夏休みが近い。

 夏休みに入れば、きっとみんなとも顔を合わせることはなくなって、この夏までの間に築き上げたものが壊れてしまいそうな、そんな予感があった。夏休みの一ヶ月というのは、それだけ長い。焦りばかりが募り、だけど、どうしたらいいのかも分からなかった。

 このままは嫌だ、と、あるのはそんな漠然とした気持ちだけだ。

 そんな昼休みのことだった。休み時間に入ってすぐ、前の時間の教科書を片付けていると僕の席まで加瀬くんが歩いてきていた。

「昼でもどうだ?」

 その誘いに僕は、「うん」とうなずいて二人一緒に教室を出た。



 学食はいつもと変わらず大勢の生徒でにぎわっている。その中で空いていた小さなテーブル席に、僕たちは向かい合って座っていた。加瀬くんがそれを切り出したのは、まだ食べ始めてすぐのことだった。

「昨日、弓道場に来ていただろう? 何か用だったのか?」
「気づいてたんだ」
「ちょうど帰るところだったのか、背中が見えただけだがな」
「そっか。でも別に、用事っていうかただちょっと見に行っただけで……」

 加瀬くんはまじめな表情で僕の顔をじっと見つめている。つまらない強がりなんて、許してはくれなさそうだった。

「……ねえ。これから青春部はどうなっちゃうの?」
「旧校舎が使えなくて活動もできないんだから、もう引退するしかないだろう。古河も、同じ考えだと思っていたが……」
「そうなんだけどさ。せめて納得できる形で終われればいいのかなって……」
「それは古河自身の望みか? それとも西峰のためか?」

 突然の青葉の名前に、不意を突かれた。

 引退の二文字が話に上った時の、激しく取り乱した青葉の表情がよみがえる。もちろん、青葉のためという想いだってある。

「どっちも、かな。僕だってこんな終わりは嫌だよ」
「それはみんなも同じはずだ。俺だって、ずっと続けてきたのにこんな終わり方は本望じゃない。どうにかしたい気持ちだってある。……けど、すまない。今は総体前の大事な時期で……」

 本当にすまなそうにうつむく加瀬くんに、

「しょうがないよ。何より大事な大会だもん」

 と、僕はまたそんなことを言うので精いっぱいだった。きっと今は、他のすべての雑念を捨てて、今度の大会に向けて集中をしたいはずだ。

「だけど、なんで青葉はあんなに取り乱したんだろう。ずっと目標だったことまでどうでもいいなんて、あんなの全然青葉らしくないよ」

 僕にはどうしてもそれが分からなかった。確かに、突然降って湧いたような終わりに動揺する気持ちはわかる。だけど、あの取り乱し方は明らかに度が過ぎている気がした。

 加瀬くんは、真剣な表情を僕に向けたまま言った。

「部活のことなら、出来るだけ手伝いたい。――だが、西峰のことを考えるのは古河の仕事だ。西峰がどうして取り乱したのか、その答えは自分で見つけるべきだ」

 それは、どこか厳しさを感じるような口調だった。叱られているみたいで、思わず委縮してしまう。

 ――僕の仕事。僕が自分で見つけるべき答え。

 話を終えたと思ったのか、加瀬くんは再びお箸を取って食事に集中し始める。僕は言葉の意味が分からずに、だけど、その意味を訊き返すこともできなかった。