9月の初め。灼熱の太陽の下、それでも私は超元気だ。
「ねぇっ、見た? 見ました? 今の!」
華麗なシュート!
海ちゃんのサッカー姿を見るとテンションが嫌でも上がってしまう。海ちゃんは今日もかっこいい。
「あーもー、うざ。この子こんなだったのね……」
「まあ先輩。そんなもんっすよ」
「なんかうちの子がすみません」
なんだか好き勝手言われているような気がするけれど、もう今日は広い心で聞いてないことにしようと思う。
「はー、そもそもなんでこんな面子なのよ。私こんなとこ嫌なんだけど。こんな炎天下で焼けるじゃない」
芝の照り返しも最悪、と先輩が日傘を揺らしながら文句を言う。
私の横には、神崎先輩、南波、夕歩。今日は4人で高校サッカー選手権県予選の応援に来ている。
「海ちゃんに来てって言われて。それなら、皆さんと来たかったんで……このメンバーで出かけることも無いんで、いい機会かなって」
「いや、このメンバーで出かけたいなんて一言も言ったことないんだけど? 嫌がらせなの? ねぇ、今までの鬱憤を晴らしてるの?」
こそこそとそう言ってくる先輩に顔の前で手を振った。
「まさか、そんなはずないじゃないですか」
「……あのねえ。何回も言ってるけど、正直私、まだ気まずいのよね。多少は」
「でも、少しは仲良くなれたと思ってるんですけど……雨降って地固まる、みたいな」
「そりゃ、別に仲良くなりたくない訳じゃないわよ? でも、恥ずかしいじゃない……」
かあっと頬を染める先輩は、以前と大分印象が違う。
関わってみれば、先輩はからかいがいがあって可愛い人だ。性格は確かにあんまり良くないけれど。
「えー、この試合が4戦目? うわ勝ったら準々決勝か。うちの学校大して強くねぇから既にめっちゃ快進撃だよなぁ」
南波がスマホで対戦表をスクロールさせている。
「強くないとか言うな! ていうか吹部の応援、野球はあってサッカーは無いのおかしくない? 強い学校はたまにあるのに」
「さー、暑いからじゃね」
「……それは今アンタが思ってるだけでしょ」
「あーバレた?」
こいつは相変わらずこんな感じで適当だし。睨みつけてから先輩の方を向く。
「先輩はこれからはもう受験勉強ですか? まあでも神崎先輩なら余裕ですよね!」
「目指す大学によるけど、そんな舐めてたら来年痛い目見るわよ。私もちょっと調子乗って部活出過ぎたからこれから真面目にやらないとね」
「うげっ、やだな来年受験とか」
夕歩が顔を思いっきりしかめる。
来年にはここを卒業して、上手くいけば大学に行くことになる。そう思うと時間が経つのはとてもはやい。
「で、先輩大学どこ行くんですか?」
「えー、まさか同じとこ来ようっていうあれなの?」
私が尋ねると先輩が思いっきり嫌そうな顔をする。それからふと何か思案するように唇に指を当てると、珍しく悪戯っぽくにやりと笑った。
「ヒミツ。まあ高校はたまたまだったけど、大学はあなたが私を探して追っかけてきなさいよ」
意趣返しかな。してやったりのつもりなのだろうけれど、生憎私はもうそのくらいでは動じない。
「じゃ、そうさせてもらいます。私にとっては、高校入学してからはずっと先輩が目標なんですから」
「あ、じゃあ私もそこにする! どうせなら南波も同じとこにしなさいよ」
元気良く挙手した夕歩が南波を小突く。
「は、やだしまたおまえらと同じとか」
「私も嫌よ! あなたたちとまた一緒とかふざけないでよ! しかも今度は4年よ? 無理」
なんだかすごい言われようだけれど気にしない。皆素直じゃない人たちだし。
「今度は1年生2人も一緒に、どっか行きましょうね」
夕歩も南波も、先輩ですらも受験が終わったらね、と言って拒否はしなかった。
ピッピッピーッとホイッスルが鳴った。
わああっと後ろから湧き上がる歓声で、やっと自分たちの学校が勝ったのだとわかった。
「えっ、待って終わった?ほんと?」
「わー! 準々決勝ってすご!」
「わー!」
夕歩と2人でがばっと抱き合う。
「かいちゃーん! おめでとー!」
ぶんぶんと手を振ると、海ちゃんが近づいてきた。
「前にいたんだ、りっちゃん」
「まあね、近くで応援しなきゃでしょ。良い席を取りましたよ」
「早くに来させられた俺らの気持ちもわかれよなー」
「うるさい南波」
少し見栄を張ってみただけなのに、端から貶すのをやめて欲しい。
「俺、りっちゃんがいるから頑張れるよ。今日だって負ける気しなかった」
「うん」
恥ずかしげも無くこういうことを言えるところも海ちゃんらしくて好きだ。シチュエーションも相まって王子様みたいだな、なんて柄もないことを思ってしまう。
「でもさ」
海ちゃんが手を伸ばして私の手をとった。
「妬いちゃうからあんま仲良くしないでほしいなあ」
ちらっと横目で見るのは南波。
「ふーん……」
ばちっ、と2人の間に火花が散ったような。思っていたよりしっかり仲がいいみたいだ。海ちゃんの得意気な顔も、南波の余裕無さそうな顔も新鮮で、男子の友情は女子には一生わからないんだろうなあと思う。
にやにやとしていると、海ちゃんが私の手を引いて、ぐっと背伸びをして私の頬に唇を押し当てた。
「俺、りっちゃんが思ってる以上に好きだから。覚悟してね」
「えっ」
頬を押さえて顔を真っ赤に染め上げる私に周りが生温い視線を注いでいるのを感じる。
「え……!?」
くら、と目が回って、後ろにすっ転んだ。
――何もかもうまくいくなんてそんなこと有り得ないし、どうしたらうまくいくかなんて、誰にもわからない。
でも、何もしなければ何も変わらない。
これから先がどうなるかなんて、そんなことはわからないけれど。自分の選択を後悔しないようにしたい。
息苦しい今だけれど、必死に足掻いてどうにか胸いっぱいに吸い込めば、きっと輝く未来が見えるはずだから。
火照りを抑えるように顔に当てたのは、ピンクのパッケージ。後で会ったら無理矢理でも飲ませてやろうと考えていると、自然に顔がほころんだ。
Fin.