青葉が案内したのは、とある一室の教室だった。

 全員が揃っていることを確認すると、青葉はドアを開けた。

「入って。ちょっと暗いから気をつけてね」

 教室の電気はついていなくて、ドアの向こうは真っ暗だった。加瀬くんを先頭にして、恐る恐る教室の中へと入っていく。うっすらと見える限り、いくつか机が置かれているだけで、企画に使えそうなものがあるようには見えなかった。

 最後に青葉も教室に入ると、ドアを閉めて再び辺りが真っ暗になった。

「ちょっと目を閉じてもらってもいい?」

 これだけ暗かったらどのみち見えないけど、と思いつつも言われた通りに目を閉じる。と、青葉が動く気配があって、何か準備をしているみたいだ。そのまま一分くらいが経って、ようやく青葉が動く気配が止まった。

「おまたせ。開けていいよ」

 言われて目を開ける。と、真っ先に目が行ったのは、天井に浮かぶ無数の光の点だった。真っ暗な教室の天井に浮かぶのは、無数の星々だ。

「プラネタリウムか……?」

 小清水先生がつぶやいた。

 教室の中央にうっすらと球体状の投影機が見える。けど、置かれていたのはそれだけじゃない。近くには机あり、その上に置かれているのは……

 うす暗闇の中で、青葉が得意げに笑うのがかすかに見えた。

「それじゃあ、夏の夜を楽しんで」

 そんな声が聞こえた瞬間、壁の一面にパッと白い明かりが浮かんだ。そして、その光は一筋の線となって壁の端から斜めに伸びていく。それと同時に、ヒュー、という音が鳴った。その音も、光の線も、僕は知っていた。

 光の線はやがて天井まで昇ると、ふっとその光を消してから、閉じ込めた力を一気に解き放つように大輪の花を咲かせた。遅れて、爆発音にも似た音が聞こえてくる。

 それは、壁に映し出される光の花火だった。

「す、すげえ……」

 加瀬くんの感嘆の声が聞こえた。

 それに続くようにいくつも光の線が伸びて、ドン、ドンときれいな花を咲かせていく。僕は、ただそれに見惚れていた。夏の夜空に咲くその花から目を逸らせない。思わず、ここが屋内なのだと、旧校舎の教室の中なのだと忘れてしまいそうになる。

 連続して打ちあがった花火が少し落ち着くと、教室の中を見渡す余裕ができた。最初よりは暗闇に目が慣れてきて、教室の中央に置かれた机の上にあるものがはっきりと見えた。

 壁や天井に向けて、机に置かれたいくつかのプロジェクターが光を投影していた。プロジェクターの本体に、マジックで番号が書かれているのがうっすらと見えた。

「もしかして、これって……」
「うん。備品室からちょっと拝借してきた」
「ええ……」
「青葉って、時々無茶なことするよね」

 赤川さんは呆れたように言った。

「特別に聞かなかったことにしてやるから、ちゃんと元に戻せよな」

 そう頭を抱えるような小清水先生のことは気にもせず、「そうだ」と青葉は何かを思い出したように、教室の机を漁り始めた。と、何かを手に取って戻ってくる。

「これ、良かったら」

 そう言って青葉がみんなに手渡したのは、よく配られているような安い作りのうちわだった。夏の花火のお供の定番だ。

「よく考えるな、まったく」加瀬くんが苦笑した。
「本当に、花火大会さながらですね」

 晃嗣くんが言うと、赤川さんは天井を見上げて「あ」と声を上げた。

「今の星形?」

 つられて顔を上げると、今度もまた変わり種だった。

「今のはハートだったね」

 僕たちはまた、次々と打ちあがるそれに意識を向ける。

 投影される花火は色とりどりで、その大きさや形もさまざまで、見ている人を飽きさせない。今見上げているこの光の花が映し出されたものだということなんて、いつの間にかもう忘れていた。

 うちわを片手に花火を見上げる。まさしく夏の夜だ。うちわを扇いでも顔をなでる風は生ぬるいけど、それでも確かに夏の夜風を感じていた。

 今年の夏は、きっと花火を見に行く余裕なんてない。もともと一緒に見に行ける相手なんていなかったけど、まさか青春部のみんなと一緒に見られるなんて思ってもいなかった。一足早い夏の花火を、しかも屋内で、みんなと見つめている。

 やっぱり青葉はすごいな。

 見上げながら痛感していた。普通の人と同じ弱さは持っていたとしても、その事実に間違いはない。だけど、だからって青葉を一人にしていい理由にはならない。

 いくつもの花火が同時に打ち上げられ、いよいよフィナーレの雰囲気が漂い始める。ドンドンドン、と、畳みかけるように音が響く。そして、一筋の光が天井へと昇っていき……ひときわ大きな一輪の花が咲いた。

 それがぱらぱらと散っていくと、部屋が真っ暗になった。少しの余韻を残してから、青葉は教室の明かりをつけた。

 そのまぶしさに、思わず目を細める。

「これでプログラムは終了です」

 青葉がそう言うと、みんなは口々に「すごかった」「綺麗だった」と称賛の言葉をかけた。その反応で、この企画がどれほど評価の高いものだったのかが分かる。

 青葉は照れ臭さそうに笑って応えてから、やがて僕の方へと一歩前へ出た。

「どうだった?」
「すごくきれいだったよ。本当に、本物の花火を見てるみたいだった」

 僕は落ち着いて、素直に思っていたことを伝えた。けど、その反応が青葉には不満だったみたいだ。もっと打ちひしがれる表情を期待していたのかもしれない。

 僕はできるだけの余裕を作って言った。

「そういえば、初めて青葉と話をした時、一緒にトランプで勝負したよね。それがきっかけで仲良くなれたのに、勝負事はそれきりだったね」
「……そうかもね」

 青葉は突然の話に少し怪訝そうにした。それでも僕は続ける。どうしても、僕の企画を見せる前に伝えておきたいことがあった。

「青葉のこと、勝手に遠い存在だって決めつけてたんだ。だから、同じ土俵で勝負するなんて、おこがましいって。……だけどもう、青葉に憧れを押し付けるだけの僕じゃない」
「春樹、そろそろ……」

 小清水先生がうかがうように言った。

 僕はそれにうなずいて応えてから、また青葉の方を向いて、

「青春部に入って、変わった僕を見せるよ」