ここが、課長のお母さんが入院している病院――。

 そうだった。

 今日は、課長が定時退社する率が高い木曜日。

 美加ちゃんが、『婚約者候補嬢と毎週デートの日疑惑』をかけていたけど実際は違った。

 つい数時間前に、私を人生最大のピンチに追い込んだアイツ、憎っくき蛇親父、谷田部凌が喉の奥であざけるように笑いながら言っていた。

「白馬の王子様は、今日は、眠り姫になった母親の見舞いの日でね。大事なシンデレラの窮状に気付くのが、少しばかり遅かったようだな」と。

 課長は、お母さんのお見舞い中に私の窮状を知り、助けに来てくれた。

 そして、意識を失った私を、知り合いの女医さんが居るこの病院へ連れてきてくれたんだ。

 植物状態のお母さんと課長との、水入らずの時間。

 それが、課長にとってどれほど大切な時間なのか、私にだって、田舎に母親が居るから少しくらいは想像がつく。

 その掛け替えのない時間を邪魔してしまった自分が、情けない。

「今後の治療方針、ですか……」

 浮かない様子の課長は、看護師さんの言葉を口の中で反芻(はんすう)した後、表情を切り替える。

 浮かべた微笑みは、よく見慣れた鉄壁の営業スマイルだ。