「あの、すみません!すぐに提出しますんで!次の授業がありますので!それじゃ」

グッチーが一瞬、雪に気を取られたチャンスをぼくは逃さなかった。

ぼくは慌ててそう言いながら、机の上に広げた教科書を拾い、そそくさと職員室を後にした。

危なかった〜

職員室を出るなり、額の冷や汗を拭った。

「待って〜、河本先生〜」

振り返ると、松田先生がこちらにぼくの名前を呼びながら急ぎ足で駆けてきた。

松田先生はぼくより3歳先輩の女の先生だ。

音楽の先生でいつも森ガール風の服を着ていた。

「さっきの、貸しですからね!」

松田先生は得意げに微笑んだ。

「あ、さっき、雪って言ったの……」

「そう、私。グッチーにまた絡まれてたでしょ?だから助けてあげようと思って……」

「すみません、助かりました」

「それにしても……」

松田先生はそう言って、ぼくの全身を上から下まで舐めまわすように見た。

「河本先生っていっつも同じ服着てない?」

「まぁ、そうかな。あんまりこだわりがないと言うか……」

「これ」

松田先生はぼくの紺色のセーターを引っ張った。

「ほらココ!穴空いてるじゃん」

「あ、ホントだ」

「髪の毛もボサボサだし、もっと身だしなみに気をつけた方がいいですよ」

「すみません……」

「別に謝らなくても、いいですけど……」

そう言った瞬間、松田先生は口に手を当てて笑い出した。

「ごめんなさい、私がグッチーみたいになってるね」

「いやいやそんな……」

松田先生はよく笑う明るい先生で、生徒たちから人気があった。

「ああ、そうだ」

松田先生は何かを思いついたように、突然笑うのをやめた。

そして真面目な顔で意を決したように、こう言った。

「先生、今度の日曜日はお時間ありますか?」

「えっ?」