疲れた。一言で、表現してしまったが・・・。心の底から軽蔑する相手だが、リップル子爵と話をしたときの方が疲れなかった。

 別に、ヤス殿が嫌いとか軽蔑すべき人物だという意味ではない。自分で言っていてよくわからないが、ヤス殿との交渉は本当に疲れた。

 疲れただけの成果は有った。

「お父様。お疲れ様でした」

「サンドラ。疲れた。あの地図!?それに、モニターはあのようにして使うのか?セバス殿はまともだと思ったのだが?」

「お父様。それは無理というものです。ここ1週間住んで見ればわかります」

「どういう意味だ?」

「心配するのが馬鹿らしく思えます」

「ん?あっそうか、地図は、誰でも見られるのだな?モニターも・・・」

「はい。そろそろ、大丈夫だと思いますので、私の家に行きましょう。最後の視察です。お父様。くれぐれ先程のお約束を忘れないようにお願いします。そして、レッチュ領の領民がお父様を必要としていると忘れないでください」

「大丈夫だ。サンドラ。儂は、レッチュ領の領主だ」

「・・・」

 娘の反応が悪い。
 確かに、一度・・・ではないかも知れないが、神殿への移住が可能か考えたが、それでも、やはりレッチュ領が大事だ。ハインツが領を継ぐまでは頑張るつもりだ。少し、ほんの少しだけ陛下に進言して、ハインツを領主・・・。駄目だ、娘に考えている内容を読まれそうだ。どんどん、目が冷たくなっていく。

「はぁ・・・。お父様。ここが私の家です。マリーカも中にいます」

「・・・。ん?サンドラ?二人の家なのか?」

「そうです」

 目の前にあるのは、神殿の大通り(ヤス殿に教えてもらった呼び名・・・??)に、並んでいる邸宅だ。貴族の別荘かと思っていた。
 まてよ・・・。今までのパターンで言うと・・・。

「サンドラ。一応、確認しておく」「そうですよ。私とマリーカだけで住んでいます。二人または三人で住む家です」

「やはりか・・・、他の」「他の住民も殆ど同じですね。家族になると、もう少しだけ広くなります。あぁ一人とか、食事を作りたくないという人向けに、宿屋・・・。そうですね。王都の最高級宿屋を思い浮かべてください。あれと同等かそれ以上の部屋が与えられます。あと、ドワーフ族の様に、工房があればいいという人向けに宿も用意されています」

「・・・。サンドラ・・・」

「聞かれませんでしたので・・・。外で話しても進まないので、入りましょう」

 娘が家の壁に着いているボタンを押す。

『はい』

「サンドラです。マリーカ。お父様のカードを一時許可にしてください。あっお父様。カードを当ててください」

 何だ?あれは?
 マリーカの声が聞こえてきたぞ?何かの魔道具のようだ。あれも導入したい。書斎から・・・。いろいろできそうだ。

 娘に言われたようにカードをかざす。
 今までと違って、すぐに緑色に光らない。

『旦那様。許可が出来ましたので、大丈夫です』

「おっわかった」

 少し、声が大きくなってしまったが、マリーカがどこから聞いているのかわからないからな。この位でいいだろう。

”カチッ”

 ドアが開いて、マリーカが顔を出す。

「旦那様。サンドラお嬢様。お飲み物の準備が出来ています」

 そのまま、マリーカに案内されて家の中に入る。エルフ式なのか、ドアを入ったら靴を脱ぐように言われた。兵士病(水虫)になっていると、警告が出るらしい。儂は大丈夫だが、兵士には辛いかもしれないな。ちょっと待て?警告が出るとかマリーカが言っていたな?嫌な予感がする・・・。

 リビングに通された。
 調度品もソファーも最高級品ではないが、高級品だろう。サンドラの家だからなのか?

「サンドラ。兵士病だけ」「ありますよ。今、ドワーフの工房で、エルフ族と協力して、解析しています。試作品が出来て、冒険者に”治験”してもらっています」

「・・・。それは」「もちろん、ヤスさんの指示です。購入も出来ます。ただし、安全性が確認されてからです」

「わかった。それで、この」「部屋の調度品は、私だからではありません。全部の家が似たような調度品になっています。違いは色や配置ですね。あっ魔道具も似たような物です。そうだ、お父様。お風呂はどうしますか?我が家にもありますが、公衆浴場もあります。私は、疲れたので一端下がります。マリーカ。お父様のお相手お願いします。食事は、6の鐘でお願いします」

 娘は、儂の言葉を遮って一気に話をしてリビングを出ていってしまった。

「旦那様・・・」

 唖然とする儂をマリーカが見つめている。
 ひとまず、マリーカが持ってきた紅茶を飲んで落ち着いてから、マリーカが知っている神殿の情報を教えてもらう。驚いたのは、マリーカは、迷宮区にも潜れる様になっている。そして、アーティファクトでユーラットと関所の村アシュリまでは買い出しに行ける許可をもらっている。
 家の中を案内された。娘が話していた内容がやっと理解出来た。駄目だ。ここに住みたい。
 風呂が貴族の屋敷なら設置している場合が多い。性能が格段に違う。魔力を流すだけで、お湯が溜まる。それも、一定量になったら止まる?
 他にもいろいろあるが、考えるのが疲れてきた。

 6の鐘がいつなのかわからないが、マリーカに案内された部屋は王都にある貴族用の宿よりは狭いが、調度品は上だろう。ベッドも気持ちよさそうだ。今は、疲れているからと寝られない。
 マリーカに食事まで時間があるので、公衆浴場に案内してもらった。

 感想。
 ただすごかった。疲れが取れたが、疲れてしまった。マリーカが表で待っていた。丁度バスが来たので乗って帰る。

「お父様。公衆浴場はどうでしたか?」

「サンドラ。あれを、領都に作ると考えると」

「そうですね。すでに、ドワーフの工房で”ボイラー”の開発は終了しているので、売り出すのは可能です」

「え?」

「マリーカ。公衆浴場は、西側?東側?南側?」

「お嬢様。南側です。一番小さくこの時間でしたらドワーフの方々もいらっしゃらないと思いました」

「お父様。本日、行かれた場所でしたら、浴槽の数も多くありませんので、金貨で100枚程度です。場所の確保や建物の用意はお願いします」

「そっそうか・・・。100枚・・・。歳費で賄えるな」

 もっと必要かと思ったが、建物を入れても、金貨で200枚もあれば出来るのだな。
 そうか、ランドルフの分隊が使っていた場所を解体して・・・。

「サンドラ。頼めるか」

「わかりました。ヤスさんに話を通しておきます。お父様。明日はどの様に、領都まで向かわれますか?」

「あっ」

 すっかり忘れていた。
 帰らなければならないのだ。それも、どうやって帰ると聞かれて、いつものように馬車でと思ったが、来るときはアーティファクトで来たから、帰りの足がない。ユーラットと領都の間では辻馬車も運行していない。
 考えていなかった。

「やはり・・・。マリーカ。お願い出来ますか?」

「はい。サンドラお嬢様。私は、アシュリまでしかいけませんが?」

「大丈夫です。先程、マルス殿に申請して許可されました。マリーカには、試験を受けてもらいます」

「試験ですか?」

 試験?なんの?
 娘はマリーカに説明しているが、試験は口実なのだろう。ヤス殿に、アーティファクトを借りて、儂と娘を乗せて、領都まで移動する。朝に出て夜になるまでに、神殿に戻ってこられたら合格で、次から領都までのアーティファクトを移動出来るようになるという事だ。

 食事をしながらサンドラに更に詳しく神殿の話を聞いた。
 聞かなければよかったが、聞いてよかったと思える。領都に導入できそうな物や、貴族の屋敷に導入したほうがよいだろう物をいろいろと話をした。買える物、買えない物、持ち出せない物、開発中の物。全てではないが、かなりの情報がオープンになっている。

「サンドラ、最後に一つだけ教えて欲しい。情報を、儂に語っているが、問題はないのか?ヤス殿やマルス殿に疑われたりしないのか?」

「お父様。最後の質問に対する答えですが・・・。マリーカ。教えてあげて」

「旦那様。サンドラお嬢様がお話になった、通常ですと機密指定になって居るような情報だと私も認識しています」

 さすがはマリーカだ。裏の仕事もこなせるだけはある。

「そうだな」

「しかし、これらの情報は、旦那様が入ってこられた門の近くにあります。”図書館”に行けば提示されています。また、家のモニターでも参照できます」

「は?」

 サンドラは、肩をすくめて、儂にモニターを見るように指差す。

「・・・。サンドラ?これは?誰でも見られるのか?」

「流石に誰でもではありません。住民だけです」

「・・・。サンドラ。それは、誰でも見られると、同じではないのか?」

「そうですね。私も、ミーシャも、ドーリスも、ディアスも、ヤスさんに大丈夫なのかと聞いて、閲覧禁止にするか、神殿の運営に携わる者だけが見られるようにしたらどうかと進言しました」

「当然だな。それで?」

「ヤスさんは、笑いながら、『情報は隠せば隠すほど、後ろめたいと思われてしまう。皆が知っている情報なら、外部に漏れても”だからどうした?皆が知っている”といえる。本当に、隠すべき情報は、美味しいレシピや好きな子を思って書いた恋文の内容だ』と言っていました。私も疲れて、それ以上は何も言いませんでした。でも、実際にユーラットで神殿に弾かれた商人が、神殿の悪い噂を流していたのですが、皆がヤスさんなら悪い話もオープンにするはずだと言って信じませんでした」

 考えさせられる話だ。
 隠せば弱みになる。隠さなければ、弱みにならない。

 一度、ヤス殿とじっくりと話がしたくなってきた。もしかしたら、よりよい統治に必要な知識を持っているのかも知れない。

 儂は、娘との時間を楽しみながら、ドワーフ達が作った最高の二級品の酒精を飲んでから寝た。
 ベッドも最高品だ。枕もいい。これはぜひ欲しいと娘に伝えたら、そのまま持っていっていいと言われた。簡単に買えるらしい。妻の分を含めて、数組用意して、ドワーフの最高の二級品の酒精を土産に領都に帰った。

 疲労困憊だが、精神は元気になった。
 考えなければならないが、それでも前向きな状況になるのは間違いない。まずは、王家と派閥に報告だな。