9
家に帰ってからも、ずっと頭がのぼせたみたいに重かった。
それでも勉強だけはしないと、と机の前に座っても、そう都合よく頭が冴えてくれることはない。古文の問題集を広げてからもう一時間くらいが経ったけど、それはまだ一ページも進んでいない。
頭が働かないのは部屋の温度のせいだと思って、椅子から立ち上がって窓を開ける。と、夏の夜風が部屋の中に吹き込んだ。乾いた涼しい空気が顔をなでて、それが少しだけ気持ちいい。だけど――
通りに面したこの窓の向こうには、青葉の住んでいるマンションがある。窓を開けてしまえば、嫌でもそれが目に入ってしまう。見上げるほどにそびえるそれが、今はやけに大きく見えた。
青春部に入ってから、ずっと頭を悩ませてばっかりだ。
考えると疲れるし、時間だって取られるし。こんな部活に入らなければ、ここまで苦しい思いだってしなくて済んだはずなのに……
青葉が取り乱した理由。その答えが知りたかった。
『青葉がどうして取り乱したのか、その答えは自分で見つけるべきだ』
突き放すような加瀬くんの声がよみがえる。
「そんなの、分かるわけないよ……」
僕は、窓の外に向かって一人つぶやいた。
物心がついてすぐの頃から、僕はずっと青葉と一緒に時間を過ごしてきた。僕だけが、青葉の理解者でいたつもりだった。だけど、近くにいたはずなのに生きている世界が違っていて、見ている景色だって違っていたんだ。
最近の青葉は分からないことだらけだと思っていたけど、実際は最近のことだけじゃなかったのかもしれない。ただ、見えるようになってしまっただけのことだったんだ。僕は最初から、青葉のことなんて何も分かっていなかったのかもしれない。
理解なんて、最初からできるはずがなかった。
青葉がどうして取り乱したのか、加瀬くんはきっとその答えを知っている。知っていて、それでも僕に考えろと言ったんだ。
「分かるなら教えてくれたっていいのに、なんで……」と、思わず加瀬くんに当たるようにつぶやいて、そして、気づいてしまった。
僕は結局、青葉だけじゃなくて、加瀬くんたちみんなのことも分かっていなかったんだ。
特別な才能を持っているみんなのことを、僕は一度だって理解できたことがなかった。なんとなく分かったつもりになって、ずっと理解したふりを続けてきただけだ。
僕は、みんなの抱える苦悩のその一端さえ理解できていない。
少しは距離を縮められたつもりでいたけど、結局はそれも僕の独りよがりだったのかもしれない。この部活の中で、僕だけが凡人だった。
その事実を思い出した瞬間、なんだか途端にみんなを遠くに感じてしまった。
一段と強い風が窓から吹き込んで、僕の前髪をなびかせた。吹きつけた夜の風は涼しかったけど、それでも、のぼせたような頭の重さは変わらなかった。
家に帰ってからも、ずっと頭がのぼせたみたいに重かった。
それでも勉強だけはしないと、と机の前に座っても、そう都合よく頭が冴えてくれることはない。古文の問題集を広げてからもう一時間くらいが経ったけど、それはまだ一ページも進んでいない。
頭が働かないのは部屋の温度のせいだと思って、椅子から立ち上がって窓を開ける。と、夏の夜風が部屋の中に吹き込んだ。乾いた涼しい空気が顔をなでて、それが少しだけ気持ちいい。だけど――
通りに面したこの窓の向こうには、青葉の住んでいるマンションがある。窓を開けてしまえば、嫌でもそれが目に入ってしまう。見上げるほどにそびえるそれが、今はやけに大きく見えた。
青春部に入ってから、ずっと頭を悩ませてばっかりだ。
考えると疲れるし、時間だって取られるし。こんな部活に入らなければ、ここまで苦しい思いだってしなくて済んだはずなのに……
青葉が取り乱した理由。その答えが知りたかった。
『青葉がどうして取り乱したのか、その答えは自分で見つけるべきだ』
突き放すような加瀬くんの声がよみがえる。
「そんなの、分かるわけないよ……」
僕は、窓の外に向かって一人つぶやいた。
物心がついてすぐの頃から、僕はずっと青葉と一緒に時間を過ごしてきた。僕だけが、青葉の理解者でいたつもりだった。だけど、近くにいたはずなのに生きている世界が違っていて、見ている景色だって違っていたんだ。
最近の青葉は分からないことだらけだと思っていたけど、実際は最近のことだけじゃなかったのかもしれない。ただ、見えるようになってしまっただけのことだったんだ。僕は最初から、青葉のことなんて何も分かっていなかったのかもしれない。
理解なんて、最初からできるはずがなかった。
青葉がどうして取り乱したのか、加瀬くんはきっとその答えを知っている。知っていて、それでも僕に考えろと言ったんだ。
「分かるなら教えてくれたっていいのに、なんで……」と、思わず加瀬くんに当たるようにつぶやいて、そして、気づいてしまった。
僕は結局、青葉だけじゃなくて、加瀬くんたちみんなのことも分かっていなかったんだ。
特別な才能を持っているみんなのことを、僕は一度だって理解できたことがなかった。なんとなく分かったつもりになって、ずっと理解したふりを続けてきただけだ。
僕は、みんなの抱える苦悩のその一端さえ理解できていない。
少しは距離を縮められたつもりでいたけど、結局はそれも僕の独りよがりだったのかもしれない。この部活の中で、僕だけが凡人だった。
その事実を思い出した瞬間、なんだか途端にみんなを遠くに感じてしまった。
一段と強い風が窓から吹き込んで、僕の前髪をなびかせた。吹きつけた夜の風は涼しかったけど、それでも、のぼせたような頭の重さは変わらなかった。