――待って!
半ば反射的に、ただ離れて行ってほしくなくて、私は歩き去る課長の左腕を右手で必死で掴んだ。
そのまま、ギュッと両手で握りしめる。
「高橋……さん?」
突然、後ろから腕を掴まれて強引に足を止められた課長は、驚いたように目を丸めている。
「待って……くだ……さい」
荒れ狂う感情の波は震える言葉になって口からこぼれだし、それを聞き拾った課長は、身体を私に向けると優しく問いかける。
「どうした?」
「……待って、下さい」
語尾の震えは止められない。それでも。
「帰らないでください」
さっきよりも明瞭な声で、私は、自分の今の気持ちを素直に吐露した。
明かりのない薄暗い部屋の中。そう広くはない玄関先で、カチリ――と、鍵を閉める音が響き渡る。
ドアノブを掴んだまま動けない私は、背中から課長の両腕にフワリと抱き寄せられた。
「梓……」
与えられる温もりと、耳元に落とされる甘く響く優しい声。
ドキドキと限界点で拍動する心臓をなだめるように、背後から回された課長の腕を、両手でギュっと抱きしめる。
でもそれは、更に心の奥に冷めようがない熱を溜めていく。
「私、ずっと言いたくて、でも、言えなくて……」
「うん」
震える声で、どうにかそれだけを口にすれば課長は急かすでもなく、この期に及んでまだ迷っている私を励ますように、両腕に少しだけ力を込め言葉の続きを待っていてくれる。
今言わなければ、たぶんこの先二度と口にはできないだろう、この想い。
「……私」
なけなしの勇気を振りしぼり、私は、覚悟を決めて言葉を紡ぐ。
「私、課長のことが、好き……です」
語尾がかすれる。
溢れ出る想いと一緒にポロリと涙がひとしずく、頬を零れ落ちた。