見世物になるのが確定しているリップルたち”ヒトモドキ”は、隷属の首輪をするのを拒否している。
リップル子爵の命令で、身分の低い者が首輪を付けられた。宣言通りに、絶命するまでゆっくりと首輪が絞まっていった。その間、首輪を付けられた者は苦しみ続けた。それを見て誰も首輪を着けようとしなくなってしまったのだ。一人と首輪一つが減った檻の中では、醜い争いが発生していた。
身を隠すことが出来ない場所に捕らわれている。食事も人数分しか提供されない。
快適な生活が出来るような場所と環境ではない。魔物が出ないだけマシだと思わなければならない。
トーアヴァルデの中は通常の状態に戻っている。
4日前まで1万以上の人が居たとは思えない状況だ。現在は、中央に檻が作られていて、中に178名が捕らわれている。
首が絞まって苦しみながら死ぬさまを見てしまった178名は恐怖で隷属の首輪に近づかなくなってしまっている。
「なぁサンドラ。アイツら、さっさとクラウス殿に渡したいけど駄目か?」
「何度か交渉していますが、のらりくらりと逃げられてしまっています」
「ヤス。もう面倒だから殺すか?」
今、ヤスとサンドラは、リーゼが運転するFITでアシュリに来ている。ルーサと会談するためだ。リーゼは、会談には参加していない。その代わり、アシュリに流れてきた者たちや、リップル子爵軍に強制参加させられた者たちを相手にして炊き出しを行っている。もってきた物資はリーゼがユーラットで買い集めたものだ。道具までは持ってきていなかったので、アシュリで生活している人たちに借りた。あと、余剰の物資を分けて貰ったり、手伝いを出してもらったり、炊き出しに協力を求めて動いている。
「ルーサ。殺すのは簡単だから、生かしておこう。見世物としては最低だけど、明日には事情を説明した立て看板を立てるだろう?」
「そうだな。あれを見れば、神殿に攻めてこようとする”輩”は減るだろうな」
「それで十分だよ」
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ルーサは、子爵たちの現状を見てきた。
殺したいほど憎んでいたが、憎んでいたのが馬鹿らしく思えてしまった。カイルとイチカも同じだ。ルーサに言われて、親の仇を見に行った。ヤスからは、『殺したければ殺せばいい』と言われたが、二人は仇の顔を見ただけで終わった。
「カイル。イチカ。いいのか?お前たちを苦しめ元凶だぞ?」
「うん。ルーサのおっちゃん。俺とイチカは、ヤス兄ちゃんに言われてギルドの仕事を手伝った。その時に、いろんな人にあった。それでいろいろ話を聞いた」
「あぁお前たちは、今ではローンロットまで行くよな?」
「そうだよ」
「カイル。違いますよ。ルーサさん。ローンロットだけではなく、湖の村や帝国の村まで行きます。ヤスお兄様が神殿の領域内だから大丈夫だと言ってくれました」
「そうだったな」
「はい。ルーサさん。私もカイルも、自分たちが一番不幸だと思っていました」
「あぁ」
「でも、違いました」
「それは、自分たちよりも不幸な人たちが居るのを知ったのか?」
「いえ違います。不幸は比べる事ではないのです。そして、貴族だった人たちや豪商だった人たちが私たちに媚びを売る姿をみました」
「そうだな」
「お父さんとお母さんが言っていました。どんなに貧しくても、心まで貧しくなるな。カイルと話をしました。私は最初”殺す”つもりでした。ヤスお兄様から渡されたボタンを押すつもりでした。でも、カイルが『あんな奴ら殺す価値もない。殺すよりも、ここで見世物になっていればいい。捕らえられたゴブリンと同じだ』と言ってくれた。私の心が貧しくなるのを止めてくれた」
「そうか」
ルーサは二人の頭を手で”ワシャワシャ”としてこの話は終わった。
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「それでヤス。カイルとイチカが持っていたボタンを押すとどうなる?」
「知りたいか?」
「是非。教えてくれ」
「ヤスさん。ルーサさん。私は嫌な予感がしますので、席を外します」
立ち上がって逃げ出そうとするサンドラの手をルーサが掴んだ。
「ヤス。頼む。サンドラも”是非、教えて欲しい”と言っている」
「言っていません!ルーサさん。絶対に、後悔します。絶対です!今まで、何度もこういう場面で・・・」
「大丈夫。大丈夫。そんな酷い内容じゃないよ」
「騙されません!」
「ヤス。それで、ボタンを押したらどうなる?」
「檻が、黒くした鉄の板で覆われて、天井部分が透明なガラスになるだけだ。外から何も見えなくなる」
「え?」「は?それだけなのか?」
「あぁそれだけだ」
「ヤス。それじゃ、奴らは死なないぞ?」
「そうか?ルーサ。今からの、トーアヴァルデは暑くなるよな?」
「そうだな」
「奴らを閉じ込めた場所は、トーアヴァルデの中央だよな?」
「そうだな」「あ!ルーサさん。暑い時に、何も遮る物がない場所で馬車に乗っていると・・・」
「そうか!檻の天井がガラスになるとか言っていたな。囲まれているから風も通らない。熱がこもる」
「そう。そして、あの場所は中心部分が少しだけ高くなっているから、雨水も貯まらない。さぞ、暑いだろうな。ボタンを押されなかったから、そうならないけどな」
サンドラが椅子に座り直した。
話を聞いても後悔はしなかったようだ。
「ヤスさん。本当に、それだけですか?」
「ん?そうだな。最初は、目隠しをして、中にメスのゴブリンとオークとオーガを放そうかと思ったけど、後片付けが面倒だし、苦しみそうにないから止めた」
サンドラが頭を抱えた。聞かなければよかったと心の底から思った。油断してしまったのだ。
「ヤス。絶対に、他でそれを言うなよ?」
「ん?わかった」
解っていない表情のヤスにルーサも頭を抱える。
ルーサは、ヤスに言ってはならない理由の説明を始める。途中で、サンドラも参加して説教に近い話になるが、ヤスは二人の話をありがたく聞いていた。
「そうなのか・・・。他の神殿でも、同じ事が出来ると思うけどな」
「ヤス。問題はそれだ!お前が出来るのは、神殿の主だからですませられる。俺たちも、お前が街中に魔物を呼び出すとは思っていない。問題は、お前が出来るというのは、他の神殿でも出来る可能性があるということだ」
「あぁそうか、王都は神殿の上にできているのだったな」
「そうだ。解ってくれて嬉しいよ」
「王都の神殿は何が出来るのだろうな。行ってみたいな」
「ヤス」「ヤスさん!」
「ん?何?・・・。二人とも、そんな顔しないでよ。行かないよ。俺は、荷物を運ぶのが仕事で、冒険が仕事じゃないからね」
二人はヤスの言葉を聞いて納得したが、どこか不安に感じている。
ルーサは、ヤスが神殿の攻略に乗り出して、中で死んでしまう事を・・・。
サンドラは、ヤスが神殿に潜ると知った貴族たちがアーティファクトを強奪に来る未来を考えて・・・。
マルスは、3人の話を聞いていて、王都の神殿に興味を示した。自分が行くことは出来ないが、自分の分身なら可能かも知れないと考え始めた。
「ふぅ・・・。ヤスさんの話を聞いていると本当に疲れます」
「俺が悪いのか?」
「ヤスが悪い」「ヤスさんが悪いですね」
二人の間髪を入れないツッコミで落ち込んだフリをしたヤスだが、サンドラが話を戻したので、それに乗っかる。
「それで、ヤスさん。この書状は本物なのでしょうか?」
「さぁ俺は、リップル子爵が持っていた、公爵の手紙を持ってきただけだからな。あぁ明日には帝国の将軍が持っていた、侯爵の手紙も手に入るぞ」
「それがおかしいのですが、蝋封を見ても本物ですし、筆跡は私にはわかりませんが、押されている紋は本物だと思います」
「だから、本物だって言っているだろう」
ヤスがサンドラとルーサに渡したのは、公爵が子爵に送ったと見られる封書4通だ。
内容は、アーティファクトを手に入れろ、自分が国王になるために資金を集めろといった内容が書き連ねられている。関連する貴族の名前も判明している。困ったら、これらの貴族を頼れとなっている。
侯爵が書いたと思われる封書は5通。
内容は、帝国軍の引き込みを子爵家が行う。帝国に海に繋がるユーラットを渡す代わりに、侯爵は帝国の武器や防具や魔道具をもらう話になっている。また侯爵が国王になったときの後ろ盾を約束させる物だ。
もちろん、どちらともドッペルが作った物だが、本人の筆跡の癖も完璧だ。内容も、本人が考えたことがある内容を書いているだけだ。
「ヤスさん。書状の入手方法は問いません。ただ、今後、似たような事を考えた時には、私かルーサさんに相談してください。こんな爆弾をいきなり、辺境伯の娘に渡されても困ります」
「わかった。わかった。でも、入手は偶然だぞ」
「酷いペテンだな。ヤス」
サンドラもルーサも、方法は想像できないが、手紙はヤスが用意したと思っている。
手紙は、サンドラが預かることで決着した。
「ヤスさん。公爵と侯爵の手紙をネタに、子爵をお父様に引き取らせようと思います」
「そうなのか?それが出来たら最高だな」
「はい。そこで、子爵が知っていることを全部話すようになるのは難しいですか?」
「その為の隷属の首輪だけどな。子爵が引き取ってくれるのなら、全員に隷属の首輪をした状態で渡すぞ?そうだ!隷属の隷属が可能な事は解っているから、隷属の首輪を填めたゴブリンが主人というのはどうだ?」
「駄目だ!」「止めてください!」
二人同時に否定されたので、ゴブリンが主人になるという前代未聞の事態は避けられた。
隷属の首輪をして引き渡すだけになった。
それから二日後、辺境伯から返事が来て、引取を了承したと言われた。捕らえた者たちを、ローンロットまで護送して、辺境伯が手配した王都から来る者たちに引き渡す。詳細は、サンドラが決めるので、ヤスは承認するだけとなった。
そして、心置きなく帝国への対処を行い始めるのだった。
もちろん、サンドラもルーサも辺境伯もドーリスも知らない。知っているのは、ヤスとマルスと眷属だけの内容だ。