珍しくとても寒い日だった。

ぼくは両腕で教科書を抱え込んだまま職員室のドアを開けた。

教科書や出席簿を机の上に無造作に放り出し
かじかんだ指先に息を吹きかけた。

職員室のいくつも横長く並べられた部屋の隅で小さな丸いストーブの空気がゆらゆら揺らめくのが見えた。

ぼくが職員室の自分の机につくなり
入り口とは反対側の机にいた
教頭の瀬口先生が嘆くように
ぼくの名前を呼んだ。

瀬口先生は50代後半の独身の女先生で
いつも嘆くように話してた。

生徒たちは「グッチー」と陰で呼んでいた。

瀬口のグチではなく、いつも愚痴るように話すことから「グッチー」と呼んでいる、と生徒から最近聞いて、思わず吹き出してしまった。

グッチーは机と壁の狭い隙間を上手に通って、つかつかとぼくの机の前に来た。

「河本先生〜↓」

これがぼくの名前だ。

「河本先生は今年入ったばかりだからっていうのはわかりますし、急に辞めてしまわれた和田先生の代わりに突然3年生を担当させてしまったっていう大変さもわかりますけど、それにしても遅すぎませんか?」

卒業制作のことだった。

グッチーは早口でまくしたてるように話した。高いキーの声が耳に痛かった。

ぼくは「すみません」と申し訳なさげに頭を下げた。

「他の先生方は1カ月前にみなさん提出してくださってるんです」

「はい、すみません」

「先生が出してくださらないと、全体が先に進まないんですよ」

「はい……」

グッチーは嘆き口調で、尚且つ常に早口だ。

「私の言うこと、わかってます?」

これがグッチーの決め台詞だ。
そう言いながらいつも黒縁のメガネを指で押し上げる。

クラスの生徒がよくモノマネをしているのをふと思い出して、少し吹き出してしまった。

ヤバい!見られたか?

そう思って上目遣いでグッチーの表情を確認した。

グッチーは気づいていた。
グッチーの顔が怒りに紅潮していくのが見て取れた。

ヤバい……

その時だった。

誰がが「見て」と言って、窓の向こうを指差した。

窓の向こうには、雪が降っていた。

はらはらと頼りなげに
風に舞うように
静かに降っていた。

この瀬戸内の温かい島に
雪が降るのはとても珍しいことだった。