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一学期の最終日は終業式だけが行われ、その日の午後から一ヶ月以上にわたる長い夏休みに突入する。
終業式が終わると、大半の生徒はそのまま帰宅をするかどこかへ遊びに向かう。まだ余裕のある一、二年生はまるまる空いた午後の時間で遊びに繰り出して、三年生はいよいよ始まった勝負の夏に向けて動き出す。努力が強要されずに、勉強の時間も方法も本人に一任される夏休みは、受験生にとって、まさに運命を占う一ヶ月だ。
急ぎ足で家に向かう男子生徒や、夏休みの予定でも話しているのか楽しげな女子生徒の集団が正門へと歩いている。僕はそんな光景を、部室の窓から見下ろしていた。
終業式を終えた僕は、家に向かって急ぐクラスメイトの流れには混ざらず、青春部の部室にこもっていた。そこには、加瀬くんと赤川さんの姿もある。
今日は、旧校舎で行われる部活の最後の活動日だった。
「まさか、古河くんも面白い作戦を考えるよね」
二つ結びの赤川さんが明るい声で言った。
「ああ。終業式が終わっても校舎から出ずにいれば、玄関の鍵を閉められても確かに校舎の中にいられる。そして、教師がいなくなった後に連絡通路から移動すれば、旧校舎に侵入できるという寸法か……古河もなかなか考えたな」
加瀬くんは旧校舎への侵入の方法を反芻しつつ、感心するように言った。
改めて人から言われると、自分でも突飛な方法を考えたと思う。それでも、このまま何もできないまま終わってしまうくらいなら、どんな方法だろうとかまわなかった。
「本当はもっといい方法が思いつけばよかったんだけど……あんまり方法にこだわってもいられないと思って」
「どんな方法でもいいさ。最後にもう一度旧校舎で活動ができるなら」
加瀬くんは真面目に言うと、反対に赤川さんは面白がって、
「けど、鍵がかかってるなら最初から外に出なければいいなんて、まるで密室事件のトリックだね」
ちらりと部室の壁に掛かった時計を見る。終業式の後の一学期最後の帰りのHRが終わってから、もう三十分近くが経っていた。窓から眼下に見える帰路につく生徒たちの数は、だんだんと減ってきている。
僕は窓から目を離し、最後に開かれてから時間の経ってしまった部室のドアを見ながら言った。
「それにしても、青葉も晃嗣くんも、こんな日まで生徒会の仕事だなんてね」
「一学期分の仕事を最後に片付けるんだろう。本当に頭が上がらないな」
「でも、二人には悪いけど、ある意味ちょうどよかったかも。……青葉のこと、答えは出たんでしょ? だから、あんなこと言ったんだよね」
赤川さんは真剣な声で、それと同じくらいに、僕の顔を見つめる両目にも力がこもっていた。
僕もそれに応えるように、声に力を込めて返した。
「……うん。自分なりの答えは見つけられたと思う」
赤川さんと加瀬くんが僕の方を見て、じっとその先の答えを待った。僕は小さく息を吸ってから、その答えを告げた。
「僕はずっと憧れだけを押し付けて、青葉のことをちゃんと見ようとしてなかった。青葉だって本当は普通の女の子なのに、押し付けられた完璧のイメージのせいで孤独になっていたんだ。それで、青葉がこの部活に固執したのは、ここがはじめての居場所だったから――かな」
二人は目を見合わせてから、口を開いたのは赤川さんだった。
「うーん、半分正解半分不正解って感じかな。青葉がこの部に固執した理由はだいたいその通りだと思うけど、たぶん、初めてじゃなくて二番目だよ」
「二番目……?」
「きっとそのうち分かるよ。大丈夫、古河くんの選択は間違ってないから」
――僕の選択。
それはきっと、今日の部活での企画の発表者に立候補したこと――つまり、青葉と戦うという選択をしたことだ。
その時のことを思い出すたびに、後悔はないけど不安になる。それは、今から一週間近く前、この旧校舎への侵入の方法をみんなに伝えた時だった。
一学期の最終日は終業式だけが行われ、その日の午後から一ヶ月以上にわたる長い夏休みに突入する。
終業式が終わると、大半の生徒はそのまま帰宅をするかどこかへ遊びに向かう。まだ余裕のある一、二年生はまるまる空いた午後の時間で遊びに繰り出して、三年生はいよいよ始まった勝負の夏に向けて動き出す。努力が強要されずに、勉強の時間も方法も本人に一任される夏休みは、受験生にとって、まさに運命を占う一ヶ月だ。
急ぎ足で家に向かう男子生徒や、夏休みの予定でも話しているのか楽しげな女子生徒の集団が正門へと歩いている。僕はそんな光景を、部室の窓から見下ろしていた。
終業式を終えた僕は、家に向かって急ぐクラスメイトの流れには混ざらず、青春部の部室にこもっていた。そこには、加瀬くんと赤川さんの姿もある。
今日は、旧校舎で行われる部活の最後の活動日だった。
「まさか、古河くんも面白い作戦を考えるよね」
二つ結びの赤川さんが明るい声で言った。
「ああ。終業式が終わっても校舎から出ずにいれば、玄関の鍵を閉められても確かに校舎の中にいられる。そして、教師がいなくなった後に連絡通路から移動すれば、旧校舎に侵入できるという寸法か……古河もなかなか考えたな」
加瀬くんは旧校舎への侵入の方法を反芻しつつ、感心するように言った。
改めて人から言われると、自分でも突飛な方法を考えたと思う。それでも、このまま何もできないまま終わってしまうくらいなら、どんな方法だろうとかまわなかった。
「本当はもっといい方法が思いつけばよかったんだけど……あんまり方法にこだわってもいられないと思って」
「どんな方法でもいいさ。最後にもう一度旧校舎で活動ができるなら」
加瀬くんは真面目に言うと、反対に赤川さんは面白がって、
「けど、鍵がかかってるなら最初から外に出なければいいなんて、まるで密室事件のトリックだね」
ちらりと部室の壁に掛かった時計を見る。終業式の後の一学期最後の帰りのHRが終わってから、もう三十分近くが経っていた。窓から眼下に見える帰路につく生徒たちの数は、だんだんと減ってきている。
僕は窓から目を離し、最後に開かれてから時間の経ってしまった部室のドアを見ながら言った。
「それにしても、青葉も晃嗣くんも、こんな日まで生徒会の仕事だなんてね」
「一学期分の仕事を最後に片付けるんだろう。本当に頭が上がらないな」
「でも、二人には悪いけど、ある意味ちょうどよかったかも。……青葉のこと、答えは出たんでしょ? だから、あんなこと言ったんだよね」
赤川さんは真剣な声で、それと同じくらいに、僕の顔を見つめる両目にも力がこもっていた。
僕もそれに応えるように、声に力を込めて返した。
「……うん。自分なりの答えは見つけられたと思う」
赤川さんと加瀬くんが僕の方を見て、じっとその先の答えを待った。僕は小さく息を吸ってから、その答えを告げた。
「僕はずっと憧れだけを押し付けて、青葉のことをちゃんと見ようとしてなかった。青葉だって本当は普通の女の子なのに、押し付けられた完璧のイメージのせいで孤独になっていたんだ。それで、青葉がこの部活に固執したのは、ここがはじめての居場所だったから――かな」
二人は目を見合わせてから、口を開いたのは赤川さんだった。
「うーん、半分正解半分不正解って感じかな。青葉がこの部に固執した理由はだいたいその通りだと思うけど、たぶん、初めてじゃなくて二番目だよ」
「二番目……?」
「きっとそのうち分かるよ。大丈夫、古河くんの選択は間違ってないから」
――僕の選択。
それはきっと、今日の部活での企画の発表者に立候補したこと――つまり、青葉と戦うという選択をしたことだ。
その時のことを思い出すたびに、後悔はないけど不安になる。それは、今から一週間近く前、この旧校舎への侵入の方法をみんなに伝えた時だった。