最初はそうしようと思ったのだが、エルフの里がある場所が少し問題になってくる」

「ん?」

「場所?エルフの里のか?」

「はい。ヤス殿にわかりやすく言えば、帝国の先にある共和国の端です」

「遠いけど、問題は無いのではないか?」

「問題は、距離では・・・。いや、距離も問題ですが、帝国の領内を王国所属の冒険者が通過し難い状況になっています。10通出しても里まで届くかわからないのです。あと、昨今、共和国も荒れていて、野盗がアチラコチラに出ていてゴブリンやオークのコロニーが大量にあるようなのです」

「そうか、距離よりも、襲われたときの対処が難しいのだな」

「そうです。ヤス殿なら、アーティファクトで逃げられると思います」

「わかった。一つ、聞きたいのだが、なぜ、リーゼが絡んでくる?」

「手紙の内容の半分以上がリーゼ様に関係しているのです」

「ふーん」

「ヤス殿。エルフの里への道は?」

「知っていると思うか?」

「思いません。道案内は、リーゼ様がします」

「話の流れから予想は出来ていた。持っていくのは、手紙だけなのか?」

「あと、できれば、塩を多めに持っていって頂きたい」

「わかった。まだ先の話だけど、予定をあけておけばいいな」

「お願いします」

 ラナがソファーから立ち上がって、部屋から出ていく。

 手紙は、旅立つ前にラナの宿屋に行けば受け取れるようだ。
 10ヶ月も先の話なのにと思ったが、手紙が届けられる可能性を考えれば、10ヶ月くらい前から動き始めるのは当然の話なのだ。ギルド経由で手紙が届けられるのだが、王国内でも平均で1-2ヶ月は配達に時間がかかると見ている。
 ローンロットが出来て、神殿への手紙は早くなったが、それでも1-2週間は必要になってしまう。

 ヤスは、先の話なので、セバスやマルスに1ヶ月前になったら知らせるように伝えて、ラナからの依頼は忘れる事にした。

 やる事がないヤスは、アフネスとサンドラと一緒に貴族用の別荘建築予定フロアに来ている。
 神殿の西門近くに作られた入口から入る場所だ。

 ヤスは別荘地と言えば、軽井沢か伊豆を思い浮かべる。
 イメージは、高級リゾート地ではなく、チープな匂いがする”なんちゃってリゾート”だ。入る前に、審査が行われる。審査は、通常の神殿に入る審査とは違う。貴族や従者に、同じ調査をしていたら殆どの者が許可されない。そのために、リゾート部分を分離したのだ。

「ヤスさん。リゾートという名前で決定なのですか?」

「ん?名前が必要なのか?」

「はい。父だけではなく、派閥の者たちも、”神殿の中に別宅が、所持できるのなら”と、言っております」

「それは解ったが、なぜ名前が必要になってくる?神殿ではまずいのか?」

「はい。王国では神殿と言った場合には、神殿の都(テンプルシュテット)を指してしまいます」

「そうだな」

 ここまで話を聞いてアフネスが、合点がいった様な表情をした。

「ヤス。誰かに、神殿に別荘を作ったと自慢したら、どう思う?」

「うーん。そうか、神殿の都(テンプルシュテット)に別荘なんて無いのは来たことがある商人なら嘘だと解ってしまう」

「はい。それもありますが、特別な場所に別荘を作ったという話にしたいのですよ」

「わかった。リゾート区で頼む。考えるのが面倒だ」

 サンドラとアフネスは、ヤスの言葉で納得した。二人も、別に名前が決まれば良いのだ。

「ヤス。それで、許可はどうするつもりだ?審査は行わないのだろう?」

「簡単な審査はするよ。リゾート区だけで完結すればいいけど、難しい・・・。わけでもないのか?」

「どうした?」「ヤスさん」

 ヤスは、なにやらブツブツといいながら考え始めた。
 サンドラもアフネスも、ヤスの様子を見ているが、心配する雰囲気はない。

「サンドラ。知り合いに、貴族相手にする商人はいない?」

「え?家に出入りしている商人なら知っていますが?」

「その商人は、アシュリやローンロットでも大丈夫?」

「問題はなかったと思います」

「それなら、その商人だけじゃ手が足りない可能性もあるか・・・。クラウス殿に相談して、派閥に属する貴族家に都合がいい商人を出してもらって、リゾート区の入口近くに店を持たせることは出来るか?」

「よろしいのですか?」

「ん?リゾート区だけなら問題はないと思うけど?神殿の都(テンプルシュテット)から買いに行けるけどいいよな?」

「買いに来るのは問題にはならないのですが、商人を意図的に絞っているのだと思っていました」

「ん?俺が?」

 アフネスもサンドラと同じ様に考えていた。確かに、神殿の都(テンプルシュテット)には商店は少ない。商人の数も限られている。アシュリやローンロットが出来て、解消されているが、最初に移住してきたエルフ族以外の商店が無いのも事実だ。
 理由は難しくない。商人が神殿の都(テンプルシュテット)に滞在できる許可が降りないのだ。商人は神殿の領域には入られるが、滞在が出来ないので、商店を作るには、現地で人を雇うしかなく、メリットがなく商店を出していないのだ。

「うーん。商人の許可が出ないのは、本当だけど、神殿の都(テンプルシュテット)に住んでいる者たちが商人になるのを辞めろとは言わないよ。でも、畑違いだから難しいだろうとは思っているよ」

「わかりました。レッチュ辺境伯家に連絡します。リゾート区のどの辺りに商店を開きますか?」

「まずは、中を確認しよう。マルス!」

『はい。個体名セバス・セバスチャンにタブレットを持たせました』

 楔の村(ウェッジヴァイク)が出来て、討伐ポイントが飛躍的に増えた。
 今までは、住んでいる者から微量のポイントの積み重ねだったのだが、楔の村(ウェッジヴァイク)では迷宮が出来ている。帝国貴族からの命令を受けた者たちが無謀なチャレンジをして迷宮で命を落としている。討伐ポイントの荒稼ぎが出来ているのだ。愚かな貴族は、二級国民や奴隷を大量に引き連れて物量で迷宮を攻略しようとした。迷宮の意思を司るマルスは、貴族や取り巻き立ちを狙って殺害した。そして、連れてこられて肉の盾にされていた二級国民や奴隷を解放して、湖の村(帝国側)に送り届けた。解放に値しない者は、迷宮の糧になってもらった。

 今では、ディアスを除くと一番の稼ぎ頭になったのが、楔の村(ウェッジヴァイク)の迷宮なのだ。稼いだ討伐ポイントを使って、大量のタブレットを在庫として積み上げた。それ以外にも今まで使用頻度が微妙だった、保冷車や冷凍冷蔵車やダンプやタンクローリーやミキサー車やバルク車を車庫に揃えた。ヤスが日本に居たときに同業者から貰ったり、買い集めたり、廃業する業者から貰った物だ。

 セバスは、すぐにヤスの所に来た。

「アフネス様。サンドラ様。旦那様。お待たせいたしました。マルス様からのご指示でお持ちしました」

 ヤスは、セバスからタブレットを受け取った。

「サンドラ。リゾート区の全貌を見て決めようと思うけど、商人が店を出せる場所は、入口の近くだけにしたほうがいいだろう?」

「ヤス。川を作ったり、森を作ったり、地形を変えるのは可能なのか?」

「神殿のなかだったらある程度は出来るぞ?」

 エミリアを出して、討伐ポイントを確認する。
 同時にカタログも確認した。

「サンドラ。意見が欲しいのだが、ヤスは地形が変えられると言っているから、リゾートで狩猟が出来たらいいと思わないか?」

「あっいいですね。あと、川や湖があれば、その周りは人気が出そうです」

「ヤス。海は無理か?」

「さすがに、海は無理だな」

「ヤスさん。リゾート区を小さくして、階層に出来ませんか?」

「ん?小さく?」

「はい。森と川と湖と草原を配置した場所を作って、上位貴族に高く売りつければ良いと思うのですが?」

「おっ。ヤス。私も、それがいいと思うね。広い場所には、子爵や男爵や豪商が別荘を作るだろう。同じ場所では、伯爵や辺境伯や侯爵が嫌がるだろうからな」

「マルス!」

”マスター。個体名アフネス。個体名サンドラの意見に賛同します。また、森や草原に、動物や虫を放てば狩りが出来ると思います”

「増えすぎないか?」

”マスターの眷属に管理させれば対応が可能です”

「フロアを作るのは良いけど、移動はどうする?上下とかだと、文句を言い出す奴が出てくるだろう?」

 アフネスとサンドラは、ヤスの言葉で上下では文句が出てくるのは間違いないと肯定した。

”マスター。転移門を作成します。魔法陣の上に乗ってもらって、移動するようにすれば、上下を意識させないで移動できます”

「サンドラ。マルスの提案ではどうだ?上下を意識しなければ大丈夫なのだろう?」

「はい。くだらないのですが、上下を意識出来なくて、説明で専用の空間だと言えば大丈夫です」

「わかった。今のフロアは、このままにして、”金を持っている貴族向けに専有フロアを作成する”で、いいな?」

「はい」

 サンドラは、話を聞いてワクワクしている。

「ヤス。商店は、どうする?」

「商店は、共有部分のみで良くないか?専有フロアは、好きにしてくれてもいいけど、商店があっても意味が無いだろう?」

「それもそうだな。イワン殿の酒精を扱う店を出すのか?」

「うーん。出せば売れるだろうけど、止めておこう。イワンが出したいと言ったら許可を出すけど、必要ないだろう」

「そうだな」

 少しだけ残念そうなアフネスを無視して、サンドラとヤスは商店の区画を決めた。
 下級貴族用のリゾート区画も整備した。道を作って、20箇所程度別荘を作る場所を整地した。あとは、貴族が人を雇って立てればいい。湖や草原や川が人気になるだろうとサンドラの意見を取り入れた結果だ。それぞれの別荘予定地も、サンドラの意見を取り入れて区画を整備した。自然な形で目隠しが出来るように木々を配置していく、全部は面倒なので、途中からマルスに丸投げした。
 上級貴族用の専有フロアも複数の種類を作成した。値段はタイプが違っても同じにした。

「あっあと・・・。ヤスさん。お父様から、アーティファクトの貸し出しは可能なのかと問い合わせを受けています」

「ん?どれ?」

「えぇ・・・と・・・」

「サンドラ?」

「カートです」

「カートか・・・。専用のコースを用意するか?地下に貴族を入れたくないからな」

「はい!お願い出来ますか?」

「あぁ問題はない。コースも、地下と同じ物を用意するか?全部でも良いけど、そんなに必要ないだろう?」

「いえ、ヤスさん。全部お願いします。貴族たちには、使用人を置くようにお願いするのですが、使用人たちの日常の暇つぶしに丁度いいと思います」

「わかった。用意しよう」

「ありがとうございます」

「リゾートでの移動は馬車を使うのか?」

「はい。その方が良いと思います」

「わかった。アフネスも問題はないな?」

「大丈夫だ」

「よし、値段はサンドラとアフネスで決めてくれ、神殿の窓口は、セバスで良いだろう。仲介は商業ギルドに頼めばいいか?」

「いえ、ヤスさん。仲介はお父様と王家にやってもらいましょう」

「いいのか?」

「はい。その方が、問題が発生したときに、王家に対応させることが出来ます」

「わかった。それなら。クラウス殿を通して、王家に頼むとしよう。駄目なら、クラウス殿かハインツ殿に担当してもらおう」

「はい。父と兄には、神殿の主の言葉として伝えておきます」

「イワン殿。ヤスから、魔道具は受け取ったのか?」

「ルーサ殿か?魔道具は解析中だ。それよりも、”殿”はやめてくれ、気持ち悪い」

 ルーサは、イワンの工房を訪れていた。
 工房の前でイワンを呼び出して話を始めたのだ。

「それなら、俺もルーサで頼む」

「”敗者(ルーサ)”か?もう良いのではないか?」

「いや、俺は、ルーサだ。逃げ出した、俺は、敗者ですら無い」

「わかった。わかった。それで、ルーサ。何か用事なのか?」

 イワンも触れられたくない話は当然ある。
 ルーサも同じだ。隠すわけではない、聞かれたら話をするし、過去の話だと割り切っている。
 しかし、自分から進んでする話でもないのは理解している。

「そうだ。イワン。魔道具の解析が終わっているのなら、貸して欲しい。ヤスの許可は貰っている」

「どうした?」

 イワンの疑問は当然だ。
 アシュリで、イワンが”今”解析を行っている魔道具を必要とするとは考えにくい。それなのに、必要となっているのだ。疑問に思うのは当然だ。

楔の村(ウェッジヴァイク)に、二級国民の難民が流れてきた。近隣の貴族領の村が盗賊に襲われて、逃げてきたらしい。村長の報告だから、信じていいと思う」

 ヤスの思いつきで作った楔の村(ウェッジヴァイク)は、帝国に突き刺さった”楔”の役目になっている。
 そして、管理を面倒に思い始めたヤスは、村が出来て、移住が終了したら、さっさと楔の村(ウェッジヴァイク)をルーサに任せると宣言したのだ。帝国のドッペル男爵からの助言があり、楔の村(ウェッジヴァイク)は貴族領とは別としておいたほうが良いだろうという事だ。ギルドが活動しやすくなるのと、ドッペル男爵領は神殿の領域になっていないが、楔の村(ウェッジヴァイク)は神殿の領域になっている。そのために、間者は楔の村(ウェッジヴァイク)に居てくれたほうが嬉しいのだ。
 村長は、ドッペル息子がやっているが、別の適当な人間に変わっている。

「奴隷は居ないのか?」

 イワンが奴隷を気にするのは当然なのだが、奴隷は村を襲った盗賊に殺されている。村を襲った盗賊は、関所に攻めてきて、先に解放した奴らだ。村に居た奴隷たちを殺して、首を持ち帰って手柄にしようと考えた愚か者が存在した。

 逃げられた二級国民だけが楔の村(ウェッジヴァイク)に辿り着いたのだ。

「村長からの連絡では、全員が二級国民だと言っている」

「わかった。儂も行こう」

「いいのか?」

「いいさ。使った後でまた返しに来るのなら、儂が持っていったほうが良いだろう?試作品もあるから、試してみたい」

「わかった。感謝する」

「いいさ。どうせ、ヤスはもう興味を無くしてしまっているのだろう?」

「そうだな。これだけの事をしておきながら、あの男は、よくわからない」

 二人は、この場に居ない男の顔を思い出していた。

 ヤスは、楔の村(ウェッジヴァイク)を作って、ルーサに管理を任せた。
 その後で、イワンたちドワーフが移動しやすいように、イワンの工房から楔の村(ウェッジヴァイク)に作ったドワーフの工房に繋がる通路()を作った。通過は、イワンの許可が必要になる。

 二人は、いろいろと二人に丸投げして、自分の好きなことだけをやっている子供のような男を思って笑い出した。

「ルーサ。どうする?すぐに移動するか?門を使えばすぐに着くぞ?」

「・・・。そうか、ヤスがイワンと一緒ならすぐと言っていたのは・・・」

「アイツ。説明さえしなかったのか?」

「あぁ。魔道具は、イワンが持っている。イワンと一緒なら、移動も楽だ。と、聞いただけだ」

「それじゃわからないな。説明するか?」

「頼む」

 イワンは、本来ならヤスがしなければならない説明をルーサに始めた。

「へぇそりゃぁすごいな。イワンと一緒なら本当に楔の村(ウェッジヴァイク)に行けるのだな」

「あぁそうだな。儂は、権利なんていらないと言ったのだけどな」

「駄目だったのだな」

「あぁ。ヤスは、荷物の運搬で神殿を離れる可能性がある。そのときに、楔の村(ウェッジヴァイク)に行けないと困るだろう?と言われてしまった」

「ヤスらしいな」

 実際に、困るのかと聞かれればわからないと答えてしまう。本来なら、神殿から出て、アシュリに向かってから関所を通らなければ、楔の村(ウェッジヴァイク)に到着しない。緊急な時には、魔通信機で連絡を取り合えばいい。楔の村(ウェッジヴァイク)の防御力は、2万程度の兵に攻められても持ちこたえられる。籠城に至っては、数ヶ月でも耐えられる。十分な食料と水がある。迷宮がある故に、攻める側は短期決戦で攻め落とす方法しかない。

 その短期決戦のためには、二重になっている塀と堀を超えなければならない。その上で、配置された塔からの攻撃を防がなければならないのだ。
 楔の村は、難攻不落ではないが、攻めにくい村になっている。

「それでどうする?すぐに移動するか?」

「そうだな。さっさとやってしまったほうが良いだろう。試作品が使えれば、次からもっと楽が出来るだろう」

「そうだな」

 二人は、神殿の工房を抜けて、楔の村(ウェッジヴァイク)の工房に出た。

 ドワーフが作業をしている横を抜けて、楔の村(ウェッジヴァイク)の村長宅に移動した。

 楔の村(ウェッジヴァイク)では、日々難民が流れ着いている。

 まずは、村に入る前に、門の前で身分確認が行われる。楔の村(ウェッジヴァイク)の住民以外は、外で待ってもらう事になる。
 このときに、マルスの調査が行われる。宿泊や食事は、難民と認められた場合には提供される。間者や取引に来た商人や冒険者は、それぞれの身分に有った場所で審査を受けてもらう。ヤスの方針で、貴族や帝国の身分を振りかざす奴は、わざと審査を遅らせて4-5日はゆっくりと村の外で待機してもらう。

 二級国民や奴隷は、門の外で難民だと認定されたら、村長宅で解放まで過ごしてもらう。解放を望まないものは、その場で自由にしてもらう。

「そう言えば、ルーサ。二級国民の人数を聞いていなかった。何人だ?」

「今回は、少ない・・・か?23名だ。大人が中心で、全員が解放を望んでいる」

「わかった。ヤスのマニュアルでは、儂やルーサが前面には出ないほうが良さそうだな」

「あぁドッペル村長に魔道具を使わせるつもりだ。ドッペル司祭2も居るから、両者にやってもらおう」

「ん?ルーサ。ドッペル司祭2の”2”はどういう意味だ?」

「それこそ、ヤスに聞いてくれ、ドッペル司祭は、いろいろ使い勝手がいいと言って、3名ほど居るらしい。楔の村(ウェッジヴァイク)に居るのは”2”で、”3”は湖の村に居るとか言っていた」

「ヤスは、好き勝手にやるな。帝国だけじゃなくて、皇国にも喧嘩を売るつもりなのか?」

「ハハハ。そうだな。そうなったら、イワンは嬉しいだろう?」

「ルーサが何を言っているのかわからないが、確かにヤスが皇国と喧嘩するなら、儂はヤスにすべてを投げ出してでも助けるし、味方する」

「だろうな。俺も同じだ。ヤスには、返しきれない恩がある。ヤスが誰と喧嘩しても、俺はヤスに味方する」

「そうだな。でも必要のない喧嘩はしないで、ヤスがヤスの好きな事だけをさせたい。ヤスは、本人にそのつもりが無くても、周りから喧嘩を売られやすいからな」

「そうだな。おっここが村長邸だ」

「なぁルーサ。儂には、ここが”村長”の家には・・・」

「そうだな。サンドラの嬢ちゃんも同じ感想を持っていたぞ。来たのは初めてだけどな。タブレットだと思うが?あれで見ただけだけど、間違いは無いだろう。村長邸だけ”確実”に作りが違うからな」

「そうだ。村長と司祭に魔道具を渡して、ルーサ。楔の村(ウェッジヴァイク)にある酒場の調査に行かないか?」

「お!そりゃぁいい。帝国の酒精なんてなかなか飲めないからな」

「かなりの商人が持ち込んでいるらしいからな。関税がかからないから、ヤスが言っていた”ハブ”に使っているから、いろんな物資が集まっているようだからな」

「そりゃぁ楽しみだ」

 イワンとルーサは、ドッペル村長とドッペル司祭2に魔道具を渡して、出来たばかりの酒場に足を向けた。

 二級国民の解放が終わるまで、酒場の酒精を飲み尽くす勢いで二人は飲み続けた。
 ドッペル村長が二人を探しに来たときには、店の8割の酒精がなくなっていて、ドッペル村長(ヤス)が修正の補填を約束する状況になってしまった。

「マルス。魚が食べたい」

『マスター。個体名セバス・セバスチャンに命じて、迷宮区で採取出来ます』

「それもいいが・・・。そうだ、湖の村に行こう。あそこなら、湖の恵みを食べられるだろう?頼まれた荷物もある」

『了』

 ヤスは思い立ったら吉日。一人で移動する。場所も解っている。
 S660の出番だ。ナンバーを660にしている。異世界で召喚したときにナンバーが外れていたので、ヤスはイワンに注文をだしてわざわざ黄色のナンバーを作成して取り付けている。地名が書かれている場所は、”神殿”と日本語で書いた。

 ヤスの乗るアーティファクトには、ナンバープレートが取り付けられているの。
 最初に、リーゼが自分のFITにも欲しいと言い出した。イワンに注文を出した。サイズは、日本と同じにして表示方法は、リーゼの好きにさせた。モンキーにつけたのを、カイルに見られて、カイルとイチカと子どもたちが乗るモンキーにもナンバーを付けた。アーティファクトにはナンバーが必要だと言って、全部のアーティファクトに付けられた。カートにもナンバーが付けられて、パーソナライズされた物は、個人識別が出来るようなナンバーを付けて、それ以外には識別子と連番での区分とした。カートでは特に喜ばれた。ヤスにパーソナライズを許された者は少ない。だが、ナンバーが付いた事で、ある程度の専有が可能になった。

 そして、ヤスの思いつきでポケバイもカート場に姿を現した。
 カートのエンジンは、4ストロークの180ccだ。ポケバイは、2ストロークの49ccを積んでいる。イワンたちもやっとエンジンに手を出し始めた。何台か、実験と解体のためにドワーフの工房に預けたのが良かったようだ。メンテナンスもドワーフたちが行えるようになっている。

「マルス。S660の準備は出来ているか?」

『問題はありません』

「出せるようにしておいてくれ、それから、ルーサとヴェストと念の為エアハルトに筋を通しておいてくれ」

『すでに告知をしてあります』

「助かる。さて、久しぶりに飛ばすか?西門から行けば、トーアヴェルデに繋がる場所に行けるよな?」

『はい。ディアナにナビをさせます』

「わかった」

 ヤスは地下駐車場に停まっているS660に乗り込み火をいれる。

 ハンドルを握ると独特なエンジンの振動が腕に伝わる。
 嬉しくなったヤスは、クラッチを繋いでアクセスを踏み込む。タイヤマークを残して、ヤスは西門に向かった。

「ディアナ。西門から、トーアヴァルデに抜ける道を通る。案内をしてくれ、途中で誰か道を使っていたら警告を表示」

”了”

 ナビに文字が表示される。地図に切り替わる。
 基本は一直線だが、分かれ道や退避場がある。それらも表示される。同時に、次のカーブの詳細が表示されて、速度からのカウントダウンもされている。ヤスは、ディアナのカウントダウンに合わせて、速度を調整する。
 競っているわけではないが、気分的にギリギリを攻めたいと思っていたのだ。

 ヤスは、誰にもすれ違わないで、トーアヴァルデに到着した。
 そこから、関所の森に入る方法は、関所を帝国側に抜けてから、入るのが楽なのだが、ヤスが選んだのは、ローンロットから関所の森に入る方法だ。

 ローンロットは人が増え始めている。
 アーティファクトで、神殿やアシュリやユーラットから物資を運んできている。そして、周辺から集まった商人が物資を持って近隣に運んでいる。

 ヤスは、エアハルトに挨拶だけして、関所の森に入った。
 マルスの指示で、ローンロットから湖の村には道が出来ている。

 ヤスの、運転する。S660は、速度を上げて、湖の村に急いだ。
 時間をあまり気にしていなかったが、日の出で起きて、日の出で眠る様な生活をしている村に暗くなってから到着しては迷惑になる。
 村民も、ヤスの事は知っている。したがって、変わった形のアーティファクトに乗った人物が近づいてきたら、ヤスだと認識して村民が出迎えてもおかしくないのだ。

「マルス!」

『はい。マスター』

「湖の村の村長に連絡してくれ、”出迎えは必要ない。村長に頼みがある”と伝えてくれ」

『了。魚料理を所望と伝えますか?』

「そうだな。土産がもらえないか聞いておいてくれ」

『了』

 5分後に、ナビの予定通りに、ヤスは湖の村に到着した。
 村長が門の前で待っていた。マルスから連絡を受けて慌てたようだ。

「ヤス様」

「急にすまんな」

「いえ、村はヤス様の物です」

「あぁまぁ。いいや。村長」

「はい。魚をご所望だと伺いました。丁度、夕方の漁から帰ってきたばかりです。どうしましょうか?」

「そうだな。村民で食べる以外で少しだけ貰えれば嬉しい。そうだ。燻製も始めたのだよな。貰えるか?」

「かしこまりました」

 村長は、村の中に入っていって、マルスから連絡があった時点で夫人に指示を出して、ヤスに持たせる魚や加工品を集めていた。

 子供ではモテそうにないサイズの木箱を二つヤスの前に置いた。

「ヤス様?」

「この中から選べばいい?」

「え?あっ・・・。いえ、この二箱をどうぞお持ちください」

「いいの?」

「はい。村の余り物でもうしわけありません」

 ヤスは、木箱を除いて嬉しそうな表情をする。
 思っていた以上に良さそうだ。魚の鮮度もよい。ヤスが命じたように、氷の魔道具で冷やされている。燻製も、見た感じはうまそうだ。

「そうか、ありがとう。トランクに積んでくれ」

「はい」

 村長は、木箱を持ってきた村民に命令してアーティファクトの近くまで持たせた。
 ヤスは、トランクを開けた。

「ヤス様。アーティファクトの中に、すでに木箱がありまして」

「あぁそうだった。すまん。先に、積んである物を降ろしてくれ」

「「はい」」

 男たちは、ヤスの命令通りに荷物を降ろしてから、木箱を積み込んだ。
 ヤスの命令で、木箱の大きさは統一している。大中小と分けているが基本は中サイズを使うように伝えている。魔道具の設置効率を考えた結果だ。

「村長!」

「はい」

「その木箱は、魚のお礼だ。受け取ってくれ、いや、受け取ってもらわないと困る。アーティファクトの中に入らないからな!」

「え?」

「イワンたちが作った三級品だ。帝国側の連中にも分けてやって欲しい。あと、漁具が欲しいと言っていただろう。試しに、作らせた物を持ってきた、試作品だけど使ってみてくれ、不都合はまとめてイワンに伝えてくれ」

 ヤスは、S660に乗り込んで、走り去ってしまった。
 残された村長は、ヤスから渡された3級品の酒精を大切に村に持ち帰った。すぐに、帝国側の村に合図をして、船で来てもらった。そして、ヤスが言っていたとおりに、ヤスから貰った酒精と試作品を平等に分けた。

 ヤスが、湖の村に出かけようと考えた時に、マルスから三級品の酒精と漁具の試作品を持っていくように言われたのだ。
 代金は渡そうとしても受け取らないのは解っていたので、村が欲しがる物を渡そうと思ったのだ。

 ヤスとしても、物を運んで報酬として魚と加工品を得るのは嬉しかった。

 神殿に戻ってきた時には、すっかり暗くなっていたが、起きていたイワンとルーサとディトリッヒを誘って、加工品の品評会を行った。
 湖の村では、特産品を欲しがっていたので、魚の加工品を作らせてみたのだ。燻製は、ヤスが教えた。ツナ缶もどきを作らせてみた。酒飲みには、燻製が受けた。特に、ルーサが気に入って、アシュリに持って帰ると言い出した。
 ヤスは、刺し身が食べられただけで満足だったので、加工品はイワンとルーサとディトリッヒが消費した。

 オイル漬けは、ディトリッヒが好んだ。味よりも保存性能が気になっているようで、実験してみると言っていた。
 イワンは、ヤスが食べていた刺し身を恐る恐る食べたが、ヤウが買い付けてきた米で作った酒精との相性が抜群に良くて気に入った。

 ヤスも最初は、湖の魚だから生食には向かないだろうと考えていたのだが、マルスから一切問題はないと言われて、刺し身にして食べた。

 品評会(宴会)は朝まで続いた。ミーシャがディトリッヒを探しに来なければ、昼まで飲んでいたかもしれない。

 ヤスは、ミーシャとドーリスとサンドラから次からは絶対に呼んでくださいと言われて、うなずくしか出来なかった。


「イチカ!」

「なに?」

「今日は、どこに行く?」

「カイルは?」

「俺は、今日はアシュリに配達だけ」

「そう、私はローンロットに配達で、向こうで宿泊になると思う」

「わかった。妹たちは?」

「ドーリスさんが手配してくれる。先生たちも居るし大丈夫だと思う」

「わかった。俺もなるべく早く帰ってくる」

「うん。お願い。それじゃ先に行くね」

「おぉ!」

 カイルとイチカのお決まりのやり取りだ。
 最初の頃は、二人で依頼を受けていたが、効率が悪かったり、行く先々でからかわれたり、不都合ではないがカイルが不機嫌になるので、カイルが単独で受けたいと言い出したのだ。ギルドマスターのドーリスが神殿の領地内なら問題はないと判断して、カイルとイチカは”神殿の領地内に限って”自由に依頼を受けられるようになった。ただし、魔の森や迷宮区は除外されている。

 神殿のギルドには、素材を求める依頼が多くなっている。
 未だに、神殿やヤスのことを知らない貴族領から、アーティファクトを上納せよと命令のような依頼が舞い込んでくる。ドーリスが受け取りを拒否する。依頼を突き返すが、バカはバカでも権力を持ったバカは、どこにでも居る。それらのバカの対応にサンドラが追われている。

 依頼などのやり取りは、魔道具を使って行われるが、実際の依頼書や書類のやり取りは必要になっている。
 以前は、定期的にギルドが所有する馬車で運搬していた。ヤスが話を聞いて、カイルやイチカへの仕事にしてやれないかと言ってきたのだ。試しに、ユーラットとの間で実行したら思っていた以上に効率がいいのだ。それで、徐々に範囲を広げて、今ではローンロットや楔の村(ウェッジヴァイク)や湖の村にまで、書類を運んでいる。
 最初は、冒険者ギルドの書類だけだったが、他のギルドも有効性に気がついて、神殿にあるギルドは、書類を運ばせているのだ。

 伝言や依頼は、魔通信機を使えば伝えられていたが、書類が届かなくて最終的な承諾が取れない場合が発生していた。
 書類を、神殿の者以外が運ぼうと考えたら1-2週間は覚悟しなければならない。しかし、ローンロットまでならかなり短縮される。そして、カイルやイチカたちがローンロットまで早ければ1日で往復出来る。かなりの時間の短縮が可能になった。
 ヤスが思いつきで作ったローンロットは、辺境伯領や隣接する領地にとっては不可欠な存在になりつつある。そして、神殿から供給される物品を運ぶアーティファクトだけではなく、書類を運ぶカイルやイチカも不可欠な存在になっていた。

「カイル兄ちゃん!」

「ん?どうした?」

 カイルがモンキーに火をいれると、弟が駆け寄ってきた。

「カイル兄ちゃん。今日は、帰りは早いの?」

「おぉアシュリまでだから、お前たちと昼ごはんを一緒に食べられると思うぞ」

「本当!」

 カイルは、3人の頭を順番に触りながら宣言する。本当は、イチカが泊まりになるなら、ユーラット経由で東門のコースでイチカの記録に挑戦したかった。
 弟たちが呼び止めに来たので、西門を使ってアシュリに行くと決めた。

 これも、カイルとイチカに与えられた特権だ。運ぶ荷物が書類だけなので、時間を守れるのならコースは自由に選択できる。
 カスパルたちは、運ぶ荷物で道が決められている。殆どの場合が、正門から出て、ユーラット経由で荷物を運ぶ指示になっている。

「あぁなにか頼みがあるのか?ヤス兄ちゃんへの頼みか?」

「ううん。カイル兄ちゃん!ポケバイを教えて!」「僕も!」「僕も!」

「え?ポケバイ。お前たちが?」

「「「うん!」」」

「そうか、モンキーに乗れなくても、あれなら乗れるのか?でも、お前たちカート場には?」

「大丈夫!」

 3人は、カイルにカードを見せる。
 ドーリスとサンドラの提案を受けて、カードには立ち入りが出来る施設のマークが表示されるようになっている。任意で表示を切り替えられるので、消しておくことも出来るが、ヤスに、神殿に認められた証になるので、消して居る者は少ない。

 カイルに自慢気に見せた子供たちのカードには、カート場のマークが表示されていた。

「そうか。それで、行ったのか?」

「うん!リーゼお姉ちゃんがカートに乗せてくれた。そのときに、ポケバイも教えてくれた」

「そうか、それなら大丈夫だな。わかった、昼ごはんを食べたら、カート場に行くか?予約を頼むな」

「「「うん!」」」

 カイルは、モンキーに跨って、西門に向かった。
 何度も通っているので道も覚えている。ヤスに抜かれて、イチカに負けた日からカイルは練習を重ねている。イチカには、10回挑戦すれば2-3回は勝てる程度には早くなっているが、ヤスが持っているコースレコードには遠く及ばない。ヤスからのアドバイスを素直に聞いて、コーナの入口でしっかりと減速してから速度を上げながら曲がるようにはしている。でも、それだけではイチカには追いつけるが勝てない。何かが違うのだ。
 カイルは、時間を見つけてはモンキーで色んな場所を走っている。それが練習になると思っているのだ。

 アシュリに到着して書類を渡す。
 ギルド間のやり取りなので、書類を渡した時点で依頼の達成になる。このまま帰っても良いのだが、カイルやイチカは、村々のギルドに顔を出して、仕事がないか聞いてから帰るようにしている。書類か軽い荷物の運搬しか許されていないが、それでも急な依頼があるかも知れないからだ。

「大丈夫よ。ありがとう」

 受付も事情は解っているので、カイルからの質問に”今日は何もない”と返事をする。

「わかった。何か、あったら連絡をください。すぐに来ます」

「うん。いつもありがとう。そうだ、カイル君。今日は、西門を使ったの?」

「え?なんで?」

「到着が早かったから、西門を使って下ってきたと思っただけよ」

「はい。今日は、昼に弟たちと約束をしたので、早く帰りたかったので・・・。ダメでしたか?」

「ううん。ダメとかじゃないのよ。今度、西門の先にリゾート区ができて、貴族や豪商が別荘を建てると噂で聞いてね。西門が使えなくなると聞いたから・・・。カイル君やイチカちゃんへの依頼の時に、宿泊が前提になるのか確認したかったの」

「その話なら、近々サンドラ姉ちゃんが告知するらしいですよ」

「そうなの?」

「はい。道は、貴族や豪商が使う専用だし、門も同じ西門って名前だけど、違うから、今までと俺たちは変わらないですよ」

「そう・・・なの?」

「うん。ヤス兄ちゃんが、サンドラ姉ちゃんとドーリス姉ちゃんと話しているのを教えてもらったから間違いないですよ」

「そう・・・。ねぇカイル君。ヤス様って怖い人なの?」

「え?ヤス兄ちゃんが怖い?なんで?」

「だって、ルーサ様とかに命令しちゃうのでしょ?」

「うーん。ルーサさんとイワン爺たちが酒盛りを始めると怒るけど、それだけだよ。別に怖いとは思わない。俺が、歩いている人を優先しないで、アーティファクトを走らせた時には怒られたけど、俺が悪かったからね」

「そう・・・」

「うん。なんどか、ここにも来ているけど会っていないの?」

「え?そうなの?」

「うん」

「私が居なかった時なのかな?」

「うーん。俺にはわからないよ。あっそろそろ行く。また来ます!」

「あっそうですね。ありがとう。またお願いね」

「はい!」

 カイルは、来た道を帰る。逆周りのコースになる。
 西門に到着して、大衆浴場で、シャワーを使って汗を流してから食堂に行くと、カート場に行けるようになった弟や妹たちが待っていた。

 皆が口々にカイルが遅かったと怒っているが、遅くなったわけではない。弟や妹たちが楽しみすぎて、先に御飯を食べて準備して待っていたのだ。
 カイルは苦笑しながら軽めの昼を食べてから、皆を連れてカート場に降りた。

 弟や妹たちだけでカート場には来ないように言っている。危ないとかではなく、子供同士で差が生まれるのは良くないと思ったからだ、大人と一緒に来るように言っている。弟や妹たちはカイルとイチカの言いつけを守っている。暇そうにしている大人(ヤスやリーゼやイワン)を見つけてカート場に行きたいとお願いしているのだ。

 カイルは、弟と妹たちの挑戦を受ける形で、ポケバイやカートの操作方法やテクニックを教えた。

 そして、カイルは思ったのだ。
 ヤス兄ちゃんが言っていた。”幸せの形”がなんなのかわからないけど、自分が今・・・。やりがいを感じている。仕事をして、弟や妹たちと安心できる場所で生活ができて、食事もしっかりと出来る。そして、楽しんでいられる。弟や妹の怯えた顔を見なくて済んでいる。笑い声が聞こえてくる。

 父さんや母さんにもこの光景を見せてあげたいと思っているのだ。

「カイル兄ちゃん!今度は、カートで勝負!」

「ハハハ。お前たちにはまだ負けない」

 カイルは、弟や妹たちの挑戦を受けつつ、夕飯の時間までカート場で過ごした。

 イチカは、カイルと話をして、妹や弟をカイルが面倒をみてくれると聞いて安心していた。
 ドーリスやサンドラや時にはヤスやリーゼが妹や弟の世話をしてくれるが、もうしわけなく感じていた。本当なら、今回の依頼も断ろうと思っていたのだが、先方から”イチカ”を名指しで依頼してきたのだ。
 一泊になるのも、神殿のギルドで処理した書類をローンロットまで運んで、ローンロットの各ギルドに来ている神殿あての書類をまとめるのに時間が必要になるのだ。ギルドからも、ギルドで宿を用意すると言われているので、受けるしかなかった。

 行程にも時間がかかりそうだった。
 ユーラットに寄ってから、ローンロットに向かう。カイルは、アシュリへの配達だけだと言っていた。

 イチカは、正門からユーラットに向かった。
 下り坂は、得意中の得意だ。ギリギリまでブレーキを遅らせて。モンキーを傾けて、コーナーを抜けていく、ヤスがイチカに一度だけ見せたテクニックだ。体重移動の重要性を見抜いている。イチカは、カイルの前ではわざと体重移動を少なくした運転をしている。抜かれ始めてから、体重移動を使おうと思っているのだ。

「神殿のギルドから依頼で来ました」

「あ!イチカちゃん。少しだけ待ってね。書類がもうすぐできるから。食堂で待っていてくれると嬉しい」

「わかりました」

 食堂で出された物を飲みながら、イチカは魔の森関連の資料を読み始めた。神殿のギルドや図書館にも同じ物はあるが、日々の更新はユーラットのギルドで行われている。最新情報があれば知っておきたいのだ。
 カイルが魔の森や迷宮区に行こうと言い出したときに必要になると考えているのだ。

「おまたせ」

 受付から、書類を受け取った。イチカは、書類をペラペラめくりながら宛先を確認する。

「ありがとうございます。ローンロットでいいのですよね?」

「はい。全部、ローンロットで大丈夫です。その先は、ローンロットで対応します」

「わかりました」

「お願いします。慌てなくていいので、安全を優先してくださいね」

「はい。大丈夫です。ヤスお兄様にも、ゆっくりでいいと言われています」

「そうですよ。ゆっくりでも馬車の数倍以上の速さなのですからね」

「はい!」

 イチカは、仕事を褒められるのも好きだが、ヤスのアーティファクトが褒められるのが一番好きなのだ。

「帰りは寄らなくて大丈夫だからね」

「はい!ローンロットで依頼がなければ、神殿に帰ります」

 イチカが走り去ったユーラットのギルドでは、受付の女性が集まって話をしている。
 話の内容は、イチカとカイルが”いつ、付き合い出すか”だ。大半の人間は、1年以内は無いと見ている。一部は、実はもう付き合っているに賭けている者もいる。中には、カイルが振られて、ヤスの愛妾になるという賭けに出ている者もいる。
 神殿に住んでいれば、ヤスとイチカの接点が意外と少ないのは知っているのだが、離れた場所で生活していて、ヤスをあまり見たことがない者たちにはわからないのだ。大切なアーティファクトを貸し出して自由に使わせる心理状態が想像できないのだ。だから、短絡的に考えて、ヤスがイチカを狙っていると考えた者も多いのだ。的はずれなのは、神殿に住んでいればすぐに解るのだが、神殿に住んでいる者たちは、神殿で完結してしまっている場合が多い。そして神殿以外に住んでいる者は、ヤスとの接点が極端にすくないのだ。

 イチカは、商隊が使うルートではなく、昔からあるルートを使ってアシュリを目指した。
 新街道は、石壁に沿って作られている道で商隊や移住を目的にした人たちが使っている。アーティファクトを見られても大丈夫なのだが、過去に何度か冒険者から攻撃を受けた。その時には、結界が発動して攻撃は防げたのだ、それから一人の時にはなるべく人が少ない道を通ることにしている。
 ローンロットに向かう時には、より一層、気を使って走っているが、アシュリ-ユーラットよりは人が多いために攻撃をするような愚か者はいない。また、辺境伯もヤスに気を使って警邏隊を出しているので、関所を含めたローンロットの周辺は安全に移動できる。

 イチカも、数回の休憩を挟んで、ローンロットに到着した。イチカも魔通信機を持っている。着信があり、カイルからだと解る。カイルに連絡をすると、妹が出た。カイルが神殿に戻ってきて、カート場に来ていると教えられた。

 安心してローンロットの冒険者ギルドに向かった。

「イチカです。配達で来ました」

「ありがとう。神殿とユーラットから?」

「はい」

「確認するから待っていてね」

「あっ私に、指名依頼だと言われました。こちらで受けてほしいそうです」

「え?そう?ギルドカードを出して?先に確認するわね」

「はい。お願いします」

 イチカが提出したカードを見て、神殿が発行している特別製のカードなのを認識して、受付は依頼票を探した。

「これね。確認して」

 イチカに一枚の依頼票が渡される。
 依頼者は、ディトリッヒになっていた。内容を読んで、イチカは納得した。カイルも一緒に・・・。違う。私の役目だ。

「どうする?」

「受けます。手続きをお願いします」

「わかりました。確認作業は、お伝えしたとおり、明日まで必要です。今日は、ギルドが確保している宿屋か、規定の料金で泊まれる場所でお願いします」

「ギルドが確保している宿屋に泊まります」

「わかりました」

 イチカは、そのまま職員の案内でギルドが確保している宿に入った。

 翌日、書類を受け取ってから、ディトリッヒの依頼を達成するために、関所の森を進んだ。行き先は、帝国側の湖の村だ。

 イチカは指示された通りに、まずは王国側の湖の村に向かった。
 村長に依頼書を見せると、すぐに帝国側の村から迎えの船が出された。イチカは、船に乗って帝国の村に入った。

 村長は、依頼を受けたのが幼い女の子だという事実にびっくりしていた。

「イチカと言います。ディトリッヒさんの依頼を受けてきました」

「ありがとうございます。本来なら、自分たちで動けば良いのですが・・・」

「大丈夫です。その為に、私たちがいます。安心してください。必ず届けます」

「ありがとうございます」

 村長は、イチカの足元に跪く勢いで礼を言っている。

「それで、遺骨は?」

「はい。指示を頂いて、火葬いたしました。骨が少しだけ残りまして・・・」

「わかりました。身に付けていた物もあれば持っていってあげたいのですが?」

「あります。お願いできますか?」

「もちろんです。しっかり、親御さんに届けます。アシュリに居るのは間違いないようです」

「・・・。良かったです。彼らだけでも無事で・・・。本当に、良かった」

「はい。彼の妹さんも無事です」

「本当ですか!?」

「はい。ディトリッヒさんからの依頼書には、彼の墓前で伝えてくれとあります」

 ディトリッヒの依頼は、遺骨と遺品を預かって、アシュリに居る家族に届けることだった。ドッペル男爵領から逃げ出す時に、息子が一人だけはぐれてしまった。両親と妹は、関所に保護を求めてきた。そのままアシュリに移動して審査を受けた。その時に、息子が一人ドッペル男爵領の奴隷商人に捕まって居ると訴えたのだ。ドッペル奴隷商人は、行方を探したが見つからなかった。湖の村にそれらしき男の子が居た。ただし、湖の村に来た時にはすでに衰弱していて、村に辿り着いた翌日に死んでしまった。特徴と姿絵をアシュリに送付して、両親に確認した所、息子で間違いないと認めた。

「本当、ありがとうございます」

「神殿の主である、ヤス様にお伝えいたします」

「はい。はい」

「村長。この村には、同じように亡くなった子供の墓標があるとお聞きしました」

「・・・。ございます。ヤス様にお聞きしたら、是非作って弔って欲しいと言われまして、作成いたしました」

「申し訳ないのですが、彼の墓標と、他の子の墓標を案内してはもらえないでしょうか?」

「はい。お時間は・・・」

「大丈夫です。お願いします」

 イチカは、村長に頭を下げる。
 一つの選択肢の違いで、自分たちの未来だった子たちだ。弔いの言葉をかけたい。そして、次に生まれ変わってくるのなら、神殿に来るように誘ってあげたいのだ。

 神殿が安全で素晴らしい場所ではあるが、楽園ではないのをイチカは知っている。
 ヤスだけではなく、皆、頭を悩ませて、知恵を絞って、足掻いて、より良くしていこうと思っている。そんな大人たちが多くいる場所だ。もちろん、イチカやカイルも大きくなり、大人だと胸を張れるようになったら、ヤスの手助けをしたいと思っている。
 だから、安心して生まれ変わって欲しい。皆が親であり兄弟だと教えてあげる。

 お腹がいっぱいになるまで食べられて、安心して寝られて、そして、皆で笑いあえる場所で・・・。神殿で会おうと約束する。

 イチカは、自分が今は与えられているだけなのを認識している。
 だからこそ、早く大人になって、少しでも返していきたいのだ。

 そして、ここで力尽きた子供たちの様な子供を減らしたいと考えているのだ。